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国外追放されたので『魔王』に成った  作者: くろふゆ
第一章 高森柩の終点
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004話 VS史上最強の剣士

 ここは、とある地下闘技場。


 常人とは住む世界が違う、化物たちが命を懸けて戦うところだ。あらゆる武術を修めた猛者たちによる、血で血を洗う死闘が行われる。たった一度の敗北が、死に繋がる戦い。


 試合の開始が迫るにつれて、高森柩は沸々と闘志を滾らせていく。


(どうあっても、俺は闘いの中でしか生きられない。ならば、勝って生き残るまでだ)


 今日の対戦相手は、あの《雷神》――上泉景久かみいずみかげひさだ。

 今度こそ、本当に死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。


 試合前、選手準備室の影で、柩を雇っているセコンドがこんな話をしていた。


「今日の相手は、あの上泉景久ですよ。柩で勝てますかね?」


 不安そうなサポーターの声に、汚い濁声でセコンドが答える。


「素質で劣る柩でも、ドーピングさえすれば問題ない。『調整』はすでに済ませてある」

「で、でも、あの薬は一時的に身体能力を高める代わりに、酷い頭痛に苦しんだり、血管が破裂する可能性もある、寿命を大きく削る危険なものだって……」

「今生きていればそれでいい。あいつの後のことなんて、オレにはどうでもいいからな」

「そんな……。や、やっぱり、柩にも何か武器を持たせましょうよ」

「バカか? そんな付け焼刃でどうにかなるかよ。それに柩は素手のほうが強いんだ。素手のほうがオッズも高いし、儲けも武器使いの数倍だしな。ひひっ、ぼろい商売だ」


(俺もとんだクソ野郎に買われたもんだな。本当に俺の周りにはろくな奴がいない)


 父に売られてから、今までに数十試合勝利を重ねてきた。

 どれも激しい死闘だった。一歩間違えれば死んでもおかしくないくらいには。


 そして先日、今日この試合に自分が勝てば自由の身になるとセコンドに言われ、柩はいつも通り素手で、自分より遥かに格上の剣術の達人、上泉景久と戦うことになった。


 慣れた動作で黒い防刃グローブを嵌め、手甲と足甲と鎖帷子を着て、白い空手の道着と黒いカンフーパンツを身に付ける。

 いつの間にか背中まで伸びていた黒髪を、師匠――紅花の形見である紫色の紐で結う。


「行くぞ、柩。不敗のあいつに勝って、オレをたんまり儲けさせ、お前も自由になれ」


 下卑た笑みを浮かべるセコンドが、長方形の銀色に光る箱を放り投げてくる。

 柩はそれを片手で受け取り、箱を開いて中に入っている注射器のようなものを自分の首筋に押し当て、躊躇いなく打ち込む。――ドクンッ! と心臓が大きく跳ねた。


「うっ……! ……はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……ふぅ……」


 瞳孔が開き、呼吸が乱れ、少しの間息が荒くなる。


「くっ、いつもより……動悸が激しいな……」


 すぐにじわじわと薬物が身体に浸透し、異常なほど力が湧いてきた。

 ――《ブースタードラッグ》。大きな代償と引き換えに、ヒトの限界を超える力を与える違法薬物。依存症状は起きないが、服用しすぎると死に至る危険な代物だ。


「……行ってくるよ、紅花ホンファ


 誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟き、柩は闘技場へと足を進めた。


『さて、本日のメインイベント! 地下闘技場最終試合に出場するのはこの二人だ!』


 かなり広い闘技場の奥から司会兼実況の足立勇人あだちゆうとの声が聞こえる。

 それに合わせて、柩は闘技場へ足を踏み入れた。


『東の門からゆっくりと現れたのは、十八歳にしてその小さな体で数多の強者を薙ぎ倒してきた男! 身長165センチ、体重61キロ! 地下闘技場戦績13勝2引き分け1敗! リングネーム《無手の死神》――高森柩イイイイイッッ!』


 高い塀の上を見渡せば、いつもよりかなり多くの観客がいた。


『不撓不屈の美しき鉄人と呼ばれる、容姿端麗な人気闘士、高森柩選手は武器の持ち込みが可能なこの地下闘技場でデビュー以来、一貫して素手で相手を屠ってきた強者です!』


 足立の背後にあるモニターに、柩の過去の試合映像が流れる。


 この地下闘技場では、四方百メートルのコンクリートの上で戦う。消極的な試合展開による注意はなく、時間は無制限だ。長い試合では一試合に数時間かかる。


 だが、今回はそうならないだろう。なにせ相手はあの上泉景久。勝負は一瞬で決まる。


『そして、キターッ! 西の門から現れたのは、歳を取りさらに進化した二十九歳! もはや語るまでもないでしょう! 身長180センチ、体重76キロ! 地下闘技場戦績99勝無敗! 紫電流当主《雷神》――上泉景久アアアアアアッッッ!』


