エリアのルーツ①〜転落と再挑戦〜
私はカタストリック家の三女、エリア=カタストリックとして生を受けた。
カタストリック家は王国内でも数々の優秀な魔術師を輩出してきた貴族の一家だ。家系的に生まれてくる女性は魔力が強く、近年では世代に一人は最優秀魔術師者の証【レグニス】を継承し、魔術師の家系では隣に並ぶ者はいないと称されるほどだ。
中でも、私より1つ上の双子の姉スカーレットとスリーズは神童と謳われていた。何故なら、彼女らは物心もつかないような歳にして膨大な魔力を持っていたからだ。
そもそも魔力の強さは、その人間が持つ魔力エネルギー倉庫との供給経路の大きさで決まる。神の領域にあると言われる魔力エネルギーの倉庫は膨大なエネルギーを有しており、人はそこから供給を受けて魔力を発現させる。だから、供給経路が太ければ太いほど、その人の魔力は強いということになる。
普通、人間は肉体の成長とともに供給経路が太くなる。だから、幼子にしてそれが太いということがどれほど凄いことか、家族も親戚も屋敷の者も誰もが理解していた。
「私たち一族は更なる飛躍を遂げるのね!」
「これでカタストリック家は安泰だなぁ」
「この世代で一族最強を迎えるのか。スカーレットとスリーズだけでなく、エリア達にも期待できるぞ」
スカーレットとスリーズの価値を知ってからというもの、身の回りの者は私たちを持て囃し、より一層大切に世話をされるようになった。
まだ明確に魔力が使えなかった私にも、期待の目を向け、優しい言葉をかけてくれた。
いつか私も膨大な魔力が扱えるようになる。お姉ちゃん達がそうだったのだから。
この頃の私は根拠のない確信を心の中に言い聞かせていた。
そうしている内に7歳になった私は両親に連れられて魔力審査会に参加した。
魔力審査会は毎年行われる魔術師として有名な貴族たちが集う独自のパーティだ。各家の子息達の持つ魔力を測り、成長を祝うというのがこの会の趣旨である。もちろん私だけでなく、神童である姉らも参加していた。
当然、その日の会場の視線は私たちに集まっていた。
「おい、次はカタストリック家の娘達の番だぞ」
「今年は一体どれほどの魔力量になっているんだ?」
あちらこちらで期待の声が聞こえた。まずはスカーレットとスリーズの順番に魔力の測定が行われた。審査官が二人の身体にふれ、魔力保有量を数値化していく。測定を終えた審査官は目を開いて、結果を読み上げる。
「スカーレット様、2758。スリーズ様、2699」
その瞬間、会場が大きくどよめいた。魔道士の大人の平均の魔力保有量が2000ほどである。
つまり、審査官が読み上げた数字は幼い姉が並の大人を上回る魔力量を持っているという事実だった。
「おお、本当に彼女らは神童だ!」
「去年は2000くらいだったわよね? あの娘達、一体この先どこまで成長するの!?」
歓喜の声が次々と上がる中、その中心に立つ姉らは力を誇示することもなく、何食わぬ顔で優雅にその声に応えていた。
私はただ、凄い、としか思えなかった。
今でさえ並の大人を超越しているのに、姉らは後ろを振り返らず、どんどん先に進んでいってしまう。私と姉らとの間の差は広まる一方だった。
その力を持っていることが羨ましい。まだ魔力を扱えない私はその背中を追うことも叶わない。
そんな悲しさを覚えていた私の肩に母は手を置いて、言った。
「エリア、次はあなたの番よ」
私は怖くて足が進まなかった。姉のような優秀な結果は出せないことは明白だったから。皆の期待に沿う結果なんて得られないだろうから。
そんな感情が表情にも出ていたのだろう。母は私の心を察してくれて、背後から抱きしめてくれた。
「大丈夫。あなたにはあんなに大きな背中を見せて立ってくれている姉がいるのだから。届かなくてもいい。一緒に少しずつでもいいから、そこに向かって進んでいきなさい」
視線の先にいる姉達は手を差し伸べて、待っていた。私は少しだけ目尻に溜まった涙を拭いて、姉の方へ向かい、その手を取った。
目標はいつもそこにあった。優秀な姉が前を歩いているから、私も迷うことなくそこに進めた。
魔法は魔力をうまく練るイメージが大切なのだと教えられてきた。だから、私は姉達に追いつくために、魔力を練るためのイメージトレーニングに毎日打ち込んだ。それでも私は魔法が使えるようにならなかった。でも、それはきっと私の魔力の練り方が悪いのだと、そこさえ乗り越えられればきっと魔法が使えるのようになるのだと両親は優しく慰めてくれた。だから、私も魔法が使えないことに心配はしていなかった。
そう、だから私はこの時に告げられる言葉を想像することすら出来なかった。
「エリア、魔力保有量“0”」
会場が静まり返っていた。
いや、私の耳がおかしかったのかもしれない。私の頭が理解ができなかった言葉を理解しようと頑張って働いていて、耳からの情報をシャットアウトしていただけなのかもしれない。
そんな中で、一番初めに聞こえた声は母のものだった。
「……どういう、、ことです?」
それは審査官に言った言葉なのか、ただの自問自答か、今の私にもわからない。ただ審査官は淡々と事実を告げた。
「この子には魔力の供給経路がありません。“無能力者”です」
その残酷な言葉がこの世に告げられた時から、エリア=カタストリックの人生は壊れた。
姉と繋いでいた手は、彼女らの拒絶によって解かされた。その後、カタストリック家は急遽パーティを退出することになった。そして、私は屋敷の物置に閉じ込められた。
一挙に物事が起こり過ぎて私の頭は何も理解できなかった。だから、少しでも状況を理解しようと物置の扉から耳をすませた。だが外から聞こえてくるのは心ない言葉ばかりだった。
