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国外追放されたので『魔王』に成った  作者: くろふゆ
第二章 異世界に転生、アーガス王国での日々
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017話 処刑宣告と国外追放

タイトル回収できました。主人公が苦戦したり辛い目に合う展開が嫌な方はブラバしてください。第一章を読んだ方は大丈夫だと思いますが……

 アーガス王国第二王子、ヒツギ・フォン・アーガスの王位継承権を一時的に剥奪。

 その上で、アーガス王城の地下に一ヵ月間監禁する。

 それが、アーガス王国国王、ルーク・フォン・アーガスが決めた沙汰だった。


「……あぁ……ぁ……」


 虚ろな目で、檻の外のレンガ模様の壁を見つめる。仄かな灯りが僅かに周囲を照らす。


 一ヵ月間、ヒツギの元を訪れたのは、飯を持ってくる使用人と、モニカとヒルデだけだった。他の者は腫物を扱うように誰も近づこうとはしない。みんな恐れているのだ。


「……だい……じょう……ぶ。一人でも……生きていける。大丈夫……一人でも……」


 地下に監禁されている状態では、朝日が差し込むことなどないが、体内時計で今が早朝だということは分かる。そこへ久方ぶりに複数の足音が近づいてきた。


「よう、ヒツギ。あれから一ヵ月、調子はどうだ?」

「……兄……上……」


 茫然と声がしたほうを見ると、檻の向こうに丸々と太ったベントレーの姿があった。


「なんだ、随分とやつれているな。まるで、死人のような目だ。くくっ、はは、《屍術師》にはお似合いだなぁ! そうだろう、ヒツギ」

「………………」


 何も言い返す気力が湧いてこない。


「チッ、だんまりかよ。まぁいいさ。ヒツギ、お前に任務だ」

「……に、任務? 誰の……」

「お前には、ミッドヴァルト――《魔の森》へ行ってもらう」

「なっ……んだと……誰が、そんなこと……」

「現在、魔の森を治めている、四大吸血鬼の一人、《白銀の真祖》。その真名をルナ・バートリーという。そいつを仕留めてくるのが、お前の仕事だ」


 そんなの無理に決まっている。口をついてそう言いかけたが、ギリギリのところでなんとか押し留めた。自分は今、罪人なのだ。罪人には裁きが必要だということだろう。


 しかし、その裁きはあまりにも重すぎた。


 まず《魔の森》に入ることが困難。そしてその奥に進むには命を懸ける必要がある。


 ましてや、その主、吸血鬼――しかも、この世界に四人しかいない《真祖》の一人の討伐命令。それは、その者に死んでこいと言っているのに等しい。


 ルナ・バートリー。このアスガルドに存在する十二人の《魔王》の一人。

 その名が冠するのは《不死王》。


「出発は明後日だ」

「あ、明後日……!?」

「安心しろ、護衛を三十名つける」


 そんなもの焼け石に水だ。むしろ、自分の処刑に三十名も巻き込むなんて申し訳ない。


 案の定、そう告げたベントレーは卑しい笑みを浮かべていた。


「これでお前の顔を見るのも最後だ。今日はお前をアーガス王城周辺に連れ出してやる」


 自分より立場の弱い人間には際限なく強気に出る。それがベントレーの気質。


 なぜ人は誰かを支配しようとするのか。強者が栄え、弱者は滅びる。


 暴力と謀略が渦巻く王族や貴族の醜い争い。そんな諍いから遠ざかり鍛錬を積んでいたヒツギ。政治的なやりとりはベントレーのほうが上手。知能では自分が勝るが、実戦経験の差から兄には劣る。ここにきて、王族としての醜悪さでベントレーに負けた。


(……悔しい。昔みたいに、何も感じないわけじゃない。そうさ、悔しいさ)


 でもそれは、自分がまだ諦めていない証拠だ。例え、この先に苦痛と孤独しか待っていなくても。誰にも認められず、誰にも望まれなくても、自分は生きると決めたんだ。


 ベントレーに檻から解放され、ヒツギは一ヵ月ぶりに陽の当たる地上に出た。


 そうして、ヒツギは日々時間を作って見回り、コミュニケーションを取っていた城下町の住人の前に晒される。ベントレーと複数のその従者の最後尾に。


 歩く、歩く、歩き続ける。止まることは許されない。ただ、どこまでも歩き続ける。


 その様相は、まるで市中引き回しのようだった。


 処刑するだけでは飽き足らず、公衆に見せつけるかのような拷問。今まで笑顔で接してくれた住人たちが、ヒツギを咎めるようにじろじろと見ては、ひそひそと何か呟く。どうせそれは非難の声だろう。真摯に受け止めることしかヒツギにはできない。


