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もういいかい

かくれんぼするひと


このゆびとまれ……

「そうねぇ、あの日は皆でかくれんぼをして……ふふっ」


 ハルさんがぽつんとこぼして笑う。


 あまりに唐突なその言葉に、そこにいた誰もが視線を向ける。


 車椅子に腰掛けたまま、ハルさんは可笑しそうに続けた。


「ユイちゃんは林に、カナちゃんは池のそば、ユキくんは廃墟に隠れたの」


 窓の外は雪景色で、縁の凍ったガラスの向こうは白く煙って見えない。


 しんしんと……というのが相応しい静寂は、施設のストーブに載せられたヤカンのしゅうしゅうという音でかろうじて誤魔化されていた。


「でもね、あの日……ふふっ」


 楽しい頃の思い出が突如思い起こされる……そんな日もあることは知っていた。


 普段言葉を発することがないハルさんへ注がれる皆の視線は慈愛に満ちていて、私も黙って耳を傾ける。


 身寄りのないハルさん。


 薄いピンク色の寝間着に身を包んだ彼女はいま、はるか昔の記憶を体験しているんだと思う。


 私を含めた施設の職員は自分の仕事を極力止めず、それでも耳を傾けていた。


「……あの日、かくれんぼが終わったのに、誰も見つからなかったの」


 ああ、隠れるのがとても上手なお友達だったんだ。


 かくれんぼなんて、もう何年もしていないなって……少し感慨深い。


 鬼を待つドキドキ感。


 見つけようと張り切る鬼のそわそわ感。


 懐かしい思い出だった。


 ハルさんは窓に目を向けると、皺のある細い指を絡ませて胸の前で手を組んだ。


「すごいのよ、誰に探されても、全然見つけられなかったの……ふふっ」


 そのとき、不意に施設の先輩が問い掛けた。



「ねえハルさん。三人はどこに隠れたのだったかな? もう一度教えてくれる?」



「…………」


 だけど。


 ハルさんはもう笑わない。


 記憶がこぼれて無に帰した、そんな瞬間はいつも切ない。


 でも先輩はそんなハルさんを……じっと、じーっと見詰めていた。


「先輩、どうかしたんですか?」


 私は思わず問い掛ける。


 すると彼女は能面のような顔でこう言った。


「彼女の同級生の三人は……過去に失踪しているの。そのうちのひとり、ユキくんっていうのは私の祖父の弟のこと」


 それを聞いて……私は気が付いた。


 ハルさんは彼らがどこに隠れたのか知っていた。


 もしかしたら、もしかしたらハルさんは――。


 瞬間、無邪気な笑顔でハルさんが叫んだ。




「もういいかーい!」





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