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異世界の勇者、武陽に立つ

 勇者が目を覚ますと、目の前には横向きの草むらが広がっていた。倒れているのだろうと言うことで体を起こせば、全く未舗装の道が伸びていた。自分は先程まで魔王城にいた筈では? そう考えながら現状把握を開始する。


「ええと……胸当て、問題無し。籠手、問題無し。腰から下も大丈夫、兜は……あれ、兜は?」


『マスターの石頭なら、兜なんて無くても生きていけように』


「真顔でなんてこと言うのカリブーちゃん」


『その呼び方は止めろと言ったじゃないか。私の名前はカリブルヌスだ。それに私に表情がある筈ないだろう、唯の剣だぞ?』


「普通の剣は喋りません〜君は聖剣です〜」


 軽口を叩きあいながら相棒兼武装の確認を済ませ、現状把握は終了した。次は周辺の把握である。


「……で、ここどこ?」


『少なくとも魔王城ではないな。魔力もかなり薄い、ともすれば世界が違うかも知れんぞ』


「また転移かぁ……勘弁してよぉ……」


 何を隠そうこの勇者、しばらく前まで現代日本人であった。生まれは西暦2004年、某公立高校一年生の平凡な青年だったが、今では立派な異世界の勇者である。


『まあそう言うな…………マスター、西に敵性反応!』


 敵と言われれば即行動、無意識ながらも駆けていったその動きは紛れもない勇者の本能と言える。

 幸か不幸か身に染み付いたその本能で現場に駆けつければ、継裃(つぎかみしも)騎射笠(きしゃがさ)姿の武士がゴブリン共に襲われているではないか。護衛と思しき者は2人だけ、計3人に対してゴブリンは5匹も集まっている。彼等が乗っていた筈の馬はとうに逃げたようであり、傍目に見れば絶体絶命である。


『多勢に無勢だな。彼我の力の差を考えればなおのことか。どうする?』


「勿論、助ける! はあぁっ!」


 彼は弱冠16の若者ではあるが、曲がりなりにも世界を救おうとしていた勇者である。己の持つ技量に従ってその聖剣を三振りもすれば、ゴブリン5匹などもはや敵ではない。障害を早々に撃退し、裃を着た武士に向き直る。年は恐らく30前後、武士らしい精悍な顔つきである。


「さて、お怪我はありませんか? この中では高い身分の人とお見受けしますが……」


「……私は問題無い、が……おい君、そんな力をどこで? 君はどこから来た? 助命の礼もしたいし話を聞きたい、是非城へ来て欲しい」


「え、え?」


「その見慣れぬ具足姿、きっと君も異界の人間だろう? 私は礼が出来る、君は情報を得られる。悪い話ではあるまい」


 ⦅マスター、ここは話に乗っても良いだろう。何も分からない今、この機会は貴重だ⦆


 (カリブーがそう言うなら……)


 ⦅その名前はやめろ⦆


 念話にて聖剣といくつか意見を交わし、勇者はこの誘いを受けることにした。不安要素があるとすれば、目に見える範囲で城らしい構造物が見えないことであろうか。本来は運動が好きではない勇者は、徒歩1時間以上を覚悟した。


────


 1時間半以上歩いて辿り着いた城にて、勇者はもてなしを受けながら様々な情報を手に入れた。

 ここは小田原で、今自分たちがいるのは小田原城であると言うこと。

 自分たちが助けた武士は江戸幕府の老中で、名前は阿部正弘であると言うこと。

 今は西暦で言うところの1853年以前であると言うこと(これは勇者が「ペリーって知ってます?」「知らぬ」と言う会話から導き出したもので、正確には弘化(こうか)2年である)。

 2年前から異世界の魔物に侵略され、既に江戸は陥落したと言うこと。

 将軍は京都の二条城へ移り、江戸奪還を目指していると言うこと。


 そうやって情報交換をしているところに、鏡の準備が出来たという伝言が正弘に入った。彼はそれを中に運び込ませ、先程まで自分が座っていたところに鏡台を据えた。鏡は方形で、かなり大きめである。まるでテレビのような……


「これより、上様をお呼び申し上げる。呉々も失礼の無いように」


「あっ、はい」


 鏡の表面が曇ったかと思えば、暫くして初老の男性の顔が映った。ような、というよりもはやテレビそのものである。


「上様、この者が先程申し上げた人間で御座います」


「うむ。正弘、下がって良いぞ」


「えっと、あの……貴方が、将軍ですか?」


 勇者は恐る恐る尋ねる。尤もこの場合、疑問の解消よりも認識の確定という意味合いが強いが。


「如何にも。我こそが征夷大将軍、徳川家慶である。我は今二条城にいるが、その経緯は知っておるな?」


「はい、全部聞きました」


「宜しい。ならば、我の江戸奪還を手助けしてはくれまいか?」


 将軍家慶の言うには。

 数を動員することによって戦線は膠着状態を維持出来ているが、相手が援軍を連れて来ないとも限らないし、此方もいつまで保つか分からない。既に足軽たちの顔には疲弊の色が見え、出島のオランダ人達は早々に帰ってしまって支援は期待出来ない。この状況を打破するために、どうか力を貸してほしい……と。


