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エリアのルーツ②〜再起〜


 私は別荘に移されて以来、心が荒れていた。無能力者だと判明し、カタストリック家から縁を切られ、今まで期待されてきた人達には裏切られ、追いかけてきた目標は掻き消されたのだ。


 魔力のない私には価値はない。

 もう誰も信用できない。

 もう生きる意味などない。


 私は与えられた一室に閉じこもり、ひたすらベッドに横になっていた。世話係のマリーが食事の配膳の為に定期的に部屋をノックしてくるが、ひたすら無視した。マリーもどうせ嫌々私の世話係を押し付けられ、迷惑してるに決まってる。どうして無能力者の私なんかの世話をしないといけないんだと思ってるに決まってる。

 そんな迷惑な私だから、いっそ死んでしまった方が良いんだ。こんな淀み切った環境で一生心を擦り減らすくらいなら、そうした方が楽であるに違いない。


 私は食べ物も飲み物も何も口にせず、ただひたすら私が終わる日を待ち続けた。



 そうして一週間が経過した。ようやく頭がクラクラしてきて、手足にも力が入らなくなってきた。

 嫌なことばかり考えようとする頭が邪魔になってきた頃だったのでちょうど良かった。もう助かろうにも身体が動かないから、潔く命を諦められる。万全の準備が整い、後は向こうから死が歩いてくるのを待つだけだった。


 静寂だけが部屋に充満し、眠気に負けて意識が消えかかった折、聴力を失いかけていた耳の鼓膜が僅かに震えを捉えた。


「……ぁ☆*、×%ぅ……○$ぉ」



 まるで水の中にいるみたいに、音は正確に私の耳まで届かない。だが、それが大きな音であることだけは分かった。ガチャガチャと騒々しい音が立ち始める。


 うるさい。今寝たらきっと私はいなくなれるのだから、邪魔しないで。


 私の願いとは反対に、物音は段々と大きくなり、私の耳元まで近づいてくる。


「ほら、そろそろ起きなさい」


 そんなしゃがれた声が聞こえた瞬間に、私の口に何かが突っ込まれた。


 苦しい。気持ち悪い。


 しかし、吐き出そうと抵抗しても、強い力で口を塞がれてうまくいかない。飲み込むまで離してくれず、なくなく私は口の中のものを飲み込んだ。すると、矢継ぎ早に今度は液体を口の中に押し込まれた。抵抗する力も使い果たした私は大人しくなされるままに液体を喉に伝わせた。途中むせてしまったが、咳き込むことすら許してくれなかった。


「全く世話のかかる孫娘だ。その目の隈を見るに、全く眠れていないようだね。いいさ、今はゆっくりお休み。起きたらちゃんとお話をしよう」


 そんな言葉が聞こえたが、全てのエネルギーを使い果たしていた私には、言葉の最後を聞くまで意識を保つことは出来なかった。



---



 目が覚めると、見慣れない木製の天井が目の前にあった。私が送られた別荘の客間の天井だ。

 ここに送られてからは一睡もせず、ただベッドに蹲っていた。絶望と失意に苛まれていて、周りを気にする余裕なんてなかった。ただあの時は死んでしまいたいとそう思っていただけだったから。


 しかし、私がこうして天井を見上げているということはその目論見が失敗した証拠である。その原因と私はすぐに目が合った。


「ようやくお目覚めかい。世話焼かせのエリア」


 私の祖母、リヴァー=カタストリックだ。一週間に一度、カタストリック家の屋敷に訪れ、大人同士の話をしに来る人だったはずだ。私とは廊下をすれ違った時に、たまに話しをするくらいの関係性の人だった。


「何しに、来たのですか……?」


 私と大した繋がりもない人間が何のために会いにくるのか。私には見当もつかなかった。


「何しにってアンタ、孫娘の顔を見にきたに決まってるだろ」


 祖母の口にした言葉は余計信用出来なかった。だって、カタストリック家の皆んなは、魔法が使える(そとがわ)が必要だっただけで、(うちがわ)なんてどうでも良かったんだ。だから、私を捨てたんだから。


