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僕のゾンビ・ダイアリー  作者: 只野長庵
2/2

8月12日(月)

 ――外がやけに騒がしい。

 車のクラクション。

 人々の怒号。女性の悲鳴。

 そして爆発音。地面から突き上げるように振動が伝わってくる。

 

 僕はベッドから飛び起きて窓を開ける。

 外は――予想に反して全くの静寂の世界だった。通りには車が一台もない。

 何もない道路の真ん中を、白い夏服の帽子を被った女の子がトボトボと歩いてくる。

 

 僕はただその少女を見つめていた。

 4歳か5歳くらいだろうか、夏の陽光を白い服が眩しく反射させていた。

 何で車道の真ん中を歩いているんだろう?

 どうして車が一台もないんだろう?

 そういえば歩道にも通行人は一人もいない!

 

 そんな不思議な光景を、なぜだか僕は無批判に受け入れていた。

 

 ――やがて、大ガード方面から何やらドス黒い集団がやって来る。

 何かは分からない。どんなに目を凝らしてみても個々の姿を識別することができない。

 でもそれがとても恐ろしい、邪悪な塊だという事だけは直観できる。

 

「早く逃げろ!」

  

 僕は少女に向かって叫ぶ。

 が、その声が全く届いていないかのように、少女は全く無防備に歩き続けている。 

 背後からドス黒い集団が迫る。

 このままでは確実に追いつかれてしまう!


 僕にはそれ以上とても正視できなかった。咄嗟に目を塞いだ。

 その状況からとにかく自分自身を遮断したかったのだ。

  

 ……


「……夢!だよな……。」

 目を覚ました僕の視界には、見慣れた天井がある。

 外からはかすかに街の喧騒が聞こえる。

 悪夢から目覚めたときはいつも安堵感を感じるものだが、今回は特に胸の悪くなる思いをしたので、僕は無事何事もない日常に戻れた幸せを、とりわけ強く噛みしめていた。


 シノダ、フジサキの二人とファミレスでゾンビ談義を繰り広げたのは、もうかれこれ一週間以上前になる。あの夜アメリカで起きた暴動事件は、人々にいかにもゾンビ騒動を想起せしめるものだったのだが、続報は一切といっていいほどなかった。ネットにはニュースで流れた映像がアップされ、それがゾンビを撮影したものだと騒がれもしたが、面白がって故意に、しかも出来の良いフェイク動画を作成する者たちが現れ、なにが本当でなにが偽物なのか判別ができなくなっていた。


 しかし彼の暴動事件が、人々の関心をそれほどまでに引き付けなくなった理由は他にある。それは東南アジアを発端にした、新種のインフルエンザの爆発的流行騒ぎによるところが大きかった。きわめて感染力が強く、死亡率も恐ろしい程に高かったためWHOが最高レベルの警告を発していた。日本に上陸するのも時間の問題と言われていた。とても眉唾もののゾンビニュースの続報など耳に入る余裕などなかったのだ。


 ついこの間、あれほどまでに真摯にゾンビ発生時のサバイバル戦略を論じた僕らであったが、現時点の関心事は間違いなくインフルエンザ問題なのであった。それは勿論インフルエンザが空想などではなく、本当に現実の世界で発生したからである。


 だがもし致死率の極めて高いインフルエンザの蔓延が架空の話だとして、それとゾンビの脅威を比べて見ろと問われたとしても、僕は間違いないくインフルエンザの方がより脅威だと答えるだろう。

 

 正直なところ、僕はゾンビ騒ぎが本当に起きたところで、人類にとってそれほど脅威にはならないと考えている。それはゾンビの定義と密接に関連している。すなわち、ゾンビが「動きまわる死者」と定義される以上、そのもとになる人間をはるかに超えるような運動能力を発揮する可能性は、本来低く見積もるべきだと思うからだ。そうであれば本来、警察や軍隊などの強力な武器を有する人類が、ゾンビなどに後れをとるハズもない。歴代のゾンビクリエーターはその弱点に気付いてしまったからこそ、ゾンビの能力をよりエスカレートさせる傾向にあると僕は思う。しかしオカルト設定でも導入しない限り、何者かが人間の運動中枢やら肉体を乗っ取ることに成功したとしても、生者がそれを使役するより巧みに、効率よく運用できるという可能性は低い。


 仮に生身の人間よりも効率的に体が操ることができ、肉体の能力を物理的限界マックスまで引き出せたとして、かつ痛覚がなく、頭を破壊されない限り活動ができるというアドバンテージを考慮に入れた上でも、銃器をもった人類に鎮圧が不可能な訳がない。その不利をひっくり返すには非科学的なまでの運動能力があるという設定を導入するしかないのだ。


