鎖を解き放つ者
なんで、そんなに泣いている?
どうして、そこに身体があるんだ?
ハッキリとしない意識。そんな中で見た光景は、最悪なものだった。
泣いているティトは、懸命にマロンの身体を揺すっている。しかし、マロンの身体はどんなに揺すられても反応しない。
まるで死んでいるようだった。
『まさか、俺は死んだ?』
少しずつ、自分の状態に気づき始める。もし、死んでしまったのなら何か納得できた。
ティトが泣いているのも、自分が倒れているのも、わかるような気がした。
『そうか、死んだのか』
寂しい気がした。
このまま終わるのか。そう考えるだけで、とても悔しい。
『諦めるなよ』
そんなマロンに、声を荒げる少年がいた。
目を向けると、そこには怒っているカルの姿がある。
『まだ、何もできていないんだろ! だったら、諦めちゃダメだ!』
『だが、これでは……』
『僕にだってどうにかできた。だから、君だってどうにかできる!』
とんでもない無茶苦茶な言葉だった。
どうにかできているのなら、もうしている。それができないから困っているのだ。
『門を開くんだ。フィーネ!』
レイドの声が聞こえた。どうやらマロンを人質にして、フィーネに門を開くように迫っているようだ。
いや、待て。
マロンはあることを思い出す。カルは一度、身体を失った。だが門のおかげで機械人形の身体を手にした。
おそらくレイドも、門のおかげでここにいられるかもしれない。もしそうなら、これは絶好のチャンスかもしれない。
『やるしかない』
願いを叶えると大きな代償が生まれる。しかし、それでも今はそれにすがるしかなかった。
例え何かを失ったとしても、このままでは終われない。
『マロン』
そんな姿を見たカルが、マロンを呼ぶ。そして、優しく微笑えんでこんなことを言った。
『お姉ちゃんを頼むよ』
何を言っているのかわからなかった。だが気づいた時には遅い。
『冗談じゃない! お前、なんで――』
文句も言えないまま、意識が遠のいていく。
カルはそれを見て笑った。そして、ゆっくりと光に解けていった。
◆◆◆◆◆
『おお!』
待ちに待っていた瞬間が訪れる。それは恋焦がれていた気持ちに似ていた。
レイドは、再び開いた〈願望の門〉を見て感動を覚えていた。これさえあれば、なんでも手に入る。失ったものさえも取り戻せる、と。
「約束よ。返して!」
その叫び声に、レイドは笑った。そして掴んでいたマロンの魂を、握り潰そうと力を籠め始める。
「ちょっと、何を――」
『返してやるのさ。無へとな』
「やめて! マロンが死んじゃう!」
この優越感はなんだろうか。手にできないものを手にしたおかげかもしれない。
支配し、道具として使い、悦びを感じる。なんとも言い難い贅沢な使い方だ。
『なら屈服しろ。僕の、道具として働くと誓え』
フィーネの顔が強張った。しかし、逆らうことができない。逆らえば、マロンは殺されてしまう。
選択の余地がなかった。
「私は――」
自然と涙が溢れる。悔しさが込み上げる。それでも、マロンを助けたい。
「あなたの――」
どうして助けたいのか、わからない。でも、一緒に過ごした時間が忘れられなかった。
美味しい料理をまた食べたい。だから、だから――
『――ッ』
何かが弾けた。それに思わず、レイドは目を大きくする。
『何?』
掴んでいたはずのマロンの魂。それが突然消えてしまった。
一体何が起きた? まさか――
慌てて死体に目を向ける。するとそこには、拳銃を構えているマロンの姿があった。
「あのバカが」
被っていたはずのカルの頭部がなかった。
露わになっているマロンの顔。それは、怒りに満ちている。
「これは、お前がやるべきことだろう!」
そう言って、マロンは銃口をフィーネに向ける。そのままトリガーを引き、フィーネを絡み取っている鎖を撃ち抜いた。
『ガッ』
途端に、レイドの左腕が飛んだ。思わず消し飛んだ腕を抑えるレイド。
何が起きたかわからない顔をして、マロンを見つめていた。
「思った通りか」
『貴様、どうやって……』
「願いを叶えた。それだけだ」
そのために、カルが犠牲になった。溢れてくる怒りと自分の不甲斐なさに、冷静さを失いそうになる。
だが、そんな後悔をするのは後だ。
『バカな。そんなことが、ただの人間に――』
「ただの人間を舐めるな」
マロンはもう一度フィーネを捕えている鎖を撃ち抜いた。するとレイドの右腕が消し飛ぶ。
「フィーネ、こっちに来い!」
鎖が壊れ、解放されたフィーネ。そんなフィーネをマロンは大声で呼んだ。
「カルの代わりにお前を守る。だから来い!」
どこか、嬉しさを覚えた。こんな自分を、守ってくれる人がいる。
だから、フィーネは駆けた。
『逃がすか!』
レイドは魔法陣を展開した。雨のように氷の刃が落ちる。
でも、それはティト達がどうにかしてくれた。
「ティト、僕達も手伝うよ!」
「一緒に二人を助けるよ!」
「うん、ありがとう!」
三匹の妖精が力を合わせて、光の壁を作り出す。その壁はあまりにも強固で、刃を弾き返すほどだった。
『邪魔をするな、虫けらが!』
せっかく手に入れた道具が、希望が、逃げていく。
叶えたかったものが、奪い返したかったものが、また――
「マロン!」
フィーネはマロンの身体に抱きついた。マロンはそれをしっかりと受け止めて、力強く笑いかける。
「後始末だ」
特殊な銃弾を装填する。そして、銃口をボロボロの鎖へ向けた。
今、この心を支配している怒りをぶつける。そうしなければ、カルが浮かばれない。
「じゃあな、亡霊」
放たれた銃弾は、ボロボロの鎖へ着弾した。途端にそれは弾け飛び、全てを吹っ飛ばす。
レイドは、その直後に身体が弾け飛んだ。失っていく意識の中、本当に叶えたかったことを思い出す。
『お母様……』
どうして〈願望の門〉を開きたかったのか。なんでここまで執着したのか。
全ては、取り戻したかった人がいたからだ。だけど、それは叶わなかった。
『ごめんなさい』
レイドは消えていく。何に懺悔したのか、伝えないまま。
レイドと決着をつけたマロン。
だが、まだ叶えるべき目的をなし得ていない。




