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光に堕ちる天馬【暁光】  作者: 暁 利王
4/8

収穫


「おはよう、シェアト。今日は収穫の日だよ。」

 幼い声が僕を覚醒させる。僕は何時間寝たのだろう。手探りで眼鏡を探し、ぼんやりした視界をクリアにさせると、僕は窓を見た。長方形の大きな窓から見えるのは光と闇の中間のような、はっきりとしない群青色の空。僕はフリードリヒに引きずられるようにしてダイニングルームに連れて行かれ、無味無臭のサンドウィッチを二つ程食べた後、ぞろぞろとやってきた女中ロストたちにもみくちゃにされながら身支度を整えた。

「生きてるって、面倒だね。」

 そんな彼女の呟きに、僕は心の中で「死ぬよりマシだ」と返した。それ以降は二人とも黙ったまま、歩いて城の外に出た。大きな城門の前で、せばすちゃんが冷たい風に揺られる枯れ木のように佇んでいる。彼はこちらに気がつくとスッと背筋を正し、フリードリヒに向かって深く一礼した。せばすちゃんは何を言うでもなく通り過ぎる彼女と僕の後ろに付き、体格の割に歩幅の狭い足を気持ち早めに動かして歩く。反対に、フリードリヒは体格の割に大股で、いかにもこの先に楽しいことが待ち受けているかのような、飛ぶように軽い足取りでビュンビュン先に行ってしまう。結局僕もそれに追いつくために大股で歩いた。

 城は不自然に削れた丘の上にあり、城の正面側は緩やかな坂だが、城門から右に出て少し坂を登ると、切り立った崖のようになっている。フリードリヒは崖のつま先に立って下を見下ろした。僕は南の空にぼんやり光る星霞を横目に、彼女の斜め後ろに立った。


「ほら、シェアト。もっとこっちに来て、下を見てごらん。」

 突き落とされるのでは、と不安を抱えながらも、僕は言われるがまま彼女に近寄り、崖の下を覗いた。彼女の視線の先には、家が数軒と広い畑で構成された小さな村があった。まだ寝静まっているのか、人の姿は見られない。

「見ててね、面白いものを見せてあげる。」

 フリードリヒは王笏を判子に変えた。反射的に、僕は身構えた。しかし、判子が向かう先は、せばすちゃんが差し出した紙の上だった。

「……havias , havias , zer Et zectoma . 」

 突然彼女の顔から幼さが消える。その口から発せられた聞き覚えのない言語。判子が紙面に触れた瞬間、紙は赤黒く燃え、同時に村の家々から同じ色の炎の柱が八本、突然目を覚ました間欠泉のように勢いよく立ち上った。赤黒い炎の柱達は家を押し退け、二足歩行の獣に形を変え、家から人々を乱暴に引き摺り出した。獣はそれぞれ手に持った鉈のような形状の炎を振り翳し、泣き喚く人の頭を次々に割っていく。遠くにいながらでも、人々の叫び声が耳元で聞こえるように感じるほどの喧騒。轟々と上がる黒煙に混じってこちらに来る、焼けた木や土の匂いと血の匂い。それらが混じった濃淡のある空気を吸い込んでしまい、そこに溶けていた人々の悲しみや憎悪が、僕の内臓に染み渡ってうぞうぞと蠢き回る。僕はもう形振り構わず、地面に這いつくばって吐いた。入り込んできた異物を吐き出そうとして、胃や喉が意思に反して勝手に動く。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い……!

「面白いね。面白いよね。生きてるのが死んじゃうのって、面白いよね。みんな、ぼくとおんなじになっちゃえばいいんだ。あははは……!」

 僕の横で、フリードリヒが口を三日月にして笑っている。数分に感じるほど短く、あるいは数日間続いたかのような長い蛮行。そこに居なかったのを幸運に思う、その実に不快なこと……。阿鼻叫喚が徐々に静まり、僕の嗚咽も落ち着いてきた頃、いつもの無表情に戻った彼女が、淡々と今自分が行ったことの説明をし始めた。

「これは定期的にロストを生産する畑だ。シッカードで星の民を買ったあと、必ずエラトステネス南部の街を通る。奴隷たちがこの国でどういう扱いを受けているか、彼らにしっかり見せつけるために。ここでは奴隷たちに食料を育てさせ、それを南部に分け与えている。労働はさほど厳しくしない。それなりに良い生活もさせてやる。領主は南部の不遇な奴隷のために食料を分け与える善良なロストだと徹底的に信じ込ませるんだ。そのために何度か、ぼく自らここの奴隷を連れて南部へ行き、食料を配る。味もわからない果実を食べて微笑んでやる。そうして三ヶ月間、充分に信用と幸福感を育てた後、ぼく自ら村を焼く。この地区の地下には大きな魔法陣があって、血と憎しみ、怒り、絶望、悲しみ……裏切られた民のあらゆる負の感情を吸い取って、星の民の魂の炎を赤く、黒くなるよう練り直し、やがてロストへと昇華させる。」

 何の感情も無くなった彼女の顔を見上げた僕はどんな顔をしていたのだろう。怒りに歪んでいただろうか、あるいは恐怖で引き攣っていただろうか、あるいは彼女のように、生気のない顔をしていただろうか。

「……魔王様、報告いたします。今回ロストとして死に変わったのは二十体のうち十三体でした。いかがなさいますか。」

 至って冷静な、せばすちゃんの抑揚の無い声。フリードリヒは少し考えてから、

「全てマシーナへ引き渡せ。つりは要らん。次も良い品を頼むと一言添えるのを忘れぬように。」

 と返した。かしこまりました、と一礼し、せばすちゃんは音もなく消えていく。それを背中で見送りながら、フリードリヒは再び崖の下に視線を落とす。

 マシーナ……あの機械人形の名前だったか。今日ここで収穫されたロストが、僕の対価。星の民を買って、それをロストにして、そのロストでまた星の民を買う。僕だって、いつ通貨側になるか分かったものじゃない。この少女の度が過ぎるごっこ遊びのために、そのあどけない残酷な戯れのために、一体何人が無駄に死んだのか。嫌だ、死にたくない。

「……僕は、何をすればいいのですか。」

 無意識に、そんな台詞が口から溢れ出ていた。何をすれば僕はああならずに済むのか、率直に知りたかった。学習と理解の過程を捨てて、なるべく彼女のおぞましい心に触れないようにするための最善策として。

「畑の管理。それが明日からのきみの仕事だよ。その前に、きみ自身が壊れてしまうかもしれないけど……、まあ、それなりに期待しているよ。きっときみなら、ぼくを楽しませてくれる。そうだよね?」

 僕は彼女の言葉を、脳を殺して聞いた。返事など考える必要もない。

「…………はい、魔王様。」

 ただ、それだけでいい。そう答えるだけで、この悪魔は簡単に口を三日月にする。


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