 もうひとつの重要な定義、「ゾンビに噛まれるとゾンビになる」という設定も、実は脅威度を低くしている要因になっている。裏をかえせば「ゾンビに噛まれない限りゾンビにならない」といっているのだから。この設定も実はゾンビクリエーターを悩ませていると僕には思えてならない。本来気を付けていればそうそうゾンビに噛まれる恐れはない。なのに、ゾンビ作品では結構な頻度で登場人物は噛まれる。腕や足を丸出しにして、不意打ちされそうな暗くて狭い場所にもバンバン入っていく。もう「噛まれに行っている」としか思えない不自然な流れすらまあまあ見受けられるのだ。


 ならば、目にも見えず、空気感染するインフルエンザウイルスのほうが何百倍も脅威であるはずだ。ゾンビはなるほど見た目こそおどおどろおどろしいが、目に見える分避けることができる。物理的な壁で遮ることもできるのだ。


 以上のような理由から、致死的なウイルスによって人類が死滅する脅威度を仮に10と見積もるとするならば、ゾンビによって人類が滅亡したり、文明が崩壊する脅威度はせいぜ位高く見積もっても2ないし3程度だと僕は思う。巨大隕石が落下したり破局的な火山噴火によって人類が絶滅の危機に陥る可能性の方が余程高い。僕が籠城作戦を信奉する理由は実はそこにもあった。人類は十中八九ゾンビを制圧できると信じている。ならばそれまで粘ったもの勝ちではないか!


 ……


 ベッドから起き上がると僕はTVをつけた。


「――外務省は渡航中止を勧告しており、日系企業は駐在員とその家族を一時帰国させる方針を固め――」

 TVはインフルエンザ関連のニュース一色だった。 

「エーここ成田空港では、感染者の入国を水際で防ごうと、サーモグラフィーを使用した検査を開始しており――」


 こうなるともうゾンビどころの騒ぎではない。パンデミックの恐怖が現実のものとして差し迫っているのだ。流石にこれが人類滅亡の序曲だとは僕も思わない。それはあまりに短絡的すぎる。しかし備えるに越したことはない。現実に日本国内でインフルエンザが爆発的猛威を振るえば当然不要な外出の自粛が求められるであろう。となれば先手を打って食料を確保すべきだ。みんなが買い占めに走ったあとでは遅い。


 という訳で、僕は早速行動を開始する。まずはネットショッピングだ。

「非常食、非常食と……。」


 フリーズドライ食品に缶詰、ビスケットにカンパンと、「非常食」のキーワード検索で表示される食品は実にバリエーションに富んでいる。しかし僕がチョイスしたのはカップ麺であった。それはなぜか?


 保存食と銘打っているからにはその賞味期限は3年から5年といったところが多い。それ故にコスト高になる傾向がある。自治体なり企業なりが食料備蓄として備えるならばそれくらいの期間が必要だろう。あまり短ければ管理が煩雑になるしそうそう入れ替えていてはかえって経済的ではないからだ。しかし一般人が家庭で備蓄するにはオーバースペックだ。もっと短くても管理可能だし、賞味期限が迫ったときには食べて消費することを前提にすればムダも生まれない。カップ麺の賞味期限はたかだか3か月程度。でも問題ない。消費しながら常に補充しつつ在庫を抱えるようにすればいいのだ。


 同じものばかりでは飽きるので醤油味・シーフード味のラーメン、タンメン、そして焼きそばと、バリエーションを豊かにするのを忘れなかった。断水に備えてミネラルウォーターもケースで注文した。カセットコンロとボンベも当然注文する。これでガス・電気が止まっても問題なし!これで完璧のはずだ。


 インフルエンザ騒ぎも、どうせ数か月もたてば終息するだろう。でもこれらの準備はムダにはならない。巨大地震の備えにもなる。強いて言うならばゾンビ対策でもある。僕が発注したのはカップ麺6ダース。3度3度食い続けたとしても24日間は籠城できる量だ。6ダース注文したのには根拠はない。地震対策ならばせいぜい3日とか7日くらい持ちこたえればいいと言われているようだ。でもゾンビ対策で何日持ちこたえればいいかなど、誰も見積もったことはない。ではなぜ6ダースだったのか?それは全くの成り行きだ。あれこれ選んでいたらたまたま6ダースになった、それだけだ。賞味期限の約3か月で消費し尽くすには少し多すぎるかもしれない。母親が知ったら「そんなものばかり食べて!」とドヤされるかもしれない。とにかくもう注文してしまったのだ。




 



 


 









  


 



  

  


 


  

 

 

 



 







 


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