アツい季節とその備え
ルシア対スリーズの試合を3→4回戦に変更しました
一学期の終わりまで、もう1ヶ月を切った。入学した頃とは気候も変わり、暑さが堪える日々が続くようになってきた。
しかし、この時期は天候だけでなく、学園内も熱くなる。なぜなら学期末は、今学期の成績によって各部門の主席が決まる時期になるからだ。
そして、その主席を決定付ける最後の行事である魔術決闘がもう数日後に控えていた。
「おねがい、おねがい、お願い……」
私は小声で祈るようにぶつぶつと単語を並べながら、手に持ったトーナメント表を裏にして睨みつけていた。
魔術決闘は、その名の通り魔術を使った1対1の決闘を行う競技だ。相手に有形の魔術を多く当てた方の勝ちというシンプルなルールで、トーナメント形式の勝ち抜き戦となっている。これが学期の最後の行事に定められているのは魔術決闘の優勝者が主席の条件をクリアしていた場合、そのまま主席の座を手にするからである。そのため、優勝する為には対戦相手が非常に重要になってくるのだ。
「早めに姉達にあたりますように!」
私は意を決してトーナメント表を表に向ける。私と姉達の名前を素早く確認していくが、自分の名前が入ったブロックの中に姉達の名前は書かれていなかった。全ブロックが4つで、スカーレット姉さんはAブロック、スリーズ姉さんはCブロック、私はDブロックに入っていた。
少なくとも準決勝、決勝まで進まないと姉達には当たらない計算だ。私はハァと心の中でため息を吐く。
そんな私の様子を見かねたように、カーミルが呆れた顔をしてやってきた。
「普通、強敵ならば最後に当たるのを願うものじゃありませんの?」
カーミルの発言に、私はチッチッチと指を振って否定した。
「分かってないなぁ、カーミルは。私は主席になるんだから、いずれにしろいつかは強敵と当たることになる。どうせ当たるなら厄介な人とは早めに当たった方がいいじゃん?」
「……相変わらずのビッグマウスですわね。アナタの自信をわたくしにも分けて欲しいくらいですわ」
カーミルはそう言うが、私は別に大口を叩いているわけではない。実際に魔法美術で脅威に感じた上級生は姉くらいであったし、同学年にはハナから負けるつもりはない。
それに、もし途中で負けるような事があれば、私は潔く学園を去って誰も知らない土地で細々と生きるような決意でいるので、大口でも叩けるだけ叩いて自分を追い込んでおいた方がいいのだ。その方が燃えるし。
「ところで、カーミルの方はどうなの? いい感じで勝ち進めそうなところに入ったの?」
私はカーミルに尋ねながら、自分のトーナメント表に視線を落とした。見ると、カーミルのブロックはBで、初戦の相手も2年生のあまり名前の知らない人だった。
「なんだ。Bブロックは大したこと無さそうな人ばっかりじゃん。準決勝まで進むのは楽勝そうだね」
「……アナタって相当リスペクトに欠いていますわよね。わたくしの初戦の相手は仮にも上級生ですわよ。そんな簡単にいくわけないでしょう?」
「でも、カーミルは負けるつもりなんてないんでしょ?」
私がニヤッと笑ってそう問うと、カーミルも胸を張って私に答えた。
「勿論ですわ。たかが1年2年の年齢差を理由に負けるつもりはございません。それに、決勝にまで勝ち上がれば、アナタと直接対決する機会もあるかもしれませんからね。魔法美術で受けた雪辱を晴らす為にも、アナタも負けるんじゃありませんわよ?」
さっきは私に注意したけど、カーミルの大口と血の気の多さも大概だ。でも、そんな彼女だから私も正面からぶつかり合えるし、戦えたらと思うとワクワクする。
「お互い、姉さん達を倒して決勝で戦おうね!」
「えぇ」
私とカーミルは拳を突き合わせて、そう約束し合った。
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放課後、バイトがあるルシアと途中まで一緒に帰っている時にもふと魔術決闘の話題になった。
「そういえば、ルシアのブロックってCだったんだよね?」
私が唐突にそう確認してみると、ルシアはあまり顔色が優れない様子でうんと首を縦に振った。
「初戦が3年生の特別生クラスの人と当たるんだ……。それに、もし勝ち進めたとしてもすぐに4回戦でスリーズさんに当たっちゃって……。エリアちゃんと戦えるのを楽しみにしてたのになぁ」
ルシアは眉をハの字にして、ガックリと肩を落とす。
私も最近メキメキと成長してきたルシアと戦えるのを密かに楽しみにしていた。確かにルシアの対戦相手を聞いてみると、一筋縄ではいかなそうだ。
でも、私は明るく努めてルシアに告げた。
「今から暗くなっててどうするの? 勝つか負けるかはやってみるまでわからないじゃない。自分で自分の可能性を狭めちゃダメ。“分からないことは、とりあえずやってみる”。一生懸命やってみたら、結果が変わるかもしれないんだから」
嘗て私をどん底から引っ張り上げた祖母の言葉の受け売りだけど、私はそれを信じてここまでやってこれた。
だから、きっとこの言葉は間違いじゃない。
ルシアだって諦めなければ、もしかしたらスリーズ姉さんにも勝つ事ができるかもしれないんだ。
「……そうだよね」
