7・魔術師の剣
格納庫の中には、大きな黒い戦闘機が一機。そして十数機の黒い小型戦闘機。いずれもコックピットにあたる部分も、装甲に覆われている。そして尾翼には髑髏を抱いた女神の紋章。
戦闘機だと判ったのは、遠目にも判る大きな砲を付けていた為だ。
いずれも、翼を持つ戦闘機だった。つまり、大気圏内では空気を切り裂いて飛ぶのだろう。
大きな戦闘機は後退翼……つまり翼端が後ろを向いているのに対し、小型機は翼端が前へ向かっていた。前進翼である。
そして格納庫内には、五人ほどの誘導係と、壁際に整然と立ち並ぶ同じ装甲に身を包んだ人の姿……
いや、人間ではない。作業員と比べ、明らかに体が一回り大きいのだ。そして全身鎧のような金属に覆われた外観。パワードスーツだろう。
三体ほど、とりわけ大きな物があった。他は身長二メートルほどの細身であるのに対し、その三体は三メートルに迫る巨体で丸みを帯びた体が特徴的だった。
「沢山あって小さい方が強化外骨格。大きい三つが動甲冑って呼ばれてる。中に人が入って動かすんだけど、無人でも動けるわよ」
ナルミが何を見ていたのか気づいたようで、ミカサが説明してくれた。
突然、コックピットのキャノピーが真っ暗になった。直後に空気の吹き出す音と同時にキャノピーが開いた。
キャノピーを開く為に、モニターの電源を落としたのだろう。
ナルミは開いたキャノピーから身を乗り出し、乗ってきた機体を確認する。この機体は、格納庫にある大きな戦闘機と同型だった。
確か無線から流れてきた声は、この機体をブラックホークと呼んでいた。
「これがブラックホーク?」
ナルミの言葉に、ミカサは声を出さずに笑ったようだ。
「そう。大型戦闘攻撃機、スーパー・ブラックホークね。その先行量産機。あたしの国も大艦巨砲主義に流れちゃったんで、量産化は見送られ、お蔵入りした機体よ」
説明を受け、ナルミの興味はミカサ自身に向けられる。
「ミカサさんは、船長とは違う国の人なんですか?」
つい今し方、ミカサは『あたしの国も』と言った。その言葉から、ナルミは判断したのだ。
「そう、でも何処の国かは秘密。あなたがお家に帰った後で本気で調べれば、特定できちゃうでしょうけどね」
ナルミと同じ日本語を母国語とする国。
でも、ディアス多星系連邦を構成する国ではないはずだ。ディアス構成する国に、日本語を母国語とする国は多くない。
でも、現状でナルミに判るのは、その程度でしかない。
コックピットに階段状のタラップが取り付けられる。
ミカサに手を引かれ、ナルミはコックピットから降りた。既に貨物船の乗員達は、降ろされていた。
自分たちよりも数が多く、そして武装した男達の姿を見て、貨物船の乗員、その大半は萎縮してしまっている。だが、貨物船の船長とおぼしき男だけは、毅然とした態度を崩してはいない。
「こんな事をして、無事で済むと思うのかっ!」
その言葉に、副長は応えない。
臆したわけではない。空気の如く、気にも留めていないのだ。
「船長は?」
『今、格納庫へと向かっています』
副長の問いに、スピーカー越しの中性的な声が応える。恐らく機械音声だろう。
格納庫は、ずいぶん広かった。
所々に支柱こそ立ってはいる物の、サッカー場が二面は取れそうな面積があるだろう。天井だって高い。言われなければ、ここが船の中だとは気づけないだろう。
「船長って、公園に居た、あの男の人?」
「アオちゃんから、それっぽい話は聞いてる。断定できないけど多分そうじゃないかな?」
ナルミの問いにミカサが答えている間に、この船の乗員隊がエレベーターの前を固めてゆく。人垣で、エレベーターの前に一本の道を造ったのだ。
ただ、全員ではない。半数だけだ。残りの半数は、貨物船の乗員の牽制に回っていた。
それを横目で見たミカサが、大きく溜め息をつく。
「旦那は、そういうのを嫌がるよ?」
だから、やるんだろうけどね……そう小さな声でミカサが付け足したのを、ナルミは聞き取った。
エレベータの位置表示が、徐々に格納庫へと近づいてくる。
扉が開くと同時に、向き合った隊員が、道を塞ぐかのように銃をかざした。そして、扉に近い者達から順に、真上に銃口を向ける形で銃を構え、道を開く。
ナルミは知らないが、彼らが行ったのは迎え儀仗……賓客や重要人物を出迎える為の軍隊における歓迎の儀式である。
まるで綺麗なドミノ倒しを見ているかのように、壮観な光景だった。
だが、扉から出て来たのは、栗色の髪をした青い目の少女、一人だけだった。つまり、彼女が船長なのだろうか?
