30.裏取り引き
レイジの腕の中に着地したカトリーヌちゃん。
「おお、相変わらず可愛いなお前。ヨ~シヨシ」
レイジも彼女のことを快く受け入れた。
そして、アゴの下のちょっと柔らかいところを、チョロチョロチョロッと。
「ビャ~」
くすぐったいのか、はたまた気持ちがいいのか。
カトリーヌちゃんは身体ごと預けてスリスリする。
「ふわふわだな~。この羽の辺りが特に」
小悪魔的な尻尾とかも良い。
素晴らしいネコだ。
レイジは、綺麗な毛並みを整えるように優しくナデている。
「…………」
一方、彼らの真正面にいるドジェイル。
特に何も発さず、ただ無言で立ちすくんでいた。
「あ、あの、すみません……」
「ヨ~シヨシ。この可愛い子ちゃんめ~」
何か言っているが、声が小さくて聞こえない。
いや、おそらく聞こえないフリをしているのだろう。
レイジは構わずイチャイチャする。
「うぅ……」
なぜこんな場面を見せられているのか。
完全に自分が蚊帳の外に追いやられてる。
それに、こういったシチュエーションは少し苦手。
ドジェイルはたじろいでいたが、
「す、すみません!」
勇気を出して声を張り上げた。
「……ああ?」
レイジはお触りする手が止め、なんともガラの悪い返事をする。
カトリーヌちゃんも聞こえた方を見る。
ほのぼのしかった雰囲気が、一変して嫌な感じへ。
「なんだお前? そんなところで一人突っ立って」
こっちを見るな。気持ち悪い。早くどこかに行け。
そう言っているようにも聞こえた。
不良レイジの言葉からは様々な意味が推察できる。
「その生き物をこちらに渡してください」
ドジェイルは引かずに交渉を始めた。
こちらに引き渡すよう要求する。
「それは普通のネコではない。あなたにも分かるはずです」
「あん? 急に何を言ってるんだ? どこからどう見ても子ネコだろ」
この可愛さは猫からくるモノだ。
レイジはカトリーヌちゃんの羽の辺りを優しくナデる。
「……瞬間移動するネコが、一体どの世界にいますか」
「瞬間移動? お前はおかしなことを言うな。そんなの現実にあるわけないだろ」
幼稚な本の読み過ぎ。
あり得ない。寝言は休み休みに言え。
レイジが言いたい放題に指摘する。
「い、いえ、ですからそちらのネコが……」
「さっきからアイツは何を言ってるんだろうな? なっ? カトリーヌ」
「ビニャー!」
瞬間移動するネコも賛同した。
「それにコイツはもう俺の女だ。ただで渡すわけにはいかないな」
何かと交換。
もしくは別の取引で行くか。
レイジは悪い顔をしながら提示した。
「そ、そうですか……実は彼女には懸賞金が掛かっていまして。それもかなりの高額です」
「ああ、知ってるよ。よくギルドの掲示版で見かけるかな」
レイジがカトリーヌちゃんと出会ったのは、比較的最近のお話。
元々、マダムとはお知り合いだった。
たまに彼女の話し相手になってあげたり、ランチを彼女の驕りで一緒にしたり。
そういった真柄なのでよく分かる。
カトリーヌちゃんを飼ってからまだ日が浅い。
だから過保護気味になってしまうのだろう。
マダムは依頼書を送りまくっていた。
「そのネコはおそらく……いえ、確実に新種です。ギルドに報告すればさらなる報酬も期待できます」
ギルドの生物ファイルにまだ登録されていない新種。
発見者はその名を永遠に記録され、おまけにかなり額を頂くことができる。
レイジとしても悪くないはず。
損はしないはずだ。
「2人で見つけたことにします。もちろん、報酬も半分ずつでいきましょう」
こういうのは揉めないように、等分にするのが冒険者の常識。
「へえ~、すごいな」
「はい。断る理由がないくらいには良い話だと思いますよ」
ドジェイルのにやり顔。
なんなら今ここにいるあなただけに、特別に報酬の6割をプレゼントする。
「6割か、うーん……」
「そうですね。でしたら7割でもいいですよ」
だんだん気前が良くなってきた。
これは、ドジェイルの悪い癖である。
