25.ドジェイル=マキシメイソン
それから2日後。
ここは商店街。
そこで一人の見知らぬ男が、単独で道を歩いていた
「はあー……」
開幕、大きなため息をつく。
全身がローブで覆われているため顔はよく見えないが、紫の髪色がフードごしからチラッと覗かせる。
成人男性よりもちょっと小柄で、さらに猫背。
見ているこちらまで陰気な感じが漂ってくる。
絶対に冴えない。
そういう男だ。
「やはりツイてない。なぜ私だけいつもこうなのか……」
何やらブツブツ、酷くションボリしている。
そう、これにはワケがある。
この男の名前は、ドジェイル=マキシメイソン。
見た目はまだ10代に見えるが、その歳は25歳。
彼は現在、新しく入ったばかりのパーティから、めでたく追放されていた。
加入して僅か一日でリーダーから抜けるように宣告されたのだ。
その理由というのが、
「私の顔、そんなに醜いですかね。結構男前だと思いますが」
水たまりに映る、自身の容姿を確かめる。
そこには青白く不健康な肌、睡眠不足で充血気味な目をした、何ともアレな男性が映り込んでいた。
残念ながら水たまりのせいではない。
お世辞にも男前とは程遠い容姿。
『あー、顔がなんかキモい。あとお前がいるとうちの女たちが嫌がる』
あとノリが悪い。もう少し何かあるだろう。
ある程度のコミュ力がなければ、パーティとしてはやっていけない。
だから入る話はキャンセルにさせてくれと、リーダーに断れてしまった。
「なんて酷い言いようなんですか。もう少し何かあるでしょう……」
これまでも今回のように直接的ではないが、結構遠回りな感じで、数多のパーティから拒否られている。
あまりにも上手く行かない。
なので、一度街を離れ別のギルドにも尋ねてみたのだが、結果は何も変わらなかった。
そんなトホホな中、彼の災難はさらに続く。
「こんな時に財布を落としてしまうなんて……はあ……」
一体いつ、どこで失くしたのやら。さっぱり。
ドジェイルは財布を紛失していた。
おかげ様で無一文、今夜の宿代すら払えない。
今日はもうそこら辺の汚い路地で、横になるしかないだろう。
まさに追い打ち、もう死んだ方がいい。
世界にそう告げられているような気さえしてくる。
なので、ドジェイルの足取りは、象より重かった。
ピチャッ
ふと、鳥の糞が降りかかる。
バシャッ
水たまりが跳ねて、全身に泥を浴びる。
「…………」
ドカッ!
「ぐはっ⁉」
突然現れた巨漢と衝突し、豪快に跳ね飛ばされた。
「おいてめえ! 何チンタラ突っ立ってやがんだ、アアン? あぶねえだろうがッ!」
「ひいいっ……すみません! すみません!」
「うっせーッ! ぶっ殺すぞッ!」
「ひいいいいい!!!」
顔が古傷だらけ、あまりにも怖すぎる。
ドジェイルはたまらず平謝り。
その紫の頭を地面に何度も擦りつけた。
「チッ、ちゃんと前を見て歩きやがれ。みっともないヤツ、ペッ」
巨漢の吐き捨てた緑けのある唾が、ドジェイルのフードに着地。
「…………」
今の一瞬で服がかなり汚れてしまった。
ドジェイルはその場に、ただ茫然と座りつくしていたが、
フルフルフル
「み、みっとも……ない……?」
目を丸くした。
──これは、ドジェイルの過去のお話。
彼は意外にも学園の出である。
両親がそこそこ裕福なため、そこそこな教育を受けてきた。
そんなドジェイルの、学園にいた頃に起きた出来事だ。
当時のドジェイルは、お昼休みによく図書館にいるような、いわゆる暗めな少年であった。
もちろん頻度は高くないが、お友達と外で遊んだりもしていた。
本が友達、とまでは行かない。
ただその空間に浸ることが好きだった。
ページを一枚めくるたび広がる世界。
自分が物語に溶け込んでいるようなあの感覚が好きだった。
といったように、どこにでもいる大人しい読書好きな子どもであった。
そして、ドジェイルは一時期とある本にハマっていた。
というのが、大人のお姉さん──ではなく、暗殺者が出てくる内容の本だ。
当時、彼は14歳。
この時期の少年ならそういうのに憧れても何らおかしくない。
ただ困ったことに、ドジェイルの場合、その影響を過度に受けていた。
大して仲良くない同級生の首元に、いきなりペンを突き付け、
『あなた、動いたらヤりますよ』
と、耳元でささやいてみたり。
『皆さん早く逃げてください! ヤツらがここに!』
まだ授業中なのに、しかも皆が見ている前の席で。
『実は私、命を狙われているんですよ。とある闇の組織に、ね』
と、気になるあの子にこっそり打ち明けてみたり。
そんな奇行を繰り返す彼についたあだ名は、イタイル──
「──ああああああああ!!!」
突如、街中で発狂。
それは恥ずかしい。
消滅したくなる苦い記憶。
夜になると突然奇声をあげたくなるような。
枕に顔を埋めてバタバタするような。
嫌な思い出がフラッシュバックし、たまらず声をあげる。
どうやら、先ほどの強面の何気ない一言が起爆剤となり、厚く封をしていた記憶が蘇ってしまったようだ
「ああああああああ! 死にたい! 死にたい! 死・に・た・いいいい!!!」
固い地面を転げ回っている。
周りの人々が何事かと見てくるが、構わずうわあああと悶えている。
「殺して! 殺して! 誰か殺してええええ!!!」
完全に頭のおかしな人だ。
関わってはいけない。
人々はそう思い、転げのたまう男を素通りしていく
「ああああああ! 黒! 真っ黒! く・ろ・れ・き・しいいいいい!!!」
次の瞬間、
──パシンッ、ヒヒイイインンン!!!