「あのオッサン……裏をかいてきたわね」
ミカサの呟きに、ナルミはやっと、あの少女が、この船の船長ではないと理解できた。
年の頃は十代半ばを過ぎた程度。ナルミより数歳年上のようだが、あの出迎えを受けても顔色一つ変えないのだ……ただ者ではない。
「イリヤ大尉。船長はどちらに?」
イリヤ大尉と呼ばれた少女は、自分の右手を見て、数でも数えるかのように指を折ってゆく。
「貨物用エレベーターで、今、降りてきたところ」
その言葉と同時に、離れた壁面にある扉が開いた。
「貨物用エレベーターは、でかすぎて落ち着かないな……」
ぼやくように言いながら、見知った男がエレベーターから降りてくる……船長だった。
「船長。お戯れが過ぎますよ?」
副長の言葉に、船長は声を出さず笑う。
「今に始まった事じゃないだろ?」
その言葉に、副長は諦めたように溜め息をつく。そしてナルミは、隣のミカサも同様に溜め息をつくのを気配で察した。
巡視船との距離は十分だが、ここに長時間アスタロスが留まっているのは拙い。
遠目にも判る戦闘艦で、ディアスの基準で考えれば超大型艦である。何もせずとも周囲の注目を集めてしまうのだ。
……まあ、当然、考えてるだろうけどね。
そう思いつつ、ミカサは船長に視線を向ける。
「で、旦那。この連中をアスタロスに連れ込んでどうする気?」
ミカサの問うが、船長が口を開いた相手は副長だった。
「もう一仕事頼みたい。連中の船から人数分の『カンオケ』と積み荷の麻薬を少しばかり持ってきてくれ」
その言葉でミカサは船長の考えが理解できた。この連中を宇宙に放り出すのだ。積み荷の麻薬と一緒に、である。
カンオケとは、宇宙船に積まれる脱出用カプセルの隠語である。脱出したは良いが、救助されずカプセルが棺桶になってしまう。そういった事態が間々あるが故に付けられた隠語であった。
ただ、ここなら本当に棺桶になるという事はないだろう。
天道中継点の近くであり、既にアスタロスは中継点の管制に捕捉されている。
そこまで考え、ミカサは船長の考えを理解した。
船長は、放り出した連中の救助を理由に、アスタロスを見逃す口実を巡視艇に与えるつもりだ。
武装があるとは言え、巡視艇は大きな物でも百メートル級。対しアスタロスは一千メートルを超える大型艦だ。仮に戦闘となったら勝負にならない。
麻薬と一緒に脱出カプセルに詰めるのは、連中を哀れな被害者にしないための布石である。素行から察し、調べれば何かしら証拠が出てくるだろう。疑惑の目さえ向けさせば、あとは中継点の者達が片を付けるはずだ。
副長が部下の男達に無言で視線を向けると、数人が動き始めた。
……自分も部下を回すべきか?
そう思いはしたが、動甲冑が動き出したのを見て手出しは無用と判断する。
「アンタが船長のようだが……クルフスの船に手を出して無事で済むと思うのか?」
貨物船船長が船長に詰め寄る。
「船籍はディアスになってるが、クルフスの雷鳴級……サンダークラップ級高速輸送艦だな。そしてクルフス星間共和国は麻薬には五月蠅い国だ……軍から逃げ出した不良軍人が麻薬組織を立ち上げたってトコロかね?」
船長の言葉に、貨物船船長は愛想笑いを浮かべる。
「お前達はサイレンの残党だろう……仲間に入れて貰えるよう、ウチのボスに掛け合ってやる……アルテミス級を改造した砲艦一隻で何ができるって言うんだ?」
……小物ね。
その言葉で、ミカサは貨物船船長を、そう断じた。
確かにアスタロスはアルテミス級と呼ばれる艦を原型にして造られてはいる。それを見抜いた眼力は評価するが、船長の顔を知らないようでは話にならない。
船長の顔はクルフスでも知られているはずだ。この男も、アルテミス級を知っているなら名前ぐらいなら聞いた事があるはずだ、それほどの有名人である。
「何ができるってね……俺はコイツで銀河を征服してやるよ?」
背後の気配に気づきミカサが振り返ると、身を強張らせたナルミの姿があった。
……この子に、銀河征服の話を最初にしたってワケね。それを知ったら、アオちゃん落ち込むわよ?
副長の事を思い、ミカサは内心苦笑する。
アオちゃんこと副長は、船長の副官役も務めているのだ。船長が腹の内を自分より先に部外者に語ったとなれば、当然、疑問も持つだろう。
だが、船長が持つ戦力はアスタロス一隻と、その艦載兵器のみだ。銀河征服など不可能なはずだが、こういった場で口にした。
……つまり、何か策がある。あたしにゃ全く考えも及ばないけどね。
ミカサは、そう思い考える事を放棄した。『百戦無敗』の異名を持つ船長の考えは、一介の戦術指揮官である自分には図りきれない。
だが、ミカサ自身も並の軍人ではない。
人類圏に、その名を轟かせた伝説的な戦闘機乗り『神速の魔術師』の片腕を務めていた時期もある。
それ故、二つ名は『魔術師の剣』……公式撃墜数二百機を超えるトップエースである。