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不思議と甘い味がする

作者: さきかわ

 運命なんて信じない。

そんな私だからこそ、その話を聞いた時は思わず大笑いしてしまった。


「貴方様は占いにより、我が財閥の跡取り公納楸くのうひさぎ様の嫁となって頂きます」


 占い? この現代に!? 占いで嫁決め? 馬鹿なの?

ええ、そこで大笑いです。


 大笑いする私を尻目に、先程の言葉を言い放った50代半ばの紳士は真剣な表情を崩さず私を見つめています。あ、この人、渋い、かっこいい。

 ちょっとときめいたと同時に大口開けて馬鹿笑いしてる自分が恥ずかしくなったので私は口を閉じて馬鹿笑いを止めた。


 まあ、何かとシュールなのでまた笑いがこみ上げそうになるんですがね。


 まず、この糞ボロいアパートの前に黒塗り高級車が止まってる事とか、この狭いボロアパートの一室にどう見ても場違いとしか言いようのない超イケメンと、仕立ての良いタキシードを着た品の良い老齢紳士が座ってるとことか。


 「帰るぞ」


 超イケメンが不機嫌そうに立ち上がる。


 「坊ちゃま、お待ちください。まだ話が終わってません」


 「俺は! こんなブスは嫁とは認めん!」


 「坊ちゃま! 何という事を!」


 ――静まる空間。

 あ、大丈夫。ブスなのは自覚してるので。さすがに面と向かって言われるとショックはショックなんだけど大丈夫です。

 

 何故なら。私、この坊ちゃん自体には全く興味ないから。

イケメン? なにそれ美味しいの?

 フフフ、財閥の嫁、いいんじゃないですか。世の中お金ですよ、お金万歳。


 三河美愛みかわみあ、18歳。

 正直名前負け、美しくもなければ可愛くもない。お金もなければ身寄りもない、とりあえずあるのは若さだけ。

 その若さだけを武器に、片足を棺桶につっこんでるようなお金持ちのお年寄りをたらしこんで働かずとも優雅に暮らせる生活を夢見ていました。


 これはまさに鴨がネギしょってやってきた状態。多少理想とは違うけど……断る理由がありましょうか?

いいえ、ありません!


 「私でよければ、嫁にいきます」


 イェーーース! 言うたったで!

ホッとした表情の執事さんと、あからさまに嫌な顔をしたイケメン坊ちゃんの顔。いいですね、その嫌そうな顔、ゾクゾクしますね。


 「では早速今日から当お屋敷で坊ちゃまと一緒に暮らしていただくことになりますが宜しいでしょうか?」


 「はい、喜んで」

 今日でこのボロアパートともお別れかと思うと涙がでる程嬉しい。

夜中、隣からいかがわしい喘ぎ声が聞こえてきたり、一晩中誰かに部屋のドア叩かれたり。

 ああ、そうそう、部屋の前に刺青入った死体が落ちてた事もあったなあ……ほんと、涙でる。


 不満げな坊ちゃんがキィキィ喚いているけど私には聞こえない聞こえないアーアーアーアー。

こんにちはバラ色の人生、さようなら底辺。


 いそいそとカバンに必要な物を詰め込む。

とは言っても、服だのなんだの日用品なんかは全て用意してくれているらしいので私が持っていくものと言えば通帳だの印鑑だのほんっとーに必要な物だけ。

 お金持ち最高! イェェェェイ!


 ああ、あとこれも絶対必要!

乙女チックな恋愛少女漫画、もうたまりません。

 私、リアリストなので現実にこんな恋愛なんてないっていうのはわかってるんですよ? 

わかってるからこその、恋愛漫画。

 せめて夢の中では美しい真実の恋愛があってもいいじゃない。




 「今時、王子様を待ってるような乙女チックな少女漫画とかさあ……笑えるよね~」と、彼女はつまらなそうに言う。

笑えるというのなら、せめてそこは笑いながら言えよ。

 ――というか。

 何故彼女は私のベッドで私の愛読書を読んでいるんですかね。くつろぎながら。


 部屋中高価そうな美しいアンティーク風の家具、ベッドは天蓋付き。

まるでお姫様のお部屋のようですよ、私の新しい住処は。


 で、彼女。閑谷史子しずたにふみこはその部屋にまさにピッタリな風貌をしている。

つまりお姫様のような風貌してるって事。名前は普通な癖にさ~。

 目は大きく自前のバッサバサまつ毛。形の良い小さいながらも高い鼻。口は小さくぷっくりつやつや。

ボリュームのあるふわふわとした長い髪。体もなかなかに凄い。その胸本物ですか、そうですか。

 まるで加納姉妹のような体してますね、えろいえろい。


 で?


 「え? 何これ。少女漫画じゃなくてギャグ漫画じゃないの。……ないわ~……」


 私は彼女から本を奪い取った。

 「もうっ! 一体何なんですか! 私に何の用ですか! 愛人なら愛人らしく私じゃなくて坊ちゃんの部屋に行ってくださいよ!」


 この屋敷にきて一番最初に坊ちゃんに紹介されたのが閑谷さん。

 「お前が俺の嫁だとしても、俺が本当に好きなのはこーいうお前とは正反対の女だから、お前は俺に近づくな! ブスは好かん」

 目の前に現れたのは、モデルかなんかかと思う程美しい閑谷さん。

 「とりあえず楸の愛人って事みたいなんでよろしくー」


 渡りに船とはこの事。

嫁になったからには嫁としての務めを果たさねばならないのだろうと覚悟はしていた、が。

 こんな美しい人がいるなら坊ちゃんは放っておいてよさそうだ。

 私は心からの笑顔で「よろしくお願いします」と答えた。


 なぜか閑谷さんは私を不思議そうにじっと見つめるとそのまま私の部屋までついてきて今にいたる。

何で私の部屋で私よりくつろいじゃってんの、この人。


 「ちょっとー。まだ読んでるんだからー!」


 閑谷さんが私から本を奪い取って続きを読み始める。

ほんと一体なんなのこの人は。


 「……実際さあ、少女漫画にでてくるような男がアンタの事好きだって言ったらアンタどーする? 嬉しい?」


 ――は?

