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閉ざされた門の先へ

「リリル。彼女が俺の所に来たのは、一族が追っている謎を究明するためだったようだ」


 ギブソンの案内の元、マロン達はすぐ傍にある遺跡へと向かう。その途中、ギブソンはリリルが追い求めるものについて語ってくれた。


「まあ、彼女にとってそれは建前だったようだがな。彼女が求めたのは、俺達が追っているような〈空白の歴史〉ではなく、人々の役に立つかもしれない〈アーティファクト〉だった。しかし――」


 ギブソンは足を止める。そして、大きくそびえるドーム型の建物を見上げていた。

 そこには大きな白い門がある。太陽と月、そして星が描かれたそれは、ただ静かに佇んで立っていた。


「リリルはこの門を開くことができなかった。もちろん、俺もな」


 不思議な門だった。

 何か神聖さを感じる。まるでできたばかりのような雰囲気があり、どこか近寄りがたさがあった。


「これは?」

「開かずの門、といえばいいだろうかな? もしかすると門ではなくオブジェの可能性もある。とにかくわからないものだ」


 マロンは静かに見つめる。

 これは門なのか? それともただの飾りなのか?


「先生はなんて言っていたんだ?」

「一族に伝わる文献にあったものと同じだ、とは言っていたな。詳しく教えてもらおうとしたが、それ以上はな」


 何かを知っているリリル。だが、ギブソンにそれ以上の情報は口にしなかった。

 もしかするととんでもない代物か、とマロンは呟いた。


「マローン」

「ん?」


 ティトに呼ばれて何気に振り返るマロン。すると一つ目の機械人形の頭部が入ってきた。

 思わず目を大きくして叫びそうになる。だが冷静に状況を確認して、機械人形の頭を持っているティトに注意した。


「何やっているんだ?」

「えへへ、ちょっと驚かせようかなって」

「ふざけている場合か。いや、それよりもなんでそれを持ってきた?」

「役に立ちそうだから。マロンなら被れそうだよ?」

「あのな……」


 それがどう役に立つのか考えたのか?

