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国外追放されたので『魔王』に成った  作者: くろふゆ
第一章 高森柩の終点
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005話 常勝無敗の剣鬼

 高森柩は《不動立ちふどうだち》になり、深く吸った息を丹田の奥まで巡らし、勢いよく吐き出して呼吸を整える。また吸って、万丈の気を吐く。


 空手の《息吹いぶき》。自律神経を整え、脳に大量の酸素を送る。


 脇を締めて肩を緩め、できるだけ体を小さくする。それが素手で武器に対抗する戦術。


「《仙道せんどう小周天しょうしゅうてん》」


《奇経八脈》を開発し、体内に眠っている《内気》を呼び覚ますことによって得る、脱力状態。これにより無駄な力が抜け、《気》を塊で捉えることができるようになり、潜在能力をギリギリまで引き出すことができる。紅花から継いだ『武』の力。


『師』が教え育て、『弟』がその背中を超える。すべては『師』の期待に応えるため。


「準備はできただろう? さぁ、始めようか――高森柩!」


 歩み足で間合いを詰めながら、景久は頭上に掲げた両腕の隙間から相手を見下ろすように、敵に威圧感を与える《上段の構え》を取る。丹田に力を込めた後、圧倒的な速さを誇る《継ぎ足》で一気に間合いを埋め、振りかぶった白刃を柩の頭上に振り下ろした。景久の太刀による斬撃を、柩は両腕に付けた手甲で防ぐ。ガキンガキンと二度鳴り響く金属音。激しい衝突の後、両者の体が一度離れる。互いの力と気迫は互角と言ったところか。


 景久は離れた距離を素早く送り足で詰め、《一足一刀の間合い》に持ち込んでくる。


《一足一刀の間合い》。それは剣道における基本的な間合いであり、一歩踏み込めば相手を打突でき、一歩引けば相手の打突を躱すことができる。正中線に沿って放たれる、頭、胸、腹、の三連突きを、柩は巧みな足捌きでいなし、後方に大きくバックステップ。


「……逃がさんぞ、第三秘剣! 《断空連斬だんくうれんざん》」


 景久の瞳に雷気が迸る。一瞬のうちに何度も白刃が煌めく激しい斬撃。

 その動きの『起こり』は見えた。柩はそれを両手に嵌めた、黒い防刃グローブで《化勁》を用いてパーリングする。が、受け流す構えを取ったはずなのに――


「――――――ッ!?」


 ……クソ、速い! 捌ききれない……!


