楽園
また新学期に、と手を振り
彼らの部屋の扉が閉まった時だった。
振り向いて廊下を歩こうとすると
目の前の清楚な白い廊下の景色がぐにゃりと歪む。
一瞬のまばたきのうちに
息を呑むほど美しい花畑にいた。
スイセン、ダリア、ロベリア、ガマズミ。
それぞれの花が自分の存在をアピールするように生き生きと咲いている。
色とりどりの蝶が舞い、
誘惑するように鱗粉をまく。
どこを見回しても先ほどいた寮はない。
ただ花畑が地平線まで続いているのが見えるだけだ。
幻術か?
恭平は警戒したように辺りを見回す。
さっきまで一緒にいたカイトやレイヴンもいない。
「……ごめんあそばせ。」
と何人かのワンピースを着た少女たちがどこからか現れ、ニコニコと天使のような笑顔を振りまきながら
庇護欲を煽るような幼く柔らかい手で我々の手を取る。
恭平が遠慮がちに手を退けようとすると
その少女は逃さないとばかりに笑みを深め、ギリギリと骨を折る勢いで腕を握りしめる。
そして恭平がその少女の狂気を孕んだ虚ろな目を見た途端、苦しみだした。
よく見ると少女の手は老婆のように変わり、長く黄ばんだ爪を恭平の皮膚に食い込ませている。
恭平の腕が変色していく。
壊死でもさせるつもりか。
これはまずいと思い、蹴り飛ばすと
その少女の華奢な体から腐った臓物がドロリと溢れた。
腐卵臭がする。
臓物がかかった花があっという間に萎びていく。
それを見た他の少女たちは表情が抜け落ちたのち、超音波のような声で一斉に哭き出した。
「きゃははははははハハハハハはははははははははははははははははははははははははハハハハハはははははひっ、ハハハハハははははははははははははははははははははははははははははははははははははハハハハハははははははハハハハハハハハハハははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははハハハハハははははははははははははははははははははははははっひハハハハハははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、」
ー呼んでる。
この少女たちはエサにすぎない。
今の戦力では無理だ。
どうする?
考えているうちに恭平が言った
「とりあえずここを離れよう!!
このままじゃどうせ捕まるだけだよ!」
その言葉聞いて花畑の地平線へ向け
走りだした。
少女たちは追いかけてこなかった。
しかしいつまでもあのタガが外れたような甲高い声が響いている。
恭平の腕をみる。
掴まれたところを中心に
変色し膨れて膿のようなものや汁が滴っている。
なんとなく時間との勝負だとわかった。
早くしなければ腕が使い物にならなくなるだろう。
しかしここが異空間なのか、幻術なのかもわからない。
歩みを止めずに辺りを見渡していると
小さな池が目に留まった。