不器用なマロン
広がる荒野。乾いた大地にポツポツと立っている枯れ木に、黒い鳥が止まっていた。
その鳥が「ギー」と鳴くと、一斉に仲間達が一斉に鳴き出した。しかし、その合唱は近づいてきた轟音によって終わってしまう。
一斉に飛び去っていく黒い鳥の集団。そんな中を、一台の車が勢いよく突っ切っていった。
「うひゃあ! もうちょっと優しく運転してよ!」
少年が来ているワイシャツにしがみつく白い髪の妖精が、悲鳴を上げて叫んでいた。だが、少年はその叫び声を無視してアクセルレバーを倒す。途端に少年が操縦する車体はスピードを上げた。
「ひゃあっ」
ガクンッ、と何かを踏んだのか車体が大きく揺れる。
妖精は悲鳴に似た声を上げ、振り落とされないように少年の服にしがみついていた。
「ちょっと、マロン!」
堪らず少年の名前を呼ぶ妖精。だけどマロンは取り合おうとしない。
それどころか、ますますスピードを上げていく。
「…………」
そんな二人のやり取りを、隣で興味なさげに眺めている少女がいた。
背中にかかるほどの綺麗な青髪をなびかせ、似合わない大きなコートを着ている少女は、ただ静かに視線を風景に移す。
広がっている荒れ果てた大地は、どこか寂しげで味気がない。
「マロンってば!」
「おわっ!」
全然反応してくれない相棒。それに痺れを切らした妖精は、マロンの視界を遮るように顔に覆い被さった。
これにはさすがに驚いたのか、マロンはついブレーキを踏んでしまう。
「ったく、さっきからなんだ? ティト」
「あー! やっぱり気づいてたな! ならもっとスピードを緩めろよ!」
妖精ティトはプンスカと怒った。これにマロンは面倒臭そうに肩を落とす。
「あのなぁ、ここがどういう場所なのかわかっているだろ? 安全運転なんてできないぞ?」
「だったら安全に速く運転すればいいだろ!」
「そんなことできれば苦労はしない」
そもそもこの〈バギー〉と呼ばれるアーティファクトは、いろいろと運転に癖がある。文献による記録だと、元々こういった荒れた道を走るのに適している代物らしいが、それでも揺れは大きい。
しかも本来はそれほどスピードが出ない代物だ。マロンが乗っているこれは、いろいろとカスタマイズしているが、それでもあまりスピードは出ない。
それに、このエリアは様々な魔獣が存在する。先ほど飛んでいった〈ギーレイヴン〉は、本来好戦的な生き物。下手に戦いを挑んでしまうと集団で襲ってくる厄介な魔獣だ。
そういった面倒臭い生物を相手しないためにも、こんな所で止まりたくないのだ。
「揺れは諦めろ。そうしなきゃ無事に辿り着けないぞ?」
「むぅー」
無駄話をしたところで、マロンはバギーのアクセルレバーを倒した。だが、少し進んだ所で急にバギーが止まってしまう。
「なんだ?」
足元のギアを一旦戻して、再度入れてみる。しかし、何も反応がない。
もう一度同じ動作をして試してみるが、やっぱり動かなかった。
「ったく、こんな時に」
つい歯を食いしばってしまう。
マロンがそんなことをしていると、口を閉ざしていた少女がこんな言葉を言い放つ。
「燃料」
マロンは一度少女に顔を向けてから、このバギーを買った時のことを思い出す。
これにはメーターと言われる目でわかる目安がない。だから燃料切れに気づきにくいから気をつけろ、と闇商人の怪しいおっさんが口を酸っぱくして言っていた。
「燃料切れか。ハァ……」
マロンは頭を抱えた。
こんな辺ぴな所で、高い金を出して買った年代物を置いていかなくちゃいけない。
それはとんでもなく辛い選択だが、燃料がすぐに手に入らない以上そうするしかない。
「いい気味ね」
少女は薄ら笑いを浮かべていた。マロンは思わず睨みつけてしまう。しかし、少女はそんなマロンにこんな言葉を送った。
「あなたが犯した罪は、重いの」
マロンは数日前のことを思い出す。
調べ尽くされていた遺跡。そんな所にあった不思議な空間で少女と出会う。だが、そこには部屋を守る機械人形がいた。その機械人形は暴走し、少女に襲いかかる。マロンはそれを止めるために仕方なく壊したのだ。
少女はそのことを今も恨んでいる。そのせいでマロンは、少女が持っている情報をほとんど聞き出せないでいた。
そして少女の名前も、わからないままだ。
「その話はやめようか」
少女だってわかっているはずだ。もしマロンが機械人形を壊さなければ、どうなっていたかなんてことを。
しかし、わかっていても納得ができないという様子だ。
わからなくはない。だが、だからといってここまで恨まれる筋合いもない。
「そうやって逃げる。あなたは卑怯者よ」
「そう思われても結構だ。それよりも、バギーから降りろ。死ぬぞ?」
「降りない。このまま死なせてよ」
少女の心は固く閉ざされてしまっている。それがこの状況にまで影響を与えていた。
マロンはそれに困り果てる。このままでは、どうしようもない。下手すると魔獣に襲われてしまう。
「そんなこと言わないでよー」
険悪の雰囲気の中に、ティトが入り込んだ。少女の近くを飛んで、こんな気の抜けた言葉を並べた。
「もし死んじゃったら、美味しいものを食べられないし、楽しいこととかできないよ? それに、マロンは悪い奴じゃないよ? ちょっとぶっきらぼうで不器用だけどさ。あ、いいところを挙げると、意外と料理が上手だよ。あと案外お人よしでさ――」
「ティト、趣旨がずれているぞ?」
なんだか照れを覚える。おそらくティトは正直に言っているだけだろう。
だからこそ余計に照れてしまう。
「じゃあなんで、カルを殺したのよ!」
しかし、それは少女の怒りを焚きつけることでしかなかった。
「あの子は、あの子はとっても優しかったのよ? 優しすぎて、みんなにバカにされたりもしてたけど、でもそんな子が――」
少女は言葉を詰まらせた。だがマロンは少女の言葉を待つ。
少女にとってあの機械人形は、とても大切な存在だった。だからこそ、マロンはその怒りを受け止める。
「どうして、どうして死ななくちゃいけないの!?」
やっと吐き出した言葉。やっと出てきた言葉。
マロンはそれに対して、答えを出す。
「俺はアンタを守りたかった。それだけだ」
少女は、泣き崩れた。声にならない声で、叫んでいた。
わかっている。目の前にいる少年が悪い訳じゃないことを。だけど整理ができなかった。
それだけに、あの子は大切な家族だったから。
「マロン」
ティトが何か言いたげにしていた。だがマロンは何も答えない。
ただ静かに、移動する準備をしていた。
「全く、不器用なんだから」
ティトは少女に目を向ける。
納得はできていないだろう。だけどそれでも、少女は前に進むしかない。
「ごめんね。あんな言い方をするけど、マロンはいい人なんだ」
「わかってるわよ。でも、許せない」
少女は涙を拭く。そして立ち上がり、マロンに向かって叫んだ。
「助けてくれてありがとう。でも私、あなたのこと大っ嫌いだから!」
マロンはその言葉に、少し顔をしかめさせる。だがすぐに「どういたしまして」と言い、小さく笑った。
少しだけ心を開いた少女。
そんな少女にマロンは嬉しそうに小さく笑うのだった。