 太刀を掴めさえすれば、肘や膝でへし折れる。

 だが、それを容易にさせる景久ではない。体勢を整える暇を与えてはくれないのだ。


 柩の焦りをよそに、景久はそのままこちらに大きく踏み込み、太刀を振るってきた。


 ――袈裟斬り。柩の体を右から左へと斜めに斬り落とす。その斬撃を柩は読み切り、上手く後方に下がるが――さらに、そこから、逆袈裟斬りが迫る。


 一度下に向いた剣先が、もの凄い勢いで左から右へと下から斜めに斬り上げてくる。


「ぐっ……があぁあああ!」


 なんとか致命傷は避けるが、着込んだ鎖帷子を弾き、腹部を浅く斬りつけられる。

 ぐらりと体勢が前に崩れる中、柩はその流れに逆らわず、右足を軸に一回転した。

 血流を加速させ、気を左の手首から上に集めて可能な限り硬化させる。


「左回転――《手刀斬り》!」


 遠心力を加えた、刃のような神速の手刀打ち。特殊な訓練と呼吸法で、鉄のように硬くなった左手刀。肉体を斬り裂く紙一重のところで、景久の太刀の峰に防がれる。


 しかし、その攻防の流れで左手を上に右手を下にした《天地の構え》に移行した柩は、景久の腹部に必殺の一撃を放つ。紅花との鍛錬で編み出した、彼の必殺技。


「決めるぞ! 《螺旋貫手らせんぬきて》」


 体全身に捻りと回転を加え、左腕を引き手にしてもの凄い勢いで捻った右腕から強力な四本貫手を放つ。右拳が腕ごと螺旋を描き、景久の心臓を突き破ろうとする。


 が、その刹那、太刀を右手一本に持ち変えて左手をフリーにした景久が、左手を正面に押し出し、自分の左腕を犠牲にして急所を庇う。しかし柩の猛撃は続く。


「秘門――《六大開ろくだいかい貼山靠てんざんこう》」


 六種の型からなる中国拳法の戦闘理論、その運用法の一つ。


 伸び切った右腕を折り畳み、右肩と背面部から強烈なタックルを景久に食らわす。


 景久は喀血し、勢いよく吹っ飛んだが、その右腕に握った太刀だけは離さなかった。

 景久の左腕を槍のように穿った、柩の右手からは少量の血が滴っていた。

 だが、それは己自身の血だった。景久の破けた道着の下から貫通した鋼鉄が現れる。


「やるな、良い攻撃だ。さて、ここからどう切り返すか……」

「……面倒だ、鉄板入りか」


 柩は軽く腕を振り、パキパキと指を鳴らして関節に異常がないか確かめる。


「お前の体は異常に硬いからな。極限まで《気血》を高め、全身の筋肉を鉄のように硬化している。《硬功夫イーゴンフー》を徹底的に叩き込まれているな。内功、外功、共に素晴らしい。鍛え上げた技の鋭さも相まって、両手両足が強靭な刃物のようなものだ」


