1話 少女アピス
山奥にひっそりと生活を営む魔法使いの村【ユミール】から物語ははじまる。
「アピス〜ご飯よ〜!」
母の馬鹿でかい声が裏庭に響き渡る。どうしてあんな声がでかいのだろうかと、毎度呼ばれる度に疑問に思うのだった。
「あと…もうちょっとしたらゆく〜!」
返事をする人間族の少女が『アピス』、淡いピンク色の髪が腰ほどまでありさらにツインテールである。アピスは額に汗を滲ませ両手をワナワナさせていた。
「ムムムムムムム…」
両手のひらの中には小さな火の玉が大きくなり小さくなりを繰り返していた。『これを…あの紙の的にぃ〜!!』と念じるが、火の玉はどんどん小さくなり的に当たる前に消えてしまった…。
「アピス〜冷めるわよ〜!!」
「ぬぁぁいっ!!!」
ため息を混ぜながら母に返事をしたので変な返事だ。『昨日よりは…少し長く飛んだ…よね?うん。飛んだよね?』そう言い聞かせ夕食にすることにするのだった。
アピスと同年代の子供たちは、既に基本属性魔法を的に当てることができている中、ただ1人アピスだけが的へ魔法が届かないという落ちこぼれっぷりで、優秀な子供になると両手左右で違う属性魔法を撃ち出したり、的を貼り付けている木の棒ごと破壊する威力があったりと、なんて自分は下手くそなのかと思うのだった。
「アピス、今日はどうだったの?的に当てられた?」
無言のまま、視線を落とし野菜スープを口に流す。
「お母さんもね、案外時間がかかったほうなのよ?」
この慰めの言葉を何度聞いただろうか。基本魔法属性は火・水・風・土。各属性魔法は使えるものの、飛距離にして2メートル。それが最長飛距離なのだ。2メートル先の物に当てられたとしても当たったかどうか、当たった跡すら残らないので、飛ばせないに等しいのだ。そしてその的というのは10メートル先のものなので、絶望感満載である。
「届かない…母…届かないじゃ」
「あれこれ試しているのに、なぜだろうね〜…そうだ!初めに大きいサイズを作って飛ばしてみるのはどう?」
魔法に必要なものはイメージする力と自身の魔力、イメージする力が少ないのだろうか?それとも魔力が少ない??いや、魔力が尽きるとその場で倒れるほどの眠気に襲われるはずだから少ないことはないはず!ということは、イメージする力が足りない?思案して夕食をとるアピスは頭から煙が出そうだった。
「大きくするのは危ないから駄目って先生言ってたよ??」
魔法のサイズをでかくすると勿論魔力も大きく消費することになる為、加減がわからないうちに大きなものを扱うと、事故が起きやすいのだそうだ。
「大丈夫よ!アピスの大きいサイズじゃ大きいに入らないから!」
「ムムムムムムム!」
ほっぺを膨らませ母を睨むが、しばらくしてプシューとしぼんでしまった。全くもって悲しいかな大きいサイズも母の言うとおりそこまで大きいものが作れないのだった。作れるサイズはせいぜい自分の顔くらいの大きさまでが限界である。
「はやく食べちゃいなさい?」
母に急かされ野菜スープの残りを食べ終わると、風呂場へ向かうのだった。
アピスの母の名前は『セス』、村で5本の指に入る魔法使い。父の名前は『ランゼス』、父は物心着いた時からいなかった。あまり父の話を聞いたことがないが、やはり父も魔法使いなのだろうと想像している。湯船に浸かりながらも両手を眺めて呟いた。
「魔法の才能ないのじゃろうか…?」
明日も魔法学校に行く、そこで馬鹿にされることがないのが救いではあるが。みんな優しい言葉をかけてくれるのが嬉しやら悲しいやらで最近は学校へ行くのが億劫になって来てしまっている。
「魔法よ…飛んでじゃ〜…」
アピスは自分の両手を見つめたまま、湯船へと頭まで浸かってしまった。