たとえ人を殺してもバレない世界でも俺は人を死なせたくない ーグッド・ラッカーズー
“三十代女性、人体自然発火現象により、死亡”
またか。このところ多い超常現象による被害だ。
朝っぱらから垂れ流される他人の不幸。俺は人が死ぬのが大嫌いだ。だから、それをニュースにしようという神経が信じられない。もし、仮に――
“三河舞(四十三歳)闘病の末、死去。息子の三河勇生(十九歳)、涙ながらに心境を語る”
なんて自分のことを報道されたらと思うと虫唾が走る。
まあ、文句を言ったところで世界は変わらない。大学が春休みのうちにたんまり稼がないとな。
行儀悪くパンをかじりながら、何か目ぼしい求人情報がないかとスマホで漁っていると、見つけてしまった。
“開運師 日当三万 公益財団法人 グッド・ラッカーズ”
開運師の求人なんて聞いたことがないぞ? 報酬も相まって半端なく胡散臭い。が、他に自分が応募できる求人には日当三万を超える物なんてない。だったら迷いはない。俺は母ちゃんを救うためならば何だってする。そう決めたんだ。
***
面接は普段着でいいと言われたので、何も考えずにトレーナーとジーンズだけ来て会場に出向いた。部屋は公民間の一室。入ると真っ黒なジャッカルのお面を被った大男が突っ立っていた。
「ようこそ、グッド・ラッカーズへ!」
無言でドアを閉める。――今のはエジプト神話のアヌビスのコスプレ? なんでそんな格好で面接してるんだ?
きっと何かの見間違いだろう。そう言い聞かせてもう一度、ドアを開ける。
が、アヌビス気取りの奴は相変わらずそこにいた。しかもさっきよりも距離が近い。
「ようこ――」
再びドアを閉めようとするも、なぜかドアがびくとも動かない! アヌビス気取りの奴を見やると、右手から変なオーラを出してやがる。こいつ、超能力者か?
「ちょっと帰んないで、お願い!」
「そんなふざけたお面被ってる人見たら普通帰りますよ!」
ドアを意地でも閉めさせてくれない超能力者と格闘すること数分。流石に疲れてきたので話だけでも聞いてみることにした。
一歩部屋の中に足を踏み入れた途端に、背後でドアが大きな音を立てて閉まる。まさか! と思ったときには遅く、この部屋で二人きりとなった。
「君を帰すわけにはいかない。テストだけでも受けてもらう」
ぱちり、と彼が指を鳴らした途端に視界に黒い幕が下り、闇の中に彼の姿が浮かぶ形になった。
いったい何が何だか。彼の表情は見えないが、不敵に笑ってでもいるのだろう。してやられた。でも、ここまで来たら、こいつの悪い冗談に付き合ってやるのも一興だ。
テストの前にひとまず自己紹介をした。彼の名前はサイトウというらしい。いや、その格好でサイトウかよ。
「何をテストするんですか」
「君に適性があるかどうかを見たい。人の生死を決める力を与えるに足る人間かを」
人の生死を決める? こいつは俺に人殺しでもさせる気か? なら報酬が高いのも頷ける。
「人殺しならお断りですよ。俺は人が死ぬのが大嫌いなんです」
「邪推は何も生まないよ。君には人の生死を決める力が与えられる。それだけだ」
再び彼が指を鳴らした途端に、俺の右腕が眩い光をまとう。何が起こっているかは見えないが、金属製の何かを無理矢理装着されているらしい。固くて冷たい感触が衣服の上からでも感じられる。
やがて閃光が治まり、自分の右腕の様子が露わになった。エジプトの壁画でよく見る目玉模様が金で描かれた漆黒の籠手だ。――ちょっとかっこいい。
「何ですか、これは?」
彼は質問には答えず、俺に指輪を渡してきた。装飾の部分に描かれた意匠はガラス管に閉じ込められた蛇。その形は電球に似ている。
「その指輪を左手の指にはめて、籠手の目玉模様に翳せ」
言われた通りにやってみる。すると指輪に描かれた蛇が光り、呼応するように籠手の目玉模様も輝きを放つ。光は視界を覆っていた闇を振り払った。
気が付くと俺は街中にいた。それも道路のど真ん中だ。俺の身体を何台もの自動車がすり抜けていく。自分が幽霊にでもなったみたいだ。って、俺は死んだのか?
