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傭兵、魔石、その使い道

 王都の片隅。

 酔客でにぎわう宿の食堂に、乾いた音が響き渡る。


 振り払われた手から転がり落ちる魔石。


 周囲から注がれる好奇の視線に舌打ちし、シーハ・ナは席を立った。


「……あたし、もう寝るから。後は、あんたたちで勝手にやって」

「おい、待ってくれシーハ・ナ! ちゃんと話をっ」


 伸ばした手が空を切る。


 フードを深く下ろしたシーハ・ナは、ざわめく酔客たちを押しのけ、足早に食堂を出て行った。


「勘弁してやってくれ、親父殿」


 呆然とするヴィーラを慰めたのは、息子のザルンだった。

 巨体の背中を煤けさせたヴィーラを卓に座らせ、すまさなそうに言う。


「シーハ・ナの奴、親父殿が引退するってんで拗ねてんだよ。許してやってくれ」


 豪勢な食事が並べられた卓では、他の息子と仲間たちが、心配げにヴィーラを見つめていた。


「ほっほっ! 名にし負う『黒鉄くろがねケーサカンバリン』も、娘の前では形無しですなぁ」


 その中の一人。小太りのトゥルヴァは、落ち込むヴィーラを目にして、ほろほろと笑い転げた。


「あのくらいの年頃ならば、父親を嫌うのは当然のこと。むしろ、臭い汚いと言われなかっただけマシというもので」

「おい、やめろトゥルヴァ! 親父殿が、今にも死にそうな顔になってるだろ!?」


 卓に突っ伏したヴィーラは、あまりの悲しみに嗚咽した。


 可愛かったシーハ・ナ。将来は、お父さんのお嫁さんになると言っていたあの子が、まさかあんな態度をとるなんて。


「いや、親父殿。ショックなのはわかるが、記憶の捏造は良くないぞ。シーハ・ナは、昔からあんな感じだ。うん」

「お、おとさん!」


 身も世もなく泣き伏すヴィーラに、ラウルが盃を差し出した。


 小さな身体をさらに縮めて、今にも泣き出しそうな顔のラウル。ヴィーラが傷ついているのを見て、自分も悲しくなったのだろう。


 なみなみと葡萄酒が注がれた盃を、ヴィーラは一息にあおった。

 瞬く間に酒を飲み干し、わしりとラウルの頭を撫でる。


「美味いっ! やはり、お前が注いでくれた酒は美味いな、ラウル!」

「わんっ!」


 二人のやり取りを黙って見ていたボォルスが、盃を掲げた。一抱えはある大杯も、巌の如き巨体の前では、わらべの玩具細工に等しい。


「あっ、ボォルス! お前、そりゃ俺の分だぞっ!?」

「ほっほっ、では小生は串焼きを」

「トゥルヴァは食い過ぎだ。また腹が肥えるぞ! ラウル、皿から直接食べるな。そんなとこまで狼を真似なくていい!」


 喧噪で溢れかえる食卓に、ヴィーラは目頭を擦った。


 皆、ヴィーラの大切な家族だ。そして「ケーサカンバリン傭兵団」で共に戦ってきた戦友でもある。


 かつては貧民街の野良犬だったザルン。今では一流の剣士に成長し、傭兵団の副長にまで上り詰めた。


 トゥルヴァは、どこかとぼけた風貌に反して優秀な斥候。狩りの腕も一流で、常に笑みを絶やさない。


 最年少のラウルも、成長著しい。近頃は狼になるといって、日々鍛錬にいそしんでいる。


 いかにも戦士然としたボォルスは、その実、傭兵団の癒し手。戦場で傷ついた者たちを治療し、敵には容赦なく槌を振り下ろす。


 そして、シーハ・ナ。ヴィーラが育てた、ただ一人の娘──


「すまねぇな、お前ら。俺なんかのために、わざわざこんな会を開いてくれてよ……」


 鼻を啜るヴィーラに、ザルンは「なに言ってんだい」と笑いかけた。


「俺たちを育ててくれた親父殿が引退するんだ。集まるのは当然さ」

「わん!」

「団長殿は、我らの誇り。その門出とあらば、祝わぬわけにはいきますまいて」


 皆の言葉に、ヴィーラはまた鼻を啜る。


 貧しい辺境生まれのヴィーラが傭兵になったのは、今から30年前のことだった。


 折しも、人魔大戦劈頭。

 悪漢、凶賊、無頼の徒。栄達を夢見た有象無象共に混じり、ヴィーラもまた徒手空拳のまま戦場へと乗り込んだ。


 徐々に頭角を現し、傭兵団を立ち上げたのが20年前。

 討ち果たした敵は数知れず、名誉は浴びるほど。


 そんなヴィーラが得た一番の財産が、ここにいる家族と仲間たちだった。


「しかし、良かったのか? なにも、お前たちまで抜けることは」


 ヴィーラが引退を決意したとき、ザルンたちもまた、傭兵団を抜けると言い出した。


 ここにいる面々は、傭兵団の中核と言ってよい戦力だ。ヴィーラ自身、次期団長にはザルンを推すつもりでいたのだが。


「いいんだよ。親父殿のいない傭兵団なんざ、中身のない饅頭みたいなもんさ」


 そう言ってザルンは、羊肉の饅頭に齧りつく。


「おとさん、いない。僕いる、ない。わん!」

「団長殿がおらねば、『ケーサカンバリン傭兵団』は名乗れませぬよ。小生も、有象無象に仕える気はありませんしな」