 景久が左腕から使い物にならなくなった鉄板を外してこちらの顔面に投げつける。

 それを、柩は首を少しそらして躱した。ここから景久の技のキレはさらに増す。


「よく考えたら、素手のお前相手に防具を付けるのは恥だな。右腕の鉄板も外すよ」


 宣言通り、景久は右腕に仕込んだ鉄板も外して捨てた。ここからが本気の戦い。

 ならば、こちらも出し惜しみなしの全力でいく。


 自らにかけた『枷』を外す。気血を体に巡らせ、血流を加速。

 心臓を通常の数倍の速さで鼓動させる。血液循環速度が爆発的に上がっていく。ビキビキと全身の血管が浮き上がった。体が燃えるように熱い。命を削る自殺行為。


「ははっ、相変わらず痛ぇわ。でも、生きているって感じがする」


 この期に及んで代償を恐れるな。失うものはもう何もないのだから。文字通り、命を懸けて戦え。相応の対価をなしにして、望む力は手に入らない。


 気炎を吐く。リミッターの解除。それを柩は意図的にできる。


「……哀れだな。今までに命を削り過ぎだ。その身体……もう長くはないのだろう?」


 薬物に頼ったか、と景久がこちらのことを可哀想な者を見る目で見る。


「その目で俺を見るな! 俺を憐れむな! 俺を見下すな!」


 最も深い闇の底から、刃も恐れず拳を放つ。憎しみの炎が心を焦がす。

 怒りに任せて慎重さを欠いていると言われれば、否定はできない。

 しかし、柩は自らを奮い立たせる感情について、それしか知らないのだ。


「剛拳一撃! 《冲捶ちゅうすい》」

「紫電流! 《鍔受けつばうけ》」


 拳を腰に構え、体を横に向けながら放つ威力重視の柩の突き技に対し、景久は刀身を自分のほうに向け、鍔を柩の拳に打ち付けるように突き出して衝撃を相殺する。


 こちらの拳をいなした景久に、左右連続の蹴り技《連環腿れんかんたい》を叩き込むが、景久は柩の二段蹴りを、剣術家独特のスムーズな無駄のない歩法で上手く躱す。


 そのまま景久は白髪交じりの頭髪を掻き上げ《八相の構え》を取る。


 五行相剋『木』――《八相の構え》。中段の構えから左足を前にして剣を上に突くように右脇に構え、積極的に相手を攻撃できるようにする構えだ。


 そして景久は、そのまま一足飛びで俺との距離を埋めた。


「圧倒的に、速やかに、処断する――《無間むけん》」

「……な!? 《縮地しゅくち》……!?」


 柩も《縮地》に似た、一踏みで通常の数倍の距離を一気に詰める、中国拳法の秘門歩法――《箭疾歩せんしっぽ》は修めているが、景久のそれはいっそう鋭かった。


 瞬きをする余裕すらない。背筋に冷たい汗が垂れ、全身に鳥肌が立つ。


「紫電流――《閃光》――《光雷》ッ――《雷閃》ッッ!」


 目にも留まらぬ激しい雷のような斬撃。流れるように繋がれる必殺の奥義の数々。


 柩はそれを両手の防刃グローブ、両腕の手甲、両足の足甲でガードする。鳴り響く激しい剣戟音。一太刀でも防ぎ損ねれば、体を斬り刻まれてしまう。眼球がカッと見開かれ、血管が切れてその瞳が充血し、赤く血走る。なんとか景久の連撃を防ぎ切った柩は、そのまま隙をみて、景久の腹部に前蹴りを入れようと試みるが、上手く後方に躱される。


 そのときになって、ようやく柩は体に付けた鎖帷子ごと、胸部から腹部を深く斬り裂かれていたことに気付いた。後から遅れて痛みがやってくる。


「うぅ、あ……あああああ! がっ……ぐぐ、ぎ、あああああぁ!」

「刃よ、走れッ!」

「がっ……! ぐぅ……あぁぁ!」


 瞳が燐光を捉える。吸い込まれる、死の刃。


(こんな……ところで……――――――ッ!)


 左目が瞼ごと斬り潰され、視界が真っ赤に染まり、手甲と足甲が砕け散った。

 師匠、紅花の形見である紫色の紐が千切れ、長い黒髪が血飛沫と共に揺れる。


 倒れそうになった背中を、よく知る『女の手』に支えられ、前に押された気がした。


 赤い血に染まる白い道着。それでも柩は諦めない。この命が果てる最期の瞬間まで。


 秘門歩法、《活歩かつほ》。《震脚しんきゃく》を踏んだ後、地面を滑走するように移動。

 中国拳法の特殊歩法で、景久との間合いを一瞬で埋める。


「負けられない――絶招ぜっしょう・《浸透双掌波しんとうそうしょうは》!!」


 絶招、つまりは奥義。中国武術における発勁の一つ《浸透勁》と《双掌打》の合わせ技。下半身の筋力と推進力を背中の筋肉で増幅させ、至近距離から両手のひらを粟国の体に密着させた刹那、強く前に踏み込み、体を捻る勢いを加えた《勁》を与える。


 体の外部と内部を同時に破壊する、真の意味で必殺の掌打。それをまともに受け、景久は勢いよく吹っ飛び、床に倒れ込みながら激しく喀血した。


「……違うんだよ、もう昔とは。……上泉、景久ぁあああ!」


 今だ、チャンスだ。攻め続けろ。ブチっと筋繊維が切れる音がする。構うな。貫け。


「ここで勝って、俺は自由になるんだ!」


 心臓が痛くて死にそうなのに、鼓動が止まらない。生命が燃えている。


(泥臭くてもいい。勝って自由になったら、俺は紅花の故郷に行く。そしてそこで――)


 傷付いて、傷付いて、体がボロボロになっても、高森柩の心はまだ死んでいない。


 この世界は柩にとって地獄も同然だ。生まれてこなければ良かったと何度思わされたことか。生きることは辛い。子は親を選べない。生まれてくる時代も場所も。


 でも、死にたくない、死にたくない、死にたくない。こんなところで死ねない。


(俺はこの束縛された世界から解放されて、自由に翼を広げ、空を飛びたいんだ)


 自分を支配する鳥籠は、自らの力でぶち壊す。


(だから、まだ死ぬわけにはいかないんだ。やっと、これからなんだよ。俺の人生は)


