第03話 魔法と精霊
授業初日。
王立学園は様々な授業がある。魔法、武道、薬学、歴史、数学、などなど。必修科目を取れば、後は生徒が好きに受講することができる。満遍なく受けることもできるし、その道を究めることもできる。
ハイドランジアたちの初めての授業は魔法学だった。
メガネをかけたボトル・ゴート女史が教鞭を執っている。真面目そうな教師だ。
「新入生の皆さん。魔法とはどんなものだと思いますか?」
クラスが騒めき、次々に自分の意見を言い始める。ボトル女史はその様子を満足そうに見つめる。少し静かになったところで、ボトル女史がメガネをクイっと上げた。レンズがキラリと光る。
「魔力を使って巻き起こる現象、というのが皆さんの主な意見のようですね。しかし! 私の意見は違います! 魔力を使って起きる奇跡! これが魔法です!」
急にテンションが上がったボトル女史。クラス中がポカーンとしている。彼女の熱弁は止まらない。
「体内の魔力を変化させることで、火・水・土・風・光・闇の基本属性の魔法を発動させることができます! まあ、個人差はありますが。不思議に思いませんか! 目に見えないけど、体内にある魔力を使って火が出るんですよ! 水も! 土も! 風も! 光も! 闇も! 重力に逆らうことなく浮かんでいるのですよ! 辺り一面火の海にすることもできるのですよ! 他にも身体強化や、付与、呪い、治癒なども発動できます! 明らかに自然の法則を無視していますよ! 歴史の中では空を飛んだり、重力を操ったり、転移したり、手足を再生するする魔法使いもいたそうです。普通ならあり得ません! これを奇跡と言わずに何というのです!? 魔法とは奇跡の力です!」
頬染め熱弁するボトル女史の勢いが一旦止まった。生徒たちは口をパクパクさせている。
「それでは、魔法を使用するときに必要なことは二つあります。それは何でしょう? はいっ! そこの貴女!」
最前列にいた少女が指名される。突然のことに驚きながらも少女が答えを絞り出す。
「えーっと……魔力です」
「その通り! 魔力がなければ魔法は使用できません! 魔法の使用には魔力量も大切になってきます! 少ない量の魔力で火の海や大洪水、竜巻、地震など大規模な魔法を使用することは出来ません! 広範囲や強い威力の魔法を使用する場合は魔力を沢山込めなければなりません! しかし、最近の研究で魔法の媒体があると魔力消費を抑えることが判明しました。例えば炎。たき火や山火事など、燃えている炎を利用することで魔力消費を抑えることができます。他にも水なら川や海、土なら地面、風なら風上から風下に、光なら太陽が昇っているとき、闇なら夜に、などなど。魔力を使って無から生み出すのではなく、世界に存在するものを利用して魔法を放つ。これが理想の魔法使用です!」
少年がスッと手をあげた。ボトル女史が指名する。
「質問なのですが、腕や脚を怪我をした場合、回復魔法で怪我をする前に戻すイメージではなくて、怪我の周辺の皮膚を使って再生させたらどうなりますか? トカゲのしっぽのように。魔力消費を抑えること出来るのですか?」
「すごくいい質問です! 理論上はそうですが、答えはわかりません! まだ誰も研究を行っていないので。ですが、いい着眼点ですね。君、放課後に私の研究室に来なさい。これから研究を行いましょう! 大丈夫ですよ。最初は切り傷から検証していくので。最終的には部位欠損を再生出来たら世界中が驚きますよ! あぁ、痛いのはすぐに慣れるので頑張ってくださいね。血が出るので、レバーなど食べるように心がけてください」
ボトル女史と研究ができるということで、クラス中から羨望と嫉妬の眼差しで見られていた少年は鼻を高くしていたが、女史の言葉に首をかしげる。切り傷から検証し、最終的に、部位欠損を研究するのはわかったが、痛いとはどういうことなのだろう。
クラスの全員が徐々に理解し始める。
彼は治癒する側じゃなくて治癒される側なのだ。実験台にされる少年の顔が真っ青になる。
彼は丁重に断ろうと思ったが、ボトル女史は授業の続きを話し始め、タイミングを失ってしまった。彼は絶望する。
「さて、興味深い研究も決まったことだし、授業に戻ります。魔法使用に必要なことの最後の一つは何でしょう? はいっ! そこの貴方!」
ボトル女史が少年を指名する。少年は自信満々で答えた。
「はい。詠唱です!」
「残念ながら違います」
自慢げだった少年の顔が固まる。ボトル女史のメガネがキラリと光った。
「魔法使用に詠唱は大切ではありません。詠唱が大切ならこういうことは出来ないでしょう?」
ボトル女史が片手を前に出すと、手のひらの上に火球が出現する。真っ赤に燃え上がる炎の球が浮かんでいる。無詠唱だ。
教室がどよめく。無詠唱で魔法を発動するのは高位の魔法使いだけだと言われている。