『俺たち、無能の世話をしてたのかよ』
『カタストリック家から無能が生まれるはずないわよね。もしかして、奥様が不倫を……?』
『元々あいつはカタストリック家の子じゃないんじゃ?』
『だけど、結局御当主様も無能なあの子のことはもう“いらない”と思っているでしょうね』
いろんな邪推、悪評を聞いている内に私は傷つきながらも自分の立場を理解した。
公然の場で、カタストリック家に無能がいることを晒したこと。カタストリック家にとっては大変恥ずべき行為であり、貴族間の強弱バランスにも影響しかねないことだった。そんな私がカタストリック家の籍にいることは、家にとって由々しき事態なのだ。
また、無能の私の出自。カタストリック家から無能が生まれることは考え辛く、色んな邪推が囁かれた。昔は喧嘩ひとつなかった両親もその事がきっかけで言い争うようになったようで、時折扉の外から揉める声が聞こえた。
そして、閉じ込められること1ヶ月。ご飯を配られる時以外開かなかった扉が遂に開いた。
「君は遠い親戚の住む別荘に移ってもらうよ」
そう淡々と父に告げられて、私は馬車に乗せられた。結局、カタストリック家が出した結論は私をカタストリック家から除籍し、存在をなかったことにすること。あのパーティの件は私が遠い親戚の娘であるという偽の事実を作り、誤魔化すことにしたらしい。その為に私は別荘に移されるのだ。
無能な私を遠ざけることができ、誤魔化すことも出来る。別荘への移送は、私以外の皆んなが万々歳な処置だった。
屋敷を去る前、馬車に乗る前の私の前に母の姿があった。でも、以前は優しい顔で微笑んでくれた母の顔はそこになかった。
「あなたは、誰なの」
疲れた顔で、興味もなさげで、だけど言葉は疑問口調で。それだけ私に言い残して母は屋敷に消えていった。使用人も誰も見送りはいなかった。唯一世話係を任されたマリーだけが同乗し、馬車は走り出した。
そうか、魔法が使えない私には価値はないんだ。魔法が使えることだけが、私に期待されていた価値なんだ。皆んな、私を見ていたんじゃない。魔法が使えると思っていた私を見ていただけなんだ。
そんな悲しい事実を知って、私は何の期待も抱くことをやめた。人にも、自分にも、世界にも。
何も考えることをやめた私は別荘に着くまでただぼーっと外を眺めていた。
☆☆☆
そんな過去を抱えた私が今こうしてこの舞台に立っていると思うと、感慨深くなってしまう。思わず過去を振り返ってしまうほどに。
「エリア=テレニア。前に」
試験官に呼ばれた私は、はいと返事をして一段上がった台座に立つ。
他の受験生より一つ頭が上に出て、全員の視線が私に向く。その人達の顔には嘲り、嗤い、怒りなどの決してプラスの感情でないものが並ぶ。私が歓迎される存在でないことがヒシヒシと伝わってくる。
「これより国立グリモアル学園魔術部門の魔術試験を行う。エリア=テレニアには自身の得意な魔術を披露してもらう。準備出来次第始めよ」
国立グリモアル学園は王国一の総合高等教育機関だ。武、知、技に関して初等教育の際に目をつけられ、選ばれた者たちが集い、その中で厳しい入学試験を突破した者だけが入学を許される名門校だ。
貴族の間では、この学園に入学することが一つのステータスであり、子息達はこぞってこの学園の試験を受ける。その中には、嘗て私が無能を晒したあの事件を知っている貴族たちも多い。この嫌な空気はそういった者たちによって作られているのだろう。
誰にどんな噂を立てられているのかは解ったものではないが、勘違いしないで欲しい。私は貴族社会に戻りたくてここに来ているのではない。私はただ一人、私の大切な人と交わした約束を守るために、ここに来たのだ。
「エリア君、早くしなさい」
「……わかりました」
きっと晒し者を見にきた感覚でいるこの受験生たちは、私が魔法を使えないことを知っている。その上で、私が魔法の代わりに手品でも披露するんじゃないか、とかそんなことでも考えているのだろう。
あなたたちのことなんてどうでもいいけど、くそったれた感情が塗りたくられたその顔を、驚きの一色で染め上げられたなら、少しは私の心もスッキリするかもしれない。とくと嗤ってみていて欲しい。
私は腰に取り付けていた赤色の分厚い本のページをめくり、あるページを広げて、構え、唱える。
「“解凍”」
私の言葉に応じて、ノートに書き綴られた複雑な暗号はみるみると薄くなって消え、代わりに巨大な水流がノートから止めどなく溢れ、私の先に設置されたダミー人形を根本からへし折って押し流した。
ダミー人形は鋼鉄製で、かつて誰も破壊したことなどない。
だから、その光景を目撃した一同は空いた口が塞がらない様子だった。とある者は顎を外し、またある者は目玉を落とし、試験官も驚きのあまり眼鏡が割れてしまったようだ。
その時、私の中に一つの感情がふと湧いた。
自分を裏切っていった者たちを、今度は私が裏切っていくこの感触は、想像以上に愉快かもしれないと思った。
私はフッと笑って空を仰いだ。
(おばあちゃん。約束は必ず守るよ。あなたと同じく絶対この学園で主席を獲るから、……そこで見ててね)
新たなエリア=テレニアの人生をここから始めよう。
壊れたエリア=カタストリックに新たな生き方をくれた祖母へ、素敵な報告が贈れるように。
そして、少しでも私を見限った者たちにささやかな復讐ができるように。
この日、私は祖母の背中を追い駆け始めた。
新しく投稿しました。まだ序盤ですが、展開が気になると思っていただけたらブックマーク頂けると大変励みになります。