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国外追放されたので『魔王』に成った  作者: くろふゆ
第二章 異世界に転生、アーガス王国での日々
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009話 年上の女魔術教師がやってきた

 それからのヒツギは、誕生日のその日だけ、本当の幼子のように両親にいっぱい甘えさせてもらい、最後に母であるヘレスと一緒のベッドで寝た。その後は自分の部屋で、一人で寝るようになった。そして女性の使用人に風呂で体を洗ってもらうのを丁重に断り、喋り方も王族のそれから、少し砕けたものに変える。


 よく考えれば、前世の記憶が戻ったのが、七歳のときで良かったと思う。

 地球で十八年生きた記憶がある状態で、排泄物の処理や授乳など、赤子として世話をされるのは精神的に苦痛だ。残念だが、ヒツギはそういう特殊性癖を持ってはいない。


 前世で母親に甘えるという行為をしたことがなかったから、母性に飢えていると、『師』である紅花に指摘され、散々可愛がってもらってはいたけれど……


 さて、これからどうするか、だが。

 異世界転移物語だと、主人公は元の世界に帰る方法を模索することが多いが……


 自分を散々虐げて捨てた両親。世界で一番大切な師匠もすでに亡くなった。


(あの世界は、もう俺を……いや、最初から俺を必要としていない)


 なら、あんな世界に帰る必要も、しがみつく理由もないな。


(というか、そもそも俺は、あの世界ですでに死んでいるし。元の世界に戻れたところで、すでに死体だ。俺の場合は異世界転移ではなく、異世界転生なのだろう。現に赤子からやり直しているわけだしな。誰かに与えられた第二の生を、俺はこのアスガルドで過ごす)


 そう方針を固めると、自然と心が落ち着き、前世に未練などなくなった。


 それからは、アスガルドでの勉学と帝王学に励みながら、覚えている範囲で空手と凰式フアン・しき中国拳法を体に染み込ませ、浸透させ直していく。幸いにも生まれつき《百錬の武道》という素養を備えていたため、肉体は幼くなったが、その技術は失っていない。


 凰紅花が授けてくれた『武』の力はヒツギの心に根付いている。型も動きも、独自の呼吸法も忘れてはいない。ただ、まだこの幼い肉体が、その《秘技》に追いついていないだけだ。まずは柔軟な体を手に入れ、皮膚と骨と臓器を強化する。そして幼いうちは過度な筋トレは行わずに『型』で肉体を作る。


 アーガス王国は魔術大国だが、七歳のヒツギに両親はまだ魔術を教えるつもりはないらしい。だから、勉学の隙間を見つけては、娯楽を削り肉体を研ぎ澄ませ、武術を刷り込んでいく。アーガス王国にも軍隊式格闘技はあったので、それも少し取り入れてみた。


 だが、地球に存在した、空手や中国拳法、また柔術やムエタイに他のマーシャル・アーツのほうが技術的に優れていると感じた。ただ、剣術においては、そこまでヒツギも詳しくはなかったが、どうやら地球の技術と比べても遜色ないようで、生前ヒツギが最後に破れた男、上泉景久のような、ハイレベルな剣士を何人か見かける機会があった。


 ヒツギは極力、武術の鍛錬を他人に見せなかった。それは決して、技術の隠匿のためではない。勉学や他の習い事においても、王城外の者に喧伝するようなことはしていない。


 努力とは自分のためにするものだ。人に言われてやらされたことを努力とは言わない。

 人前でだけいい格好を見せたがる王族など、ただの恥晒しだ。


 民の上に立つ以上、人の見ていないところで己を磨き、いつの日か誰かのために役立たせる。それが王族としての使命。自分はもう前世で最下層にいた頃とは違うのだ。


 自覚しなくてはならない。自分が選ばれた存在であり、そして選ばれた以上は、その責務を果たさなくてはならないということを。人は強くなければ生きていけない。だが、それと同時に優しくなければ生きる資格などない。というのが、『師』である紅花の言葉だ。


