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謀り


 休日が終わり、あっという間に魔法美術の開催当日となった。魔法美術の催しは会場が2つあり、それぞれ特別生クラスA、Bの発表会場と通常クラスC〜Eに分かれている。会場は円形のドーム状になっており、中央に円状のステージがあり、それを少し高めに設置された観客席が取り囲む形になっている。発表者は魔術部門に在籍する者に限られるが、学園全体の年中行事でもあるため、総合教育部門や戦闘部門の学生たちも観客として参加している。

 もちろん、特別生クラスの方が人気が高いので、私たちの会場はたくさんの生徒たちでごった返していた。


「こんな中で発表しなきゃいけないなんて、緊張しちゃうなぁ……」


 ルシアは私の右隣の席に座り、ずっとソワソワモジモジしていた。その緊張感が私にも伝染(うつ)りそうだから、ちょっとやめてくれないかな。

 しかし、このルシアの行動は私だけではなく他の生徒も目につくようで、


「全く情けないわねぇ。いくら庶民とはいえ、特別生クラスの一員なのだからもっと自覚のある振る舞いをして頂きませんと。そこの無能力者のように魔術師に泥を塗る行為は許されませんわよ」


 ルシアの右隣に座るカーミルが呆れたように首を振っていた。ついでに私に攻撃してくる辺り、性格の悪さが滲み出ている。というか、そもそも、


「なんで私の近くに座ってるのよ……」

「そうよそうよ! ルシア君の席は私たちのものよ!! お邪魔なのよ!!」


 もっとお邪魔な外野(マヒルたち)が会話に乗り出してきたので、私は物理的に彼女らを蚊帳の外へ追い出す。

 話を戻そう。先日の教室の一件で、私がこの魔法美術で入賞できなければ退学するという約束をカーミルと交わした。その行動の意図には私のことが気に食わなくて、自分の身の回りから排除したいからだと私は思っていた。

 それなのに、今日彼女はまだ他の席があるにも関わらず、わざわざ私の近くに陣取ってきた。私はその神経が理解出来なかった。

 それにカーミルはさも当然と言った顔で答える。


「なんでって、わたくしが入賞した時にアナタの負けっ面をすぐ近くで拝みたいからに決まっているではありませんか。無能力者が伝染するかもしれないから、さすがに隣には座りませんけどね」


 私に勝負をふっかけてきただけあって、カーミルは本当に“いい”性格をしている。なら、私はその鼻っ柱を折った時の反応を楽しみにしておくことにしよう。


 さて、そろそろ開始の時間だ。演目は3年→2年→1年の順番で行われる。3年生の方が魔力が強いので、魔術のインパクトを残しやすい。この順番は出来るだけ演目の秀美さなどで評価するために考えられた上での措置だ。

 そのため、私たちの番はかなり先で、しばらくは見物するだけの時間となる。


 まずは3年生の発表だ。3年生の演目はどれも迫力が凄かった。身体の成長と魔力の成長(魔力供給経路(パス))は比例するので、3学年の中で平均して魔力が大きいのは、3年生ということになる。

 3年生達はその特徴を活かして、魔術の数で勝負し、視覚的な情報量を増やすことで芸術性を高めていた。


「皆さん凄いですね。こんな舞台に私なんかが立ってもいいんでしょうか……?」

「何言っておりますの? 貴女に足りないのは自信だけですわ。シャンとしなさい」


 カーミルは右隣の黒髪の子が弱音を吐くのを、肩を叩いて励ましていた。確かその黒髪の子はシルルと言ったはずだ。いつもカーミルの近くにいるのを見かける。性格的に彼女らが合いそうには思えないが、親しげにしている辺り特別な間柄なのかもしれない。


「人に優しくできるなら、私にも優しくしてもらいたいものだけど」


 私が独り言のように嫌味を言うと、彼女の眉がピクッと反応して、こちらに身を乗り出してきた。


「何か言いまして? 人に優しくできるだとかなんとか聞こえましたが。そもそも魔法が使えない貴女は人間でして?」

「はぁ? 私が人間に見えないのなら、あなたの目が腐ってるだけじゃない?」


 流石に今の発言にはカチンときた私は矢のような返球で返す。カーミルも眉を上げて睨みつけてくるので、私も負けじと応酬する。バチバチと視線の火花がルシアの頭の上で交差していた。


「もうそろそろやめなよ、2人とも……」

「そうですよ。他の方に迷惑です……」


 そう言ってルシアとシルルが私たちの服を引っ張るので、勢い余って立ち上がっていた私たちは怒りを抑えて席に着き、フンと顔を背けた。


「なんか子供っぽいエリアちゃんは久々に見た気がするよ」

「私もカーミル様のこんな姿、初めて見たかもしれません」


 なんだか私たちが仲違いしている間に、ほんわか組が馴染み合っている感じがする。

 ルシア、敵と馴れ合うのはやめなさい!