何言ってんの? これは漫画だから許せる話であってさあ。

現実にこんな完璧な男いないっしょ。

ってかさ、『完璧』ってところで既に完璧じゃないわけよ、本当は。

嫌なところも含めて恋愛なのに嫌なところがない人間との恋愛なんて嘘くさいというかありえないというか? なんていうか。

 

 「……キモ……っ」


 思わず口をついて出た言葉を聞いた閑谷さん。

見る見る内に顔を紅潮させる。


 「……は? はぁぁぁぁ!? 何!? 何なの!? 私がキモイっての? キモイのはアンタじゃん! こんな夢物語みたいな漫画読んじゃってさあ! くっだらない!」


 どうやら私の言葉を自分に言われたものと勘違いした模様。

 こーいう強気な可愛い子が顔真っ赤にして反論する姿、ちょっと……いいよねえ。うん、可愛い。


 「いや、違う違う。閑谷さんじゃなくてね。実際、この漫画みたいな男が現実に存在してたらかなり胡散臭いだろうなーってかさ」


 「は? 何で? こーいうのがタイプなんでしょ?」


 「まさか! 完璧な人間なんてむしろ完璧じゃないっしょ。」


 「じゃあどんな人がタイプなの?」


 「タイプ~? 考えたこともないなあ。とりあえずお金もってる人がいいとは思ってたけど好きになるかどうかでいったら別だしなあ。」


 「楸の事はどうなの?」


 「あ~……坊ちゃんねえ……どーでもいいけどとりあえず、泣かせてみたいよね」


 「……は?」

 

 「あの傲慢の塊みたいな男が泣くところ想像してみてよ。ちょっとゾクゾクする……」


 ウットリと語ってしまった私は閑谷さんの表情をみて『しまった』と思った。

「な、ナンチャッテー! ハハハ……ハァ、その本貸してあげるからとりあえず閑谷さんももう出てってよ。なんか疲れた……」


 「え~」

 何故か残念そうな閑谷さんの声。

 

 「しょうがないなー。じゃあ今日はこれで勘弁してやるか~。美愛、他にもおすすめの本持ってないの? 何か貸してよ」


 はい?

 なんでこんなフレンドリーなの……なんでいきなり呼び捨てなの? 全くわからん。

なんかもうツッコミどころ満載すぎてどこから突っ込んでいいのやら……。

 

「ねぇ! なんか他にも~……」

「ないよ。本なんか買う余裕なかったの。持ってるのはそれだけ! 大事に読んでよね」

「ちぇ~。わかったわよ。あーあ、つまんない。楸のところにでも行こうかなあ」

閑谷さんが、私の目をじっと見つめてニヤリと妖艶な笑みを見せつけた。

「ね、楸のところ行ってもいいかしら?」


 何故私に聞くのかわからない。貴女は坊ちゃんからそれを許されている立場なのだから好きにすればいい。もしかして気を使ってくれているのだろうか? 一応私、名目上は嫁だから。


 ふむ。

 

 「別に私が嫁だからって気を使ってくれなくてもいいよ。私は坊ちゃんにはそれ程興味ないし。だから閑谷さんが坊ちゃんの相手をしてくれるというのならどちらかというと私は……凄く助かる」


 「……助かるの?」


 「うん、凄く」


 ブフッと噴き出す閑谷さん。


 「ははは、つまんないの~。もっとこう嫁と愛人のドロッドロの戦いを期待してたのにさあ」


 つまらない、と言いながらとても楽しそうに笑う閑谷さん。

あ、まずい。笑った顔、可愛いなこの子。……泣き顔はきっともっと可愛いんだろうなあ。


 「ま、今日はもう帰るわ。あ、そうそう。私の事は閑谷さんじゃなくて『史子様』と呼んでちょーだい」


 「はいはい、史子様、おやすみなさい」


 「ちょっと! 本気で『史子様』だなんて呼ばないでよ! 恥ずかしいじゃない! 『史子』でいいわよ、『史子』で!」


 「もー、史子様、私今日ほんと疲れたからさっさと帰ってくださいよ」


 「史子よ!史子!」キィキィ言いながらも部屋を出て行ってくれた史子様。なんかほんっと疲れてきた、主に史子様のせいでだけど。

 

 ベッドに横たわりそのフンワリ具合に驚く。

うわ、凄い。ふっかふか。このまま眠ってしまいそうなぐらい気持ちがいい。

 あー、でも折角だからお風呂入りたいな。こんなお屋敷のお風呂、絶対広いよ。銭湯並みの広さに違いない、ああ、入りてぇ~!


 ベッドに後ろ髪惹かれるもののムクリと起きる。

――執事さんにでもお風呂の場所聞いてこよ……。


 と。ふと、ドアに気づく。廊下側ではない、隣の部屋にでも続くようなドア。

なにあれ。隣の部屋とつなが……まさか! 坊ちゃんの部屋と繋がってたりしてるわけじゃないよね!?

 しまった! 坊ちゃんの部屋の場所とか興味なくて全然聞いてなかったー!

 

 嫌だなあ……と思いながら、そのドアのノブをそっと回して見る。

鍵がかかってるわけもなく、すんなりとキィィと扉は開いた。


 あれ、ここ……洗面所?

