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虚空の支配者  作者: あさま勲


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69・不穏なる未来

 副長はジーンの刀を手に取り鞘から抜こうとする。

 が、抜けない。

 使用者を限定する制限が付けられているのだろう。

 だから、震電を抜き分子振動刃の機能を使い、鞘を破壊した。

 刀身半ばで断ち斬られたジーンの刀が床へと落ちる。

「ジーンのあの抜刀は、欠けた刀身による間合いを補うために鞘を使った……単に、それだけです」

 だから、ジーンの刀が万全だったら、その斬撃は空振りに終わっていたはずだ。そこから突きに切り替えるにしても、鞘尻を掴んでの打突より生じる隙は大きくなる。

 副長がジーンの刀を断ち斬らなければ、あのまま船長が勝っていたはずだ。

「刀が折れていたのか……」

『いえ、副長殿に断ち斬られました。木刀剣術……そう言われましたよ。確かに木刀剣術です。振動刃の性能に頼りすぎていましたね……』

 まともに声を発する事も難しいだろうジーンから、言葉は発せられる。が、ジーン自身の発した声ではない。ジーンの端末が声を発したのだ。

「コイツは影武者か?」

『本人ですよ……BMIを使って、端末を介して声を発しているだけです』

 副長は、ジーンに震電の切っ先を向ける。

 船長が一言命じれば、このままジーンに止めを刺すつもりである。

「俺は、お前を殺すつもりだったが……痛み分けで終わったか」

『まだ僕を殺す手段はあるでしょう?』

 船長に代わり、自分がジーンを殺す……そう言う前にジーンが言った。

「何故、命乞いをしない。命は惜しくないのですか?」

 ジーンは何も言わない。ただ苦しげに笑うだけだ。

「惜しくはないようですね……我ら三人を退けた際のジーンは、半ば捨て身でした」

 気が付いていたのだろう。ジンナイが身を起こして言う。

「ジンナイ。お前も捨て身で挑んでいただろう?」

 ジンナイの砕けた右手。それを見て船長は苦笑する。

 ジーンの額に刻まれた傷。これはジンナイによる物だろう。

 ボルトとケント。そしてミカサも目を覚ました。いずれも、大した怪我はしていないようだ。

 船長は、しばしジーンを眺め、そして苦しげに溜め息をついた……恐らく、肋骨が折れているのだろう。

「誰か、ハミルトンを動甲冑から出してやれ……仲間外れにされてると泣いてるぞ」

 その言葉で副長は、もう船長にはジーンを殺す気は無いのだと悟った。

「ジーンに止めは刺さないので?」

「このジーンの話に乗るのも悪くないだろう。アスタロスの修理と補給を帝国が引き受けてくれるそうだ」

 副長は、船長から貰った白檀の扇子で口元を隠す。

『ジーン・オルファンは、船長の死を予言しました』

 声に出さず船長に、そう伝えた。船長は唇の動きを読めるのだ。意味は通じたはずだ。

「人間、必ず死ぬ」船長は副長を見て笑う。そしてジーンに向けて言葉を続けた。「……わけだが、ジーン・オルファンよ。クルフスとの戦争が終わって、さらに半世紀ほどの猶予を申し出たが、その時、お前は生きているのか?」

『どうも、元気に生きてるみたいですね』

 船長はジーンに背を向ける。

「では、その命。戦争終結から半世紀ほど待ってやる。交渉は、互いに傷を治してからだ」

 船長もジーンも、治療を受ければ数日程度で完治するはずだ。長い時間が必要になるわけではない。

 副長はジーンに視線を向ける……ここで、ジーンを殺しておくべき。そう思っているのだ。が、船長はジーンの命に猶予を与えた。ならば不本意であっても従うしか無い。

 ケントが動甲冑を開き、中からハミルトンが這いだしてくる。

 ハミルトンは無傷だが、動甲冑は集中制御装置を破壊され機能停止していた。

 副長は、銃と振動刃だけでハミルトンの駆る動甲冑に勝つ自信は無い。が、ジーンは勝って見せた。

 同時に、ジンナイとケントも相手にしながらだ。

 溜め息をつくと、副長は船長に並ぶ。

「ジーン・オルファンを超える使い手になる……それを今後の目標とします」

 船長を守るには、今のままでは駄目なのだ。

「ああ。俺は無理だが、仕込めば副長とハミルトン、あとボルトあたりならジーンを超えられる。だから、しっかり仕込んでやるよ」

 やはり、船長もジーンに勝てなかった事が悔しいのだ。が、身体能力で船長はジーンに大きく劣る。だから、ジーンと同等以上の身体能力を持つ自分たちに打倒ジーンを託したわけだ。