 だけど、冷静になって思えば、かなり幼いやり取りではあったと思う。ちょっと恥ずかしいのでしばらくこのまま顔を逸らしておこう。


 そうして時間が経過していき、次は2年生の発表に移った。2年生の発表も3年生に負けず劣らずの迫力っぷりだった。魔術部門入学者の伸び代は1→2年が一番大きいとされている。2年生の段階で魔力量と技術は十分に養われているので、実質2と3年生の間には魔法美術の上で実力差はほぼない。評価の決め手はほとんど美的センスによるものだけだ。

 だが、そんな中でも例外的な存在がいる。私はようやくお出ましかと、待ち侘び過ぎて乾いていた心が満ちていくのがわかった。


「次の発表者はスカーレット=カタストリックさんです」


 私の双子の姉、神童とずっと呼ばれていたスカーレット姉さんだ。スカーレット姉さんは私の記憶の姿から随分と成長していた。あの頃は長く下ろしていた深紅の髪を後ろで纏め、背丈は一回りも二回りも伸びていて私より少し高いくらいだ。顔はずいぶん母に似て、美しさに磨きがかかっていた。

 会場の中央でスカーレット姉さんが手を振ると、観客席から大きな歓声が沸き起こった。これまた随分なファンを抱えているようだ。


「フンッ。神童で顔まで良いと、ちやほやして貰えて羨ましい限りですわ」


 トゲトゲな性格のカーミルは誰に対しても毒づくようだ。こんな性格じゃシルル以外に友達なんていないんじゃないだろうか。


 会場中がスカーレット姉さんに目を集まる中、姉さんは杖を空へと向ける。スッスッと杖の先が空を描いたその瞬間に、急激な熱波が会場を襲う。姉さんの描いた術式から現れたのは巨大な不死鳥の姿だった。大きさは会場をすっぽり覆ってしまうほど。本物そのままの再現度に誰もが不死鳥の姿に慄き、声も出すことが出来なかった。

 ここが戦場になってしまったかのような威圧感を出せるのは、彼女の圧倒的な魔力量によるものだった。私も気を抜いたら死んでしまうような錯覚にかられて、呼吸すら忘れて、その不死鳥を見ていた。その支配的なまでの美によって、あっという間に時間は消費させられ、気づけばスカーレット姉さんは舞台からいなくなっており、次の発表者の発表が始まっていた。

 先程まで自信満々だったカーミルが今では顔を青ざめさせながら、乾いた笑いを漏らしていた。


「ハハ……。こんな化け物を相手に入賞だなんて目標を持つのはゾッとしませんわね……」


 この圧倒的なまでの絶望感を体験するのは、私は初めてではないからダメージは小さかった。しかし、初めて姉達を見た人は彼女らの才能を羨むか自分の才能に絶望するかのどちらかの選択肢しか与えられないのだ。カーミルがこんな反応をするのも無理はない。


 その後登壇したスリーズ姉さんもスカーレット姉さんと同じく、不死鳥の再現を披露した。両者の発表は全く同じものだったにも関わらず、会場の空気はどちらも同じ反応だった。凄すぎて声が出ない。気がついたら終わっていた。そんな感じだ。

 会場全員がこの2人以外に優秀、最優秀賞はないだろうという空気になってきていた。


 そして、2年生も全員発表が終了し、一年生に順番が回ってきた。魔法美術の入賞は最優秀賞、優秀賞と新入生特別賞の3枠だ。私は全力を出せば最優秀賞も狙えると思っているが、どちらにせよ実質入賞条件は新入生の中で一位を取ることだけだ。


「さてと、わたくしも準備しませんとね。あんな化け物には敵わなくとも、他の人よりはまともな発表をして参りますわ」

「頑張ってください!」


 カーミルはシルルに送り出されて、会場裏へと移動していった。


「あ、カーミルさんの次が僕の番なんだった!」


 ルシアも慌てて席を立ってカーミルの後を追いかけようとする。


「ルシア、力まずリハーサルの時のようにね」

「うんっ!」


 ルシアは新品の白金に光る杖をひらひらと私に見せて、去っていった。緊張しいなルシアだが、今の様子からして心配は無さそうだ。


 まもなくして、カーミルの発表順が回ってきた。

 彼女は自信満々に舞台に立つと、杖で空中をなぞる。彼女も上級生並みに数多くの魔術を発動していく。彼女の選んだ題目は四季の表現だった。春の表現に、植物操作系の魔法を使い一面を花畑にしていく。夏は南国を思わせる木々を生やし、水魔法で海を表現する。秋は実りと命の枯れを、冬は自然の過酷さと次の季節への巡りを。

 普通魔術師は一つの魔法が突出して得意なことが多いのに、カーミルはあらゆる魔法を高水準でこなしていた。表現力という点では、発表者の中でも一番高かったように感じた。

 私は、彼女は所詮Bクラスの人間なんだと心の中ではどこか馬鹿にしていた節があった。しかし、それは見事に覆された。ここまでの才能を持っているならAクラスに在籍している方が妥当に思えてしまうくらいだ。現時点の評価では特別賞には彼女が輝くだろう。