奥にはお風呂のドアらしきものやトイレのドアらしきものがある。

 

 なるほど! そうか! お金持ちの家だもんね、部屋にお風呂とトイレ完備というわけですか!


 ウキウキしながらお風呂場のドアを開いてみる。

銭湯並み、とは言わないもののお風呂場、四畳ぐらいの広さはあるよ。お金持ちスゲエエエエ。

 早速バスにお湯を張る。おっと、着替え着替え。

そいえば部屋に大きなクローゼットがあったのを思い出した。

 部屋に戻りクローゼットを開くとズラリと並ぶ衣装の数々。こんなドレスとかが掛かってあるあたりお金持ちだよねえ。一般人にドレスなど必要ないからな!


 色々ごそごそとさがしてみると下着なんかもちゃんとあった。

可愛いのからエロエロなのまで。しかもちゃんと私のサイズなんだよ、誰が揃えたの!? 怖いよ!

 沢山ある下着から一番シンプルな白のレースが上品な可愛らしい下着を選んだ。

 パジャマは薄いピンク色のシルクのものを選んだ。他にもあったんだけどね、可愛らしいのとかエロエロのとか。

 つか、何気にエロエロ仕込んでくるのは何なのか……。


 まあ、それは置いといてお風呂だよ、お風呂!

ゆったりと湯舟につかる。ふぅぅぅ。足を伸ばせる広いお風呂……しあわせ~。

こんなゆったりとした気分、もしかして初めてかもしれない。

 まあ、ゆったりとくつろぐと色々な事を考える余裕もでてきまして。


 明日からのバイト、ここから通うとなると大変だなあ~、あれ? このままバイトとか続けててもいいのだろうか? 執事さんに確認しなきゃなあ……とか。


 占いで結婚とか言ってたけどなんだろうねえ。あり得ない話だけど坊ちゃんと私の相性がいいとか。うん、ないな。

 私と坊ちゃんが結婚する事で何らかのメリットが生まれるとか? うーん、気にはなるけどまあどうでもいいか……とか。


 坊ちゃんといい史子様といい、さすがお金持ちというか鼻持ちならない人達の中で暮らしていくのはかなり憂鬱だなあ、とかもさすがに考えたりもしますしね。


 理想としては坊ちゃんや史子様と出会わなくてもいいような離れの家を用意してもらってそこでひっそり自由気ままに暮らしたいんだよねえ。うーん……どうにかならんもんか……


 ぶくぶくぶく、と目の前に浮かぶ泡を見てハッとする。

危ない! お風呂で寝落ちかけた。

 さて、そろそろ寝ますかね。あのフッカフカのベッドで幸せに浸りながら!




 ――ええ、そりゃもうぐっすりでした。

寝起きもこんなに爽やかな気分で目覚める事ができるなんて! 気分はもうお姫様~。


 バタン!

「美愛~、ご飯食べにいこー。お腹すいたー」


 はぃ? ゆっくりと廊下に続くドアの方に目を向ける。

ああ、ほんとすみません。気分はお姫様とか調子に乗ってすみません。

 目の前には本物のお姫様にしか見えない人がいらしてましたよ。

 つか、史子様……ドアはノックしてから開けてほしい……いや、そうじゃなくて。


 「……こーいうのってメイドさんのお仕事じゃないんですかね……?」


 呆然と問いかける私。

そうだよ! 普通、愛人は嫁をご飯に呼ばなくないか?

 つかメイド見たいよ! メイド!


 「はー? そんなのどーでもいいじゃん、暇な奴がやればさあ。つか、お腹すいたし早くいこーよ。何でまだ寝間着なのよ。さっさと着替えなさいよ。私を待たすなんて何様なのよ」


 つまり、史子様はお暇なのですね……。

 クローゼットから一番シンプルな服を選ぶもどう見ても私には似合いそうもありません。

顔が庶民なのにお嬢様服が似合うわけねっつの。

 「うっわ……可哀想なぐらい似合わないわね……」

 しみじみと言う史子様。ええ、本当にそうでしょうとも!


 似合わない服を着て連れられた部屋に入ると一斉に私に注目が集まった。

食卓を囲む人達は私を訝し気に見つめている。


 「おはようございます、皆様。こちらが三河美愛様ですわ」


 「まぁやはりその方が……」

 「いくら占いで決まったとはいえまさかこのような子が……」

 「なんともみっともない……」

 

 ざわざわと聞こえるわけですよ、私への低評価が。

ピンチの時程チャンスとは誰の言葉だったか……。


 「三河美愛と申します。確かに、私のような下賤な者がこのお屋敷にいるというのは皆様にもご迷惑でしょうし、私も心苦しく思っているのです。ですから、私は皆様の邪魔にならぬよう、離れの邸宅にでも引きこもり、皆様のお目を煩わせないようさせて頂く所存でございます!」


 皆様の為に私はそうします!的な主張をして、ちょっぴり弱々しい演技をしておく。

私をあなた達が相手をする価値もない人間なのだと思ってればいい。

私もあなた達を相手にする価値のない人間だと思っているのだから。


 しーん、と静まる室内。

んー? 失敗したか。割と演技には自信があるのだけど。


 「し、失礼しました。言葉がすぎましたわ。どうぞ、そのような事をいわず本宅にお住まいくださいませ」

 「ええ、私も少し言い過ぎてしまいましたわ。どうかお許しくださいね」

 「何か問題があるというのであればすぐ改善するように致しましょう」

 「何でも相談してくださいね」


 あれ? 

