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8・閉じた扉

 海賊船アスタロス副長。

 名をシモサカアオエと言う。漢字で書くと下坂青江。姓が下坂、名が青江である。

 元サイレン軍海兵隊所属の三等少佐。

 『冷血』『鉄の女』などと、あまり嬉しくない二つ名を持っているが、当人としても、それを否定しきれない部分がある。

 その『冷血』にして『鉄の女』が揺らいでいた。

 先ほど船長が口にした言葉で……である。

 銀河征服。

 船長が口にした言葉を元に、副長は無意識で実行プランを考える。

 方法があるとすれば、旧サイレンの残党を集め艦隊を再編しサイレンを復興させる。その上で富国強兵に努め……そこまで考え、船長の考えとは全く異なるプランを立てていると気づいた。

 未だ船長は、他のサイレン残党と接触を取っていないのだ。そもそもからして接触を取る気など無いようだ。残党たちは、船長と接触を取りたがっているのに……である。

 つまり、船長の考えが読み切れないわけだ。

 副長は、未だ船長の片腕になれない自分を嘆き、人知れず心の中で溜め息をついた。

 そもそも、自分がアスタロスに乗っている事自体、本来あり得ない事なのだ……

 運良く船長に拾われ、海兵隊の隊長という白兵戦のプロ集団を束ねる立場であった事から副長に取り立てられた。だが、戦艦の運用に艦しては他の船橋要員には遠く及ばない。

 アスタロス船内における文字通り最強の派閥である海兵隊。彼らを抑え付ける重石として副長に抜擢されたに過ぎない……そう考えていた。

「ちぃと注意が、お留守になってないかい?」

 気抜けした船長の言葉に、副長は我に返る。

 目の前の男が、銃を抜こうとしていた。その視線は船長に向けられている。つまり船長を狙っているのだ。

 銃を抜きつつ、男と船長の間に割って入る。

 直後に銃声。同時に船長の『撃つな』の一言。

 銃声に掻き消され、他に聞き取れた者は居ないだろう。だが、副長には聞こえたのだ。

 だから撃たなかった。

 胸に銃弾を食らいはしたが、装甲服が銃弾を止め衝撃を分散させた。この程度なら、かすり傷ですらない。

 対し発砲した男は、副長に大口径の銃を向けられ、蒼白になり銃を取り落とした。

 銃を向けているのは副長だけではない。銃を持つ全ての者が男に銃を向けている。その為、男の眉間と胸には、照準用レーザーの赤い光点が無数に浮かんでいた。

 副長の構える銃はビッグ・ヴァイパーの名が与えられている。十二番ケージの散弾銃を大型拳銃サイズまで小型化した、セミオートでシングルアクションの軍用銃である。

 今、装弾されている単粒弾は軟弾頭で、人体に容易く大穴を穿つ事ができる。眉間を狙った、この状況で撃ったなら、男の顎から上が消え失せたはずだ。

 他の者達が発砲しなかったのは、最初に動いた副長が発砲しなかったから、それに倣ったわけだ。

 だが男や、その仲間たちが不審な動きをすれば、容赦なく皆殺しにするだろう。

「申し訳ありません、船長……」

 男から視線を外さず、船長に謝る。

 そして身体の緊張を解くと、胸に張り付いていた潰れた銃弾が床へと落ちた。

「らしくない失態ではあるな……まあ、そりゃ構わんが、女性に身を挺して庇われるってのは男としてプライドが傷つくよ」

 ぼやくように言うが、船長は男が銃を向けようとしている事を察知しつつも、あえて身を守ろうとはしなかった。

 船長のコートは防弾仕様でライフル弾すら止める耐弾性があり、重力慣性制御の応用で着弾前に銃弾の持つ運動エネルギーを相殺する機能もある。

 開発者の言葉を信じるのであれば、対戦車ライフルから着用者の命を守る事も可能らしい。つまり、剥き身の部分を狙われても拳銃弾など驚異ではないわけだ。

 もっとも、コートを着ていなくとも船長は慌てなかっただろう。

 船長のコートは、その重さが三十キロ近くもある。それを涼しい顔で普段着にしているのだ。そもそも船長自身からして、ただ者ではない。

「あなたは船長で、わたしは副長。組織として命の重さを鑑みた場合、どちらの命の方が重いかは明白です」

 副長が死んでも、海兵隊の次の長は決まっている。

 金髪の優男であるハミルトンだが、腕は確かで何より海兵隊の中では数少ない船長派に属する。海兵隊に対する重石としては頼りなく感じるが、船長を裏切る事はないだろう。

 そして船橋要因としてなら、自分より優秀な者なら幾らでも居る。

 だから副長は、自らの命を軽く考えていた。

「俺は副長の命に、もっと高い値を付けてるけどな……」

 呟くような言葉と同時に、船長が踵を返す気配。

 副長は、今の言葉の意味を考える。

 褒められたのだろうか? それとも落胆させたのだろうか? と。



 一連の騒動に、ナルミは言葉を失っていた。

 もし、副長が発砲していたら、そこから連鎖が起こったはずだ。

 一歩間違えば、あの貨物船の乗員たちは皆殺しにされていただろう。

「あの旦那。流血沙汰は嫌いで、皆それを知ってるから、そうそう銃を撃ったりはしないわよ」

 そういうミカサの手にも拳銃が握られている。六連発のリボルバーだった。

 言葉とは裏腹に、場合によってはミカサも撃ち合いが起これば参加していた……そういう事である。

 だが、アスタロス乗員は、基本的に人殺しなどしたくはないのだろう。

