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出会いという名のきっかけ(下)

「なんだこれ!?」


 思いもしない出来事。それにティトが堪らず叫んでいた。


「人間、か?」


 なぜこんな所で。いや、それよりもこいつは生きているのか?

 マロンは駆け巡る疑問に思考が奪われていた。青い髪をした少女は、マロンと同じ十代半ばぐらいの見た目だ。その眠っている姿は、なんだか死んでいるようにも見える。


「ね、ねぇ、マロン。これってもしかして、大発見じゃない?」


 ティトの言葉に、マロンは我に返った。もしこの少女が生きているならば、ティトの言う通りかもしれない。


「大昔の人間かもな。もしかすると、〈ラフランカ帝国〉の人間の可能性もある」

「もしそうなら、ホントに大発見だよ! だってそうなら、誰もわかっていない滅びた理由がわかるかもしれないし!」


 マロン達は互いに見つめ、頷く。そして、すぐさま箱に駆け寄って、開ける作業を始めた。


「くそ、どうなっているんだ? 構造が全くわからないぞ」

「教わってきたことが役に立たないよ。これホントに開くの?」


 懸命にいろんな個所を触るマロン達。だが箱はウンともスンともしない。

 動き回ること、十分。マロン達は息を切らしていた。


「全然、開かないね」

「どうなっているんだ、これは……?」


 一体どうすれば開くのだろうか?

 頭を傾けて考えるマロン達。しかし、どんなに考えてもいい知恵は浮かばない。


「開かないのかなぁー?」


 ティトはつい弱気になる。マロンもそれに同調しかけた。

 その瞬間だ。突然、箱から変な音が響いたのは。


「なんだ?」


 思わず振り返ると、箱は白い煙を吐き出していた。そのままゆっくりとフタがせり上がるように開いていく。マロン達は思わず立ち上がる。そして、箱の中に目を向けた。


「女の子だ」

「女の子だね」


 外から見た通りに、箱の中には少女が眠っていた。白いチュニックに、同じ色のズボンを着ており、思った以上に白い肌のせいかどこか病人に見えてしまう。

 マロンは息を呑んだ。そして少女の口に手を当て、生きていることを確認する。


「マロン」

「喜べ。こいつは生きている」


 ティトの顔が晴れやかに明るくなる。マロンはニッと笑い、まだ眠っている少女の頬を軽く叩いた。初めての大発見。もし期待通りなら、マロン達のランクは確実に上がる。もしかすると三ツ星以上になるかもしれない。

 膨らむ胸に、マロンは興奮が隠しきれなかった。


「う、ん……?」


 少女が目を覚ます。いよいよ未知との対面だ。

 一体どんな言葉を口にするのか。どんな反応か。本当にラフランカ帝国の人間なのか。

 たくさんのドキドキを抱きながら、マロンは第一声を待った。


「おなか、すいた……」


 言葉の直後に気の抜けた音が響く。マロンはついティトに顔を向けた。ティトもどこか困ったようにマロンを見つめていた。


「この子の言葉、ハッキリとわかったね」

「それどころか、お腹空いたって言ったな」


 無言になるマロン達。少女はそんなことを気にしていないのか、また目を閉じて寝息を立て始めた。マロン達は自然と無言になる。何か言いかけるが、敢えてそれは口にしなかった。


「ま、まあ、もしかすると言葉は大昔から変わってないのかもな」

「そ、その可能性もあるね。何にしてもこの部屋自体が大発見だし」


 マロン達はひとまず自分を誤魔化した。それだけにガッカリ感が半端ないが、とにかく誤魔化した。


「この子のことは後で考えようか」

「うん。それよりも、どうやってここから帰るかってことを考えなきゃ」


 天井を見上げる二人。その遥か上には、微かに差し込んでいる光があった。


「元々は調べ尽くされていた遺跡だけど、まさかこんな発見するとは思ってもなかったね」

「全くだな。歴史的発見かどうかはともかく、大発見には違いない」


 先ほどまで箱に夢中になっていたが、改めで部屋を見渡すとすごい代物ばかりだ。

 見たことがない機器や技術。小さな箱や指輪みたいな形の何か、手袋にパイプといった役に立ちそうなものから、そうでもなさそうなものまでそろっている。

 もはや〈アーティファクト〉のオンパレードと言ってもいいほどだ。


「できれば自力で帰りたいな」

「そうだね。でも、出られるような場所はないし」

「また救助要請でもするか。背に腹は代えられない」


 マロンとティトはため息を吐く。偶然見つけたとはいえ大発見。できれば二人だけの功績にしたかったが、そうもいかない事態だ。


「ま、いつものことか。ティト、こいつを空に運んで――」

「マ、マロン……」


 マロンはティトが顔を青ざめているのを見て、つい目をしかめさせてしまった。

 何気なく視線を合わせてみる。するとそこには、歪な形をした機械人形がいた。


『ガガ――、ピ……』


 赤く輝く一つ目。右手は剣を、左手はガトリングを持つそれは、雄叫びを上げる。


『シンニュウシャ、ハイジョ、ハイジョ!』


 青いボディは不気味に輝かせていた。その胸には、星を囲んで自身の尾を食っている蛇のマークがある。そのマークと共に赤く輝く一つ目は、ギロリとマロン達を睨みつけていた。


