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光に堕ちる天馬【暁光】  作者: 暁 利王
6/8

過去


「この城の歴史、ですか。」

 せばすちゃんは読んでいた本を閉じた。彼の部屋には分厚い本がびっしり詰まった大きな本棚が二つ、大きな仕事机と足の短い椅子が一組あるだけの質素なものだった。唯一あるその椅子を勧められ、僕は軽く会釈してそれに座る。胴が極端に長いせばすちゃん専用の椅子と机は、僕にはとても合わなかった。どう背筋を伸ばしても、机の板が顎あたりに来る。そんな滑稽な状態のまま、僕は彼の言葉を待った。

「……我々にとってはつい昨日のことで、きっと、あなた方の尺度では、数十万年前のことになるのでしょう。」

 せばすちゃんは一拍置いてから、再び語り出す。


「空に大穴が開き、アストロロジカに光がもたらされた頃……通称、晴れ上がり時代。星歴、とも言いますか。光による絶滅、進化と喪失、多様化が起こった時代です。その様を、我々は魔王様と共に見、共に歩んで参りました。最初に我々がこの城に来たのは、星の子戦争の終結から、まだ間もない時期だったと記憶しております。我々は残滓の体を携えて、魔王様の城へ召喚されました。魔王様はそれまでたったお一人で……、どれだけの時間をお一人でいらっしゃったのか、私からは申し上げられませんが、とにかくお一人で、この城と領地を守っていらっしゃいました。魔王様はあの七日七晩に渡る戦争を、たった一人で生き延びた偉大なお方なのです。今でもこの城が当時のまま、石畳の一枚も欠けることなく存在しておりますのには、理由がございます。……が、それを私の口から話すことは出来ません。どうしても知りたければ、書庫を漁るか、魔王様に直接聞くと良いでしょう。」

 歴史の授業でもあまり扱わないような大昔の話に、僕は追いつくので精一杯だった。少なくとも、この城は星の子戦争以前、晴れ上がり時代初期、つまり約十五万年前から存在する。それだけの期間、途方もない時間を死に続ける。僕ならばきっと、ほんの少しの時間で簡単に気が狂ってしまうに違いない。食べ物の味を忘れてしまうのも頷ける。ロストはあらゆる生命活動を行わない。飲まず食わずで十五万年……もしくはそれ以上。いや、考えただけでもおかしくなりそうだ。きっと僕ならば、十年も経たずにあらゆる感覚を忘れてしまうだろう。



 翌日の午後、僕はあかりちゃんを一体捕まえて、書庫に向かった。書庫の棚には何千冊、あるいは何万冊もの本が、床から天井まで隙間なく詰まっている。その背表紙の多くは古代文字で書かれており、失われたとされる文字の墓場のようだった。考古学者がこの光景を見たら、喜びと溢れる知識欲で卒倒してしまうだろう。僕が読める本はあるのだろうか、と不安になりながら、あかりちゃんの炎を頼りに棚の間をゆっくりと歩く。

「アタシ、エホンガスキナノヨネ。デモアタシ、モジヨメナイノヨネ。……コレ、シェアトチャンニ、ヨンデホシイノヨネ。」

 あかりちゃんはそう言いながら、分厚い本の間から薄っぺらな本を一冊引っ張り出して来た。表紙には首のない幼い女の子が描かれており、タイトルは案の定読めなかった。

「……おや、『可哀想な女の子』ですか。」

 不意に背後から声がして、僕は飛び上がった。振り返ると、せばすちゃんが無い首を傾げて僕を見下ろしていた。

「あなたに書庫に行くよう勧めたはいいものの、ここにある本は全て失われた言語で書かれていることを思い出しましてね。」

 お困りでしょう、と、せばすちゃんは本を取り上げ、僕らを部屋の奥へと案内した。奥には広い読書スペースがあり、彼に促されるまま、僕らは一番手前の席に腰を下ろす。せばすちゃんも並んで座り、彼の朗読が始まった。



_________________


  可哀想な女の子   作者不明


 あるところに、とても可哀想な女の子がいました。女の子はお父さんとお母さんとおじいちゃんとおばあちゃんと執事さんとメイドさんと庭師さんにとても愛されていました。

女の子はいつも誰かと一緒でした。光の時間に起きる時も、ご飯を食べるときも、闇の時間に眠る時も、いつも誰かと一緒でした。

 女の子は毎日大好きなおばあちゃんが作ってくれる大好きなアップルパイを食べて、毎日大好きなお母さんが作ってくれる大好きなサンドウィッチを食べて、毎日大好きなお父さんと遊んで、毎日大好きなおじいちゃんとお散歩をして、毎日大好きな執事さんとメイドさんと庭師さんとたくさんお話しをしました。

でも、みんなが大好きだったのは女の子のことではありませんでした。みんなは女の子が受け継いだ名前が大好きだったのです。それは、大昔にとても偉大な人からもらった大切な名前でした。

 みんなは大好きな名前をずっとずっと、永遠に保存したいと考えました。しかし、本や歴史に残しても、誰かが読まなくなったり興味を持たなくなったりすれば、その名前はなくなってしまうのと同じです。そこでみんなは無い知恵を絞ってたくさん考えて、女の子をずっと生きられるようにしようと決めました。女の子がずっとずっと生き続ければ、その女の子と一緒にその名前もずっと生き続けられると考えたのです。

 みんなは魔法をたくさん調べて、永遠に生き続ける魔法を探しました。結局そんなものは見つかりませんでしたが、みんなは代わりに永遠に死に続ける魔法を見つけ出しました。みんなはもう女の子が生きていようが死んでいようがどっちでも良くなっていました。とにかく、その名前がずっとこの世界に留まり続ければそれで良いと考えました。

 みんなは女の子のために大きなお城と広い領地を拵えて、地下の魔法陣に女の子を呼びつけました。何も知らない女の子はみんなの言うことを聞いて魔法陣の上に立ちました。でも、みんなが鉈や斧を持っていたので、女の子はすぐに逃げ出しました。

 女の子は自分のお部屋にあるお人形用のお家に隠れました。お人形のお家は女の子には小さすぎて、すぐに引き摺り出されて、魔法陣の上で頭を割られてしまいました。そうして、女の子は魔法で永遠に死に続ける体になりました。

 もう寝なくてもよくなりました。もう大好きなものを食べなくてもよくなりました。外が明るい時はもうお散歩に行かなくてもよくなりました。もう生きなくてもよくなりました。もう大好きなみんなは死んでしまいました。大きなお城に、女の子と名前だけが残りました。


 おしまい


_________________



「……いかがだったでしょうか。」

 異様に長い三本の指が本を閉じる。背表紙にはハートに似た紋章の旗を掲げるお城の絵が描かれていた。

「この女の子は本当に可哀想ですね。」

 この絵本の女の子がフリードリヒだと、僕は察していた。察していながら、僕は素知らぬ顔でそう答えた。あかりちゃんは次の本を探しに席を立つ。僕はもうこれ以上何も聞く気になれず、せばすちゃんに一言お礼を言って、薄暗い書庫を後にした。


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