エンシェント・シャイン・プリズン 〜神と、人と、信仰と〜
[Port,0 天を穿つ特異点]
星が太古からずっと煌めく、満天の夜空の下。
ここは何も無い、名も無い平原。昨日の夜までは僕の家族が暮らしていた集落があった。なのに、気配を感じて目を覚ますとこの惨状。僕の服はボロボロで、ベットだってそこらの岩の方が寝心地が良さそう。
でも、そんなことはどうだっていい。今日は僕の15歳の誕生日で、僕にも神が憑く日。祝ってくれる人は全員何処かへ行っちゃったけど、関係ない。
だって、だって……私には最高の神が憑いたんだから。
「貴方が私の、主ですか」
「あー……多分そうだ。よろしくな」
これが主と私の運命の出会いだった。
今にも消えそうなまでに透き通り、地に着くような白い髪。世界で起こる全てを呑み、見極めるような黒い目。何よりも他の神とは全然違う、人を寄せ付けないような威圧感を纏っているのにどこか温かくて優しい。肉親のような安心感。
一目惚れ、なんて一言では言い表せないけれど、まさにその通りかもしれない。これまで何年も、何十年も連れ添ってきたような感覚。再び巡り会えたと思える、記憶の断片。これが大いなる天の導きなのならば、私は主とこの生命で添い遂げるまで感謝し続ける。いいや、私は死んでも尽くし尽くすでしょう。
だって…だって……こんなにも心が舞い上がってるんだから。
「末永く…よろしくお願いします…!」
「……男は趣味じゃないんだけどな」
…抱きついたのは体が勝手に動いただけです私は悪くありません……服ですか?気づいたら無くて…はい…ありがとうございます……えっ女物なんですかこの服
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僕の名前はノレイン・ネイトース、14歳。明日で15歳になる。記憶喪失、らしい。約八年前の7歳の時に一人で居たところを保護された。気がつくと僕は荒野に居て、何もせずただただ心の空虚感に首を傾げていた。
意識はしっかりしていたし、名前と誕生日、そして年齢はバッチリ覚えていたのに、それ以外のことは全く思い出せない。何をしていたのか、どこにいたのか、僕は何者なのか。今思えば、歳に見合わないことを考えていたと思う。
「Collapse」と呼ばれるこの世界はでは15歳の誕生日に一人一柱神が憑く。それは昔からずっと変わらない。でも、今はまだ14歳の僕はそれよりも前から何かよくわからない感覚を持っていた。義母さんは「神様がもう憑いているのかしら。凄いわねぇ…」と嬉しそうに言っていたけれど、それは違うと自分のどこかが叫んでいる。
僕の知識で表現するのなら『世界と繋がった感覚』。何処かの誰かの記憶かはわからないけど、少し憎たらしいけど可愛い妹と、最高にカッコいい最強のパートナー。この二人の様子がよく見えた。
その他にも、僕は周囲を第六感のように認知できる空間把握能力も持っている。壁越しでも誰かが来る程度なら100%認識できた。でもそれ以上感じ取ろうとすると僕の頭が痛くなって身体が燃えるように熱くなったから最近はあまり使っていない。
この7年間は何だかんだいい暮らしだった。皆が家族で、助け合っていて、自給自足の生活。けれど、他の場所だとそうはいかない。このとても狭い世界の中では誰もかれもがこんな暮らしをできているわけじゃなくて、宗教というものを作って強力な神様に仕えてなんとか生きている人達が大勢いるらしい。僕はここから出た事がないけれど、神を捧げたのに追い出されここに来たおじさんが言っていたが……僕は嫌だ。自分の事は自分で定めて生きたい。僕のこの感覚が、存在がまやかしの記憶だったとしても、現に僕は今を生きている。
なのに、この感覚はなんだろう。寝たら駄目だ、何か嫌な感覚が、僕の中に眠る何かが目覚めるような感覚がする。僕は消えてしまいそう。明日は15歳の誕生日。神が僕にも憑く。あれだけ思い望んだ日だったのに。家族や皆に期待されていたのに。今は絶対に迎えたくないんだ。全てが変わってしまいそうで。自分が悲しくて情けなくて恐ろしくて怖くてたまらない。
コツ、コツ、と足音を立てながら無慈悲な時間の死神が近づいてくるように時計の針は回る。あと数分もすれば日付が変わる。
嫌だ…嫌だ嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ…!