「安心しろ。君は別次元の世界にいるだけだ」
だからさっきから見えているものに触ることすらできないのか。納得したといえば嘘だが、もう驚くことにも疲れてきた。――と思いかけたところで自分の服装がまるっきり変わっていることに気が付く。
闇に溶けるような漆黒の鎧に金色の装飾、俺が装着している籠手と同じようなデザインの装束に身体が包まれている。顔も仮面で覆われているみたいだ。
「何だ、この格好!?」
「我々の活動は、正体を知られてはならないからね」
いよいよ人殺しをさせられる可能性が高まってきたな。
「この世界にいる間、君は普通の人間たちからは姿が見えない。ここで力を使えば、人を殺したってバレやしない。せいぜい神の仕業か超常現象かと片付けられる。君に授けたあの電球は、人間がこの世界と交信するために使った古代文明の機器だ。今となっては、その用途を誰も推し量ることができず、オーパーツと呼ばれているが」
「やっぱり俺に人殺しをさせる気なんですね」
「来たぞ、標的が」
やはり彼は俺の質問に答えない。標的? 俺が殺す相手か? と彼が指差す先を見やる。俺と同じように鎧を身にまとった男がいた。
「へへっ、今日も人間を燃やすぜー♪」
男は手に持った巨大な虫メガネを使って一人の女性の長い髪に光を集め、発火させた。それもゲラゲラと笑いながら、だ! 世間を騒がせている人体自然発火は奴の仕業だったのか!
「早く標的を消せ」
目の前で女性が、悲鳴を上げて苦しんでいる! なのに虫メガネ野郎は笑ってやがるし、サイトウに至っては、「標的を消せ」だと!?
「いい加減にしろ!」
もうどうにでもなれ! こんなテストなんてウンザリだ! たとえ人を殺してバレない世界でも、俺は人が死ぬのを見たくない!
今の俺には力があるんだよな!? だったら、俺はそれを好きに使わせてもらう!
「俺は人が死ぬのが大嫌いなんだよ!」
何も考えずに全速力で走り、耳障りな笑い声をあげる頭を思いきり殴ってやった。
男は数メートル吹っ飛んだ先の電柱にぶつかった。
「ってーな! 何しやがんだ!!」
なんて悶えながらぶつくさ言ってやがる。黙れこの腐れ外道が!
「人が死ぬのを笑ってんじゃねえよ!!」
啖呵を切った俺の背後で、サイトウが胡散臭い拍手を鳴らした。
「素晴らしい。君は、グッド・ラッカーズのメンバーに相応しい」
天晴れだと俺を褒め称えるサイトウ。
え……? 俺に人殺しをさせようとしていたんじゃなかったのか?
「奴らは、力を私利私欲のために使う犯罪者集団バッド・ラッカーズ。我々は奴らをうちはらい、人々を不運な死から守る開運師なのだよ!」
なるほど、そいつは居心地がいいや!
「指輪を籠手の目玉の紋章に翳せ! 君にとっておきの武器が出るぞ」
籠手に描かれた目玉の紋章が光り、天から黄金のサーベルが降ってきた。なんとかそれを受け取るも一抹の不安はよぎる。
「これで奴を斬ったら殺したことになるんじゃ――?」
「いや、そこは良心設計だ。奴は力を失ってただの人間として実世界に吐き出される」
ならば、決まりだ!
唸り声を上げ、斬りかかったところを、虫メガネの柄でがっしりと受け止められる。
押し合いの末、ついに跳ね除けられた。
けど間合いが開いたならば、それはチャンス! この隙に狙うは奴の持っている虫メガネだ。そのレンズを思いっきり叩き切る。
レンズは真っ二つに割れて落っこちた。
「なにっ!?」
これで終わりだ!
動揺したところを一気に袈裟斬り。男の鎧に亀裂が入り、光が溢れ出す。男は断末魔の叫びを上げて爆発四散。後には彼の装着していた籠手と、割れたレンズだけが残った。
「おめでとう。君の発任務はこれで完了だ!」
「サイトウさん、報酬の件ですが」
大喜びで俺のもとに駆け寄ってきた彼に、肝心なことを尋ねた。すると彼はなぜか後ろを振り返った。違う、お前に言っている。お前の後ろには誰もいないだろ。
「サイトウさん」
今度は耳を塞いだ。アヌビスのお面の耳の位置を。いや耳はそこじゃないだろ。
「聞こえないふりしないでください」
「いや、その……払うことは約束するから。いつになるかは分からないけど」
流石にかちんと来たところで、スマホが震えた。電話が入ったらしい。この世界で電波が通じるのか。というかこの服のどこにスマホがあるんだよ!? 慌てふためいているうちにスマホが転げ落ちた。
病院からの着信だ。まさか――と思いつつ電話に出る。
「三河舞さんの容態が急変しました」
嘘だろ、嘘だよな? 口では淡々と看護婦と応答していたが、心は現実を受け止められない。
「母ちゃん……」
電話が切れた後、俺はその場に崩れ落ちた。
「サイトウさん、この力で母ちゃんを救えたりしないのか?」
「残念だが、逃れようのない死も存在する」
「母ちゃんはまだ死んだりしない! 俺が死なせない!」
サイトウは黙って首を横に振る。
こんなのあんまりだ! 俺が、母ちゃんを救えないなんて!
そうか! 母ちゃんが死にそうになっているのも、きっとバッド・ラッカーズの仕業なんだよな。絶対にそうだ!
「待て! 待つんだ三河!」
サイトウの制止を振り切って俺は走った。行き先は母ちゃんが入院している病院、そこに母ちゃんを殺そうとしている奴がいる。





