セーラー服を着た僕の恋愛奇襲戦 〜めざせミス(?)文化祭〜
「いーい? 颯太 。高校の入学式にはセーラー服を着ていくのよ」
「うん、わかった楓お姉ちゃん! 僕、ちゃんと覚えておくね!」
従姉妹の楓姉が高校の教育実習から帰ってきた時の言葉。それを十年間信じ続けた僕は──高校の入学式、本当にセーラー服で出席していた。いや、してしまった……。
「見てあれ。男なのにセーラー服って」
「やだ、気持ちわるーい」
「変態かよ。近づかないようにしよ」
体育館に並べられた椅子の最前列。ピッタリ膝を閉じて座っていた僕は、周りのひそひそ声を聞いて羞恥に染まっていた。
楓姉、小さい頃の僕にとんでもないことすり込んでくれちゃって……。こんな格好、生き恥を晒しているようなものじゃないか!
既に式は校長先生の祝辞。だというのに、周りからのひそひそ声が止むことはない。仕方ないか。校長先生も僕を見たときは咳き込んでたし……。
『続いて、生徒会長挨拶。西田香澄さんお願いします』
『はい』
体育館に凛とした声が響く。
やがて一人の女子生徒がステージに上がった。キリッとした目つきに、腰あたりまで伸びた、艶のある黒髪。それらに加えて姿勢が良いからか、ここからでもしっかりと筋の通っていそうな力強さを感じる。
なんて綺麗な人なんだろう。
見た瞬間、ドキリとした。彼女に目が釘付けになり、バクバクと心臓がうるさい。
陳腐な言葉しか頭に浮かばないけど、これが一目惚れってやつなんだなって一発で理解できた。
彼女は演壇へ向かうと、丁寧にお辞儀をしてから口を開いた。
『新入生の皆さん。この度はご入学おめでとうございます。私たち在校生一同は──』
彼女は時折体育館を見回しながら言葉を続ける。
頭がボーっとして何を言っているのか分からないけど、その心地よい声音が鼓膜を刺激する。
すると、ふと彼女と目が合った気がした。ざわっと、心が沸き立つ。
そして──
『ぶふっ』
──思いっきり吹き出された。
●●●
入学式が終わり、僕ら新入生は担任の先生に教室へ案内されていた。
ここが今日から一年間通う教室かあ、なんて心躍らせる──ことはなく。案内されて早々、僕は教室のど真ん中にある自分の机で頭を抱えていた。
「もうダメだ終わりだ……」
はあ、とため息をついて先ほど生徒会長に吹き出されたことを思い出す。
あれは絶対に変な人認定された……これからどうにかアタックするにしても第一印象が最悪すぎる……。
こんなことならセーラー服を買う時、『本当にこれでいいの?』ってお母さんが何度も尋ねてくるのを不思議に思うべきだった……。
「そこのセーラー服」
でも、楓姉が言ってたことだし大丈夫かなって思っちゃったんだよ……。だからって買い換えてくれって言うのも、『大丈夫だよ、母さん。僕を信じてよ!』とか言っちゃったから気が引けるし……ほんとどうしよう。
「おい、セーラー服」
「うおわっ!?」
肩を叩かれ、自分が話しかけられていたことに気づく。
しまった。つい自分の殻に閉じこもってた。
こんな格好をしてる僕にも話しかけてくれる人がいるんだなあ、なんて感動を覚えつつ振り返ると──そこにいたのはティラノサウルスだった。
「えっ、恐竜!? なんで!?」
「違う。これはスーツ。ティラノスーツ」
「ティラノ、スーツ……」
確かに、よく見てみれば本物ではなく着ぐるみであることが分かる。……顔と手足しか出てないのにスーツなんだ。
というかこの声……少し低めだけど、明らかに女性のもの。
「君、女子なんだ……」
って、いやいや。その前に気になることがある。ここにいるってことは彼女も新入生だよね? なんで制服じゃないんだろ。……セーラー服を着てる僕が言えたことじゃないけど。
「それより、お前。なんでそんな気持ち悪い服を着ている?」
「き、気持ちわる……」
ス、ストレートに来たな……。もう少しオブラートで包んでくれてもいいだろうに。
「これは楓姉──じゃなくて、従姉妹に騙されたんだよ」
「へー。…………楓?」
「──十年前に」
「お前、頭おかしいのか?」
うぐ……。し、信じちゃったものは仕方ないじゃないか!