助けて…誰か……僕の、パートナー……助けて……よ…うぅ…もう眠く…意識…持たな……
「早く来て…!」
目前のスパークに向けて僕は最後の力を振り絞り、彼の心に届くようにと叫んだ。
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出会ってから少し後。私の主は『シンギュラリティ』と名乗った。「そういう事になっている」とも言っていたけど、私は触れない方がいいのかな。…隠し事はちょっと嫌だけど、無理に聞く事じゃない。主の能力は曰く『簡単に言えば粒子操作』…らしい。習うより慣れろ?で早速実践させられる事に。
「まずは…感覚を切り替えろ。いつも感じている五感をさらに拡張して波にして、そこからできるだけ細かい棒の塊にしろ。……棒グラフなんて知らないだろうしな」
言われた通りにやってみる。最初は音から。私が座り込んで服が瓦礫と擦れる音、風通しが良くなったと舞う砂の音、目を閉じれば私の微かな息遣いが高鳴っていた胸の騒めきが嘘のようにはっきりと聞こえる。まるで別の人の身体を見ているように様々な所が把握できる。血が流れ、息をして、少しずつ痛くなってきた頭からはスーッ…スーッ…と金属を磨いた時のような音が聞こえる。…一瞬だけ感じた静寂、ここから波を感じ取ろう。
「そこまででいい」
頭が軋みそうな中、主に声をかけられた。もう少しでできそうだったのに少し邪魔されてモヤモヤする…もう少しで出来そうだったのに。
「…よく考えたら感覚を波にするとか意味がわからないよな…基準になる音を聞かせてやるからちょっと待ってろ」
そう言って主は何か言葉を唱えて、規則的に空間が歪むような感覚ともに全ての音が遠ざかる。不安はない。だけど、怖い。会えたのにすぐ離れてしまうようで。
ついに何も聞こえなくなった。だけど主の声が脳内で直接響く。
『これが擬似的だが真空だ。その中を基準にしろ。……できないってなったら手を上げろ。確認次第解除する』
ぶっきらぼうなのに優しくて心に染みるような声。頑張って応えようって気になる。何も聞こえない。耳はうまく働かない。感じるのは空虚。何も無いということだけが理解できる。それを頭に刻み記録する。刻んで、記して、覚える。身体はいつもよりも軽く、更に世界と直接同期したようで。
…………ちょっとだけわかった。また体験させてもらって感じたい。手を上げたらすぐに音が戻ってきた。心配…はしてくれてそう。
「ふふっ…ありがとうございます」
何かおかしくて笑いが漏れた。甘く蕩けるような幸福感が心を満たす。主はそんな私を見て呆れた顔しながら口を開いた。
「気にしなくていい。またしたくなったら余裕がある時してやる…で、この世界で知ってる事を出来るだけ教えてくれ」
「わかりました!」
ではまず…この世界は[Collapse]と呼びます。大きな島が一つあるだけですけど、沢山の神が存在していて、それと同じだけの人が居ました。ですが、殆どの人々は自身の神を他人の神に捧げ庇護化に入りました。捧げられし神は消えて…食べれられちゃいます。私は聞いただけなんですが本当に、居なくなるそうです。…すみません、それ以上は聞いていないのでわかりません。私はここの外へと行ったことがなくて……そうですね、これから一緒に知っていきましょう
「ま、最初はどこからいくかって話なんだけどな。その話をした奴はどの方角から来た?」
「ええっと…日が沈む方向だったような…」
「となると東か。じゃ、いくぞ…相棒」
「…!はいっ!」
本当に何も見えない荒野、弾むような足取りで私は進む。私にとっての未開の地、少し怖いかもしれないけど手を握り返される感触に自然と心が安らぐ。不思議と聞き覚えの呪文も教えてくれた。やっぱり…優しい神でした
三日三晩歩き続けて、オクタ山…だったような。まだかなり距離があるけれど、目的地が見えてきた。此処らからまた見たことのない植物で溢れている。石の道も初めて見た。コレが……"宗教"の力…?
「…よし、ここからは隠れて進む。必ずしも相手が有効的とは限らんしな、備えは大事だ」
「…はい」
主なら正面から行けそうだと思うんですが…とは言わない。私の事を案じてくれているんだろう。そうでなきゃ私にこんな……こんな……いや重すぎませんかこの金属の塊
「…持てないか」
「ギリギリ持ち上げる程度なら…できます…!」
不思議と私の心に火が付いた…と同時に使い方まで脳内に蘇る。これは銃、弾丸を吐き出し貫く武器。引金を引くだけで敵を穿つ。
「なら使い方は…」
「知ってます!」
フツフツと私の中に湧き上がるのは黒い血、心を呑み込もうとする。でも同時に私が生きているという実感も脳裏に浮かぶ。これが生きる限り背負うものなのだ、と。何が何でも……全てを奪う
「早く行きましょう」
「だから隠れて進むって…あーもう、勝手にしろ」
身体の中に何かが入ってきた。これは…主?
『一応儂はこの中にいる、なんでもない風を装って中に入れ』
はぁー…僕の主は勝手だなぁ…でも、期待に沿うように頑張ろう。これが僕の初仕事だから





