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国外追放されたので『魔王』に成った  作者: くろふゆ
第二章 異世界に転生、アーガス王国での日々
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011話 史上最強の闇属性魔術師の卵

「では、まずは火属性からいきましょうか。水晶玉に手を置き、己がイメージする『火』、そうですね……色は赤などの暖色系を想像してください」

「こ、こうですか?」


 ヒツギは恐る恐る水晶玉の上に手を置き、燃え上がる炎、前世の葬儀屋で人の死体を焼いていたときをイメージした。ついでに紅花の赤いポニーテールも。


「火は男性的な激しい気質を象徴していたはず……」


 水晶玉の中央が赤く染まる。


「おお! 適応率50パーセントですよ、若様!」

「……それって凄いんですか?」


「そうですねぇ……成人した魔術師の平均が、どの属性も40パーセントなので、この歳にしてはかなり才能があるほうですよ」

「その各属性の適応率は、歳を取るごとに上がるのでしょうか?」

「一概にそうとは言えませんね。鍛錬次第です。でも、やはり遺伝や体質、生まれ持った素質がかなり大きいですね。大半の人は一生そのままです」


「なるほど。ところで先生、具体的に適応率とは?」

「そういえば、その説明がまだでしたね。適応率とは、その属性の魔術運用にその人がどれだけ向いているかを示すものであって、その人の魔術師としての実力ではないのです」


 ヒルデが手に持った《魔杖》をカツンと地面に鳴らし、続ける。


「魔素は魔術師個人が保有する体内魔素と、このアスガルドの大気に流れている体外魔素があることはご存知ですか?」

「はい、本で読みました」


「偉いですね。勉強熱心です。それで、体内魔素というものは本来なら数値化できないわけですけど、例えば、私の体内魔素量が100だとして私の火属性適応率が10パーセントだとします。そして、若様の体内魔素量が10だとして、火属性適応率が100パーセントだとすると、ですよ……」

「ふむ、いくら適応率が高くても、運用できる魔素がなければ大きな術は発動しない」

「はい。理解が早くて助かります。後はそうですね、適応率が高ければ高いほど、その属性の魔術をたくさん覚えることができます。なにせ、適応率が高いのですからね」


 なるほど、おおよそのことは理解した。ヒルデは説明が上手いな。変態だけど。


「では、次は風属性いきましょうか。今度のイメージカラーは緑、もしくは透明で」


 ……風か。つまりは空気。空気の流れを思い起こす。緑とは、風になびく樹木のイメージだろうか? 風は揮発性の象徴。


「はい、適応率40パーセントです。平均値ですね」


 確かに水晶玉は緑に染まっているが、さっきの赤より少し色が薄い気がする。


「気を取り直して、水属性いってみましょう。イメージカラーは青です」


(今度は簡単だ。単純に水を思い起こせばいいのだろう。だが、一言に水と言っても、果たして、どこまでが水なのだろうか? 判断基準は水分……つまりは液体か? だとしたら、体液や血も含まれるはず……)


 水は流動性の象徴。錬金術における水の記号は子宮の表示であり、女性的な意味を持つ。


「出ました。適応率50パーセントです。また平均値を超えましたね。おめでとうございます。水晶玉の色が純粋な青ではないですね。何か他のものを想像しましたか?」


 確かに、水晶玉は綺麗な青というよりは少し濁っていた。


「次が四大属性の最後、土属性です。イメージカラーは……うーん、黄土色もしくは茶色でしょうか。私は土属性の魔術が苦手なので、これ以上は上手く説明できません」

「土と来たか。陰陽五行説に出てくる『土』。『金』と並んで分かりにくいやつだな」


 地表を覆う物質としての土。その土壌を食材として使う土。土は水と同じく可視的な元素だ。自然な状態では、すべての元素の中心に位置する、万物の元素の一つ。固定的状態の象徴。だが、前世で葬儀屋の息子であるヒツギにとっての土とは、死体を焼いて骨を砕いた後に埋めるもの。埋葬。死に関する、不浄にして清浄な矛盾を孕む物質。