「ほとんどの教師は詠唱が大切だと言っていますが、それは間違いです! 詠唱は必要ありません。大切なのはイメージです! イメージを明確にすればこういうこともできます!」
手の平の火球が姿を変え、矢の形になり、次は槍の形になる。ボトル女史は得意げにメガネをクイっと上げる。
教室の生徒たちの目が輝く。
「私はこのクラスの生徒たちに私の技術と研究成果を全て教えたいと思います。私の知識を全て吸収しなさい。それをどうするかはあなた方次第です」
生徒たちが盛り上がり、ボトル女史を期待を込めて見つめる。興奮が高まる。
「先生! 精霊については教えてくださるのですか?」
「精霊ですか……」
ボトル女史が困った顔になる。
「精霊。体内の魔力が具現化したと考えられている存在です。十二歳になって受けた精霊召喚の儀で皆さん契約しましたよね? 精霊に関してはまだわからないことが多いのです。一人に一体の精霊。属性は必ず一つ。精霊の強さから下級・中級・上級・特級の四段階に分けられ、人によって様々な姿になります。ただの丸い形だったり、動物の形だったり武器の形だったり様々です。私の精霊はこれです」
ボトル女史の身体から赤い光が飛び出し、子犬の形になる。女子が黄色い声を上げた。真っ赤な子犬は教室を自由に駆け回ると真っ赤な光になって彼女の身体の中に戻っていった。
「ファイアパピーと名付けた私の精霊は火属性。下級精霊に位置します。精霊のおかげなのか、私は火属性魔法が得意です。研究では、精霊の属性と同じ属性の魔法が得意になる、ということがわかっています」
「先生! 精霊は強くなるのですか?」
「答えはわかりません。精霊はまだ分かっていないことが多いのです。中級精霊や中級精霊を使役する人がほとんどですが、上級精霊や特級精霊のサンプル数が少なすぎます。それに、上級精霊を使役する人は秘密にされています。その一人で一国の軍隊に匹敵しますからね。軍事上の問題から全て秘密です。そして、特級精霊なんて伝説上の存在です。伝説では、一瞬で街が消滅したそうです。精霊についてはまだまだ分からないことだらけです。私は精霊の研究も行っています。手伝いたいという人がいれば、気軽に声をかけてください。いつでもお待ちしています」
ボトル女史のメガネがキラリと光る。興味がある生徒もいるが、先ほどの例もあるので、ボトル女史の研究を手伝う勇気がなかなか出ない。人体実験の実験台にされるのではないか、という恐怖がある。
また一人の少年が手をあげた。貴族の少年のようだ。
「先生! このクラスには魔法が使えず、精霊を使役できない人がいるのですが」
侮蔑のこもった瞳でクラスの後方を見る。つられてクラスメイト達も視線を向ける。視線の先にいるのは公爵令嬢と王女。ハイドランジアの真後ろの少女たちだ。
スカーレットは、ふんっ、と鼻を鳴らして退屈そうにそっぽを向いており、リリアーナは興味がなさそうにしている。
魔法や精霊が使えるのが普通の世の中だ。それが使えないというのは侮蔑や嘲笑の対象だ。
スカーレットとリリアーナは魔法や精霊が使えない。それは貴族の間では有名な話だ。その為、貴族から白い目で見られているのだ。
しかし、軽蔑の視線も二人の少女は全く気にしていない。
「魔法も精霊も使えない………実に興味深いですね」
少々狂った研究者も軽蔑の視線は向けない。とても興味津々で彼女たちを見ている。
「どうですか? その理由を研究してみませんか?」
「興味ない」
「お断りします」
スカーレットとリリアーナはバッサリとボトル女史の提案を拒否する。
「そうですか。興味が出たらいつでも言ってくださいね」
ボトル女史はあっさりと引いて、何事もなかったかのように授業を続ける。
「ねえ、ハイド」
授業を聞いていたハイドランジアの後ろからスカーレットが囁いてきた。彼は後ろを振り向く。退屈そうにしていたスカーレットは心配そうにしている。怯えているようにも見える。その後ろのリリアーナも同じ表情だ。
「あんた、魔法と精霊が使えなかったら軽蔑する?」
「はい? 軽蔑なんてしませんよ」
「本当?」
「本当です」
スカーレットとリリアーナの顔がホッと安心したものになる。友達に飢えている二人は、友達になったハイドランジアには嫌われたくなかったのだ。
彼女たちの気持ちを理解して、ハイドランジアも自分の秘密を打ち明けることにした。
「俺は魔法は使えますが、精霊は使えませんからね」
「えっ!? 本当!?」
「本当なのですか!?」
「ええ。本当です」
授業中でも退屈そうにしていた公爵令嬢と、興味を感じられなかった王女はニコニコと嬉しそうにしている。余程嬉しかったのだろう。彼女たちは授業が終わるまでずっと微笑んでいた。
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