ルシアはようやく顔を少し明るくして呟いた。それでもまだ自信なさげな表情をしていたので、私は彼の腰に据えられた白金色の杖に手を添えた。
「私のライバルになるって、ルシアがこの杖に誓ったんだよ? そんなライバルが簡単に負けたら承知しないから。スリーズ姉さんは私が倒すつもりでいたけど、今回はルシアに譲る。だから、私の準決勝の対戦相手にはルシアが来てね!」
私がその言葉かけて、ルシアはようやく顔の曇りを晴らして、「うん!」と頷いた。
もし彼が姉さんをも倒して勝ち進めたとしたら、相当な自信に繋がるはずだ。
今回の魔術決闘で、私に憧れるだけじゃなく、ルシアが彼だけの本当の持ち味を見つけて魔術師として自立するきっかけになってくれたらいいなと私は思った。
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ルシアと街で別れた後、私はいつものように河原の練習場へと足を運んだ。目的は勿論、アギトとシヴァに魔術を教える為である。
前にこの場所はルシアに使うなと怒られたはずだけど、2人がルシアに熱心に頼み込んだお陰で使用許可が降りたらしい。
まぁ、この2人は押しも強いし、アギトは話を聞かないし、シヴァは自分の主張を曲げる気は無いしで、頼み込まれたら断る選択肢を与えられないからなぁ……。今も魔術指導をさせられている私のように。
ただ、この2人は学年トップということもあって、話の飲み込みも早い。もう大体の魔術理論は教えたし、彼らも1人で術式を描いてモノを圧縮し、解凍して放出するというサイクルが出来るようになっていた。じきに私の指導者のお役目も御免となるだろう。それまではもう少しだけ彼らに付き合うつもりでいる。
特訓を始めて暫く経った後、そろそろ疲れてきた私が休憩の指示を出して、3人土手に並んで座った。
川の向こうで沈みかけた夕日が揺らめいて流れる川の水面をキラキラと照らす。
「フッ。ちょうど黄昏時だな。まだ僕たちが魔術を習いたての頃はすぐに日が沈んでいたというのに、随分と日も高くなったものだ」
突然シヴァが風情を嘆いた一言を言いだしたので、私は驚いてしまった。
「シヴァって意外と趣を感じるタイプなんだね。頭は固いのに」
「頭が固いは余計だ。貴族ならそういった嗜みも学んでいて当然なのだ。戦闘部門の人間だからと言って、教養が無いなどと見くびってもらっては困る」
眼鏡をクイと持ち上げるシヴァに、そんなもんなのかと私はふーんと鼻を鳴らした。もし私が今もカタストリック家の令嬢として生きていたとしたら、色々な教養とかを学んでいたんだろうか。流石に想像がつかないけれど。
そんな会話をしていたら、アギトが割って入ってきた。
「俺のことも見くびって貰っては困るっすよ。教養なら負けるつもりはないっす! 例えば、剣と同じように油を付けて銅貨を磨けばすっごい綺麗になるっす!」
うん、アギト。それはただの豆知識だよ。ドヤ顔で言うものじゃないよ……。
こういうズレたところはアギトの十八番だ。私と同じように、シヴァは微妙な顔でアギトを見ている。いつも一緒にいるんだったら、こういう場面でしっかりとツッコミを入れられるようになっていて欲しいものだ。
「あ、お金と聞いて思い出したぞ」
シヴァが突然そう呟いて、自分の鞄を弄りだした。「あった」という声と共に取り出したのは、一冊の本だった。
「ほら、君へのプレゼントだ」
「……え?」
唐突にその本を手渡されて、私はキョトンとしか出来なかった。よくも分からず2人の顔を交互に見やる私にシヴァが目を細めて答えた。
「もうすぐ魔術決闘だろう? 連日連戦なら、その赤い本一冊では術式を保存するページが足りないのではないかと思ってな。君は他にメモ程度しか持ち歩いていないようだから、これが役に立つと思ったんだ」
「え? いや、だから何で突然プレゼントなんてくれるのさ!? どう言う風の吹き回し?」
疑問に答えているようで答えていないシヴァの回答では、肝心の私がプレゼントを貰う理由が分からない。
困惑が更に増す私に「はいはーい」とアギトが手を挙げた。
「俺とシヴァで買ったんすよ。日頃師匠にはお世話になってるっすから。2人で割り勘にしたんすけど、まぁ自分があんまりお金持ってないんで物は大して良くないかもっす。でも、感謝と真心はしっかりと込めたっすよ!」
鼻息を荒くして語るアギトの話を聞いてようやく理解した。
まさかとは思っていたけど、本当に日頃のお礼だなんて言われると信じられない気持ちの方が強かった。でも、お返しに貰った本が私の手にあるってことは、それだけのモノを私は彼らにあげられていたって事だ。
これまで、なし崩し的に2人に付き合ってきたような私だけど、こんなサプライズをしてくれたのは素直に嬉しい。
今まで友達からこんな形でプレゼントを貰ったことなんてなかったから、目頭が少し熱くなってしまう。
「ありがと、2人とも」
私は涙を堪えながら、2人に感謝が伝わるように微笑んだ。
ただ、一つだけ引っかかったことを付け加えた。
「シヴァ。人のプレゼントを“お金”で思い出すのは止めてね。冷めちゃうから」
シヴァは「フッ、すまんな」と反省の色は見られなかったけど、今日は許そう。
私は家に帰ってからも、少しニヤけながらそのプレゼントの本を撫でるのだった。