「……ん? え! ……あ、あの、適応率70パーセント……です」


 ヒルデが驚きに目を見張る。


「それは、どのくらいの凄さなのでしょうか?」

「一属性とは言え、適応率70パーセントという数値を叩き出す人は高等魔術学園でも《十傑集》に入ることが可能なレベルです。エキスパートと言えるでしょう。正直に申し上げると、土属性では若様は私の適応率を超えています。いずれは私を凌駕するでしょう」


 水晶玉を見ると、これまでにないほど茶色く、所々に汚れのようなものが混ざっていて、灰色みたいになっている。まるで遺灰のように。


「えー、とにかく、これで四大属性の魔術適応率は測定し終わりました。あとは光属性と闇属性、これまでのどれにも属さない他属性ですが、これらは一切適応率がない者もいるのであまり期待はしないでくださいね。数値が低くても特に落ち込むことはありません」


 ただ、とヒルデは続ける。


「若様の母君、王妃ヘレス・フォン・アーガス様は光属性の適応率がかなり高く、またその固有魔術も《治癒術》と回復系。癒しの才能があります。由緒正しき王族には、光属性の適応率が高くなる傾向があるので、若様にもそれは期待できるかもしれません」


 こいつはまたプレッシャーをかけてくるな、と思いながらも、ヒツギはこの十年間、真面目に誠実に生きてきたことを思い出す。そんな自分ならばきっと大丈夫なはずだ。


「では、水晶玉に手を。光属性のイメージは太陽の光。温かな癒しの力を、聖なる誇りを想起してください」


(太陽の光、か。前世ではあまり浴びたことはなかったな。紅花ホンファに会って、俺は変わったんだ。なら、俺がイメージする光とは、紅花そのもの。『師』である彼女が、俺の太陽)


 水晶玉に魔素を流し込むが、反応しない。


「あの、若様……大変申し上げにくいのですが、えっと……その……」

「なんだ? 遠慮するなよ。どうした? まさか70パーセントを超えたか? まあ、この世界で悪いことをした覚えなど一度もないからな。当然と言えば当然の結果だ」


「いえ、それが……10パーセントです」

「は? ……はぁ?」

「ですから、若様の光属性の適応率は10パーセントしかないんですっ!」


 水晶玉を見る。一見なんの変化もない。

 だが、よく目を凝らすと、端っこのほうが微かに、ほんのごく僅かに灯っていた。


「下手に適応率がゼロより酷いですね。失礼ですが、若様……前世で何か悪行でも為しましたか?」

「本当に失礼な奴だな」


 しかし、だ。確かに自分は前世で葬儀屋の息子として生まれ、死体を焼いて骨を砕いて土に埋めた。それ自体は立派な職業の一つだ。しかし、高森柩として地下闘技場で命を懸けた殺し合いを幾度となく繰り返した。悪事の片棒を担がされたことも無数にある。


(……うん。俺って罪人だな。法治国家日本では立派な犯罪者だ)


 ずーん、という効果音が出るほど、ヒツギは落ち込む。

 その肩にヒルデがいい笑顔で、ぽんっと手を置いた。


「ふっ、強く生きろよ」

「殴るぞ、お前」


 敬語も忘れて半眼で睨む。そのドヤ顔、ムカつくな。


「怖っ! 顔は舌舐めずりするほど可愛いのに、目付き悪っ!」

「うるさい! ほっとけ、色欲魔!」


 もはや、生徒と教師の関係が崩壊しかかっていた。


「えっと、じゃあ最後に、闇属性いきますか? 闇属性は一般受けの悪い、外道魔術って呼ばれているんですけどね。闇属性の適応率が高い人は、変な人が多いです」


 そういえば、ヒルデも闇属性の《催眠魔術》が得意と言っていたな。なら納得だ。要は変態が覚える魔術だろ。自分とは無縁のはず……あれ? これフラグじゃね?


