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光に堕ちる天馬【暁光】  作者: 暁 利王
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微睡


 それは、まるで暗闇が晴れ上がったかのような感情。僕の世界が、視界が、極彩色の波動を受けて隅々まで晴れ渡っていく。それは、初めて眼鏡をかけた時の感覚に似ていた。ほとんど目が見えなかった幼い僕は、ありとあらゆるものに感動を覚え、しばらくの間、冷め止まぬ興奮の中にいた。全てのものに輪郭がもたらされた衝撃、鮮明に映る万物の造形の美しさ、色彩の豊かさと明暗の境界が織りなす輝かしい世界。もうその新鮮さを二度と味わう事はないだろうと思っていた僕に、再び暁光の時が来た。

 僕は魔王様と楽しい日々を過ごした。畑の管理を終えて城に戻ると、いつも城門の前で彼女が待っている。僕は魔王様のために料理を習った。そうしていつも幸福の味がする食事を二人で食べた。僕は魔王様から古代語を習った。かつての彼女と会話するために。持て余した全ての愛情を様々な形に変えて、心から彼女が笑えるように尽くした。僕がどれだけ心を砕いても、彼女が僕の望むように笑うことは無く、況してや生き返ることもない。せめて、彼女のままごとに現実味を持たすことができれば。失ったものを取り戻すのではなく、似たような何かで上書きすることができれば……。僕は自分が満たされるために、彼女の願望を叶え続けた。彼女が食べたいものは何でも作った。彼女が読みたい本を何でも読み聞かせた。飽きるまで会話を続けて、星霞のない夜に霜の草原を駆け回って、温かなベッドで寝たふりをする。


「シェアトもロストになってよ。」

 ベッドの上に突然転げ落ちた言葉が一つ。僕は魔王様の方に寝返りを打ち、それを優しく拾って返す。

「僕にはまだ、この体で、やらなければならないことがあるのです。」

「……ぼくの言うことが聞けないの。いつもぼくの言うことは、全部聞いてくれるのに。」

 不機嫌に声を震わす彼女の口を、僕は自分の口で塞いだ。数秒後、彼女が落ち着きを取り戻したのを肌で感じ、僕はゆっくりと顔を上げる。

「死出の旅路に、道連れにしたい者達がいます。どうかこの僕に、力を貸していただけませんか。……かつてあなたが出来なかった『復讐』ごっこを、僕と共に。」

 彼女はきょとんとして黙っていたが、やがてくすぐったそうに笑い始めた。

「ふふ……。いいよ、ぼくも復讐ごっこしたい。どうすればいい?」

 僕は微笑み返し、魔王様に計画の内容を伝えた……。


 彼女から古代語を教わったお陰で、僕は書庫にある本をほとんど読み解くことが出来た。そして僕は、あらゆる分野の学者が未だ辿り着いていない、このアストロロジカと言う世界の真理の一端を見た。そうしてそれを理解した僕は、今後僕がすべき行動を識る。

星座の力の引き継ぎには、遺伝による継承、転生による継承、魔法による継承の三種の方法がある。ペガス家のように、綿々とその血を繋いできた場合、星座の力は遺伝によって継承される。ただ僕が死ぬだけでは、星座の力はペガス家の血の呪縛から解放されることはない。僕が落とした星座の力の破片は、次の世代、つまり弟の子孫の誰かに予約される。そうなれば、また同じことが繰り返されるだろう。力に取り憑かれた親は子を従え、その子もまた取り憑かれて子を従える、呪われた系譜が。

 正直に言うと、僕は次に犠牲になるであろう見知らぬ子供のことなど、どうだっていいと思っている。ただ、家の慣例に則り、本性を偽って人形のように生きるエニフがどうしても気に食わなかった。後から来た分際で、僕から半分も力を奪っていったのが癪だった。威光を振り翳したいだけの無邪気な餓鬼を、どうしても処分しなければならないと思った……。

 奴から星座の力を奪うだけでは足りない。……全継承先の排除。つまりエニフを含め、ペガスの血を引く全ての人々を殺す必要がある。そうして途方もない数の人を殺した最後に僕が死ぬことで、ようやく、星座の力は呪縛から解き放たれ、天球の座に還ることができるのだ。



 ……僕の計画を全て聞き終えると、魔王様は「楽しそう」と言って口を三日月にした。

「ぼく、ずっとテオフィルスに行ってみたかったんだ。でも、向こうは明るすぎる。」

「ええ、その点もご心配なく。書庫で光除け薬の調合方法を入手しております。イグの民専用と書かれていたので、少々改良に時間がかかるかと思われますが……。」

 ロストは光に弱い。だから多くのロストは、月の光があまり届かないエラトステネスに拠点を置いている。それでも彼女は微かな星霞の残り光にすら焼かれてしまう。光の中で走り回りたいという彼女の願いを叶えようと、僕は前々から魔法薬の古文書を漁っていた。同じく光に弱いイグの民といえども、青い炎の加護がある者と無い者では、その効果も違うだろう。

「ぼくもお手伝いしていい? 実験ごっこ、楽しそう。」

 魔王様はそう言って、僕の胸にすり寄って耳を当てる。僕は愛おしい彼女の体を抱き寄せ、サラサラとした白銀色の髪に指を通した。

「勿論です。明日、一緒に実験ごっこしましょうね、魔王様。」

「……うん。また明日ね。」

 彼女はゆっくりと目を閉じ、寝たふりをした。魔王様は眠らない。いつも僕が微睡み、意識が遠のいていく直前、魔王様はそっと僕の腕の間からすり抜けてどこかへ行ってしまう。多分、睡眠ごっこに飽きてしまうのだろう。今日も僕の意識は悲しいまま、空虚な暗闇の中に沈んでいく。一人分の重みが無くなって、徐々に膨らみを取り戻していく布団の無情さを感じながら。


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