急に態度が変わる食卓の方々。

ただ言えるのは私の作戦は失敗したのね……。


 食卓を囲んでいた人達は坊ちゃんの親戚の方々だった。

あの後で史子様が坊ちゃんのご両親を紹介してくれたのだけど、あーはいはい、私の事「みっともない」って言ってた人が義理のパパンで態度急変させて「言葉がすぎましたわ」とか言ってた人が義理のママンな訳ね。

 あれ? つか、坊ちゃんいないじゃん。なんだよー、朝ごはん自由に食べてもいいんなら私もそうしたかったよ。こんな人達と豪華な朝ごはん食べても美味しくない!

 

 ――いや、美味しいな。さすが専用の料理人抱えてるお金持ちの朝ごはんは違いますわ~。


 手のひらを返したように私のご機嫌を取り出す皆様方を華麗にスルーし朝ごはんをパクパクと食べて満足した私はニッコリと笑って席を立った。

 「ごちそうさまでした」

 部屋をでて扉を閉めた途端、不満の声が部屋から洩れる。


 「まあ! なんて子でしょう! こちらがこんなに気を使っているというのに!」

 「これだから下賤な者は」

 「ああ、嫌だわ~。あんな子がこの家に入るなんて……」


 そんな大きな声で悪口だなんて下品でしてよ、皆様方。ゲフッ、おっと失礼。

廊下をすたすた歩いていると史子様が走ってきた。


 「歩くのはやーい。ね、アンタが好きそうなところ連れてってあげましょうか?」

ニコニコと笑顔をふりまく史子様。貴女、さっきあの馬鹿共と一緒にニヤニヤ笑ってたよね。


 「ご機嫌取りなら結構ですよ。先程でお腹一杯ですから」


 「あら? 怒ってるの?」


 「怒ってはいません。ですが、不快ではありますよね、彼らも……貴女も」


 「地味子のくせにハッキリ言うのねえ。アンタ、そんな性格で友達いる?」


 「いませんね」


 スタスタと真っすぐ歩く。執事さんはどこにいるのだろうか?

色々聞きたい事があるのだけど。あの人ぐらいしか私とちゃんと話してくれる人がいなさそーなんだよねえ、ここ。

 

 「違うわよ! こっちよ!」


 ぐいっと史子様に服を引っ張られる。

まってまって、引っ張らないで。似合わない服とは言え、お高い服なのだからもっと大事に扱って~。

この服はいずれ古着屋さんにもっていって換金予定なのだから。


 「ほらほら、こっちこっち。……ここっ!」


 史子様に案内された部屋……図書館のように本がいっぱいあった。

凄い。難しそうな分厚い本がいっぱい……。


 「ほら、これ~!」


 彼女の後をついていった先には難しそうでも分厚くもない本が並んでいた。

彼女がその中の一冊を私に手渡す。


 「漫画じゃないけど、こーいうのアンタ好きそうじゃない?」


 史子様に手渡されたのは恋愛小説。

ペラペラとめくり文字を追う。

 「史子様、私、文字の多い本はちょっと……」


 「アンタ、地味子のクセに小説読んだりとかしないの!? もしかして……馬鹿なの!?」


 「うっるさいなあ! 本なんか……勉強なんかする暇なかったんだからしょうがないじゃん……ってか、私は執事さん探してたんですけどー!」


 地味子、地味子うっさいっての。私には美愛っていう似合わない名前がちゃんとあるんですからねっ!

史子様さあ、人に『友達いる?』って聞いてたけど私は問いたい。

 史子様こそ友達いないでしょ?


 「おや? 騒がしいと思ったら史子さんですか。あなたがここに来るなんて驚きですね」


 背後から男性の声が聞こえてきてビクッとしてしまった。

見ると髪もっさもっさの分厚いメガネをかけた20代後半ぐらいの男性がにっこりと佇んでいた。


 「は~? 何言ってんの? 私だって本ぐらい読むつーの。つか、アンタ相変わらずむさくるしいわね。あんまり近づかないで、キモイから」


 どうやら史子様とその男性は顔見知りの様子。

ってか、史子様オブラートに包んで! 聞いてるこっちがハラハラするわ!

 しかしその男性、特に気を悪くした様子もみせずニコニコとしている。


 「こちらの方がもしかして楸様の婚約者ですか? 史子さんとお友達になったんですね~」

 

 婚約者ですが史子様とはお友達でもないです、という言葉は飲み込んでっと。

 「初めまして。三河美愛と申します。よろしくお願いします」とニッコリとご挨拶。


 「やあやあ、これはご丁寧に。僕はここの司書をさせて頂いてます、四方山太郎です。よろしくお願いします」


 なーんて四方山さんと和やかに挨拶を交わしたところで、顔を真っ赤にした史子様のご乱入です。


 「ちょ! ちょっとお! 勘違いしないでよ! 別に友達って程じゃないんだから! 美愛が友達いなくて可哀想だから友達になってあげただけなんだから~っ!」


 おぅ……史子様の中では私、友達として認識されてたのか。

っていうかなんていうか、史子様……本当に友達いなかったんだ……。

 そんな真っ赤な顔して嬉しそうに「友達になってあげただけ」とか言われても……あー、もう、何この可愛い生き物! 素直になれない史子様可愛い!