目の前から荒れ狂う馬車が、急接近。
「……へっ?」
気づいた時にはもう手遅れ。
ドジェイルはそのまま巻き込まれてしまった。
一瞬で走ってきた馬車の下敷きとなる。
砂煙を巻きあげ、ガラガラと激しい音を立てる。
人を引いたのに気づいていないのか、止まってくれる気配は全くない。
ガタイの良い男性冒険者なら、せいぜいかすり傷くらいで大事には至らない。
だが、軟弱なドジェイルとなると話は違ってくる。
おそらく即死だろう。
今ごろ全身を無慈悲に潰され、内臓やら色々飛び出し、グロテスクな状態になっているはず。
黒歴史に悶えながら引き殺される。
なんて悲しい人生なのだろうか。
南無さん。
やがて、馬車が完全に過ぎ去り、無残な死体が見えるように……。
ヒョイッ
……と思ったが、すぐ後ろから猫背の男が出てきた。
あの見覚えある特徴的なローブも着ている。
「……たしかあの馬車がそうでしたね。ですがまあ、ことを大きくするのはマズいので、今回は特別に見逃してあげましょう」
ドジェイルだ。
馬車に何かするつもりだったのか、しかし、見送ったようだ。
生きていた。
死んだはずのドジェイルはなんと生きていた。
ギリギリで躱していたのだろうか。
いや、どう考えても躱せる状態ではなかったはず。
それがなぜ、後ろから何事もない感じで出てくる。
しかも、頭についていた鳥の糞と、強面の吐いた唾が見られない。
泥だけだったローブも綺麗になっている。
まるで元に戻ったみたいだ。
「──きゃあああああ!!!」
突然、背後から甲高い女性の悲鳴。
そこには、先ほどドジェイルとぶつかった強面が、目を背けたくなるほどグチャグチャになっていた。
「誰か、ひ、人が……いやああああ!!!」
おそらく馬車に巻き込まれたのだろう。
剥き出しとなった骨が粉々に踏み潰されている。
強面が死亡した。
「…………」
ドジェイルは振り返らない。
一ミリたりとも気にせず歩みを進めた。
「すいません。そちらの焼き物をください」
「あいよ兄ちゃん! 何本にするんだい?」
「そうですね。では3本ほど頂きます」
「へい3本! まいどあり!」
紛失していたはずの財布を取り出し、屋台の売り物を購入する。
「う~ん、これは美味しそうです」
先ほどの不幸なんてどこ吹く風。
ドジェイルはとても調子が良さそう。
匂いに駆られて食欲がそそられる。
しかし、それは、
「では、さっそく……」
あの獣人族専用、超猛毒を持つ、
「……うぐっ⁉」
トカゲの尻尾の丸焼きだった。
「ウガッ⁉ ぐ、ぐえええええ!!!!」
口に入れたドジェイルは、この世の地獄みたいにもがきだす。
不味い、不味すぎる。
あまりの酷い味に目玉が飛び出しそうな勢い。
これは毒とは無関係。
単純に味からやってくる苦しみ。
どうやら毒よりも、ゲロマズ成分の方が勝っているようだ。
そして、バタンッ
即死した。
──一方その頃、別の場所では。
ただいま絶賛即死中のドジェイル。
そんな彼は現在、路地裏にいた。
ここにもいた。
薄暗い通路を一人で突き進んでいた。
ピトッ、急に足を止める。
「いい加減出てきたらどうです? 私は逃げたりしませんよ」
ドジェイルは背後に視線を、クイック。
スッ
すると、物陰から誰かゆっくり出てくる。
「──まさかそっちから誘いに乗ってくるなんて、よほど自身があるみたいね」
それは、眼帯をつけた女、
「イヒヒヒヒッ」
「見つけたわ……変異者」
アイナだ。