 思わずそんな指摘をしようとした瞬間、門が突然黒く輝いた。


「え?」


 振り返ると目をパチパチしているフィーネの姿があった。

 思いもしないことが起きたためか、フィーネは左手を胸に添えて、恐る恐る後退りする。


「お前さん、何をした?」

「ちょっと触っただけで、そんな特別なことは……」


 門に描かれている太陽と月、そして星が黒く染まる。途端に空は暗くなっていった。

 明らかに何かが起きている。

 マロン達は思いもしないことに、戸惑うしかなかった。


『――っ』


 そんな中、門の前に白い少年が現れた。微笑んでいるそれは、とても小柄で、線が細い。


「あなたは――」

『待っていたよ』


 少年の姿が一瞬だけぶれる。気がつけばそれは、手を差し出して立っていた。

 フィーネはゆっくりと手を差し出す。そして、白い少年の右手を握った。


『我が、姫君よ』


 稲妻が落ちた。

 大きな音が轟いた。

 マロン達は、その光と音に飲み込まれる。

 そして、気がつけば黒く染まった門が開いていた。


「門が……」


 何が起きたのかわからないでマロンは立ち尽くす。同じように、ギブソンと妖精達も呆然としていた。

 しかし、フィーネだけは違った。


「――――」


 溢れる涙。それが何なのかわからない。

 悲しみなのか、嬉しさなのか、それとも違う何かなのか。

 わからないまま涙を零し続ける。


「おい、大丈夫か?」

「うん」


 マロンに声をかけられて、フィーネは涙を拭う。そして、まっすぐと前を向いた。

 ここには、何かがある。思い出せないものも、あるかもしれない。

 だから、フィーネは進むことを決意した。


「行こう、みんな」


 真実を見つけるために。

 リリルを助けるために。

 それぞれの目的を抱きながら、一行は開いた門を潜った。

 待ち受けるのは、希望なのか。それとも、絶望なのかわからないまま。



◆◆◆◆◆



 この通路は、どこか不思議だった。暗いはずなのに、なぜか道がわかる。まるで通い慣れた道のような、そんな感じがしていた。


『お帰り』

『お帰り』

『お帰り』


 そんな通路を進んでいると、たくさんの声が響いた。視線を上に向けると、そこには半透明な白い身体をした人らしきものが浮かんでいる。


「ひぃっ」


 ティトは思わずマロンの頬っぺたに抱きついた。本気で怖いのか、ブルブルと震えている。


「ティト、あんまり抱き着くな」

「だ、だってー」


 マロンは何気なくギブソンに目を向けてみる。ギブソンもまた同じように妖精達に抱きつかれていた。


「どうして……」


 人らしきものを見つめるフィーネは、少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 何かを言いたいけど、だけど何も言えなくて。泣きたいけど、泣けない。泣いちゃいけないのはわかっているのに、でも辛くて。

 もう、何が何だかわからない。

 フィーネは、つい足の力が抜けそうになった。しかし、その寸前に大嫌いな男から声をかけられる。


「おい、大丈夫か?」


 思わず振り返る。そこには心配げにしているマロンとティトの姿があった。

 そうだ。こんな所で挫けちゃダメ。

 懸命に自分に言い聞かせて、フィーネは強情に振る舞った。


「平気よ」


 あの時、何があったのか。それを知るためにも、立ち止まってはいけない。

 欠けた真相を思い出すためにも、進まなきゃ。

 フィーネは、自分を出迎えてくれる友人達に顔を向けた。

 マロン達を導くためにも、あの時の真相に辿り着かなければならない。


『目覚めたんだね』

『お帰り、フィーネ』

『ずっと待っていたよ』

『俺達は、君をずっと』


 幾重にも声が飛び交う。そして誰しもがフィーネを歓迎していた。

 しかし、進むごとにフィーネの心がざわめく。

 何かがおかしい。違和感を覚える。

 この違和感は何だろう?

 どうしてこんなにも、みんなから歓迎されているのかな?


『さあ、フィーネ。こっちへおいで』

『あなたは私達の、希望だ』


 声が導いてくれる。でも、違和感が拭えない。

 どうしてこんなにもみんなは優しいんだろう?

 なんで私に優しくしてくれるんだろう?

 だって、私は――


『行っちゃダメだ、お姉ちゃん!』


 力強い声が、フィーネを引き戻してくれた。思わず振り返る。だけどそこには、見覚えがある姿はない。


「カル?」


 フィーネは立ち止まる。でも、少年の姿は見えない。

 見えないのに、傍にいる気がした。どうしてなのかわからない。だけど、大切な家族が近くにいる。


『邪魔するな』


 その声は、聞き覚えがあった。その声は、どこか背筋を震わせた。

 だから、危ないんだと感じた。


「逃げて!」


 叫ぶと、フィーネの身体が黒い渦に包まれた。何が起きているのかわからない。でも、危険だということだけはわかる。

 でも、遅い。気づくのが遅すぎた。


『逃がすと思ったかい? せっかくのチャンスを、僕は逃さないさ』


 フィーネの前に、門を開いた時に現れた少年が立っていた。

 その少年はあの時と違い、身体が黒く染まっている。


『君は、とんでもない裏切り者だ。せっかく見初めてあげたのに僕を裏切った。だから、この時を待ち焦がれていたよ? フィーネ』


 欠けていた何かが、はまっていく。

 そうだ、私は――


「フィーネ!」


 大きな罪の意識に支配されようとしていた時だった。大嫌いな奴の声が響いたのだ。

 目を向けると大きな手がある。


「マロン!」


 すがる気持ちで手を伸ばす。だけどそれに触れることができなかった。

 黒く、強欲な王様に飲み込まれていく。どうすることもできないまま、声も上げることができないまま、フィーネは消えた。


連れ去られたフィーネは、一体何を思い出そうとしたのだろうか?

欠けていたものが埋まる時、物語は終焉へと向かっていく。


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