 目を閉じて、耳を塞ぎ、口を噤むことはできる。何もかも諦めてしまえば、それで終われるのだから。でも、それでも自分は――


「……っ……!」


 放心していると、どこからともなく飛んできた石が額に当たり、血が垂れて目に入る。

 今は鮮血を拭うことすら煩わしい。

 赤い視界の中で、今まで自分が守るべきものだと思っていた民が、ヒツギ・フォン・アーガスに剥き出しの怒りをぶつけていた。怒りだけではなく、その中には恐れや忌避もあり、近づいて直接殴るのすら嫌だという思惑も感じられる。


「黒い髪に毒々しい紫色の瞳。何が女のように美しい王子だ! よく見れば何のことはない、ただの気持ち悪い異分子だぜ!」


 ヒツギの髪の色が気に入らない。目の色が気に入らない。肌の色が気に入らない。澄んだ声が気に入らない。理由なんてどうでもいいのだろう。


 最期に目に焼きつける光景としては、最悪のものだった。


 さすがはベントレーだ。人が何をされれば一番傷付くのか、よく理解している。


 暗い、光のない亡霊のような瞳で世界を見れば、そこに映るのはまた虚ろなもの。


 それでも生きた素肌に突き刺さる、恨みや憎しみといった感情の塊。


 体が重い。ひんやりと冷たい感覚が総身をなぞる。


(内心、俺のことを蔑んできたのか。そうかよ。それでも俺は、アーガス王国の民を守りたいと思っていたんだ。捨てられない。やっと得た大切な宝物だから。でも、もう――)


 ――ダメだ。自分が守るべき民の悲痛な声にも、すでに心が動かない。


 ヒツギは自分の心を守るがために、自分の精神が壊れないように、自分のことだけを考えて、自分の奥底にある大切なものに、カチリと音を立てて鍵をかけた。その扉はもう決して開くことはないのだろう。随分と落ちぶれたものだ。これではベントレーのことを悪くは言えないな。自分がこれ以上傷つかないために、心に鍵をかけ、感情を押し殺して、死んだような目付きで辛うじて生き縋る。惨めだ。それでも泣きじゃくる権利などない。


 なぜなら、ヒツギ・フォン・アーガスは無力でちっぽけな、ただの罪人なのだから。


 明日、ヒツギは大人しくベントレーの命令に従って《魔の森》に行く。


 これ以上、誰かに心配をかけるわけにはいかない。


(…………誰かって、誰だよ。……ああ、そうか。こんな俺でもまだ慕ってくれる僅かなアーガス王国兵と民草。そしてモニカにヒルデ。妹と先生に迷惑はかけられないな)


 心ここにあらずといった状態で城下町を離れ、ヒツギはアーガス王城の自室に戻った。


「なんで……なんで俺には、何もないんだよ……! 本当に……空っぽだ」


 冷たいベッドに何度も何度も己が拳を振り下ろす。木製の寝具が折れた。


 最低限の準備だけ事務的に整えて、後は泥のように眠る。


 翌日、ベントレーの配下の者に連れられ、ヒツギはアーガス王城を出た。


「……兄さん!」


 目尻が赤く腫れたモニカが走り寄ってきた。

 ファンタジー世界の王族らしい装飾華美なドレス。キラキラと輝く眩しい金髪。

 不安そうに見つめる大きな瞳は宝石のようだ。そんな妹に心配はかけられない。


「どこに……一体、どこに行かれるのですか?」

「任務だよ」

「……任務?」

「ああ、俺にしかできないことなんだ。じゃあな、モニカ。国のことは頼んだよ」


 王国兵に押し留められるモニカの姿を尻目に、ヒツギはこの国を後にした。


 もう二度と、ここに帰ってくることはないだろう。


(さようなら、優しい俺の妹――モニカ・フォン・アーガス)

第二章完結。ついに舞台は魔の森へ。主人公無双まであと少し。

体調不良のため明日は休載致します。

執筆の進捗具合によっては2~3日連続休載になるかもしれません。

楽しみにしてくださっている方には申し訳ないです。

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