『ハイジョ、ハイジョ、ハイジョ!』


 左手に備えられているガトリングが、マロン達に向けられる。


「シールド!」


 銃弾が雨のように発射される。しかしその寸前に、ティトの前に移動した。そして、普通の人間には使えない魔法を発動させる。

 容赦ない攻撃を、ティトが張った頼りない壁が防いだ。だがそれが、どのくらい持つのかマロンは薄々気づいていた。


「ティト!」

「持って三十秒ぐらいっ!」


 思ったよりも短い。しかし、反撃はできる。

 マロンは腰に備えていた拳銃を手にした。そして特殊な弾丸を装填し、トリガーを迷うことなく引く。

 放たれた銃弾はガトリングと機械人形を繋ぐ金属の腕に着弾した。途端に大きな爆炎が広がった。


「やったか?」


 黒い煙が広がる中、マロンは静かに睨みつける。

 だが機械人形は、勢いよく煙の中から飛び出してきた。

 気づけばマロンの目の前に機械人形がいる。思わずトリガーを引こうとするが、それよりも早く機械人形が剣を振り上げていた。


「やらせるかぁー!」


 振り下ろされる直前、ティトが多重に壁を張った。壁が簡単に砕け散っていく。しかし、それが功を奏した。僅かに、剣がマロンに迫るスピードが遅くなった。

 マロンはその僅かな時間を使い、ティトを掴んで後ろへとステップした。直後に剣は地面を割り、大きな音を響かせる。機械人形はギロリとマロン達を睨みつけた。

 だが、マロンはそんなことを気にせずに、ティトに礼を言う。


「ありがとよ、ティト」

「どういたしましてぇー」


 マロンはティトの様子を確認する。先ほどから魔法を連発していたせいか、どこか疲れているように見えた。

 状況が明らかに不利だ。しかし、どうにか打開しなければ殺されてしまう。


『ギギギッ!』


 機械人形は、考えさせる時間をくれない。地面に突き刺さった剣を赤く輝かせる。それは地面をも赤く変化させ、燃え上がらせた。


「シャレにならないな」


 どういう理論で機械人形自体が起動しているのかわからない。だが、目の前にある脅威はどれほどのものなのかわかる。

 もしあれで斬られてしまえば、マロンは簡単に消し炭にされてしまうだろう。


「マ、マロン……」


 ティトがとても不安そうにマロンを呼んだ。しかし、マロンには打開策はない。

 くそ、どうするっ? 勝ち目はない。逃げ場もない。殺されるのを待つしかないのか?

 いや、一応打つ手はある。しかし、やるにはリスクが大きすぎる。


「ダメ、よ」


 迷っている中、聞き慣れない澄んだ声が耳に入った。振り返るとそこには、先ほどまで気持ちよく眠っていた少女が立っている。


「あなたは、そんなことをする子じゃ、ないでしょ?」

『ガ、ピピ――』

「思い出して。カル、優しかった自分を」


 機械人形は、どこか戸惑っているように見えた。何か困っているような、迷っているような、もしくは何かを伝えようとしている感じがした。


『ぼ、く、は。あ、な、た、を――』


 機械人形が喋った。マロン達はそれについ驚いてしまう。まるで正気に戻ったかのような、そんな雰囲気があった。


『ガガガ、ピピピ――』

「カル? どうしたの?」

『まも、る、守る、マモル! フィーネヲ、ボクハ、マモル!』


 機械人形は、そういって少女に剣を向ける。地面を蹴り、迷うことなく突撃した。

 止まらない。止まろうともしない。そして、その灼熱の剣を少女に振り下ろす。


「シールド!」


 しかし、寸前のところで剣は止まった。薄い壁が少女の盾になったのだ。

 少女はそれを認識すると共に機械人形へ言葉を放とうとした。だが、その直前に少女の身体は後ろへと引っ張られてしまう。


「バカ野郎!」


 少女は倒れ際に、マロンの言葉が耳に入った。その顔はどこか、悲しそうだ。

 だけどマロンは迷うことなく、機械人形の胸にあるマークへ銃口を突きつけた。


『ガガッ――』


 多くの機械人形は様々な特殊なコーティングをしている。しかし、一つだけ大きな弱点があった。

 それは胸のシンボルだ。マロンはそこに、特殊な弾丸を撃ち込む。撃ちこまれた弾丸は、機械人形の内部の途中で止まった。


『ガ――』


 コンマ数秒。それが過ぎ去った後、大きな爆発が起きる。当然、その威力に機械人形は耐えられない。

 バラバラに弾け飛んでいく機械人形。その姿に少女は、ただ言葉を失っていた。


「カル……」


 マロンは、銃口を下ろす。フラフラと飛んでいるティトに顔を向けて、手を差し出した。


「お疲れ様」

「あぃー」


 少し、ため息を零す。そして、尻餅をついている少女に顔を向けた。その翡翠色の目には、敵意が籠っている。その顔は、とても怒っている。

 だがそれでも、マロンは声をかけた。


「大丈夫か?」


 そのあり得ない優しさに、少女は複雑な顔をした。


「なんで……。なんで、カルを殺したの!?」


 とても悲しそうな、でも怒っているような顔をした少女はそんな問いかけをした。

 マロンは、それに対してこう答える。


「あのまま殺されたかったか?」


 なんとも言えない雰囲気になった。マロンはそれに、少しバツが悪そうな顔をする。

 せっかくの大発見が。

 そう感じた瞬間、マロンはなぜか大きなため息を零していた。


箱の中で眠っていた少女が目覚める。

マロン達は、その少女を助けるために機械人形を破壊した。

だが、それは最悪な出会いとなる。

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