「っていうか、そっちこそなんでティラノスーツなんか着てるのさ! こういう時って制服でくるものでしょ!?」
「ウチには制服を買うお金がない。だからここの先生が融通してくれた」
「でも、それ……」
「ティラノでも名前にスーツとある以上、スーツの一種。スーツなら制服を着ていく場所に来て行っても問題ない。そう言ってた」
なるほど。確かにその通りかもしれない。この高校には頭のいい先生がいるんだなあ。
「それより、付いてきて」
「え? でも今からホームルーム……」
「それなら大丈夫」
「……それなら」
多少怪しさは感じるものの、悪い人ではなさそうなので付いていってみる。正式な制服じゃないもの同士、親近感も湧いたし。
教室を出て、フリフリと左右に揺れる柔らかそうな尻尾についていく。
そういえばティラノの印象が強すぎて名前聞いてないや。名前を聞くまではティラノさんと呼ぼう。
階段を上り、突き当たり右の扉の前で彼女は静止した。
「文化祭実行委員会室?」
ティラノさんは僕の言葉をスルーして扉を開き、躊躇なく中へ足を踏み入れた。
付いてこいって言ってたし、僕も入っちゃっていいんだよね……?
「お、お邪魔しまーす……」
軽くビクビクしつつ中に入ってみる。すると多くの段ボールで囲まれたその空間の中心に見慣れた姿が。
「お、来たねティラノちゃん! む……もしかして後ろにいるのは颯太?」
少しよれた白衣に、腰にまで届きそうなほど長いポニーテール。年上っぽい雰囲気のわりに、その容貌には人懐っこそうな笑顔を貼り付けている。
僕がセーラー服を着る羽目になった元凶、楓姉だ。高校の教師になったのは知ってたけど、まさかここの高校だったとは。
「やっぱり! その服装もバッチリ似合って……はないけど、よく来たわね!」
……ちょっと誤魔化さなかった?
僕の内心をよそに、二人は慣れ親しんだ友人のように会話を始めた。
「やっぱりあいつの言ってた楓はお前か」
「んん? ティラノちゃん、私たちが知り合いだって知ってたの?」
「あいつから名前が出た時そうだろうなと思ってた」
ティラノさんいつの間に……。
「それより楓。話がある」
「楓じゃなくて楓先生でしょ。それで、何々?」
僕から少し距離を取り、こしょこしょ内緒話を始める二人。
『奴を使って金を……』
『ガッポガッポってことね!? なら説得は私に任せて』
時折こっちを見てくるけど、どうしたんだろ?
やがて、話が終わったようで二人は揃って僕に向き直る。そして意を決したように楓姉が口を開いた。
「颯太、この高校だと十月に文化祭が行われるんだけど……思い切って実行委員に入ってみない?」
「実行委員?」
「そ。ちなみに、そこのティラノちゃんも役員の予定」
「へー」
ティラノさん、入学式からスカウトされてたんだ。
「それで颯太の役職……というより役割ね。実はもう決めてあってね……ずばり、セーラー服でミスコン一位を取って欲しいの!」
「絶対にいやだ!?」
なんでミスコンなんかに!?
十年前と違って、こっちだって成長してるんだ。そう簡単には騙されないぞ!
「えー、どうして? 何か理由でもあるの?」
「だって普通にいやだし……」
それに、だ。
「……僕も、ちゃんと青春を楽しみたい」
手遅れかもしれないけど、ちゃんとした学生になって生徒会長にアタックしたい。
だから、万が一にもセーラー服のマスコットなんか受けるわけにはいかないんだ。
「……ほほう? なんだか恋の予感がするぞう?」
「楓、セーラー服の加入は決定事項。失敗は許されない」
「颯太と何年一緒にいたと思ってるの? 楓さんに任せておきなさいって! ……それと、楓先生ね」
楓姉はこほんと咳払いをして、続けた。
「颯太。察するに──生徒会長に一目惚れしちゃった?」
「えぇ!? どうしてそれを!?」
「一発で当てるとは我ながらすごいわね。いやあ、去年も結構いたのよねぇ。西田さんに惚れる子」
「あ、あう……」
図星をつかれてぐうの音も出ない。
「確かにあの子綺麗だもんね、高嶺の花って感じで。でも、あの容姿からして言い寄ってくる男は少なくないと思わない?」
「た、確かに……」
「対して、今の颯太はどう? 良くて頭の片隅に残ってるかな? くらい。こんなの難易度が高すぎるなんて、馬鹿でもわかるよね?」
「うっ……」
確かに楓姉の言う通りだ。けど……だからって諦めるわけにもいかないじゃないか!
「でも、そこからアタックしていけば──」
「チッチッチ。甘いね颯太君。言い寄ってくる男が多いってことは、今更男が増えたところで印象には残りにくいってことなんだよ」
「ぐ……」
「なら、まずは気を引く──自分に興味を持ってもらうべきじゃない?」
「自分に、興味……」
「そう! そしてその足がかりとしてミスコン一位! もちろん努力は必要だけど。颯太は生徒会長にアタックしたい。私たちは学園祭を成功させたい。ウィンウィン。悪くないでしょ?」
なるほど、確かにその通りだ。これはすごいぞ!
そうと分かれば決断は早いほうがいいよね!
「わかった。僕、ミスコンに出るよ!」
「よし、颯太よく言った! それじゃあまずは全裸になろっか!!」
「……ゑ?」





