神の遊戯もしくは退屈した神の暇潰し~ボクの考えたサイキョウの主人公~
ここ数千年、神々の間では己の世界や他の世界の間で魂をやりとりすることが流行っていた。事故を装いわざと命を奪い、理由付けは手が滑った云々、天寿を全うした魂が別の世界の発展に役立ちそう、等々。記憶を保持したまま、個人の記憶は無いが知識を有したまま、記憶も知識もないが魂は別の世界のもの、等こちらも多種多様だった。
そして、転生には必要なプロセスがあった。それは転生させる魂に神が直接触れること。つまり、転生と言う『神々の遊び』には使用する魂にもある程度の器が必要なのだ。しかしとある神ーー創造神ーーはその力の強さ故に魂に少しでも触れてしまうと消滅させてしまうため、他の神の行う遊戯を眺めるだけだった。それもまあ数百年、数千年と続くと退屈してくる。
そしてあるとき、突然「ボクも遊びたい!」と叫び、消滅させちゃうなら消滅しないものを作れば良いじゃないかと自らの血と肉を核に魂を作り始めてしまった。どうせならサイキョウ(最強にして最恐で最凶)の存在にしよう、と鼻歌を歌いながら自分が見ていて楽しめるようにとあらゆる能力を付加していく。
「どうせなら最強にして最恐で最凶な魂が良いよね。魔法がある世界に下ろす予定だから魔力は必要でしょー。でも魔法以外の戦い方も出来た方が楽しそうだし筋力と体力も必要だよね!すぐに死んじゃうのもやだから防御面もある程度必要だし、物理攻撃無効とか?いや、どうせなら全部無効にしちゃおう!変身とか空飛んだり水の中で息出来ちゃったりするのもロマンあるよね。精霊や妖精も見えて会話出来ると嬉しいよね!どうせなら魔物とかそんなのを従えたり出来ると楽しいかな?テイマーってやつだね!んー。別になってほしい訳じゃないんだけど聖女と勇者の素質も加えちゃおっと。でも最初から性別が決まってるのも可哀相な気がするから、中性体にしてどっちにでもなれるようにして……」
ぶつぶつと付加したい能力について言葉にしながら、ハイテンションな創造神はノリノリで自らの血と肉を核にして作り上げた魂をそっと掌に乗せた。スリスリと頬擦りをして、唇を寄せる。
「ボクだけの魂だ」
そうして出来上がったまっさらな魂にたくさんの知識を与え育てること100年。あらゆる世界の生き物の魂に沿わせ生の体験をさせること700年。800年かけて創造神好みの、転生の擬似体験をさせた魂が出来上がった。
「たくさん出逢い、たくさん知って、たくさん楽しんで、そしていつかまたボクの元へ戻っておいで」
最後にそう声をかけてその魂を遊戯の場所へ下ろしたのだった。
***
「いやだから知識詰め込んでアホみたいに能力持たせたって子供じゃまともに活動できないって僕ちゃんと言ったじゃんとーさんのばかぁぁぁぁぁぁ」
そんなノンブレス絶叫が、人里?ナニソレ美味しいの?そんな言葉が似合う鬱蒼とした森の中に響きわたった。子供特有の高いその声を辿ると、木々に覆われた森の中で両手と両膝を地面につけて項垂れる子供が一人。名前はフランベルジュ。『父』により森の中に放り出されたおこちゃまである。
小さな頭を隠す癖のない髪は宵闇色。雪のように白い肌が生成りのシャツやズボンの裾からのぞいている。しばらく項垂れていたが、いつまでもこうしてはいられないとフランベルジュはゆるゆると立ち上がり辺りを見渡した。森の中でも木々の少ない場所なのか、頭上から太陽光が降り注ぎ少し離れた場所には小川が広がっている。目の前には緩やかな斜面が広がり、この場所が丘になっているのがわかった。
「陽当たり良好、水場も近くて食べ物が豊富そうな森の中。うん……立地は……良いと思うよ、立地は……でもせめて人族が近くに住んでる場所が良かったかな……いや、住みやすそうな場所だとは思うんだけどね……うん……とーさんに常識が通じるわけなかった。うん。期待した僕がバカだった」
虚ろな目でぼやいているフランベルジュの前にふわふわとした白い光が現れた。フランベルジュが光を見つめると、光は数度瞬く。光からの声無き意志疎通に答え、フランベルジュは言葉を発した。
「自分の住む場所は自力で確保せよ?そんなことわかってるよ……」
光はフランベルジュの父の伝言が込められた魔力の塊だった。
「まだあるの?家は用意しておいたから住みたいところに設置すれば良い……ふーん。場所は自分で決めろってことか。拠点を作ってから探検するか、探検してから拠点にするところを決めるか。どっちにしよう。とーさんが僕を放り出したこの場所も結構良さげな立地だしなぁ……肝心の人族との交流はできなさそうだけど」