「嘘つかないでッ!!」


 私は声を荒げていた。白々しい言葉が耳障りで仕方がなかった。すると、祖母は考える素振りをした後、分かった顔をして私に言った。


「なんだい。エリアはワタシのことが嫌いだったんだね」


 なんでこの人はわかったような顔をして、そんな素っ頓狂な事が言えるのだろうか。私の中の煮えたぎった感情がふつふつと湧き上がってきた。


「何言ってるの? 私がみんなのことを嫌いになったんじゃない。むしろ皆んなが私のことを嫌いになったんでしょ!? 皆んな、魔法が使える私に期待して、期待して、魔力がないことを知ったらすぐにポイって捨てたんだ! 価値のある人間だけがカタストリック家には必要で、それ以外の人間は必要ない! 私は必死に頑張ったんだ! 神童って呼ばれてるお姉ちゃん達を追いかけて、追いかけて、頑張った! でも、全部無駄だった! 魔力のない私はスタートラインにすら立つことが出来なかったんだ! ……こんな私に生きる意味なんてあるの……? なんで私を助けたの? あのまま放っておいてくれたら、私は楽に……なれたのに」


 全てをぶちまけてしまった。何も分かってない人間に全てを分からせてやろうと、私は躍起になって、全てを話していた。祖母は私の話にただ相槌を打って、聞いていた。

 話が終わると、祖母が口を開いた。


「エリアは何にそんな絶望しているんだい? 皆んなに裏切られたこと? 自分に魔力がないこと?」


 裏切られたこと。貴族の中で人間関係は上辺だけのものだ。以前までは家族の間にも愛情があると勘違いしていたが、裏切られた今では当時でさえそこに純粋な家族愛が存在したかさえはっきりとは分からない。正直大きく絶望するほどの事ではなかった。

 自分に魔力がないことも、魔法が使えなかった時にふと過っていた可能性だったので、大きなショックはない。


 一番絶望していたのは……。


「追いかけてた目標がなくなったこと……」


 私の口から言葉が漏れた。私の中で魔法の才で姉達と肩を並ばせるのが夢だった。あの歴代最強と言われていた二人に追いつければ、私はもっと堂々と生きることが出来ると思った。姉達のように。

 だけど、そんな幻想はもう叶わない。何も優れている所のない私には、もう進める道はない。そんな八方塞がりな状況が、私の絶望だった。


「なんだい。そんなことかい。みっともない娘だねぇ」


 だが、私の告白を聞いて祖母は笑った。初めは馬鹿にされたのかと思って激昂しかけたが、祖母の表情があまりに真剣だったので、私は押し黙った。


「いいかい。普通、人生には他人が示してくれる目標なんてないんだ。全て自分が決定して進む、それが普通の人生だ。それをアンタは少し早めに知っただけのことさ」


 祖母は呆ける私の頭をポンと叩いた。


「それに、エリアは運が良かったじゃないか。魔力がないということは、魔力を持つ者とは違った視点から魔術を考える事ができる。もしかしたら、本当にアンタの姉さん達を超えられるかも知れないじゃないか」


 祖母の言っていることはいちいち意味がわからなかった。


「何言ってるの? 魔力がないんじゃ、魔術が使えるわけないじゃない」

「馬鹿だねぇ、エリアは。そんなものやってみないとわからないじゃないか。とりあえず分からないことはやってみる、人生の鉄則だよ」


 強引な祖母の主張に、私は思わず笑いが溢れた。ここ2週間は表情筋を使ったこともなかったのに、まだ笑うことができる自分に驚いた。

 祖母もつられて笑ってくれた。


「そう、それで良いんだよ。失敗しようが、心が沈もうが、笑える自分でいなさい。それでこそ、ワタシの孫娘だ」


 結局その後、祖母に唆されるままに私は魔術の勉強をした。祖母の言う魔力のない人の視点っていうものを理解するために。

 私が立ち直った後も、祖母は定期的に別荘に会いにきてくれた。祖母との絆が生まれるのにも、そう時間は掛からなかった。そうしている内に、人間に対する不信感も徐々に取り払われていった気がする。




 こうして、魔術の勉強を進めること3年半。日々の努力の末にようやく私は魔力なしでも魔術を扱う術を見つけることが出来たのだった。



☆☆☆



 時は変わって、現在。16歳になった私はグリモアル学園の入学式に来ていた。


 前回の入学試験では、結局私以外に試験用のダミー人形を破壊できた人はいなかった。そりゃそうだ。普通大人の魔術師でさえ、あのダミー人形を破壊する威力を持った魔術を扱うことは出来ない。

 それが未だ魔力経路(パス)の未成熟な子どもであれば尚更不可能だ。結果、私は学園から無事合格通知を受け取り、今に至るわけだ。


 あの時はつい気合が入って、何も考えず威力最大で魔術を放ってしまった。あれは失敗だったかもしれないと今では思った。この学園にはカタストリック家の神童である姉達がいる。そして、それを取り巻く貴族もいる。つまり、カタストリック家の姉達からすれば、目障りな私が邪魔であるわけで、公の場で目立つようなことをされたら困るわけだ。