 反対側から、白髪混じりのオールバック、上は紺色の剣道着、下は黒色の袴。太刀使いの地下闘技場最強剣士、上泉景久が威風堂々と現れる。景久は腰に下げた鞘に手を持っていく。そのまま鍔を親指で押すことにより、はばきを外し鞘から太刀をすらりと抜いた。


『ご存知の方もいるかとは思いますが、実はこの二人、一年前に一度戦っています! そのときの映像がこちらっ!』


 ドン! という大きな音が鳴り、サイドの大画面に過去の映像が流される。


『《赤手腕刀せきしゅわんとう白刃しらは折り》ぃいいい!!』

『断ち切れ、第一秘剣! 《白刃雷鳴はくじんらいめい》ッ!』


 全身血塗れで、血走った目で吠える柩と、冷静に刀を振り下ろす景久の過去の姿。


 柩は体ごと回転させて右腕に気血を送り硬質化。そのまま右腕を刀のように景久の太刀の側面を狙って振り下ろす。猛烈な破砕音が鳴り響き、景久の握る太刀の刀身がへし折れる。だが、気付けば景久の太刀は、その一瞬先に柩の顔を斜めに大きく斬り裂いていた。


 景久の折れた太刀が宙に舞う中、柩は顔面から大量の鮮血を噴き出し、そのまま勢いよく地面に倒れ込む。そして、レフェリーが柩の側に歩み寄り、戦闘不能を確認する。


『惜しくも負けはしましたが、地下闘技場史上初めて、上泉景久選手の太刀を粉砕したのが、この高森柩選手です! 今夜、この二人が一年ぶりに再戦しますッ!』


 柩は顔面に走る大きな深い刀傷を撫でる。

 奴を前にして、古傷が疼いてきやがった。全身の毛が逆立つ。鳥肌が立つ。


(……あのときは紅花に泣かれたなぁ。心配させちまった)


 全治一ヵ月の重傷を負い、顔面に消えない大きな傷跡が残ってしまった。


 でも、あれから柩は一度だって負けてない。紅花を悲しませたくなかったから。


「久しぶりだな、高森柩。あれから、私以外には負けていないそうじゃないか。私の自慢の太刀をへし折ったんだ。そこいらのザコに負けられては困る」

「そっちこそ、相変わらずの負けなしか。悪いが今日は勝たせてもらうぞ」

「お前に恨みはない。だが、私が生き残るために処さねばなるまい」


 骨ごと肉を一太刀で斬り捨て、どんな打撃を受けようと、決して怯まず己の間合いまで踏み込み、人体を紙切れ同然に千切り吹き飛ばす剣鬼。それが上泉景久。


(こいつ、あれからさらに成長してやがる)


 今までに体験したことのないほど不気味な殺気。背筋が凍る。ずっと喉元に刃を突きつけられているみたいだ。思わず体が縮み上がりそうになる、圧倒的存在感。


 ――この重圧、気を抜くと押し潰されそうだ。


「さすがに、これまでの相手とは一味違うな」


 相手は最強。現代の剣士の到達点。なりふり構っていられない。この試合、おそらくどちらかが死ぬことになるだろう。その答えは戦いの中にある。


「あのときは手を抜いてすまなかったな。ふっ、あまりにもお前が惨めでね。戦いの場において、情けは侮辱でしかないと後になって悟ったよ」

「……チッ、手を抜いてあれかよ」


 思わず柩は舌打ちをする。奴は底が知れない。本当に人間かどうかすら怪しい。

 まぁいいさ。どうせ磨り潰される命なら、今ここで限界を超えるまでのこと。


「僅か一年でここまで来たか。だが、お前の道はここで途絶える。私はその先に行くよ」

「……先だと? このクソみたいな道の先に、一体何があるっていうんだ?」

「人類最強。そして、人を超えた魔の領域。そこからは異世界だ。私はもう一度あの場所に行ってみせる、あの《アスガルド》に」

「てめぇ……ふざけてんのか?」

「理解しろとは言わない。常人には無理な話だ」


 それだけ言うと、景久は会話を断ち切り、ゆっくりと背を向けた。


 柩は浅く息を吸い、全身に気を巡らせる。体が熱を持ち、五感が研ぎ澄まされていく。


 自分が今日死ぬかもしれないと毎日のように感じて生きている人間がどれくらいいるだろうか? 柩の人生は常に死と隣り合わせだ。日々、死の恐怖に怯えて生きてきた。


 生物というものは、死の境界線上に立たされれば、どこまでも非情になれる。


「お前を殺して、俺は生きる」


 その想いに罪悪感は一切ない。奪うか奪われるか。生きるとはそういうことだ。


『両者、所定の位置について!』


 試合開始前の、景久との距離は二十メートル。

 徒手空拳と剣術で、互いに『武』の頂きに至った達人同士の戦い。


『それでは――――試合開始ッッッ!』

本日も夜にガンガン投稿します!

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