 状況を考えれば、相手を殺してしまった方が面倒は少ないのだ。だが、あえて面倒な方法を選んでいる。

 船長は振り返ると、こちらへと歩いてくる。

 元船乗りで求職中のホームレスかと思いきや、本人の言葉通り、本物の宇宙海賊だったわけである。

 悪い人には見えなかったが、宇宙海賊を自称する者を善人とも思えない。

「俺を追いかけて海賊波止場に来たのか?」

 船長に問われ、ナルミは黙って頷く。

「どうも、旦那の無事を見届けた後、浚われたんじゃないかしら?」

 ミカサの言葉通りだ。思い返せば敬礼する副長の近くにミカサも居たのである。

「って事は、俺が変な芝居を打ったからか……」

 とは言え、追いかけたのはナルミの意志だ。船長に責任を追及する気は無い。だが、帰れないかも知れないという不安はある。

「あたしは……家に帰れるの?」

 そう問うが、ナルミに厳密な家などない。

 人工授精と遺伝子改造によって産まれたサラブレッドであるため、両親も居なければ家族もないのだ。施設と学校を往復し、いずれは、この中継点を支える優秀な人材に……そういった思惑で育てられているのだ。

 実際、それが可能なだけの才能を、ナルミは遺伝子改造によって与えられている。後は教育によって、その才能を開花させるだけだ。

「捕捉されちまってる手前、送り届けるってワケには行かなくなった。棺桶に詰めて放り出した場合、ちいと面倒な事になるが、それで良ければ何とかできるがね……」

 恐らく、ナルミを誘拐した者達と一緒に回収される事になる。そうなると……どう事情を説明すればいいのだろうか?

 でも、それが一番、無難な方法だろう。

「他の方法は?」

「俺たちは、一度ここを離れ、用事が済んだら戻ってくる。その時なら、一般の船に紛れて中継点に送り届ける事はできるな……ユーリ、どれくらい時間が掛かる?」

 船長は天井を見上げて問う。

『静止時間で一ヶ月、主観時間で一週間ほどでしょうか?』

 先ほどの中性的な機械音声が答える。だが、口調は人間くさい。

 主観時間と静止時間。この二通りの時間から、アスタロスは超光速航法である空間跳躍を行うつもりなのだろう。

 静止時間は天道中継点で流れる時間。主観時間は、このアスタロス内での時間。いわゆるウラシマ効果である。

 ウラシマ効果が生じると言う事は、アスタロスは空間跳躍を行うつもりなのだ。

 ほぼ光速まで船を加速させ、その運動エネルギーを空間に作用させ、離れた二点間を繋ぐ特異点を作り、そこを潜り抜ける事で一瞬で何十光年という距離を飛び越える。これが空間跳躍航法である。

 簡単に説明すれば、紙面の両端に描かれた二つの印。それを最短で結ぶに当たって、線ではなく紙そのものを曲げて印し同士をくっつけるという方法に近い。

 そして空間を紙のように曲げるには、膨大な運動エネルギーが必要であり、そのエネルギーを得るために船を、ほぼ光速まで加速させる必要があるわけである。

 ナルミは伊達に宇宙港へ出入りしているわけではない。船乗りの持つ知識も、中途半端とは言え身につけているのだ。

 アスタロスに連れて行かれる前、ミカサに言われた言葉を思い出す。

『たぶん……いや絶対に、普通の人が見る事のできない世界が見えると思う』

 今のナルミは、その普通の者が見る事のできない世界、その入り口にいる。そう気が付いたわけである。

 まずミカサに視線を向け、次いで発砲されても相手を撃たなかった副長。最後に船長に視線を向ける。

 彼らが本当に悪人だったのなら、ナルミ自身、既に生きていないはずだ。でも、まだ誰も殺さず、人死にの出ない方向を模索している。

 信用に足るとは言い切れない。が、逆も然りである。

 ……行動しなかった結果の後悔は、行動した結果の後悔より大きい。まあ、その被害を受けるのが自分だけの場合で、周りにまで迷惑を及ぼすなら色々と考えにゃイカンけどな。

 ナルミの来ているスペース・ジャケット。それをくれた船乗りの言葉だ。

 確か、恒星間貨客船、遊馬の航術長になったとか。

 軍人崩れの言葉は重いねぇ……などと、一緒に雇われた男が茶化してたのが印象に残っている。

 親しい友はいる。心配してくれる人もいる。でも、家族と呼べる者達かと問われると返答に困る。

 だから、一時、自分が姿を消しても、そこまで迷惑をかける事はない。

 ナルミは大きく息をつく。

 ナルミにとって、宇宙港は閉じた扉だった。

 扉の向こうには無数の世界が広がっているが、その向こうには行く事ができない。それでも、開く事のない扉まで、頻繁に足を運んできた。

 扉の向こうの匂い、それを纏わせてくる船乗りたちに会うためである。

 そして、今、自分は、その扉の向こうにいるのだ。

「なら、その時にお願いします」

 ナルミの言葉に、船長は一瞬、しまったという表情を浮かべる。だが、すぐに苦笑いに変わる。

「ま、船内時間で一週間だ。外の人間だし、ウチの連中の刺激にもなるだろ……ミカサさんにイリヤ、あと副長。面倒、見てやってくれ」

 追い出されるかと思いきや、とりあえずは同行させてくれるらしい。

 副長は、相変わらず表情が読めない。ミカサは何故か楽しげだった。そしてイリヤは、状況が読めないのか怪訝そうな表情を船長へ向ける。

 こうしてナルミは、このアスタロスに一時とは言え、留まる事になったわけである。

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