ボソリと付け加えられた最後の言葉。ほんと交流はできないけど、とフランベルジュは文句を言いつつ父に与えられた『家』を自分が目を覚ました場所に『設置』した。ここに家、と一言言うだけで庭付きの二階建て大きめログハウスが出現するのだ。たらりと背を流れる汗には気付かないフリをして、フランベルジュは設置したばかりの家の中に入っていった。
ドアを潜ると広い土間があり、その奥には一段高くなった床が見える。そこにはフランベルジュ曰く非常識な父の親切設計、部屋履き用のサンダルが一組用意されていた。ええ……、と困惑した声を吐き出しながら、フランベルジュは靴を履き替え奥へと移動した。広々としたリビングダイニングは対面式キッチンを兼ね備え、背の高いダイニングテーブルには四脚の椅子、ローテーブルとソファがその存在を主張する。
「いや二つもテーブルいらなくね?」
『食事する場所と寛ぐ場所は分けた方が良いでしょ!』
フランベルジュの突っ込みが虚しく響く中、誰も居ないはずの室内でどこからともなく声が聞こえてきた。その声の主に思い当たる相手はただ一人。フランベルジュは片手で額を押さえ、大きくため息を吐いた。
「とーさん……」
『うんうん!なんだいボクのかわいい子!』
「この際テーブルが二組とか一人なのに椅子が多いとかなぜに暖炉?とか家の中で履き物を履き替えるの面倒だとかそんなことは全部横に置いときます。僕が言ったことちゃんと覚えてます?子供じゃロクに活動出来ないって言ったはずなんだけどなんで僕今子供なんですかね?」
スンッと表情を消したフランベルジュが丁寧な口調で声だけの父に畳み掛ける。言葉が丁寧な分威圧感が酷い。
『流行りに乗ってみたんだよ!赤子からとか年頃で転移とか色々あったけど、ボクのかわいいフランベルジュの親がボクだけの状態で尚且つかわいい我が子の成長が見られるからだね!しかし安心して欲しい!人族の成人年齢の十五まではちゃんと一年で一歳分体が成長するように調整してるからね!それ以降はその器のベースに合わせた速度になるけど!それから!暖炉はロマンだよ!』
暖炉はロマン、その言葉をやけに力強く言い切った父とその部分を流すフランベルジュ。
「は?え?待ってとーさん、僕普通の人族じゃないの?」
『はっはっはっはっはっ』
「おいこら変な笑い声で誤魔化そうとすんじゃねえぞクソジジイ」
『すぐわかっちゃうと(ボクが)面白くないじゃん!人族には組合ってやつがあるらしいからね。そこに登録出来る十二歳までは内緒ダヨ★とりあえず今の年齢は八歳だよ!ヤッタネ!』
「嘘だろ……チビだ、チビだとは思ってたけどまさかこの器の年齢一桁!?鬼!悪魔!鬼畜ぅぅぅぅぅ!」
『かわいい子には旅をさせよって言うじゃーん♪それにほら、かわいい我が子の成長過程をもう一度見たいんだよぅ』
わざとらしい笑い声をあげた父に対して辛辣なフランベルジュとさらに余計な副音声付きで白々しく返す父。親子の戯れと書いて不毛な会話と読む、そんな二人のやりとりは暫く続いたのであった。
『そう。それでね、この家の中でならボクもかわいい我が子と会話が出来ちゃう訳なんだよ。もう少しフランが大きくなって世界に馴染んだら、この家の敷地内限定だけど顕現出来ちゃうようになるんだよ!すごいでしょ!ボクも早くボクのかわいいフランに会いたいから、たくさん冒険して、たくさんの出会いを経験して、この世界を知るんだよ』
父の優しい声音がフランベルジュを抱きしめるように室内に満ちる。フランベルジュは小さなため息を一つ落とすと、それがとーさんの望みとあらば、と小さく小さく呟いた。
『ホントは声だけとは言えまだあまり長くは繋げないんだ。ごめんね、フラン。暫く一人にしてしまうけど、また話しに来るからね』
フランとの別れが寂しいのであろう涙声で父はフランに別れを告げる。今生の別れでもあるまいに、そんな気持ちは胸の中に仕舞い、フランベルジュはまたねと声を掛けた。
室内には最初と変わらずフランベルジュただ一人。父の声が聞こえなくなっただけで、最初よりも広く感じた。中断していた家の中の探検を再開し、奥にあったドアを開けていく。一つは脱衣場完備の浴室、もう一つはベッドと一人用の机、キッチンの隣のドアは地下室付きのこれまた広い食料庫。そして最後の一つは階段だった。
「二階があるのはわかってたけど地下まであんの……?いや、さっき見た食料庫っぽいとこも地下室あったし普通に地下室あってもおかしくない……のか?いやほんなにこの無駄に広い家……僕が一人で暮らすってわかってんのかな?」
恐らく、わかっていない。