 だから、入学式に向かう道中、嫌な視線が彼方此方から感じられた。恐らく、姉の取り巻き達が私を見張っているのだ。別に見張られたからと言って、私の行動が変わるわけではないが、どうにも心が落ち着かない。

 もやもやした気持ちで歩いていると、聞き慣れたハイトーンボイスが背後から響く。


「ヤッホー。エリアちゃん」


 声の主はガバッと私の背後から抱きつき、私の腰に手を回してくる。ラベンダー色のショートボブで、学園指定の女子制服を着た少女のような容姿。初等教育の時からの付き合いであるルシアだ。

 平たくいえば、私の友達だ。


「やめて、離して、変態、衛兵呼ぶよ?」

「ひっどい。朝からつれないなぁ」


 ルシアは渋々といった顔で私を解放するが、なんでそんな拗ねた顔をされないといけないのか私は理解できない。注意して欲しいのは、ルシアが“男”である点だ。女子の制服を着ていようが、声も容姿も雰囲気もどこからどうみても可愛らしい少女であろうが、彼は男だ。

 つまり、彼のした行為は前置きもなしに突然女子に対して抱きついてくるという超変態的行為なのだ。絶対に彼の方が悪い。

 けれど、何故だかションボリと眉を下げて項垂れているルシアの顔を見ると、私の方が悪いことをしたんじゃないかと錯覚させられてしまう。


「……もぅ、悪かったって。おはよう、ルシア。一緒に行こ」


 頭をかきながら私が言うと、ルシアはとびっきりの笑顔で「うん!」と頷く。


 もう、こういうやり取りは小っ恥ずかしいからやめて欲しい。ルシアにはこういう天然なところが多々ある。ルシア“も”親がいないから、世間知らずなところがこういうところに現れているらしい。

 だけど、そんな点もルシアの美点だ。少なくとも彼の登場で、私の意識が周りの視線に向かなくなって、心のモヤモヤは無くなった。


 ありがとう、とは言わないけれど私は彼に少なからず感謝していた。


--


 学園前には大勢の生徒たちが一つのボードの前に集まっていた。学園の入学式の日は、同時に新入生と在学生のクラス分けの発表日でもある為、生徒たちはいち早くクラス分けの結果を知ろうとああして集まっているわけだ。


「ほら、エリアちゃん。貼り出されるよ」


 教員の一人が前のボードにペタペタと大きな用紙を貼っていく。一学年は特別生クラスのA、B、そして一般クラスのC〜Eまでクラスの5つに分かれていて、それぞれ上から成績順に決まっていく。


「やった! 僕特別生クラスのBだ! やったよ、エリアちゃんー!」


 ルシアが喜び飛び跳ねた勢いでまた私に抱きつこうとしてきたので、今度はやんわりと引き剥がす。私も自分の名前を探すが、Aから順に見ていって、一向に名前は見つからない。Bクラスに差し掛かった頃、ルシアが声を上げた。


「エリアちゃん、あったよ! 僕と同じクラス!」


 そう言ってルシアが指し示していたのは、Bクラスの一番下にある名前だった。確かに、エリア=テレニアの名前であった。

 正直私はホッとした。私の目標である“主席”になる前提条件として、特別生クラスに在籍すること、というのがあるからだ。


「だけど、おかしいよね。エリアちゃんは絶対僕より成績良かったはずなのに、僕より名前が下にあるなんて」


 ルシアの言う事はもっともであるが、私は逆に確信が持てた。

 学園に来る前はもしかしたら、私の事なんて誰も気にも留めていないんじゃないかって幻想を抱いていた部分があった。登校中に嫌な視線を浴びたのも、もしかしたら私の顔にハナクソでもついていて、それを訝しげに思う視線だったのかもという可能性も考えていた。

 しかし、このクラス分けの結果からわかる事は、明らかに学園側に対して私の妨害をする行動を起こした人物がいるという事だ。それがカタストリック家関連であることは予想でしかないが、十中八九正しいと私は思っている。


「どうする、エリアちゃん? 先生に間違ってないか聞いてこようか?」

「ううん、これでいいの。だって、こういう展開の方が燃えるでしょ?」


 私が目立てば目立つほど、カタストリック家には痛手になる。そうでなければ、こうして私の邪魔をしてくるはずなどない。

 だが、これは私にとってチャンスでもある。飛び越える障壁が大きくなればなるほど、飛び越えた後のインパクトが大きくなるのだから。

 私が障壁を乗り越えて主席になった時に、どんな後悔の台詞を言ってくれるか楽しみだ。


 私のカタストリック家に対する裏切りがスタートした。


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