001話 年上の女師匠との出会い
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高森柩は、西暦2000年代の日本に生まれた。
厳しくも尊敬できる父がいて、温厚で優しくて、でもときには叱ってくれる母がいて、そういう当たり前の幸せのような、それでいて尊いものを――彼は持っていなかった。
家業は葬儀屋で、父から虐待を受けて育った。
濃い痣や、痛々しい生傷が絶えない生活。
母は柩が小学生になった頃、病気で死んだ。
その原因は柩にある。柩を産んでから母は身体が弱くなった。それが引き金となって、柩は父から虐待を受けていた。別段、母もそれを止めることはなかった。
表面上は優しかった母の最期の言葉は「あなたなんて産まなければよかった」という呪詛だった。その呪いは後の彼の人生を蝕んだ。その頃から、放課後は近くの図書館にこもっていた。居場所のない家に帰りたくなかったから。殻にこもる毎日。無駄に過ぎる時間。
子育てと建築作業はよく似ていると思う。ちゃんとした基礎工事ができているからこそしっかりとした家が建つように、幼少の頃に両親に愛され幸福感に満たされることが健全に育つために欠かせない土台となる。
柩にはそれが不足していた。両親に愛されなかった。必要とされていなかった。
柩は愛情欠落者だ。世間一般で言われるアダルトチルドレンというやつだろう。
(俺が母さんを殺した。なんだ? 俺に何を求めている? 泣いて謝ればいいのか?)
――分からない。どうすれば禊になる? 自分は生きていてはいけないのか。
感情は捨てた。そんなもの、あっても苦しみが増えるだけだ。
自己成長や、あるべき自分になりたいという欲求もなく、誰かに賞賛や尊敬もされず、家族や友人から愛情を得ることもなく、常に安心して生活することができず、挙句の果てには食べ物や睡眠すら不足していた。成長することのない未成熟な心と体。
先の見えない深い霧の中を一人で彷徨っていた。自分なんて人間じゃない。誰にもその存在を認められない。感情のない人形のような姿で、人間みたいに擬態して生きていた。しかし、感情のない人形が人の真似事などできるはずもなく、歯車は狂いだす。
(俺のことなんて、好きになってくれる人なんていない。いるはずがない)
祓うことのできない、誰にも望まれない穢れた魂。機械以下のいらない人間。
ずっと、ずっと一人で生きていくのだ。そんな卑屈な感情が心を占めていた。
だから、何も願わない。何も望まない。希望なんて持たない。そうしないと辛いから。
中学生の初期は、現実逃避のためにオタク趣味に走る。生きている人間の感情は理解できない。でも、創られたものなら共感できる。金がないからブームが去った少し前の中古の漫画にラノベ、小さなテレビで流行りのアニメを見ていた。
その後、さらに悪化した父の虐待から逃れるために、本格的に武術を学び始める。
通っていた中学校では空手部に入った。父の虐待に比べれば先輩のしごきは甘かった。
その翌年、中学二年生になった柩は、河原に腹の虫をぎゅるぎゅると鳴らし、餓死寸前で倒れていた奇妙な女に出会う。それが、後に柩の恩師となる運命の女性だった。
河原で出会った女は、薄く腹筋の割れた中国人で、名を凰紅花といった。当時は二十歳で柩より六歳年上だった。燃えるような赤いロングヘアーを紫色の紐で高いところで結び、いつもポニーテールにして、ゆらゆらと揺らしていた。
彼女の父は中国の大きな武術一門の長であり、その影響もあって、紅花はあらゆる中国拳法の達人で、特に八極拳と八卦掌と形意拳と擒拿術を得意としていた。
若くして、攻防共に優れた発勁と内功を誇り、敵の攻撃を受け流す中国拳法の《化勁》――《纏》の技術は素晴らしかった。
166センチ、59キロ、バスト89、ウエスト56、ヒップ87。武術家だからか知らないが、訊いてもいないのに身長と体重とスリーサイズを教えられた。そのときの顔は誇らしげだった。紅花の性格からして、単に自分はナイスバディだと自慢したかっただけだろう。
紅花は中国の小学校で六年、初級中学校で三年、高級中学校で三年学び卒業し、大学(中国では高校という)へは進学せずに中国で勉学と鍛錬を積んでから日本に来たと聞いた。
自分で日本語を学んでいたのと、親戚が日本人なのもあって日本語が喋れるそうだ。
そんな紅花のもとで、柩は毎日のように吐いて気絶するまで鍛錬を重ね、その肉体はヒトの限界を超えた。そのきっかけを与えたのは、紅花の一言だった。
「お前には生きる理由がないんだな。だったら、私が一緒に見つけてやるよ。だからさ、そんな何もかも諦めたような顔してないでもっと強くなれ。誰にも見下されないくらい」
「……誰にも……見下されない……」
「私の課す鍛錬に耐え切れず砕け散るようなら、所詮はその程度の男だったということ。柩、潔く自害するのも一つの選択だ」
それからは、毎日のように皮膚が裂け、皮が剥がれて血が滲むまで巻き藁に拳を打ち込み、滝のような汗を流した。《鉄砂掌》……鉄砂の入った袋を台の上において強く叩く、骨を再生しやすいように折って無理やり強化し、体全身を熱した砂に叩き付け、皮膚を厚く硬くする。腹筋や内臓にまで激しい刺激を与えて鍛え上げた。
「柩、実戦とは、全力疾走を数十分間続けるのと等しい。実力が僅差の場合、最後にものをいうのはスタミナ、すなわち体力だ。走れ、走れ、走れ! 喉が涸れ、心臓が張り裂けそうになり、息ができなくなるまで! 無酸素状態での集中力を体に刷り込め!」
柩は無我夢中で走り続けた。でも、孤独じゃない。紅花が側にいるだけで温かった。
努力は必ず報われる。そう妄信的でいられれば、どれだけ苦しくても努力し続けることが可能だ。ただ、その努力とは具体的に何を示しているのか?
それは紅花の教えを守り、鍛錬を積むこと。
報われるとは具体的に何を示しているのか?
それは紅花に褒めてもらえること。優しく頭を撫でてもらえること。
「柩、お前は自分が死んでも誰も悲しまないと思っているだろうけど、私はお前が死んだら悲しいよ。だから、無理してあんまり私を心配させんなよ」
紅花の言葉は本当に柩の心に響いた。親代わり、いや、実の姉のように慕っていた。
柩は紅花を見ていると、幸せなはずなのに、なぜか胸が苦しくなった。
「柩、お前は私の元で変わる。変われる。まあ、まずは私のことを好きになるところから始めようか。この世界で生きるには、一人くらい大切な人がいないとダメだ」
出会いは人を変える。良いほうにも悪いほうにも。