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マガツキの夜 ~朧夜見奇譚~

 月が厚い雲に覆われ、闇に包まれた深夜。

 繁華街や大きな通りから外れ、車のヘッドライトや街灯、家々の灯りに到るまでほとんどない裏路地。

 そんな中を駆け抜けるふたつの影があった。


 後から追うのは、このような時間に外にいるのが不自然な子供。

 対して先を走るのは、成人した男。

 子供が大人を追いかける、というのもおかしな話だが、それ以上に異様なのは、子供の影が周囲の闇よりもなお暗く、そして昏く蠢いていることか。


 男が全力疾走をしているのに対し、子供はゆったりと歩いていた。

 しかし、両者の距離は決して離れず、逆に短くなっているように見える。

 よく見ていると、男を追いかけている子供は時々瞬間移動をするかのごとく移動していた。

 ただ歩いているだけのはずなのに気がつくと先にいる、そのような移動だ。


 夜の闇を走り抜け息も絶え絶えになった男は、やがて住宅街の中にある公園へとたどり着いた。

 公園に備え付けられていた街灯が男の姿を映し出す。

 見た目は三十代半ばといった顔立ちである。

 しかしその目には、うっすらとあるはずのない影が差し込んでいた。


「はぁはぁ……はぁ……」


 公園の街灯を通り過ぎたあたりで、男は息を整えようとする。

 だが、そこに背後から声をかけられた。


「どうしてそこまで逃げるのかな?」


 その声は変声期前の子供らしい中性的な、そして可愛らしい声だ。

 だが、追いかけられていた男にとって、その声はまさに死神の声に等しいだろう。


「ちくしょう! 俺が何をした!?」


 男の疑問に対して、子供の声が答える。


「まだ、なにも。でも、このままだとよくないことをする」


 ゆっくりと公園の街灯に照らし出されてきたのは、声通りの子供だった。

 中性的で可愛らしい顔立ち、そのほか特徴的なことは後ろ髪は背中の中程まで伸びている。

 服装も子供用のパーカーに足下まで覆うズボン、それにスニーカーとこれといって異常なところはない。

 だが、街灯に照らされた子供の足下は正常とは言えなかった。

 街灯を浴びて伸びる影の他に、渦巻くような黒い闇があるのだから。


「さて、問答は無用だ。悪いけどあなたに憑いてるマガツキは狩らせてもらうよ」


 子供の声はやはり可愛らしく、だが内容は子供らしさがない。

 

「マガツキ? なんの事だ?」

「人は知らなくて結構。それを知るのは定命ならざる者のみで十分だから。……ザンキ、任せる」

「はっ。お任せを」

「なんだ、どこから声が……誰かいるのか!?」

「いるとも言えるし、いないとも言える。彼の者は此岸の存在ではないからね」


 その言葉と同時、子供の足下の闇が伸び、男の背後まで達する。

 そして、闇の中から鎧甲冑に太刀を携えた影が現れた。


「ひっ!?」

「その邪心、切り捨て御免」


 男が息を飲んだが、闇の中から現れた影は一切取り合わず、太刀で男を斬り捨てた。

 太刀で斬られた男は意識を失う。

 だが、確かに斬られたにもかかわらず、あたりには血の一片も飛び散ってはいなかった。


「ザンキ、ご苦労。ゼンキ、後をよろしく」

「御意」


 子供の足下にある闇からまた新たな影が飛び出し、倒れた男を担ぎ上げ公園の外へと運び出していく。

 一方、男を太刀で斬りつけた影は姿を消していた。


「ふぅ……今日のお務めはこれで終わりかな。喉が渇いたし、ジュースでも飲もっと」


 子供はしゃがみこむと、おもむろに足下の闇の中へと腕を差し込んだ。

 そして腕を闇の中から抜きだしたときには、手の内にペットボトルのジュースを握っている。

 子供は辺りを見渡しベンチを見つけると、そこに座ってジュースを飲み始めた。


「はぁ、ちゃんと冷えてるジュースは美味しいな。……ゼンキ、もう戻ったの?」


 子供はささやくように背後へと問いかける。

 そこには先程まで存在しなかった影があった。


「はっ。ただいま戻りました」

「そう。それで、あの男は?」

「自宅へと送り届けました。ザンキに斬られているため、今日のことは覚えていないはずです」

「覚えていられても困るんだけど……その辺は大丈夫だよね、ザンキ?」


 子供の問いかけに対し、闇の中から甲冑をまとった影が再び現れ、答えを返す。


「はっ。しかとあの男の邪心を切り捨てましたゆえ、先程のことは覚えていないはずです。大方、悪い夢でも見ただけと思うところでしょう」

「悪い夢ね……言い得て妙かな。僕みたいな存在に追いかけられるなんて、悪夢以外のなにものでもないよ」


 そう言い、手元のジュースを見下ろす。

 その中身は半分ほどになっていた。


「しかし、我々が邪心を切り捨てなければあのものは罪を犯していたはずです。悪い夢で終わらせるのはおかしいのでは?」


 甲冑をまとった影が問いかけるが、子供は落ち着いた声音で返す。


「悪い夢でいいんだよ。僕等が邪心を狩っているのは、あくまでも独善であり偽善でしかないんだから。僕に少しだけ存在している未来視の力を使い、目についた問題を潰しているだけ。実際、今回の邪心だって狩らなかったとしても、ひとつの家庭がギクシャクするだけで、それ以外には大した影響など無かったはずだし」


