私の夫、僕の妻の相互認識
私の夫は人間とは言えない。人型の黒いもやだ。人の形をしているけど明らかに人間ではない。音も発しない。けれどテレパシーのようなもので会話は出来るので困ることは無い。表情もない。顔がないんだ。形だけが存在するだけで表情なんてものをおよそ見た事がない。けれどもやで顔文字を作って感情を表したりと可愛いことをしてくる。そんなものなくても夫の感情は読み取りやすい。
これはそんな夫の単純なことが分かる一例だ。
いつもの朝。寝室から茶の間へと行くと既にご飯が用意されている。
「おはよう。ご飯用意してくれたんだ。」
『おはよう。うん、だって今日プレゼンだって言ってたからね。』
今日は会社でプレゼンがある。なんとしても成功したいと意気込んでいたのは夫も知っている。
「ありがとう。わざわざ私より早く起きてくれたってことだよね。」
朝ごはんはいつも私が作ってる。単純に私の方が家を出るのが早いからだ。ただこうして夫の方が早く起きて作る時もある。晩ご飯早く帰ってきた方と言葉にした訳では無いけど自然とそうなっていた。
「ん〜美味しい!レストランに出てきても不思議じゃないほど!」
世辞ではない。夫の料理はすごく美味しい。欲目かもしれないが本当に美味しいのだ。
『当然。腕によりをかけて作ったんだから!』
エッヘンと黒いもやが顔文字を作る。どれほど意気込んだか分かる。それほど愛されてるのかと思うとこちらもにやけてしまうが今はそれとは別のことでにやけそうで大変だ。目の前の夫、もやがくねくねと動いているのだ。これは照れている証拠。
夫は褒めに弱い。とにかく弱い。褒めると照れる。けれど本人は隠しているみたいだが体は正直なのかバレバレだ。夫のこういう所は最高に可愛いと思う。
「ご馳走様でした。」
『作りすぎたかなって思ったけど大丈夫? 無理して食べてなかった?』
「大丈夫。丁度良かったよ。」
料理は丁度良かったが夫の照れでお腹が破裂しそうだ。相変わらず破壊力が高い。昔はこんなに夫に対して思ってなかったのにこれも愛ゆえなのか。ぐぬぬ、自分で思っておいて恥ずかしいな。仕事に行こう、仕事に。
立ち上がって荷物を持って玄関へと向かう。もちろん夫も見送りに来てくれる。
「いってきます。」
『いってらっしゃい、頑張って。』
手を振って見送ってくれる。小さく私も返して会社へと向かう。道中様々な生き物とすれ違う。大蛇に水に炎、魚に鳥、みんな人の形をしている。黒いもやももちろんだがピンクもいたりとカラフルだ。
まあ、私の夫が最高に可愛いけど。ほんと思うけど私可愛さで圧倒的負けてる気がする。……ちょっと手入れ頑張ろ。
最愛の夫に負けないと可愛くなることを決意した出勤だった。
僕の妻は人間とは言えない。人型の植物だ。体から葉っぱや花が咲いたり秋になると何か木の実がなっている。妻は僕と違って喋れる。それに表情もあって妻の声と表情はいつも僕を癒してくれる。それに喜ぶと花が咲いたり、悲しくなると花が散ったりするけど妻は気づいていない。気づいてもいいと思うのだけれど。可愛いのでまあよし。でも特に可愛いのは照れた時だ。妻は照れたの隠そうとするけど花が色づくからすぐに分かる。これはそんな一例だ。
いつもの朝とは少し違う。朝は僕がいつも遅いけど今日は妻のために早起きをしてご飯を用意する。会社のプレゼンがあると張り切りながら花を咲かせては散らしていたので作ってあげたくなった。ちなみに散った花は押し花にして飾ったけど本人は何故か気づいてくれない。見せても凄い、とだけ言って気づかなかった。
出来上がった朝食を丁度並べ終えると
「おはよう。ご飯用意してくれたんだ。」
妻がスーツ姿で降りてくる。張り切ってるのか幹がいつもより瑞々しい。
『おはよう。うん、だって今日プレゼンだって言ってたからね。』
そう妻に返すと花が咲く。嬉しいんだと口にしてくれなくても分かる。
「ありがとう。わざわざ私より早く起きてくれたってことだよね。」
基本的に朝ごはんは妻が作っているが妻のためとあれば早起きだって苦じゃない。少し眠いのは仕方ないけど。
「ん〜美味しい!レストランに出てきても不思議じゃないほど!」
顔を綻ばせて喜んでくれる。妻の褒め言葉と咲き乱れる花に内心照れる。だが、そんなのは少しは表に出さずもやでエッヘンと顔文字を作る。顔文字が良かったのか妻の花がさらに咲く。食卓が花の香りに包まれる。ご飯を食べ終えると妻が玄関へと向かう。何故か玄関へ向かう直前照れたように花が咲いたがどうしてかはさっぱりだ。
その後は妻を見送り自分も会社に行く支度を済ます。途中隣の龍人の方が回覧板を回しに来てちょっと話し込んでギリギリの時間に家を出ることになってしまった。
ああ、なんともかっこ悪い。妻はいつもスマートで可愛いというのに。妻にかっこいいと思われるよう頑張るぞ!