あとで激しく後悔するヤツだ。
レイジは顎を触りながら悩む。
まだ決めかねている。
「分かりました! でしたら8割! 今回だけ8割にいたしましょう! 本当に特別です!」
「う~ん……」
強情な男だ。
もうほとんどレイジの取り分である。
ここまで言われてもまだ応じようとしない。
「な、なぜですか……流石にこれ以上は……」
そして、
「あー、いや。やっぱりいい」
レイジは断った。
「……へ?」
「悪いが金には困ってないんだ。普通にマダムに返す。そっちの方が良いだろう」
ギルドに同じ依頼書が大量に殺到しなくて済む。
レイジ、急に善人モード、レイジ。
その表情はどこか相手をあざ笑っているような感じではあるが。
「それにコイツは満足したらそのうち飼い主の元に戻る。だろ? カトリーヌ」
「ビニャー!」
「よし、良い子だ」
「ビニャ~」
またイチャつきだした。
「そ、そんな……」
ドジェイルは絶望した。
まさか断ってくるとは……。
それは非常に困る。
ここまで来て報酬ゼロだなんて納得がいかない。
「ほ、本当に無償で返すつもりですか?」
正気の沙汰ではない。
「ああ、そのつもりだ。まあ本来、たかがネコ一匹に払う額じゃないからな。マダムにもよく言い聞かせとくよ」
「い、いえ、だからそれはネコなどでは……」
ドジェイルの言葉を打ち消すように、
「しつこいぞお前。俺が返すと言ったら返す。もう決定事項だ」
もうお金には興味ないレイジ。
老後のプランだってバッチリなのだ。
だから言えたセリフである。
別にカッコよくとも何ともない。
「そもそも、なんでお前なんかと分けなくちゃならない。飼いネコ探しくらいなら一人でも出来る」
ご覧の通り、カトリーヌちゃんはレイジの腕の中にいる。
その気になればソロで達成できる依頼だ。
「こ、ここまで追い込んだのは私です。少しくらい取り分があってもいいでしょう」
そこをなんとか。
自分のこれまでの頑張りをむげにしないで欲しい。
ドジェイルが情に訴えてくる。
「いや、お前の都合なんか知らねえよ。それにお前も一応冒険者なんだろ? 取るか取られるか、そういう世界で生きているはずだ」
冒険者なんて不安定な仕事をやっている以上、こんなの当たり前。
途中で横取りされたとしても、悪いのは全て自分自身だ。
彼らの生きる世界では至極ごもっともな意見。
ドジェイルは言い返すことができない。
「それにカトリーヌだが、お前のこと嫌いだって言ってるぞ」
「ビニャー!」
カトリーヌちゃんはレイジを見ながらそう返事をする。
どうやら嫌いみたいだ。
「おっ、なんだ? まだ遊び足りないって? しょうがないな~」
レイジはわざとらしく耳を近づける。
「まだ昼前だしな。もう少し遊んでも問題ないだろう」
「ビニャー!」
「ま、まさか……」
嫌な予感のするドジェイル。
相手のニヤニヤする顔を見て、さらにそれが増長される。
「でも日が落ちる前にはちゃんと帰るんだぞ? いいな?」
「ビニャー!」
「や、やめ……!」
次の瞬間、
「よし!」
レイジが、
「じゃあ行って来い!」
カトリーヌちゃんを解放した。
「ビニャーッ!」
「なッ⁉」
驚くドジェイルの真上を飛び越え、地面に着地。
「ビャビャビャビャッ!」
首をあらゆる角度に振り回している。
「ビャーッ!」
そのまま元気よく表通りの方へ走り去って行った。
「…………」
ドジェイルは追おうとはしない。
その小さくなっていくボディを、ただ放心状態で見ていた。
が、
「──ぶっ殺すッ!」
今だ! スキあり!
背後から短刀を構えたレイジの襲撃。
アイナの仇。
というより自分の〇〇〇を殺された恨み。
自分の女に手を出す輩は決して許さない。
本性を表したかの如く、その青白い首めがけて振りかざそうとした。
しかし、
「〜〜ッ!」
それよりも速く、怒りを露わにしたドジェイルが、
「ン〜〜ッ! 殺しますッ!」
ビンッ!
振り返る。
明日は12時に投下します。




