010話 やってきた先生は変態でした
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今までは勉学と武術、肉体作りしかしていなかったので、記憶が戻った七歳の誕生日からずっと興味があった魔術に触れられる。そう考えただけで不思議と心が踊った。
「では若様、まずは改めて自己紹介を。私はヒルデガルド・エーベルと申します。いまだ若輩者ですが、これでも高等魔術学園を『首席』で卒業しております。若様には親しみを込めて、ヒルデと呼んでいただけると幸いです」
「私……いや、俺の名前はヒツギ・フォン・アーガス。アーガス王国第二王子です。堅苦しい挨拶は結構ですよ。俺は無意味なことは好まない」
「もちろん存じ上げております。なので、ヒツギ様のことは若様と呼ぶことにしました。昨日、一睡もせずに二人だけの呼び名を考えていたのですよ。ヒツギ様、ヒツギくん、ヒツギちゃん、ヒツギたん、と色々迷ったのですが……。結局、若様に落ち着きました」
(……ヒツギたん? 俺の聞き間違いか?)
ヒルデガルド・エーベル、もといヒルデが柔らかな笑顔を浮かべて右手を差し出す。
その仕草に媚びはなく、これから魔術を教える『師』として王族であるヒツギに対しても対等な立場で接する心構えが見えた。なので、ヒツギは差し出された手を優しく握る。
(……うわっ、思っていたより……柔らかい)
紅花は鍛錬を積み、皮膚を硬化させていたが、普通の女の手はこんなに柔らかいのか。
「では、よろしくお願いします。ヒルデガルド先生」
「ん……先生? 違わなくはないですが、一般的に一対一で魔術指導を受ける場合は、指導者を『師匠』と呼ぶのが通例ですよ」
「……悪いが、俺の中で師匠は一人だけだ。あなたのことは先生と呼ばせてください」
覚えている。忘れられるはずがない。例え違う世界に転生しても、『師』である紅花との記憶は色褪せることなく、ヒツギの心に刻み込まれている。凍えそうなほど寂しくて、誰かに抱きしめて欲しくて、貴女の熱に焦がれた。離れていても、心はいつも貴女と共に在る。前世でヒツギに愛を教えた女。だから、ヒツギの中で師匠は、凰紅花、ただ一人だ。
「何か……複雑な事情があるみたいですね。別に構いませんよ。今日から私は若様の先生で若様は生徒です」
そうして、ヒツギとヒルデによる、二人だけの個人授業が始まった。
まずは魔術とは何かという基礎的なことからだ。ヒルデの説明が始まる。
「簡単に言えば、魔術とは魔素を操る術のことです。古くは《魔操術》とも呼ばれていました。そして、魔術には、火属性、風属性、水属性、土属性、光属性、闇属性、そのどれでもない他属性の七属性と、優れた魔術師にのみ、十五歳の誕生日に発現する《固有魔術》があります」
ちなみに、とヒルデが続ける。
「ご存知かもしれませんが、私の固有魔術は《全属性魔術の適応率上昇》です。これで七属性の魔術適応率が上がり、魔素の運用がスムーズになります。他にも、あえて突出した才能を挙げれば、私は闇属性の《催眠魔術》が得意ですね。では、ものは試しに――」
ヒルデが背の低いヒツギの前に屈みこんで、澄んだ綺麗な瞳で見つめてくる。
その瞳は一瞬にして赤紫色に変化して、両の眼球に魔術円が広がる。
「さぁ、若様。まずは遠慮なく、私に抱きついてきてください」
その言葉を耳にしたと知覚したときには、すでにヒツギの体はヒルデの豊満な胸に包まれていた。否、自分からその胸に飛び込んでしまったのだ。
「はい、じゃあ、次は……えー、さすがに口づけはマズイか……。では、私の頬にキスをしてくださいね」
「な、何を言っているんだ、お前! 誰がそんなこと――」
体が……勝手に動く。止まらない。
ヒツギの小さな唇は、ヒルデのすべすべの肌にくっついてしまった。
(くぅ、これ以上、好きにされてたまるか! 俺も魔素を操作するんだ!)