「おい、それじゃ俺が能無しみたいに聞こえるぞ」

「ほっほっ! これは失敬」


 最古参のボォルスも、同じ気持ちだと視線で訴える。


「なに、心配すんなって。食い扶持の当てなら、ちゃんとあるからよ」


 自信ありげに胸を叩くザルン。

 昔から要領の良い子だ。ザルンに任せておけば大丈夫と思いつつ、ついつい気を揉んでしまうのは親の性なのか──


「──さて、わしはそろそろ寝るよ。すまんが、あとはお前たちだけで楽しんでくれ」


 夜半に差し掛かり、徐々に食堂の人気も消えていく。


 椅子から腰を浮かせたヴィーラに、ザルンたちは罵声を上げた。


「まだいいじゃねえか。今夜の主役は、親父殿なんだぞ?」

「寄る年波には勝てんでな。これ以上飲んだら、明日は起き上がれんわい」


 名残を惜しむ家族と仲間たちに別れを告げ、ヴィーラは食堂を後にした。


 ──宿の裏口から路地に出た途端、ヴィーラはその場にうずくまった。


 押さえ込んでいた汗が、一気に全身から噴き出す。

 不規則に脈打つ胸を押さえ、ヴィーラは懸命に声を噛み殺した。


 ヴィーラの身体は、病に侵されていた。心ノ臓が蝕まれ、やがて全身が石のように動かなくなる。恐ろしい病だ。


「あと半年、か……」


 痛みが引き、一息ついたヴィーラは天を仰ぐ。

 王都で一番の名医の見立てだ。どれほど金貨を詰まれようと決して治せないと、お墨付きまでもらっている。

 日干し煉瓦の壁に背を預け、ヴィーラは手の中の魔石を転がした。


 魔に奪われた神の力の断片。強大な魔のみが宿す魔石は、人に奇跡の御業を可能とさせる。


 戦火に巻き込まれ、両親を失ったシーハ・ナ。その顔に残った傷跡も、魔石の力は癒してくれる。


 巣立っていく子供たちに、せめてもの手向けをと。


 有り金をはたいた神秘の石を、ヴィーラはじっと見つめた。


「……わしが持っておっても、何にもならんというのに」


 ヴィーラの病は並大抵のものではない。これを癒すためには、それこそ魔王の持つ魔石が必要だ。


 真なる闇。あまねく魔の支配者。神の影。


 魔の山に住まい、数多の英雄、豪傑が敗れ去った魔の王を倒すことなど、誰にできるというのか──


 金も名誉も腐るほど得た。戦場で孤児たちを拾い、育てるうちに、拙いながら親の真似事もできた。

 十分すぎるほどの人生だ。これ以上を望むのは、強欲というものだろう。


「いい人生だったよ。ああ、素晴らしい人生だった」


 薄暗い路地にうずくまったまま、ヴィーラは何度も呟いた。







 翌朝。ザルンたちの見送りに出たヴィーラは、驚愕した。


「お初にお目にかかります、名高きケーサカンバリン殿。私は、エルン=ディ・リ=アルジェンタと申します」


 とろけるような笑みを浮かべ聖印を切る美女に、ヴィーラは瞠目し、跪いた。


「これは……アルジェンタ王家の姫巫女が、なぜこのような場所に?」

「ザルン殿が率いる一党は、私に仕えてくれることになりました。本日は、そのご挨拶をと」


 寝耳に水である。

 言葉をなくすヴィーラに、ザルンは悪戯が成功した小僧のように笑いかけた。


「言っただろ、当てはあるって。俺たちは、姫巫女様の巡礼に供奉ぐぶすることになったんだ。これなら親父殿も文句ないだろ?」

「しかし、これはあまりにも……」


 王家に連なる姫巫女。中でもエルンは、最も優れた祈り手と言われている。

 その御業は魔石すら用いず、神の力を行使すると。


 ヴィーラは輿の前に佇むエルンを見やり、慌てて顔を伏せた。

 姫巫女は、神の遊び相手だ。迂闊にその姿を見た男は、目が潰れると言われている。


 出立の準備を整えたザルンたちを前に、ヴィーラは懸命に言葉をつむいだ。


「ザルン、お前が隊長だ。皆を頼んだぞ」

「ああ、まかせとけって」

「トゥルヴァ、食べ過ぎに注意しろ。お前は食い意地が張り過ぎてるからな」

「ほっほっ。小生から食い意地を取ったら、何が残りましょうや」

「ラウル、お前は強い子だ。今度は、お前が皆を守ってやってくれ」

「わん!」

「ボォルス、子供たちを頼んだぞ」


 無言で差し出されたボォルスの手を、ヴィーラは握り締めた。


「出発いたします!」


 姫巫女の従者が高らかに告げる。


 ヴィーラは、歩き出す一行を見送った。と、姫巫女を乗せた輿の列より駆け出してきた影が一つ。


 腕の中に飛び込んできた娘を、ヴィーラは力強く受け止めた。被っていたフードが外れ、娘の顔に残る火傷の痕があらわになった。


「シーハ・ナ……」

「いいの、父さん。この傷は、このままでいいから」


 行ってきます──


 腕の中をすり抜けていく娘を、ヴィーラはただ見送ることしかできなかった。

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