 そういえば、妹であるモニカにも、自分のことだけは「ヒツギお兄様」ではなく、「兄さん」でいいと言っておいた。ヒツギお兄様では少々堅苦しい。


 モニカは多少渋っていたが、長男であるベントレーのことも、モニカは「ベントレーお兄様」と呼んでいたので、自分はただの「兄さん」でいいと言った。

 兄が二人もいるといちいち呼ぶのに長ったらしくて面倒だと思ったからだ。


「俺のことだけ『兄さん』と少し砕けた感じで呼ぶのは特別感があって、二人だけの親密さみたいなのがいいだろう」と言うと、モニカは嬉しそうにはにかんで、それからは毎日のように「兄さん、兄さん」とヒツギのことを笑顔で人懐っこく呼んできた。


 普段は引っ込み思案なくせに、ヒツギにだけはなぜかやたらと懐いている。

 ベントレーとは違い、己に厳しくひたむきなヒツギの姿に尊敬の眼差しを向けていた。

 たぶん、どこかで惹かれていたのだろう。

 それも悪い気はしなかった。前世ではなかったことだから。


 ベントレーと違って、ヒツギは背も低く髪も長かったし、あまり異性としての『男』を感じさせるような行いをしていなかったので、兄というより姉みたいな存在だと思っていたのだろう。それに、生前いつも紅花が『女の子には優しくするように』と言っていたので、ヒツギは初めてできた妹のことを、世界で一番大切にした。


 モニカはベントレーと違って、将来は真面目で優しい王女様になりそうだ。


 異世界に転生したら、地球での現代知識と神か何かにもらった特殊な能力で女の子に囲まれてハーレムを築く……なんてことはなかった。


 そもそも、ヒツギは地球での育ちが悪く、学校も高校までしか行っていない。生憎と本を読む機会が多かったので、雑学は結構知っているが、どこまで役に立つのやら。


 転生の際に何か《ギフト》をもらった形跡もない。

 強いて言えば、今世では一国家の王族として産まれたことぐらいだろう。しかし、そのせいでいろいろと気苦労も多い。礼儀やマナーは前世で紅花に躾けられたが、この世界での王族としての立ち振る舞いは、また別物だった。


 だから、普通に勉強して、普通に運動して、普通に努力した。

 でも、そんな普通の生活は楽しかった。王族としての普通の教育は、平民の数倍は厳しいものだったのだが、そこにはちゃんと親の愛情があったから頑張れた。


 そうして三年の歳月を過ごすと、ヒツギは十歳になり、兄のベントレーが十三歳になった。ベントレーが今年から王立魔術学園に入学したこともあり、アーガス王城に魔術の王室教師、ヒルデガルト・エーベルがやってきた。


 彼女はまだ十八歳であり、王室教師としてはかなり若い。

 だが、実力と指導力は申し分なかった。その分、色々と癖は強かったが。


 身長168センチ。破格の天才美女だが、背が低くて若い男子を好む変態。胸はかなり大きく、髪型は青髪のシニヨン。固有魔術は《全魔術属性の適応率上昇》。


 特に闇属性の《催眠魔術》が得意で、いつもお洒落な眼鏡をかけている。

 そして指導のときは、常に《魔杖》を持っていた。


 魔術に興味津々なヒツギと違って、相変わらずベントレーはやる気がなく、娯楽と快楽にふけっており、ヒルデガルドの指導をまともに聞くことは少なかった。

 そのうち次第にサボり始めて、ついにはヒルデガルドの指導を受けることすら辞めた。


 そこでヒツギは、父であるルークに頼んで、ヒルデガルドを自分の専属王室教師にしてもらうことに成功した。説得は容易だった。ルークも優秀なヒルデガルドを王城に呼んだ手前、呼んでから三ヶ月も経たないうちに、ベントレーの勝手気ままでヒルデガルドをクビにしては立つ瀬がないのだろう。それはアーガス王族の品格すら損なわれる行為だ。


 ヒルデガルド自身も、丸々と太った嫌味ったらしいベントレーではなく、幼く髪も長い女顔のヒツギを指導できることになって、一人で舞い上がり歓喜していた。


 若干気持ち悪いが、お互いwin-winの関係ということで損はないだろう。


 ということで、ルークにヒルデガルドを自分に就けるように直訴した翌日から、アスガルドでの、初めての魔術指導が始まった。

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