 面白くなってきた。


 そして、直後はルシアの発表だ。

 ルシアはリハーサルの通り、炎を中心にしたパワフルな演出をした。出来栄えはリハーサルと同じく完璧だったが、直前の発表がカーミルの芸術点の高いものだったからか、会場の反応はいまいち良くなかった。魔法制御の点では、ルシアはかなり上位に入っていると思うが、この行事の趣旨は芸術なので、細かな生徒の資質は評価の対象外なのだ。


 自信満々な顔で帰ってくるカーミルと対照的に、ルシアは肩を落としてトボトボと歩いてきた。


「ルシア。リハーサル通り完璧に出来ていたんだから、胸を張って良いんだよ?」

「うん……。それでもやっぱり悔しくて」

「それなら、次は自分が納得出来るように頑張ろ」


 私はそう言ってルシアの肩をポンと叩いた。大抵ルシアはこういう時すぐに立ち直って笑顔を見せてくれるのだが、今日は堪えていたのか悲し気に笑うだけだった。


「あら、お友達の心配ばかりしていて良いのかしら? もうすぐあなたの番ではなくって?」


 カーミルの言葉で私はハッと我に返った。ルシアの次の次が私の発表の順番だったのを忘れていた。急いで会場裏へと移動しなくては。


「エリアちゃん、頑張って!」

「おっけー、みんなの度肝を抜いてくる」


 ルシアの励ましに私はそう反応する。


「せいぜい無様に散ってきなさい、無能力者」

「うるさい。黙って指を咥えてみてろ!」


 カーミルに親指を下に向けて見せつけてやった後、私は会場裏の入り口へと急いだ。



 会場裏に着いたはいいものの、駐在していたスタッフは1人だけで、会場手前すぐの出入り口に立っていた。しかし、その他のスタッフ、特に案内役の人が全く見当たらない。一応、出席と本人確認があると聞いていたのだけど。もしかして集合の入り口を間違えてしまったのだろうか。

 そう思い至って別の入り口に向かおうと踵を返したら、いつの間にか目の前に3人組の女子生徒が立っていた。顔に見覚えはないので、一般クラスの生徒たちだろうか。


「もしかして、案内係の方ですか?」


 私は一応確認を取ろうと思ってそう聞いたのだが、彼女らは私の質問に答えず三方向から私を取り囲んだ。


「ふふ。エリアさんの弱点って、これなのでしょう?」


 いきなり何を言い出すのかと思えば、次の瞬間、私は目の前の女子生徒に突き飛ばされていた。尻餅をつく私は一体何事だと、その生徒に文句を言ってやろうとしたのだが、私は彼女の手に持つものを見て絶句した。


「なっ……」


 彼女の手には私がいつも腰に提げている赤色の本が握られていた。彼女は私を突き飛ばすと同時に、本を抜き取っていたのだ。私はこの事態を前に、眉間に皺を寄せた。


「何のつもり? タチの悪い冗談なのだとしたら、やめてくれない?」

「あらあら、何をそんなにムキになっているのかしら? こんな古びた本なんて魔術師には不要でしょう? 魔術師には杖さえあれば良いのだから」


 女子生徒の態度は飄々としていて、掴みどころがなくとても不気味だ。これ以上関わりたくないし、さっさと本を取り返さねば。本には事前に準備した術式がたくさん保存されているのだから。

 そうして、私が一本前に踏み出そうとしたら、今度は後ろに控えていた女子2人に羽交い締めにされた。


「ちょっと、何を!」

「すみませ〜ん。係の方〜? 次の番のエリアさんがごねてしまって準備してくれません〜」


 不気味な女子生徒が出入り口に立っていたスタッフに話しかけた。

 しめた。この人に説明して本を取り返す口実を作れれば。


「スタッフさん! この方に私の所有物を取られてしまいまして、取り戻すのを手伝ってもらえま……せんか……」


 私は言葉を最後まで言い終えぬうちに気がついてしまった。何故会場案内係がいなかったのか。何故スタッフが出入り口に1人しかいなかったのか。全てはこの状況を作り出すためだったとしたら、どんな不正が起こったとしても私が逃げ出せない環境を作るためなんだとしたら、辻褄が合うのだ。


「エリアさん、もうあなたの順番が来ています。魔法発動に関係のない本のことは後にして、早く準備をして下さい」


 スタッフは口ではそう言っているが、私がその本が魔法発動に関係あることを説いてもきっとそれを認めないはずだ。なぜなら、今ここにいるのは、不正事実を知りながらそれを隠蔽できる最低限の人間たちだからだ。即ち、このスタッフも完全に女子生徒側に立つ人間だ。


 そうか、わかった。これを仕組んだのは姉達だ。姉達はかつての再現をしようとしているのだ。

 かつて魔法が使えると期待されていた私が、無能力者だとわかって周囲を失望させたあの事件の再現を。


 そして、今度は魔法が使える気になっている私に無能力者である自覚を芽生えさせ、二度目の絶望を与えるために。


 私はスタッフに腕を引っ張られ、会場に連れて行かれる。私にはそれを抵抗する為のなす術がなかった。

 連行される間、私はかつて味わった苦い絶望の味を思い出していたのだった。


さて、ようやく逆転の始まりが描けそうです……。後2話で一章の一幕が終わりますので、よろしければお付き合いください。

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