 ふと横をみると私と同じように史子様の可愛さに悶絶してる四方山さんがいたけど見なかった事にしといてあげましょう。


 今まで史子様をちょっと冷たくあしらってた事を反省。


 「そうですよね……私なんかが史子様のお友達だなんて図々しいにも程がありますよね……私なんかではとても史子様のお友達なんて務められません」

 

 なんて目を伏せてしおらしくしてみる。

横目でチラリと史子様の様子を伺うと、先程とは一変して真っ青な顔になっている。

 

 ブホッ……ゲホッゴホッ。

 

 吹きだしたのを咄嗟に咳で誤魔化す。

 四方山さんの方からも咳が聞こえてきたけどまあそれはいいとして。


 「えっ、あの、えっと……図々しいだなんて…そんなこと……、わ、私が友達になってあげるって言ってるんだから……そうよ! 別に気にしなくてもいいわよ!」


 史子様必死すぎ可愛い。史子様の扱い方がわかってきたなあ。

もうちょっと史子様をからかって遊ぼうかとも思ったけれど執事さんをさがさねば。


 「あの、四方山さん。執事さんってどこにいらっしゃるかわかりますか?」


 「ああ、執事さんなら――」

 「馬鹿ねえ。執事なら執務室に決まってるじゃないの。なあに? 木元に用があるの? 執務室まで案内してあげてもいいわよ? 友達だし、しょうがないわねえ」


 四方山さんの言葉を遮って史子さまがご満悦の表情で声高らかに言うものだから私と四方山さんは笑いを堪えるのに苦労したわけで。


 「有難う、史子様よろしくお願いします。――で、木元って誰?」


 「ハァ? アンタほんっとーに馬鹿ね! 執事の名前よ! ってか今の流れでわかるでしょ!」


 それはそうだけど~……一応確認しといた方がいいかなーって思っただけじゃん。

そんな馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃん。自分が馬鹿なのは自覚してるし!


 「……そうですよね。こんな私、やっぱり史子様のお友達になんてなれませんよね……史子様有難うございました、迷惑かけてごめんなさい。執務室は私一人で行きます」


 「ちょっ! 迷惑だなんて言ってないでしょ! もうっ! いいからさっさと行くわよ!」


 焦って私の腕を掴みぐいぐいと引っ張る史子様。

そんな私達に四方山さんがニコニコと手を振ってくれていたので私も手を振り返す。

 何してんの! 早く! なんて史子様がせかすのでろくにお話しもできなかったけど、ただ何となく漠然とだけど、四方山さんって史子様の事好きなんだろうなーって思った。


 部屋をでてしばらく歩いてから「四方山さんってなんかいいよねー」って史子様に言ってみた。

私みたいな一般人にもニコニコと愛想よくしてくれたし優しい話し方とか感じいいし。

 史子様みたいな人には四方山さんみたいな人が似合ってるように思える。


 とは言え、史子様は坊ちゃんの愛人だし、四方山さんの思いはどうしようもないか。


 「……ふぅん? 美愛はあーいうモッサイのが好みなの?」


 「いや、外見じゃなくさあ。雰囲気優しそうでいい感じでしょ?」


 「ふふっ……アンタみたいな地味子がいいそうな事よねえ。外見よりも中身が重要! とか言うんでしょ? おっかしいの。笑っちゃう。中身も大事だけど外見はもっと大事だつーのにさあ!」


 小馬鹿にしたように笑う史子様。

いえいえいえ。そうじゃないよ、史子様。


 「大事なのは中身でも外見でもないよ。大事なのはお金」


 ズバリと言い切った私を史子様は唖然として見つめ、そのまま無言で私を執務室まで引っ張ってくれた。

え? 私、何か間違ってる?? 間違った事言ってないよね??


 



  

  「ほら、ここが執務室よ。木元ー? いるのー?」


 ちょ、史子様!? ノック! ノック忘れてましたよ!?

ガチャリとドアを開けて堂々と入る史子様。


 「おや、史子様。おお、美愛様もご一緒とは。どうかされましたか?」


 「美愛がなんか話したい事があるんだって」


 ええ、ええ、ありますともありますとも。山ほど。


 「突然すみません。えっと、まずは。ズバリ、占いって何なんですかね? 坊ちゃんの親族という方々に会いましたよ。おかしいよね、あの人達。私の事をゴミか虫けらみたいな目でみてるくせに『離れの邸宅にでも引き篭る』なんて言った途端手のひら返してきてさあ。占いってそんな重要な事なんですか?」


 「ふむ? 占いの事は残念ながら私もよく存じておりません。ですが坊ちゃまのような方には美愛様のようなしっかりとした人が相応しいと、私はそう思いますよ」


 ニッコリと微笑む執事さん。

いやあ、なんていうかさ。人を信じずに生きてきた私にとってはまずは人を疑う事から始めるわけですよ。

 まぁ、まず笑顔で近づいてくるような人はそうそう信用しないようにしてるわけ。

だから実のところ坊ちゃんや史子様みたいなタイプは嫌いじゃなかったりするんだよね。

 もっすごい態度にでるよね、感情がさ。扱いやすくてほんと助かる人種だよ。


 や、好きでもないよ?


 で、話を元に戻すと。

執事さんのこの笑顔……胡散臭いよねえ。

わかるんだよね、なんか、さ。ただの勘ではあるんだけど。


 占いはきっと公納家にとっては凄く重要なものなんだと思う。

ってか、そうじゃなきゃ一般人……とすらとても言い難い貧乏で育ちの悪い私なんかを財閥の子息の嫁にしようなんて誰が考えるだろうか?

 

 で。当然その占いについてを坊ちゃんも知ってる。

「嫁とは認めん!」なんて言ってても私に史子様を紹介してきた。愛人として。

 嫁とは認めないのなら別に愛人紹介する必要なくない?

坊ちゃんは、不本意ながらも私を嫁にする事を同意せざるをえない、ってわけだよね。


 そして、そんな坊ちゃんの傍に仕える執事がその重要な内容を知らない何てことあるだろうか?

