026話 初めてのアンデッド
ちょうど、ヒツギが屍術を少しはものにしたとき、一体の魔物が目の前に現れた。
ケルベロス。地球ではギリシャ神話に登場する犬の怪物である。
ハデスが支配する冥界の番人にして、底なし穴の霊。屍術の使い手であるヒツギに対してかなり相性が良い。是非とも殺して、配下として加えたい。
アスガルドでも、ケルベロスは冥府の門を守護する番犬であるとされ、三つの頭を持つ魔獣だ。犬とは言っても、その姿はおぞましく、竜の尻尾と蛇の鬣を持つ、獅子のような猛獣である。ケルベロスは地獄における三位一体の象徴とされ、その三つの頭はそれぞれが、『保存』、『再生』、『霊化』を表し、それは本来死後に魂が辿る順序を示している。
益々、ヒツギにとって相性の良い魔獣だ。
「こいつを、最初の配下に従えよう」
施しは受けない。自分の『駒』は自分で揃える。ここから屍の軍勢を築く。
そう決めたヒツギは、早々に行動に移した。
大きく吼え、飛びかかってきたケルベロスの爪を、身を捻って躱す。
そのまま右回転し、腰を軸にして、捻る力を加えた勁力をぶつける。
「《左掌打》!」
基本的な技で、ケルベロスの大きな体が吹き飛ぶ。今の一撃で、表面だけでなく内側にまで衝撃を浸透させた。よって、ケルベロスの動きが一瞬、膠着する。その隙をついて、
「《シャドウボール》」
紫黒色の球体が弾丸のようにヒツギの右手から放たれ、ケルベロスをさらに吹き飛ばし、太い木の幹に勢いよく叩き付けた。
「やった! これで……」
ケルベロスは全身から大量の血をぶち撒け、しばらく痙攣した後そのまま死を迎えた。
「……許せ。弱肉強食は原初のルールだろう? 《屍術・操眼》からの《死体操作》」
目の光を失っていた、ケルベロスの瞳が赤黒く輝き、再び動き出した。
自らの力で作り上げた、記念すべき最初の《アンデット》。
「ケルベロス、辺りに人……はいないか。亜人か魔物がいないか調べてきてくれ」
配下となった、死体のケルベロスはこくりと頷くと、森の奥へと入っていった。
(さあ、これからどうする?)
当面の目標は周囲の魔物を狩り、屍の配下を増やすとしよう。だが、ここから先、ずっと一人で会話もできない死体と過ごさなければならないと思うと、正直気が重い。
できれば話し相手になり、戦闘でも頼れる、生きた存在――亜人を配下ではなく仲間に加えたいところだ。しかしそんなに簡単に、気兼ねなく話せる亜人と出会うことができるのだろうか。可能性はかなり低いだろう。
そのとき、ケルベロスが鼻を鳴らし、蛇の鬣を揺らしながら帰ってきた。
「なんだ? 何か見つけたのか?」
ヒツギの言葉に、ケルベロスが「ゴォーン」と鳴き声を上げる。
(……そうか、喋れないのか)
基本的に《アンデッド》は気味が悪い呻き声を上げるだけで、人間の死体であろうと話すことができないのは確認済みだった。であれば、獣が言葉を介することなど、いっそう不可能だろう。初めて自分で作った《アンデッド》に浮かれていた。……恥ずかしい。
「じゃあ、行こうか、ケルベロス」
一人で黙って行くのもどうかと思ったので、一応アンデッドの獣にも声をかけた。
二人、否、一人と一匹で森の奥へ進むと、生い茂る木々が開け、女の悲鳴と重い衝撃が突き抜けた。岩と地面に、人型を模した巨大岩石の塊、《ストーンゴーレム》がそびえ立っていた。その魔物が放つ剛腕の一振りを、ヒツギよりもやや身長の高い女が避ける。
ストーンゴーレムの一撃を寸でのところで躱した女は、亜人――《ダークエルフ》。
耳の長い長寿の種族であり、背丈は168センチほど。艶のある褐色の肌に大きな胸。紫色の肩にかかるくらいのショートカット。宝石のような紫黒色の瞳の左下に、妖艶な泣きぼくろがある。潤いのある艶やかな唇が美しい。しかし額から流血していた。
背中には矢筒を、両手に特殊な弓――《魔弓》を携えて応戦している。
もちろん、ただの弓矢ではなく、魔力を込めた魔弓なので、貫通力は高く、それこそ弾丸並の威力のはずなのだが、生憎と硬さに特化したストーンゴーレムが相手では分が悪い。