「無論断っても構わぬが、もし受けてくれるなら望む褒美を用意しよう。どうだ?」


『……失礼、一つお聞きしたい』


「えっちょっおまっ、喋るなって言ったじゃん」


 突然声を上げる聖剣とそれを咎める勇者。将軍はその奇妙な剣に動揺もせず、至って冷静に受け答えする。


「ほう、得物が人語を話すか。この時世にあっては不思議とも思わなくなったわ。構わん、申してみよ」


『その鏡は、誰が作ったのであろうか? 話を聞く限り、珍しいもののように思われるが……』


「おお、これか。これはな、慈眼大師(じげんだいし)様のものだと伝えられている。他にも色々あった筈だが、此方へ持ち込めたのはこれだけよ」


 慈眼大師とは、南光坊天海の諡号である。聖剣はそんなことを知る由も無いが、重要視されたのは別の情報であった。


 ⦅マスター、これはチャンスかも知れんぞ⦆


 (チャンス?)


 ⦅その慈眼とやらの遺物、江戸にはまだ多数眠っていよう。その中に、元の世界へ帰れる道具があるやも知れん⦆


 (なるほど……)


 聖剣の目標は、元の世界へ無事に帰還することらしい。だが勇者は別の考えがあるようで、自分から将軍に問いかけた。


「あの、江戸に攻め込んで来た魔物は誰が指揮していたのですか? 奴等は指導者無しに動けないので、王のような存在がいる筈です」


 どうも勇者は、将軍の依頼を受ける前提のようである。敵を知るための質問を投げかけ、将軍はそれに答えを出す。


「詳しいな。確かにそんな奴がいたが……おい、確か総大将の似顔絵があっただろう」


「はっ、ここに御座います」


 老中正弘が広げて見せたその絵は、勇者にとって大変見覚えのある顔を描いていた。牙の如く飛び出た犬歯、病的なまでに真っ青な顔色、白目の存在しない目玉、禍々しく捩れた二本の角……


『これは……』


「紛れもなく魔王だね、これ……」


 江戸を侵略した張本人、それは勇者が討ち損ねた魔王その人であった。勇者はゴブリンが出てきたあたりからうっすら予想していたが、まさか本当にいるとは思っていなかった。


「ふむ、此奴を知っておるのか」


「僕が倒さねばならない敵ですから。奪還のお手伝い、是非させて下さい」


『報酬として、慈眼大師の遺物なるものをお見せ願いたい』


 同じ敵を追っているならば、当然協力した方が吉である。敵の敵は味方理論を実践する勇者と、しっかり報酬を求める聖剣。将軍はこれを受け入れ、深々と頭を下げた。


「要請受諾、心から感謝する。褒美は望んだように取り計らうが、遺物は皆江戸城にある。敵の大将も城にいるだろうから、報酬の履行は奴を倒してからになる」


「構いません。本来なら魔王は僕が倒して然るべき相手ですから、むしろ謝らなければいけません」


「よいよい、謝る暇があるなら討伐に向かえ。必要なものがあれば正弘に申し付けよ。今後の方針も相談しておくように」


『心遣い、大変ありがたい』


「脅すようで済まないが、残された時間はそう長くはない。今日は休んで体を整え、すぐにでも向かってほしい。我はこれで失礼する」


 将軍との通話はここで終わり、鏡は他の部屋へ運び出されていった。正弘は勇者の前に関東一帯の地図を広げ、現状の確認と方針を伝える。


「小田原城はここで、朱色の円が江戸の範囲だ。相模国の中にある前線の砦は寺尾城、茅ヶ崎城を始めとして何れもここから遠い。東海道を通って宿場町を経由し、まずはここの大庭城を目指すのが良いだろう」


 彼が指し示したのは、相模湾沿いから少し内陸の土地。小田原城からそこまでは、1日歩けば辿り着ける距離だと言う。大庭城から砦までは、さらにもう1日必要らしい。


「やっぱり歩くのかぁ……」


『マスターが馬に乗れないからな』


「今は有事ゆえ、籠も用意出来ない。不便を掛けて申し訳無い」


「ああいえ、歩くので大丈夫です」


 緩いやりとりをしつつ、明日以降の予定が固まってきた。

 明日は街道沿いの宿場町──具体的には大磯宿、平塚宿、藤沢宿あたり──を利用しつつ大庭城へ立ち寄り、そこで夜を過ごす。前線に入るのはその次の日で、本格的に戦闘を始めるのはまたその次の日以降である。

 活動の子細は砦で聞くことになり、勇者は宿へ入った。



──時は弘化年間、太平の眠りの中。これを覚ますは異界の魔王。対峙するは異界の勇者。木と瓦の街に広がるは、剣と魔法のファンタジー。


賽は振られ、夜は更ける。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] 武陽ってなんだろう? と思って調べましたらば、江戸のことだったのですね。ひとつ知識が増えました。 勇者と聞くと西洋風のファンタジーを想像するなかで、こちらの作品は勇者を江戸時代に放り込んだ…
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