 ……ジーンを殺さなかった理由。それはこれか……

 ここでジーンを殺せば、ジーンに勝ち逃げを許してしまう。そうなれば船長は、自分を許さないだろう。何より副長自身が、自分を許さない。

 ……船長。私が貴方を守ります。

 副長は声に出さず呟いた。

「また遊びましょ?」

 楽しげにミカサがジーンに声を掛かる。

『ご勘弁』

 ジーンは言うが、猶予期間内であっても、また闘り合う事もあるだろう。

 その時は勝ち、ジーンを締め上げ『黒衣の未亡人』という不名誉な二つ名。その回避の術を聞き出してやるつもりだ。

 まだ、あの二つ名が冠されるまで時間はあるだろう。

 船長の様子、自分に対する態度から察し、当分、先の話になるだろうから。



 ジーン諸共、コサカ女史はオルトロスへと連れて行かれた。

 ……基本的な構造は、ディアスと変わらないのね。

 オルトロスの艦内を見て、コサカ女史は思う。

 大破漂着したクルフス艦を検分した際は、無機物でありながらも、どこか生物めいた印象を受けた。が、帝国艦はディアスの船舶と同様、機械といった印象である。

「希望するなら、艦内を案内するよ?」

「是非にも……って、片肺が弾けたって聞いてたけど、もう動けるんだ?」

 その言葉にジーンは苦笑する。

「破れて穴が開いただけだよ……応急処置で塞いで、今はナノマシンで修復中」

 ジーンの来ている見慣れないベスト。これは治療用ナノマシンへのエネルギー供給装置だろう。

「帝国スメラのナノマシン・テクノロジーも、相当な水準ね……」

「VIP治療用の高級医療装置だよ。クルフスみたいに一般レベルまでの普及は、まだまだだ」

 自虐的にジーンは笑う。

 帝国スメラの技術がクルフスに及んでいないと言う事に対してか、それとも自分がVIPだという事実に対してか。

 その自虐。それはジーン自分自身に対しての物だ……そうコサカ女史は思う。

「で、アタシは何をすればいいの?」

「在りたいように。成したい事を……未来を知っていようと知っていまいと、結局、僕の知ってる歴史どおりになった。散々足掻いたけれど、歴史は変えられなかった。だから、何も知らない方が幸せだ」

 ジーンの自虐は、無力感による物だろう。

「でも、アナタは知っている。アタシに未来を教えたくないなら、それでも良いわよ。でも、アナタは足掻き続けなさい。何もせず、やっぱり駄目だったろ? なんてふざけた言葉を吐くんじゃない……貨客船と貨物船。着宙直後の接触事故。アナタは、それを予言しておきながら、回避のための手を一切、打たなかった」

 ジーンがコサカ女史に接触を取って間もない頃、ジーンは事故を予言していた。

 そして予言通り事故が起こり、千人以上もの死者が出たのだ。

 ディアス史に残る大事故である。

 あの事故については、コサカ女史も同罪だと思っている。ジーンの予言を一切信用せず、事故回避のための手を何も打たなかったのだから。

「十億の人間……それを救おうとして足掻いて、結局駄目だった。あの事故も、やっぱり防げなかったと思う」

 コサカ女史は、ジーンに平手を振るう。が、あっさり避けられた。

「だとしても、アナタが足掻いた結果が、アナタの知る未来に繋がっているんじゃないかしら?」

「かもね……だから、頑張りたい時だけ頑張るよ」

 その言葉に、コサカ女史は溜め息をつく。

 このジーン・オルファン。悪人ではない。だが、ある意味、悪人より質が悪い『壊れた』人間なのだ。



 ……三日後。

 天道中継点の監視が及ばない宙域で、アスタロスとオルトロスがランデヴーする。二隻は併走しつつ、連絡通路で繋がった。

 通路を渡り、最初にアスタロスへと踏み込んだのは、ジーン・オルファンではなかった。

「お久しぶりです閣下っ!」

「おや、サリバンじゃねーか……」

 ジーンのつもりで出迎えに出た船長は、面食らったように呟いた。

 サリバン二等少佐……アスタロスことイシュタル級の主任設計士である。

 サイレン分解後、帝国に身を寄せていたのだろう。

「新技術のテストベッドとしてイシュタルを使うとの事で、主任技術者として私が出向する事になりました!」

「帝国で、何年技術を学んだ?」

「かれこれ十年以上になりますね……光子バッテリーは画期的な技術です。このイシュタルにも搭載できますよ?」

 嬉しげに言いつつ、端末からデータを呼び出しつつ開示する。

 サリバン少佐は、イシュタル級の事を熟知している。その上、帝国の技術も学んでいるのだ。当然、帝国人にも知り合いはいるだろう。

 このアスタロスが、帝国に牙を剥かないための楔としても使えるわけだ。

 船長は溜め息をつく。

 有り難いと言えば有り難い。厄介と言えば厄介な人材を、ジーンは送り込んできたわけだ。

 それも、この結果を見越しサリバン少佐を連れてきていた、と。そして、こうやって帝国と交わる内に、段階的に飼い慣らされてゆくだろう。

 ……気に入らなきゃ、遠慮なく噛みつくけどな。

 内心呟きつつ、船長はジーンを一瞥した。

「もし、無敵級と遭遇する事があったら何とか捕まえて欲しい。お願いしますよ閣下?」

「できるか馬鹿っ!」

 目が合った途端、ジーンが、とんでもない事を言ってくる。

 恐らく、無敵級に使われているナノマシン技術を解析したいのだろう。が、アスタロスで無敵級に勝利するのは、もう無理だ。手の内を知られてしまったのだ。

「大丈夫。閣下ならできます」

 そのジーンの言葉。それは、いわば『予言』である。だから船長は、ひたすら気が重かった。

 ジーンの言葉によれば、いずれ再び、あの無敵級と相見える事となるのだ。

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