あるかもしれない。

 なんせ、お金持ちの考える事なんて私みたいな者にわかるはずがないのだから。


 ただ、ほんと直感。

 執事さんは信用できない人。

 そして、私が執事さんの事をどんな風に思っているのかきっと気づいたと思う。


 油断ならないなあ……。


 「ところで美愛様、お部屋の方、ご不満はございませんか? 必要な物などあれば仰って下さい。」


 「あ、そうだ。不満はないんですけど、私お弁当屋さんでバイトしてるんですけどね。ここからだとちょっと遠いんですけど、まあそれはいいとして。私、バイト続けててもいいんでしょうか?」


 「ああ、大丈夫ですよ」


 「よかった! そうですか~!」 

 ホッとする私。

いつこの屋敷から追い出されるかわからないからお金だけは貯めておきたい。


 「昨日のうちにバイト先には美愛様の代わりに辞職願を出させて頂きましたから」


 ……な・ん・だ・と……っ!

 

 「勝手な真似をして申し訳ございません。ですが公納家の嫁となったからには今後は公納家の嫁らしい行動をして戴きたく存じます」


 「……なるほど。わかりました。ご期待に添えるよう、努力いたします。それでは私はこれで」


 顔が引きつりそうになるのをプライドで押しとどめ、お嬢様っぽくゆったりとした動作で執務室をでる。

顔には胡散臭い笑顔を張り付けて。

 執事さんもね。お互いに。


 廊下にでた途端私の怒りは爆発!

なんで勝手にバイト辞めるのよ! あのバイト先はね! 余ったおかず持って帰ってもいいよーって言ってくれる優しい店長がいるバイト先だったんだから!


 私に一言もなく勝手に辞めさすなんてひどい! 横暴!


 「ねー、さっきの、凄かったわよね。空気が凍るってあーいうのを言うのかしら」


 おや。空気を読まない史子様が空気を読んでいる。


 「……ねえ、史子様は占いの内容ってご存知なんですか?」


 「勿論知ってるわよ」


 「じゃあそれ教え……」


 「私が教えると思う?」


 ……ですよね~。教えませんよねえ、史子様ですもん。


 「ま、友達だから教えてあげるけどさ~」


 あ。教えてくれるんだ?


 「楸と美愛が結婚すれば公納家が栄えるんだってさ」


 「で?」


 「栄えるのよ?」


 「え? そんだけ?」


 「そうよ?」


 「公納家、栄えてんじゃん?」


 「そうねえ」


 「……あ、んじゃさあ。もし結婚しなかったらどうなるの?」


 「そりゃ没落するとかなんじゃないの?」


 はぁ? 

 ……なんってか。


 クッソくだらねえ!


 そーいうのを占いに頼るなってのよ。

栄えるだのなんだのは自分の力で成し遂げるべきじゃないの!? 

 没落~? そんなものは自分がやる事やってから考えろっての!


 なるほど? あの坊ちゃんじゃあこんな結婚納得できないよなあ。

凄くプライド高そうだもん。占いなんかに頼るタイプでもないだろうし?


 同情するよ、ほんと。


 「……没落したとこ見てみたいな……」

 

 ボソリと呟いた私の言葉を聞いた史子様が私を恐ろしい化け物でも見るかのように凝視している。

嫌なのよ、ほんと。

 楽してお金儲けようとか、楽して生きていこうとか考えてる奴。

 うん、自分の事棚上げして言うけど、そーいう人種大嫌い。


 「アンタ……時々ちょっと怖いわよ……」


 「ね。史子様さあ、公納家没落しちゃうと困っちゃう? それでも坊ちゃんの事好きでいれる?」


 ニヤリと笑う史子様、妖艶ですよ、ほんと。


 「好きなわけないじゃん。私が好きなのは恰好良くてお金持ちの楸なの。条件が欠ければ私の事情も変わるわ、当然でしょ?」


 ふむ。なるほど、確かに。

事情が変われば周りも変わるよね。良くも悪くも変わらない方がおかしい。


 「私、史子様結構好きかもしれない」


 特に何も考えずに声に出して呟いてたんだけど、史子様の顔が見る見るうちに真っ赤に染まってしまった。


 「な、なによ……なんなのよ! 別にそんな事言われたってねー! 私……私はね~! アンタにそんな事言われたって嬉しくも何ともないのよー!!」


 大きな声で怒鳴るようにそう言い放つともっすごい勢いで走り去ってしまった史子様。

あの表情……笑うのを無理やり誤魔化して眉に皺寄せて、上がる口角を無理やり下げようとしてたのか頬がヒクヒク引きつってて……凄い顔してたな、史子様。

 

 思わずニヤニヤしながら長い廊下を歩いていると話し声が聞こえてきた。

なんとなく声のする方へ歩いてみると……しまった! 楸がいる!


 楸が誰かと話をしていた。

いきなり現れた私に当然のごとく楸とその誰かの視線が集まる。


 あー……これ、さすがにもう見なかったフリは出来ないよなあ……。


 「お邪魔して申し訳ございませんでした。失礼いたします」


 こんな感じでいいかな? いいよね? とりあえず笑顔で去っていく。

とりあえず笑っとけ的なー?


 「おお? もしかして美愛さん、じゃないですか?」


 うぐっ。


 楸と話してた誰かさんに声をかけられてしまったよ。

とりあえず自己紹介でもした方がいいのかな。つか何回自己紹介したらいんだよ、めんどくせーなおい!


