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国外追放されたので『魔王』に成った  作者: くろふゆ
第二章 異世界に転生、アーガス王国での日々
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016話 固有魔術発現!暴走する《屍術》

 二人の意識が同時に戻った。ハッとしたヒツギは急に恥ずかしくなる。


「……せ、せんせい……先生……ヒルデ? か……」

「もうっ、酷いじゃないですか、若様。私、経験ないんですから、優しくしてください」


(――な、何をやっているんだ、俺はぁあああ!? あああああああ! ……死にたい)


「躰は快楽に屈しても、心までは若様のものにはなりませんよっ!」

「…………………………ん?」


 よく考えたら、ヒルデと目が合ったときに、強力な《催眠魔術》をかけられた気がする。


「くっ、殺せ! どうせ飢えた野獣のように、私の瑞々しいスケベな躰を犯し――」

「………………そんなに死にたいのなら、今すぐ殺してやるよ、先生」


 ヒルデの言葉を途中で強引に遮り、自らの手に迸る紫黒色の球体を発生させる。


「……え? ちょ、ちょっと待った! マジですか!? 本当に殺すの? 嫌だぁ! やめてぇえええ! 処女のまま死にだくないぃいいい! せめて結婚してください!」

「遠慮します」

「愛人でもいいから」

「金と権力目当てだろうが」

「ひいっ!? ヤることだけやって殺られるぅう! 絶対に誰にも言いませんからぁ!」


 涙ながらにヒルデが必死の逃走を図る。そしてそれを全力で追う自分。他に目撃者はゼロ。当人を始末すれば、この黒歴史は消える。よってヒルデにはここで死んでもらう。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私が催眠術をかけましたぁ! 許してぇえええ!」


 さっきまで、男と女のいい雰囲気で、危うく一線を超えそうだった者同士とは思えないほど、そこからは殺伐とした追いかけっこという名の、一方的なデスゲームが始まる。


 快楽で腰が抜けたヒルデは転移系の魔術で逃げた。この先のヒツギの人生は破滅だ。


 ◇ ◇ ◇ 


 結果的にヒツギの人生は破滅しなかった。あれはあれでヒルデも恥ずかしかったらしく、誰にもあのことは話してはいないらしい。しばらくヒツギを見ては顔を赤くしていた。


 というか、よく考えたら一国の王子に《催眠魔術》をかけて意識を乗っ取り、無理矢理自分を襲わせようとしたことが世間にバレたら、冗談抜きでヒルデが処刑されてしまう。


 そんなわけで、ヒツギとヒルデはそれからも仲良く、それでいてバイオレンスな日々を過ごした。そして、二年と少しの歳月が過ぎ、ヒツギの十五歳の誕生日がやってきた。


 魔術学園で二年連続最優秀成績を誇り、多くの優秀な学友に恵まれて過ごした学生生活も、もう一年も残されていない。優れた魔術師が、十五歳の誕生日を迎えるときに発現する《固有魔術》。間違いなく、ヒツギにもこの世界から、何かが授けられる。


 それは特殊な黒い魔鳥、ムルムルがその能力名と具体的な用途を告げる。

 それをアーガス王城で毎年開かれる、ヒツギの生誕祭で行うことに決まった。


 ヒツギの固有魔術は、アーガス王国民だけでなく、他国にも知られてしまうことになるだろう。だが、国王である父ルークは、類い稀ない才能を持つ魔術師である、ヒツギの力を他国に喧伝し、争いの抑止力にしようという考えだった。