 子供の言葉はどこか老成している。

 見た目と声が、幼い子供であるがゆえにギャップが激しい。


「僕の存在は夢幻(ゆめまぼろし)。朝が来れば忘れ去られるべき存在。今の時代、『神』が積極的に人間に関与してるとか、悪い冗談なんだよ」


 子供の名は(おぼろ) 夜魅(よみ)

 父である人と、母である神との間に生まれた存在。

 いくつかの権能を持つ母より引き継ぎ、それを使い『マガツキ』を狩り歩く者。


『マガツキ』とは人の心に芽生えた邪なる心。

 誰でもがほんのわずかでも持っている、悪意や害意といった感情。

 それが肥大化し、現実の行動に移る前に狩り取るのが子供の……夜魅のお務め。

 誰に命じられるでもなく、誰に感謝されるわけでもない、あくまで自分の周りでよくないことが起きないようにするための児戯。


 黄昏時を過ぎた街の中、肥大化した邪心、すなわち『マガツキ』を探し歩くようになって早一年あまり。

 そのような邪心など早々見つかるわけもなく、見つからないことの方が多いが今日のように狩れる日もある。


『マガツキ』の見つけ方はこうだ。

 ゼンキがその感覚によって強い邪心を持つ者を探し、夜魅が未来視によって悲劇が起こるかを確認、もし悲劇を巻き起こすようであればザンキが『マガツキ』を狩り取る。

 ゼンキとザンキ以外にも配下と呼べる存在はいるが、このふたりが主に役目を担う。


 邪心そのものは人の心の一部であり、誰でも持っているようなモノ。

 無闇矢鱈と狩り取ってしまえば人は人として機能しなくなるだろう。

 結局のところ、邪心とは人の欲望の一部なのだ。

 それが『マガツキ』まで成長し、危険だからと言って狩り取る、なるほど、独善であり偽善である。


「別に僕が何かをしたところで大して意味などないよ。だからこそ、僕は動くことができるんだ。僕の行動で未来が大きく変わろうものなら、上位神達が目の色を変えて僕の邪魔をしてくるさ」


 どこか他人事のように言葉をまとめ、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てる。

 それは小気味よい音を立ててゴミ箱の中に収まった。


「ともかく、僕等のやってることは大した意味など持ち合わせちゃいないのさ。そうでないと困る。いいね、ゼンキ、ザンキ」

「御意に」

「はっ」


 夜魅の言葉に応じるゼンキとザンキ。

 ふたつの影は、再び夜魅の足下にある闇に沈み姿を消した。


「さっ、帰ろう。今日も遅くなったし、早く寝ないと」


 夜魅の年齢はまだ六歳。

 なんと小学校就学前なのだ。

 そんな子供が夜更け過ぎまだ外出していること自体が問題だが……誰にも見とがめられることはない。

 のんびり三十分ほどかけてたどり着いた夜魅の家。

 そこはまだ灯りがついていた。


「ようこそ帰ってきましたね。私の可愛い夜魅」

「げっ……母様」

「はい、母様ですよ。そんな顔をしなくてもいいじゃありませんか」


 先にも述べたが、夜魅の母は神である。

 それも複数種類の権能をもつ、混沌神系統の神だ。

 その権能の一部が夜魅に引き継がれているのである。


「今日もマガツキ狩りですか。母としては、ちゃんと寝ていてほしいのですが」

「ですが放置もできないでしょう。この街はマガツキが多すぎます」

「それを取り締まるのも神の役目です。あなたにはまだ早すぎます」


 確かに、夜魅本人がうそぶいていたように、本来であれば夜魅がマガツキを狩る理由はない。

 夜魅はまだまだ子供なのだから。


「そんなことより、来週は小学校の入学式です。バッチリ決めていきますよ」

「……そんなに気合いが入っていてどうしたのですか?」

「私のほかにも神が出席するのです。勿論、半神の子供もね」

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[良い点] 和風ファンタジーの香り! 和風ファンタジー大好物なので、マガツキとか朧とか譚とかきゅんきゅんくる単語ばかりでくるくる踊ってしまいそうなタイトルです。 タイトルはダントツ一位の好み具合! 書…
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