 「おい、お前。いいからあっちいけ」


 口を開きかけたところで楸がいまいましそうに口を開いた。

が、それは私に対してというよりも。


 「おいおい、彼女に失礼だろう? 僕にも噂の彼女を紹介して欲しいんだが」


 うん? 坊ちゃんのご友人かと思っていたけど、どうもおかしいな。

空気がピリピリしている。

 噂の、って言ったよね。こんな内々の事情知ってるとなるとこの人も親戚かなんかなのかも。


 「別にお前に紹介する義理もない」


 「ねえ、君。僕は楸の従兄の公納馨くのうかおるといいます。君のような美しい人が楸の婚約者だなんて……全く楸が羨ましいよ」


 誰かさんは馨さんというらしい。

坊ちゃんを無視して私の手を取り勝手に自己紹介をしてくれましたが……君のような美しい人とは一体誰の事でしょう?

 そんな人、今ここにいるー? えー、あったしぃー? いやーん!


 って! この阿呆め!


 そんなあからさまなお世辞言われて喜ぶ程落ちぶれてないよ!


 「美愛さん、僕はもっと君の事を知りたい。もっと親しくなりたいなあ。良かったら今度デートしようよ。……あ、楸の許可がないとダメかなあ? だけど楸は他にも彼女がいっぱいいるし、別にいいよね?」


 馨さんがチラリと坊ちゃんを見る。

坊ちゃんのイラッとした顔。ホントこの人、感情が顔にでるからわかりやすい。


 「ご勝手に?」


 と坊ちゃん。

でもね、私は嫌なんですよ。

なので。

 

 「ぼっ……楸さんが良くても私は良くないんですよ」


 と、ニッコリと馨さんに笑顔で言い放つ。

まさかこのような返答がくるとは思わなかったのだろう。

 「えっ?」と呟き唖然として私を見つめる。


 「いや、だってね? 心にもないお世辞言う人とか生理的に無理、っての? そもそもその心にもないお世辞って……例えば『占い』絡みだったりするんじゃないかなー? とか思っちゃったり?」


 あからさまに動揺する馨さん。

やっぱそりゃそうだよねえ。馨さんの美的感覚がおかしくて私が美しく見えるのだとしても、初めて会ったばかりの従兄の婚約者口説くとかないと思うんだわ。

 

 そりゃ私が絶世の美女に見えて私に一目惚れしてしまったので、とかならあるのかもしれないけど。

あったらロマンチックだけど! 少女漫画っぽくていいけど!


 ま、ないわな。 


 じゃあ『占い』の件が関わってるとしか思えないわな。

 で。わざわざ従兄の婚約者を口説く理由……つまり口説くとメリットがあるというならば。


 坊ちゃんじゃなくても公納の血筋の者が私を娶ればその家が栄えるって事なんじゃないの?

っていうのは私の推理。


 「ぼ、僕は、楸より君を幸せにできる!」 


 とか馨さんが言い出したので私の推理に間違いはなさそう。

名探偵誕生の瞬間である。なんてね。


 でも名探偵じゃなくてもこれだけはわかる。


 「あら、嫌だわ。『占い』に頼りたいが為に私と結婚したい人が私を幸せになんて出来るわけがないじゃないですか」


 馨の目を真っすぐに見て笑顔で答える。


 「私はね、自分の運命は自分で切り開く力のある人じゃないと好きにならない。貴方と比べるとぼっ……楸さんの方がよっぽどいいわ」


 怯えた瞳で私を見つめる馨さん。

うーん、そそらないなあ。私が見たいのはこういう表情じゃなくて。


 「……美愛! もういいから行けよ」


 ん?

坊ちゃんが険しい顔して立っている。

ちょっと顔赤い?


 まあいいか。触らぬ神に祟りなし。退散退散。


 そのまま無言で坊ちゃんの横を通り過ぎてスタスタと歩いてふと足を止めた。

ん? さっき坊ちゃん「美愛」って呼んだ?


 そいえば坊ちゃんに名前呼ばれたの初めてだなあ。

なんて思いつつ自分の部屋へと向かった。


 が。


 「広すぎるんだよ! このお屋敷!」


 イライラして叫んでしまった。屋敷で迷うってどんだけ?

未だ私は自分の部屋にたどり着けない。


 が。さすがは名探偵、自分の部屋にはたどり着けなかったけどもさっきの図書館みたいなところには偶然たどり着けた。


 ここまでくればどうにかなるっしょ。

さっき史子様に案内されたものの、本読む暇なかったしなー。ちょっと読んでくかな。


 軽い気持ちでドアを開ける。


 目の前には布が落ちている。

いや、服? なーんか見たことあるような?


 更に目の前を見るとまた何か落ちている。

あ、これ、下着だ。エロ可愛いな、これ。

 む! Eカップのブラジャーだと! けしからん! 


 で、更に目の前をみると。


 あれ? 生足?

って。


 あー、しまった。

なんとなく、生足が見える方に一歩足を進めたら。


 ……四方山さんと史子様が裸で抱き合ってたわけで。


 で。気だるそうに顔を上げた史子様と目があってしまった。


 「あれ? 美愛じゃん。やっぱり本読みにきたの?」


 平然としている史子様を他所に、私に気が付いた四方山さんは「わあ!」と叫びあわあわと服をかき集めていた。


 「あー……本はまた今度にしとく。じゃあね」


 こんな状況で本読める程の図太さはない。

そそくさとその場を後にした。


 えー? いつの間に史子様!

 四方山さん、やるじゃーん! あれ、でもこれいいのかな? 


 ……ま、いっか。私には関係ないしー。


 スタスタと自分の部屋を目指して歩く。たぶんこっちで合ってるよね……。

なんか違う気がする。

 こっち……だっけ?


 「美愛、どこ行くの?」


 ウロウロしているところで史子様に声をかけられてギクリとする。

さっきの情景をつい思い出してしまう。


 だって、私、本ではそういうの見た事あっても現実でそんなの見たことないし! 自分もそんな状況になった事がないし!