ヒツギは紅蓮の闘気を立ち上らせ、特殊な呼吸法で全身をコントロール。脳に大量の酸素を送り込み、目を閉じてヒルデの魔眼を避ける。
「おお! 凄いですね、若様。本気ではないとはいえ、私の催眠術を破るとは……。これからは、若様にイタズラをするときは、本気で術をかけないと解かれてしまいますね」
「デモンストレーションにしては、おふざけが過ぎるぞ、ヒルデ!」
「はい、やっと私のことをヒルデと呼んでくれましたね。少し距離が縮まりました」
(こいつ、そのために、わざとこんなことを……?)
「それでは、今から若様の各魔術属性の適応率を測定します。少し後ろを向いて目を瞑ってください」
ヒツギは魔術に関しては素人なので、先生であるヒルデの言うことを素直に聞く。
すると、急にヒルデが背後から抱きついてきた。
「ふにゃあっ!」
そのまま両手でヒツギの胸元をいやらしい手付きで弄る。揉み揉み揉み、すりすり。
「ひゃんっ!」
思わず変な声が出た。羞恥に悶えて頬を染めるヒツギに、ヒルデは、
「あら、本当に男の子だったんですね。男装の美少女かと思っちゃいました。てへっ♪」
一切悪びれることもなく、屈託のない笑顔を浮かべていた。
「こっ……の……! 急に抱きつくな、変態! な、なんで……」
「なんでって、それはもちろん、私が若様のことが大好きだからですよ?」
(うぅ、でも、例え俺が女だったとしても、十歳だとまだ胸は発達していないだろ)
そんな心の突っ込みをよそに、ヒルデはそのままヒツギの肩甲骨の辺りから背筋をつつっと艶めかしくなぞる。ヒツギは必死に声を押し殺したが、背中がぴくりと震えた。
「……んっ! ……っ!!」
「頭の先から足の先まで美しい。まるで芸術! そう、アート! まさに私が夢にまで求めた究極の美少年! あぁ、私は若様にお仕えできて幸せです。あのベントレーとかいう、おデブちゃんはどうにも好きになれませんでした。……あ、これ王族批判ですね。やばっ、お仕置きされちゃう!」
自分よりも体の大きな年上の女性に愛撫されながら抱きしめられると逃げられない。
地面に思いっきり背負い投げてもいいというのなら、話は別だが。
「若様はまだ若く幼いですが、強者に立ち向かう勇気があり、他者を思いやる優しさがあり、知能が高く頭も切れる。そして何より才気に溢れ将来性がある。今のうちに唾を付けておくのもやぶさかではありませんね。はぁ~、将来は私も王妃様かぁ~。ふふっ♪」
うーん、なんかその表現は昔聞いたことがあるなぁ。……紅花だ。うわぁ、凄く嫌な予感がしてきた。ヒルデがショタコンなのは確定的に明らかだ。
日本という法治国家の外にいる、異世界の性犯罪者が下卑た顔でこちらを見てくる。
(この人が、今世での俺の師匠――もとい『先生』になるのかぁ。……嫌だなぁ)
「まぁ、冗談は半分にして」
「半分は本気なんですね」
半眼で突っ込む。すでに初見でイメージした、綺麗な先生という印象は消えている。
「今度こそ、若様の各魔術属性の適応率を調べます。これに手を当ててください」
そう言って、ヒルデは黒い魔術師のローブの下から、大きめの水晶玉を取り出した。
「まずは基本の四大属性です」
火、風、水、土、の四元素。自然な元素の分布を同心円状に表すと、中心から、土、水、風、火、となる。『火』は凝結して『風』になり、『風』は液化して『水』となり、『水』は固化して『土』になり、『土』は昇華して『火』となる。
この変化は、逆方向にも行われ、循環しているわけだ。
「水晶玉に手を当てて、各属性の魔素を流し込めば、それぞれの適応率が分かります」
「おい、じゃあさっきの変態行為はなんだったんだよ!」
「スキンシップです☆」
目の横に添えた逆ピースサインがムカつく。思わず殴りそうになったが自重した。
(俺は暴力を振るわない男だ。弱きを助け、強きを挫く。それが紅花の『武』の教え)
「もしかして怒ってますぅ~? カルシウムを摂ればいいですよ」
一般人に手は出さない。極力、極力な。……本当にキレたら、容赦無く殴るよ?