2.路上で女に絡まれる
女は剣幕な顔でレイジに詰め寄り、
グイッ!
勢いよく胸ぐらをつかむ。
「てめえ、自分が何したか分かってんのか! いい度胸してんじゃねえかよ!」
そのまま至近距離から怒鳴り散らしてくる。
「まあ落ち着けって。いいのか? 民衆たちの視線を集めてるぞ」
昔はこのリーダーに、こうやって怒られるのが怖くて仕方なかった。
でも今は別に何ともない。
レイジは余裕そうに周りに目をやっている。
「んなこと今更どうでもいいんだよ! こっちはお前のせいで何もかも失っちまったんだ! 周りなんて気にしてられっかよ!」
だそうだ。
レイジがかつて見たことないほどに、女は怒りを露わにしている。
──腰の辺りまで伸びた燃えるように赤く染まる髪の毛。
その怒り具合がさらに強調される真っ赤な瞳。
上半身の露出がやや激しく、恰好や口調からしても、見るからに柄の悪い女だ。
彼女の名前は、バーネット=ブレイブル。
何を隠そうレイジの抜けたパーティのリーダーだ。
つまり、彼の元上司に当たる存在である。22歳。
「このアタシから受けた恩を、よくも仇で返してくれたな!」
「恩だと? 何を喚くかと思えばそんなこと。いいかバーネット、俺たちはあくまで協力関係だっただけだ。あと第一に、お前に借りなんて作った覚えはない」
「なッ⁉ レイジてめえ……誰が青臭い新人のお前をパーティに入れてやったと思ってんだ!」
「そいつは違うな。あの時のお前らは人手不足だったろ、だから俺が入ってやったんだよ」
「~~ッ! アタシに対して随分と生意気な口を開くようになったな!」
ついこの間までは部下だったのがこの変わりよう。
頭に血が昇ってくる。ピキピキする。
バーネットは声を荒げずにはいられない。
「で、一人で来たのか? 他の奴らはどうした? 何も持ってないお仲間さんたちはよ」
「ああ? 全部てめえのせいでこうなってんだろうが!」
「ハッ、なんのことだか。あいにく見当もつかないな」
と言いつつ、レイジは勝ち誇ったような顔をする。
「ッ⁉ ッざっけんな!!!」
再びバーネットの怒号が響き渡る。
今回のレイジの暴挙により、バーネットが率いる冒険者パーティは解散を余技なくされた。
一人は冒険者をやめて、故郷へと帰っていった。
また一人は大事な装備品を失ったショックのあまり、何をとち狂ったのか修験者に目覚めてしまった。
さらに一人は立ち直れず塞ぎ込んだまま。
しかも、レイジの代わりに新しく加入するはずの冒険者にも見限られてしまった
あまりにもオーバー過ぎる追い打ち。
一人残されたリーダーには、もう解散という選択しかなかった。
それが彼女たちパーティの行く末、冒険者としての結末だった。
「何もかも台無しになっちまった! こうなったのはレイジ! 全部お前のせいだ!」
だから責任を取れ、とバーネットが鬼の形相で詰め寄ってくる。
「知るかよ、俺はもうパーティから抜けたんだ。お前らの動向になんて興味ない」
そもそも自分をクビにしたのは一体誰だ。
管理のなっていない無能なリーダーの自業自得ではないか。
レイジはあくまで無関係なスタンスである。
「シラを切っても無駄だ! こっちはもうあのクソ店主から証言は取ってんだよ!」
「……あっ」
が、ダメっぽい。
バーネットいわく、すでにレイジと共謀した店主を吐かせており、さらに盛ってきた薬だって徴収しているそうだ。
普通に暴行罪に当たる行為。
だが、全てを失った彼女にとってはもうどうでも良いことなので、容赦なく締めておいたとの事だ。
しかも、こういうトラブルは日常茶飯事であるため、特に問題にはならなかった
悲しいがここはそういう街である。
「チッ、店主のおっさん、やられたか」
早くも仲間が犠牲になってしまった。
しかし、彼はこうなるリスクも考えた上で、今回レイジに協力したのだ。
大金を手に入れるには必要な対価だったのかもしれない。
あの適当な性格からしてそう割り切っているはず。
今ごろ自宿の壁の辺りで、背を預けてうなだれつつも、きっとほくそ笑んでいることだろう。
「クソッ、ギルドも全く相手にしてくんねえし。どうなってやがんだよ!」
ギルドにも問い合わせたところ、以下のように対応された。
確かにうちで取引があったのは事実だが、もうとっくに過ぎたこと。
売却した品々はすでに市場へ出回っており、街を潤わせている。
回収は不可能。
もう遅いと言われて突っぱねられてしまった。
「だから見たくもない顔に会いに来てやったんだ! さあ、早くなんとかしろよ!」
だそうだ。バーネットが責任とやらを請求する。
「知らないって何度も言ってるだろ、寝首をかかれたお前のミスだ。バーネット」
「っ! あんだと~~!」
「冒険者なんかやっている以上、こんくらいのこと当たり前だろ。それにギルドの言う通りもう手遅れだ、今更俺のところに来たってどうにもならない」
もう遅い。
「くっ、~~~ッ!」
そんなことは言われずとも分かっている。
でも来ないわけにはいかなかった。
バーネットは固く唇をかみしめ、悔して仕方がないといったご様子だ。
「フッ」
そんな彼女を見て、レイジは心底清々する。
ざまあみろって感じだ。
「くっ、千歩譲ってアタシのことはいい……だがアイツは、エマは! お前のせいでずっと塞ぎ込んだままなんだぞ!」
大事な仲間が落ち込んでいる。
「ああ、エマコか。まあそうなるだろな」
「クソッ、アタシの可愛いエマがあんなに……」
あれから別の宿に移動し、そこに彼女を置いてきた。
トイレとお風呂とご飯の時以外、部屋から一切出ようとしない。
食事だってまともに喉に通らないそうだ。
「その原因は俺じゃなくて、バーネット、お前だがな」
「ッ⁉ なんてこと言うんだてめえ! 今のはアタシに対して最大限の侮辱だぞ! 元はと言えばお前がエマを口説こうとしたからこうなってるんだろ!」
「だから、言い寄って来たのはアイツの方だって、何度も言ってるだろ」
「んなわけあるかよ! エマが男に、それもお前なんかに惚れるなんて、ゼッテーあり得ない!」
「そういうとこだぞ、バーネット」
「黙れ! アタシのエマに手を出そうとした! だからお前をパーティから追い出してやったんだ!」
彼女に近寄る虫は全力で追い払う。
例えそれが、苦難と共にした仲間であろうともだ。
これまでも何度だってそうしてきた。
「くそッ! わざわざCランクの弱小パーティに入ろうとするなんて、初めからおかしいと思ってたんだ。狙いは最初からエマだったのかよ!」
許せない、絶対に許せない。
「はあ……」
その言葉に、レイジは深くため息をついた。
『狙っていたのは、お前だけだ、バーネット』
心の中でそう呟いた。