 ただでさえ、ヒツギ・フォン・アーガスが魔術の天才であり、歴代でも最高クラスの戦闘能力を誇る王子だということは、バベルニア大陸の多くの国と町の長が知っている。


 そこに加わる新たな力が――《固有魔術》。一体どのような力が発現するのかは分からないが、きっと誰もが驚くような強力なものであるに違いない。


 それが、アーガス王国のトップとその重鎮たちが下した結論だった。


 ◇ ◇ ◇ 


 諸々の挨拶が終わり、ついに今日のメインイベント、ヒツギの《固有魔術》お披露目の時間がやってきた。さっきまで華やかだった場は一堂に静まり返り、妙な緊張感がある。


 ヒツギの専属教師を務めているヒルデガルド・エーベルが、ヒツギの前に黒い魔鳥、ムルムルを持ってくる。鳥籠の中にいるムルムルは地球のカラスによく似ていた。


 ヒツギが産まれたのは午後六時六分六秒。あと一分でその時が訪れる。


「若様、緊張しなくても大丈夫ですよ。どんな固有魔術が発現しようと、また私と一緒に鍛錬し、己のものにすればいいのです。安心してください、私が若様を導きますから」


 今日はヒツギの生誕祭なので、普段はおちゃらけているヒルデも真面目な顔をしており、服装も黒と青が混じった魔術師のローブに、右手には《魔杖》を握り締めている。


 さっきまで、派手な青いドレスを着て盛大に飲み食いしていたが、固有魔術習得の儀を任されたため、少し前にこの正装に着替えてきたのだろう。


「ありがとう、ヒルデ。貴女が俺の『先生』でよかった……」

「……もう、こんな場所で、そんな真剣な目で言われたら……泣いてしまいそうです」


 ヒルデは、ヒツギにセクハラ行為を繰り返してきたどうしようもないゲスだが、ヒツギが十歳のときからおよそ五年間、ずっとヒツギと一緒に過ごしてきたのだ。


 母親とまではいかなくとも、独り立ちする弟を見送る姉のような気分なのだろう。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン、と鐘の音が三度鳴る。時間だ。今、ヒツギは成人を迎えた。


 そのとき、ヒツギの身体から紫色の粒子が湧き出る。来たか、と思った瞬間、その場のすべてを飲み込むような闇、黒い渦がヒツギを覆い尽くし、嵐のような奔流に巻き込まれた。十五歳の誕生日を迎えた今、ヒツギの中で禁忌の扉が開く音がした。


 周りの陳列者が騒ぐ中、ヒルデが静かな声で、それでいて会場全体に響くように、ムルムルに問いかける。


「ムルムル、若様――ヒツギ・フォン・アーガスの《固有魔術》を申し上げなさい」


 カラスのような魔鳥、ムルムルがその嘴を開き、甲高い声を上げる。


【――告げる。ヒツギ・フォン・アーガスの固有魔術は……《屍術》! ヒツギ・フォン・アーガスは、死を操る《屍術師》。ネクロマンサーだ。この宣告に間違いはない!】


「なっ……!」


 目の前のヒルデがかつてないほど取り乱し、ムルムルに大声を上げた。


「な、何かの間違いでしょう! もう一度、若様の固有魔術を正しく告げなさい!」


【何度でも告げる。ヒツギ・フォン・アーガスの固有魔術は《屍術》(しじゅつ)。人や魔物の死体を操る力。また、死体に憑依するなどの倫理に欠けた行為を可能とする能力。この世界では数十年に一人しか生まれない、忌み嫌われた――呪われし《固有魔術》だ】


 会場がざわめく。アーガス王城に広がる、かつてないほどの負の波紋。


「そんな……バカな……俺が、《屍術師》……ネクロマンサー、だと……」


 眼前のヒルデは顔を伏せている。ハッとして、ヒツギは周りの人間を見た。

 彼等から向けられるのは好奇の目、というよりも恐ろしいものを見たという感じ。

 王子であるヒツギに対して、わざわざ口にはしないが、誰もが自分を憐れんでいた。


「嘘……だろ……」


 王座に座る、父ルーク・フォン・アーガスを見る。ルークはヒツギを残念そうな目で見つめていた。その隣にいる母へレスは手で口を覆っていた。兄ベントレーはいつものように蔑みの目で見つめていた。妹のモニカは泣きながら走ってその場を去って行った。