 冷静な顔してるけど、実は内心動揺しまくってるわけですよ。


 「美愛?」


 「あ、はい! いや、自分の部屋に帰ろうとしてるんだけどね?」


 「逆方向じゃん。美愛、方向オンチなの?」


 「そんな事は……」


 どうにも気まずい。

先程の事ばかり考えてしまう。

 細いながらも意外と引き締まった四方山さんの体とか史子様の白い滑らかな肌とか、あとまあ色々と!?


 考えないようにしようとすればする程思い出してしまうのはどうしてでしょうか!?


 「美愛さあ、もしかしてさっきの気にしてる?」


 うわぉ! 

やめてやめてー、今その話は振らないでー! 思い出しちゃうから! 諸々を!


 「私、四方山の事なんとも思ってないから気にしなくていいよ?」


 「……ん?」


 「美愛が四方山気に入ったみたいだから私もちょっと気になっただけだしさー。奪うつもりとか全くないから」


 「んんんー?」


 「あ、でも意外と上手かったから時々は貸して欲しいかなー」


 唖然、ってこーいう心境の事を言うのだろうか。

つまり、史子様は四方山さんの事なんとも思ってないけどあーいう関係になったの?

 え? 史子様って結構アレ? 尻軽? いや、今どき尻軽とか言わないか。


 いやいや、そうじゃなくて。


 え? あれ? 史子様の中で私、四方山さん気に入ってるって事になってるわけだけど、そう思ってて尚、四方山さんの事なんとも思ってなくてもヤっちゃってる?


 え? それどーいうこと?

いやいやいや、それダメだろう? 絶対ダメ!


 いや、私、別に四方山さん何とも思ってないからいいんだけども!


 「美愛、怒ってる……?」


 史子様が友達いない理由、よーくわかった。

ハァーッと深くため息をつく。


 「史子様……私は別に怒ってません。でも呆れています。正直、史子様にはガッカリです」


 真っ青な顔をして不安げに私を見つめる史子様。

全く! そんな顔をするぐらいならなんで!


 「私は四方山さんの事なんとも思ってないよ。でも史子様は私が四方山さんの事を好きだと思ってたんだよね? なのにどうして好きでもない四方山さんとあーいう関係になったの? もし私が四方山さんの事を好きだったら傷つくと思わなかったの? ……私を傷つけたかったの?」


 うん、傷ついた。


 史子様が私を傷つけようとしてた事に。

 まさかそんなに嫌われていた事に。

私は自分で思っていたよりも史子様の事を好きになっていたらしい。


 「だって!」


 史子様の大きな瞳が私を睨みつける。

そして。

 その大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れ出てきた。


 「美愛が言ったんじゃん! 四方山、いい感じだって! 美愛がそーいうなら私も気になるじゃん! 四方山凄い奴だって思うじゃん! ……美愛を傷つける気なんかなかったよぅ、ごめんなさい、嫌わないでぇ~……」


 子供のように泣きじゃくる史子様。

 んと。

なにこれ、まるで告白されてるみたい。


 史子様、馬鹿。馬鹿可愛い。

なんなの、この子! 馬鹿だ! 可愛い!


 んで、またこの無防備に泣きじゃくる様がもうなんっての? 

もう……そそるわぁ……。

 うっとりと見惚れてしまい、ハッとする。

 ゴホンと咳払い。


 「史子様の事、嫌いになってませんよ。でも、友達だと思ってたのに私が嫌われてるかと思ってショックだったんです」


 史子様が顔をあげて私を見るので安心させるように私はニッコリと微笑んだ。

が、史子様の瞳からはまた大粒の涙が溢れ出してくる。


 「き、嫌いなわけないもん! 美愛は私の大親友だもん~!」


 うひゃ!?

だ、大親友とな? いつの間にそーなった?

でもまあ悪い気はしないので、そこはもうそれでいいや。




 で。まあそんな感じで私の事大好きっぽい史子様ですが、その後はいつもの通りでしたよ。

空気読まないわ毒舌だわ。

 たまにはあの可愛らしい素直な史子様も見せて欲しいですな……。


 

 あんだけ私の事嫌っていた坊ちゃんは、なんか普通に接してくれるようになった。

っていうか、むしろ優しい。

 一体どうしたんだろう? 逆に怖い。


 それを史子様に相談してみたら


 「あー、楸、馨の事大っ嫌いだからなー。美愛がやり込めたからスッとしたんじゃないの?」


 「ああ、そーいう事ね」


 「あとさ、楸、『占い』なんか頼るの嫌いだからさあ。そこんとこわかってくれてる美愛の事、ちょっと気に入ったんじゃないかな」


 ふーん? 

そういうもんかねえ。

よくわからないけど、ま、穏やかに過ごせるならそれでいいよ。



 何日か経って、やっとメイドさんを見た。

やっぱいるのね、メイドさん!


 私の部屋のクローゼットに新しい服やら下着やらを詰め込んでいたので聞いてみる。


 「この服や下着ってメイドさんの趣味なんですか?」


 「いいえ、これは木元様のご指示でご用意させていただいております」


 「……サイズも?」


 「はい、ご指示の通りでございます」


 つまり。

 サイズもエロエロ下着やらも全部執事さんのご指示ってやつなんですね?


 やっぱ侮れないわ、執事さん!



 そんな木元さんとはそうそう会う機会もなく。

ただ時折、バッタリ出会ったりするとついつい引きつった笑顔で挨拶をしてしまうのだけど、木元さんってば不敵な笑顔を返してくれるもんだから。


 私は悔しくて悔しくて。


 なのになぜか私の心臓が破裂しそうなくらいにドキドキと高鳴るのでした。




 

 


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