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 割れた額から血を流し、鬼気迫る表情をした景久が、白目を剥いて吼え睨んでくる。


「……な……っ……!」

「無駄だ、高森柩。それ以上足掻いても苦しみが続くだけだと、なぜ理解できないッ!」


 恐るべきことに、口から赤黒い血を大量に垂らしながらも、景久が立ち上がってくる。


「なぜ、私が勝ちにこだわるのか……それは、私がこの世に生まれたからだ。私のこれまでの人生において、負けとは死を意味している。ただの一度も、負けてはならないのだ!」


 鬼神の如き表情で、ただ勝利だけを見据えて、こちらに向かう足を止めない。


「勝利だけが……私のすべて……っ!」


 常勝無敗の上泉景久の体と心が敗北を拒絶する。負けることを受け入れない。

 対するこちらは、残された右目だけを見開き、震える両足で立っているのがやっとだ。


「すでに視界もままならないだろう。己が敗北を受け入れろ――高森柩ィイイイ!」


 振り下ろされる景久の太刀。それも、もうまともに見えない。それでも、


古木死灰こぼくしかい――《聴勁ちょうけい》」


 文字通り、柩は景久の《勁》を聴く。別に勁力とは音が鳴るものではないが、目に見えるものでもない。防刃グローブで景久の太刀に触れた瞬間、彼の動作を感じ取る。


 憔悴し、限界まで力が抜けたからこそ至れた《静》の極み。


 景久の気配を肌で感じ取り、その動きに対して無意識に予備動作なしで反応する。


「気に食わぬ! 窮地だというのに、その目に灯る火が気に食わぬ。ここで果てろ!」


 無数に振るわれる死の刃。そのことごとくを、防刃グローブを使いパーリングした。


「轟け、第七秘剣! 《万雷神刀ばんらいしんとう》」


 迸る一瞬の輝き。遅れてやってくる、体の芯を揺さぶるような轟音と衝撃。

 柩は目を使わずに、音だけで景久の攻撃を予測し、最小限の《化勁かけい》で受け流す。


「……凰式フアンしき――《てん》!」


 景久が驚きに目を見開き、殺気を膨らませながら吼えたのが分かった。


紅花ホンファ……俺は……」


 いつか恩返しがしたかった。だけど、もう……遅かったんだね。


(一体、何をやっているんだ。俺は、紅花のために生きるって決めたのに……)


「ならば、無駄に足掻くその足を斬りおとしてやろう! 天眼――《紫電一閃》ッ!」


 飛び上がって躱さなければ……思考は追いつくが、体が言うことを聞かない。

 パン! という銃声のような発砲音が鳴ったかと思うと――次の瞬間、ザン! という風切り音が遅れて聞こえ、この世で最も鋭い斬撃に骨ごと両足が断ち切られる。


「あ、あ……が……ぐ……あっ、足、足がっ! が……ッッ!」


 翼をもがれた鳥のように、無様にずるずると床に這いつくばる。綺麗に削がれた切断面から、大量の鮮血が溢れた。嘘だろ……こんなところで終わっちまうのか……?


 上泉景久の足が、自分の目の前にあった。


(もう腕しか動かない。それでも、まだ……俺は、紅花の……弟子だから……)


 紅花を失った悲しさをバネに、ここまで強くなった。すべては己に勝つために。


「ま……まだだ……! まだ、終わっては……いな……い」


 柩は景久の足を破壊せんとばかりに握り潰す。気血を送り、全筋力を右腕に集中。


「……諦めろ。もう手遅れだ、お前は助からん」


 両足のなくなった柩の胴体を景久が蹴り上げ、宙に舞う柩の腹部を深く斬り裂いた。


終天しゅうてん……第九秘剣! 《死山血河しざんけつが》」


 激痛などという表現すら生温い。神経を溶かされるような荒れ狂う幾千もの蹂躙。

 鈍色に輝く血塗れの切っ先が、柩の腹を貫く。


「残念だが、高森柩――お前の物語は、ここで終わりだ」

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