【その者は、必ずや大いなる災いを呼ぶ。殺すなら、力をつけていない今のうちだ!】


「黙れぇえええええ! 《インフェルノ》!」


 これ以上、喋らせてはいけない。ムルムルの話に付き合うのはごめんだ、と言わんばかりに、怒りの炎を目に宿したヒルデが、ムルムルを存在ごと焼き尽くす。


 だが、それでも告げられた事実は覆らない。真実は不変。何も状況は変わらない。


「は、ははっ……冗談きついって。結局、この世界でも、俺はこういう扱いかよ。何をしても、無駄なのかよ。今まで……今までずっと頑張ってきたのによぉ……。クソが、神がいるなら憎むぜ。クソ、クソ、クソぉおおおおおおおおおお!」


 乾いた笑いをこぼした後、ヒツギは悲鳴にも似た咆哮をアーガス王城に響き渡らせる。


 艶のある黒い自分の長髪を、両手で掻き毟った。ブチブチと音を立てて、自らの毛を引き抜く。受け入れられない現実から、必死になって逃避しようとしていた。


 果てのない絶望が、体の芯にまで一気に襲いかかってきた。


「ははっ……ひ、ひひ、俺には……もう何も残されていない……何も……」


 この世界で《屍術師》になるということは、この世界でこれから先、たった一人で生きていくということだ。それくらい、ヒツギでも知っている。

 それだけ《屍術》という固有魔術は、ヤバイものなんだ。


「なんで……? なんで俺には何もないんだ! どうして俺だけ! 何も……っ!」

「……っ! 若様、何を!?」


 ヒルデの声ももう届かない。脳内を怨嗟の亡霊に取りつかれる。これが《屍術》か。


 紫水晶のような綺麗な瞳が毒々しく光を放ち、赤黒い魔力が放出され迸る。

 脳の奥深くから力が満ち溢れてきた。鍵をかけた扉が強引にこじ開けられる。


「……ダメだ。制御できない。離れろ、ヒルデ。……何もかも――破壊してやる!」

「止むを得ない、取り押さえろ!」


 実の父、アーガス王国国王ルークの大きな声が頭に響く。


(――クソが! どうせお前も、俺を見捨てるんだろうがッ!)


 ヒツギの四方を取り囲むように、鉄壁の守り、闇属性魔術――《地獄門》が現れる。

 その不気味なシルエットをした扉が開き、無数の屍、骸骨の群れが雪崩れ込む。


 衛兵が顔を歪めてヒツギに襲いかかり、ヒルデが必死にヒツギを止めようとする。


 ヒツギを中心に凄まじい極黒の渦が吹き荒れた。それは新たな魔の者の生誕を祝う繭だ。


【我が憎悪の炎を受け入れろ。地獄の門番よ。貴方こそ、新たな《死の超越者》である】


 網膜を焼き尽くすほどの強烈な闇の閃光が、血飛沫のように撒き散らされる。


【ヒツギ・フォン・アーガス、貴方に力を与えましょう。その見返りとして、私が望むことはただ一つ。この世界の救済。貴方には、いずれ――《魔王》になって頂きます】


 脳裏に二つ響く、悪魔のような誰かの囁き。その暗い音色が身体を支配する。

 その目に映る、すべてを壊せと誰かが叫ぶ。思考を焼き尽くす怨嗟の声。


(クソ、クソ、クソ、クソ、クソぉおおおおお! もう少しで、俺にも……光が……!)


 鳴り渡る多くの泣き声と叫び声。当然、王城内はパニックになるだろう。

 そんなことを他人事のように遠くで思いながら、ヒツギは闇に意識を手放した。


「私は若様の先生です。若様は私の初めての生徒。だから、ヒツギ様は――生きてッ!」


 暗黒の繭に包まれていくヒツギに、ヒルデが手を伸ばす。しかし彼女の手は彼に届くことはなかった。絹を裂くような、ヒルデの悲痛な叫びが城内に響き渡る。

R18に触れたためカット多数。

次回ついにタイトル回収。

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