「でも、光属性の適応率が限りなくゼロに近いヒツギ様なら、案外闇属性の適応率は50パーセントくらい叩き出しそうですね。王族なのに、ぷぷのぷぅ♪」

「慮外者め。お前……いい加減、不敬罪で処刑するぞ」

「おっと、口が滑りました。私、可愛い少年にはイジワルをしたくなるタイプなのです」


(お前は好きな女の子をからかう小学生男子か)


「では、水晶玉に手を。闇属性のイメージは無数です。それこそ何をイメージしても、その人の『闇』が浮かび上がります。私の《催眠魔術》も邪な妄想から生まれましたから」

「先生、あんた本当に最低だな」


 変態はめげずに話を続ける。


「イメージカラーは黒。何者にも染まらない漆黒。過去の苦痛や憎しみが力になります。その人の暗黒面、負の塊ですね。とはいえ、王族として比較的恵まれて育ったヒツギ様にそんな暗い過去はないと思いますが……」


 あるんだよなぁ……それが、前世に。


 両親からの愛を受けずに虐待されて育ち、金で売られて捨てられて、紅花に拾われたはいいものの、その紅花も交通事故で死に、孤独な人生。そして、自身も一切陽の光の当たらない地下で惨めに死んだ。家畜以下の人生。


 アスガルドに転生してから今日までだって、過酷な鍛錬を自らに課し、行き過ぎとも言える熱心な王族教育をこの身に受けている。責務をサボっている、兄のベントレーとは違うのだ。そんなことを考えながら、適当に魔素を流し込んでいると、


「で、出ました! まっ、ま? 真っ黒!? ど、どういうことです? 透明だった水晶玉が闇で覆い尽くされて……え、ええっ、そんなことって……」


(あーあ、やっちまったな、これは……)


 水晶玉を見る。変わり果てたそれは、何か底の見えない深い穴を覗き込んでいるみたいだった。視線を引きつけて離さない。ブラックホールみたいに体ごと吸い込まれそうだ。


「若様の闇属性の適応率は……100パーセントです……。この世の最高値。鍛錬を積み成長すれば、このアスガルドで史上最強の闇属性魔術師になることも可能です。それだけのポテンシャルを秘めています。そしてその師匠、いえ、『先生』になるのは闇属性のエキスパートであるこの私、ヒルデガルド・エーベル。あ~、これ、天下取ったな。変態同士、末永く仲良くいたしましょう♪」

「お前と一緒にするなぁあ!」

「どこまでも辛辣ぅううう! あなた、それでも私の生徒ですか!? でも、その冷たい視線も美しい……ゾクゾクッしますぅ……っ!」


「先生、気持ち悪いです」

「大丈夫ですか? 気分が優れませんか? そうですよね、王族なのに闇属性の適応率が100パーセントという前代未聞の数値を叩き出したんですもんね。何か身体に異常が? どれ、私が触診しましょう。ちょっと服を脱いでくださいっ!」

「気持ち悪いのは、お前じゃボケぇえええ!」

「ええーっ! わ、私ぃいいい~!」


「……自覚なかったのかよ」

「ま、いいです。とにかく、これで若様の各属性の魔術適応率の数値が出ました。これからは、光属性は諦めて、平均値は平均的に伸ばしつつ、得意な土属性と、異様なまでに適正のある闇属性魔術を鍛えていきましょう! 大丈夫です。ヒルデちゃんの固有魔術は《全魔術属性の適応率上昇》。これですべての魔術属性を満遍なくカバーできます」


 こほんと咳払いをして、ヒルデは理知的に眼鏡の縁を上げた。


「よろしくお願いします、先生」


 ヒツギは改めて頭を下げ、これから専属教師になる変態へ敬意を表した。

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