68・支配者vsペテン師
ジーンは深呼吸する。そして、呼吸が整った所で、切断された呑龍の刀身を回収し鞘へと収めておく。
……木刀剣術か。触れた対象を分子レベルまで分解できる刀だから、断ち斬る技術は不要……そう思っていたけど、やっぱり必要か。
内心呟きつつも、ジーンは副長を賞賛する。
この勝負、正攻法では勝てなかった。だから副長を怒らせ、ペースを乱し隙を作るという小細工が必要となったのだ。
「銃での勝負になったら、色んな意味で洒落にならないからなぁ……」
互いに防弾装備を身につけている。決定打を与えるには剥き身の頭を狙うしかないが、それでは相手を殺してしまう。
そうなれば『海魔の王』との話し合いは成り立たなくなる。
……それが狙いなのかな?
ジーンは思う。
コサカ女史がジーンをアスタロスに売った……想定内なので腹は立たない。むしろそれを利用させて貰っている手前、感謝すらしている。
だが、売ったと言う事は、クルフスの追っ手を退けた……その情報もアスタロス側に渡っていただろう。
だからこそ、最精鋭をぶつけてきたのだろうが、最初の三人を退けた段階で策を練り直しても良かったはずだ。
「けど、そのまま、アスタロスのナンバー2にして自らの片腕でもある副長をぶつけた……」
副長を失うのは、相当な痛手となる。それを承知で船長は副長にジーンを殺せと命じた。
「もし、副長が……そして差し向けた者達の誰かが死ねば、俺がお前を許さない理由にできるからな」
端末越しではない『生』の『海魔の王』の言葉である。
視線を向けると、『海魔の王』たるアスタロス船長が単身、そこに立っていた。
直接、『海魔の王』と話をするのは、サイレン・クルフス戦争の講和仲介を頼まれた時、以来だ。
『海魔の王』……船長は、コサカ女史から提供された防弾コートを纏い、手には一振りの日本刀を握っていた。他にも、銃や暗器を隠し持っているだろう。
対し、ジーンの暗器は完全に打ち止めである。刀身半ばで断ち斬られた呑龍。あとは拳銃が一丁に予備の弾倉が幾つか……その程度だ。
もう、これ以上の戦闘は、ジーンには厳しい。できれば、話し合いだけで決着を付けたいが、船長の出で立ちから察して期待薄である。
「互いに時間感覚はズレがあるだろうけど、それでも久しぶりである事には変わりはありませんね……お久しぶりです。ガトー元帥閣下」
船長は、ジーンには答えず倒された部下達を見回す。
「ハミルトンにケントとジンナイ。ミカサさんにボルト、そして副長……よくもまあ、これだけの連中を殺さず退けたモンだ」
動甲冑からは、ハミルトンの呻き声が聞こえる。そして気を失っている五人は、皆、息をしているのだ。
「最初の三人を退けた段階で、策を練り直してくると思ったんですが……」
その気があれば、アスタロスの海兵隊を引き連れ、ここに乗り込む事もできたはずだ。
「そんな時間はなかった……いや、副長たちが時間を稼いでくれたから時間はあったな。俺が兵隊を連れて、ここに乗り込む事もできた」
だが、船長はそれをせず、単身、乗り込んできた。
「何故、兵隊を連れてこなかったんです?」
「お前が本当に『未来人』かどうかを見極めようと思ってね……宣言どおり『非殺』を貫き、この場を切り抜けれられれば『未来人』たる確証が得られる。ならば、お前の話に乗る価値は十分ある」
船長の言葉に、ジーンは安堵の息を吐く。
なんとか話は纏まりそうである。
「では、アスタロスの修理と燃料弾薬の補給等の支援は、帝国スメラが引き受けましょう。かわりに、アスタロスには新兵器のテストベッドと戦闘データの収集をお願いしたい」
本音を言えば帝国の将官として迎え入れたいが、帝国宇宙軍の上級将官達が難色を示しているため難しいのだ。
それと、もう一つ。
ガトー元帥を迎え入れれば、帝国の軍門へと降ったサイレン将兵は、より強固に団結するだろう。が、そのサイレン将兵が、元帥に言われるまま帝国に反旗を翻したら……それを恐れているのだ。
帝国は……ジーンは、ガトー元帥を信頼しきれていないのだ。
サイレン本星の破壊。それにジーンも一枚噛んでいたのだ。だから、恨まれているのは重々処置している。
ガトー元帥を迎え入れるという事は、帝国内にトロイの木馬を持ち込むような物。そう考えているのだ。
「俺に、帝国の犬になれとは言わないのか……?」
「望むのであれば、帝国宇宙軍の将官としての地位も約束できますけど、お望みですか?」
それは無い。そう思っているからジーンは言った。が、元帥を中心として結束した元サイレン将兵によって構成される強力な艦隊は魅力的である。
とは言え、元帥自身に、その気があれば、既にサイレン残党達との合流を果たしていたはずだ。
「首輪を付けられるのは、もう御免被る……餌付けぐらいは構わないけどな」
船長の言葉に、ジーンは安堵の息を吐いた。
直後に、無意識の防御反射を行っていた。
船長が繰り出した強烈な掌打。それを両手で受け止め、身体を浮かす事で衝撃を逃がしていた。
「殴りたいなら、事前に申告してください。じゃないと、無意識に防御行動を取ってしまいますので……」
ジーンの言葉に船長は笑いつつ抜刀する。抜刀後、刀身が紫電を帯びる。
「じゃあ、今から斬り殺すから避けるな……もし避けるならば、俺を殺さず退けてみろ。副長達を退けたようになっ!」
船長の最終試験というわけである。
ジーンは間合いを取りつつ、呑龍に手を掛ける。
が、呑龍は、刀身が半ばで断ち斬られている。こんな刀では、勝負にならないだろう。
斬り合いになったら勝負にならない。だから居合いの型から鞘ごと引き抜きブン殴る。振動刃の鞘はバッテリー内蔵の充電器としての機能もある。鈍器としても十分使えるのだ。
「閣下には『間合いの支配者』の二つ名がありましたね。でも、僕にも『間合いのペテン師』の二つ名があるんですよ?」
支配者すらもペテンにかける……ジーンは、そう言って挑発しているわけだ。
ジーンは間合いを可能な限り広く取る。船長との距離は五メートルほど。もはや刀の間合いではない。
「オルミヤ流合気柔術・奥義『轟』っ!」
極端なまでに広く間合いを取った事で、ジーンの狙いは読まれていた。だから、あえて奥義の名を叫ぶ。
ジーンの軍用拳銃から放たれた十数発のハイブリッド弾。それが推進炎による光の軌跡を描いた。
光の軌跡は、船長の手前で湾曲して逸らされていた。防弾コートによる障壁が、銃弾から船長を守ったのだ。
「武を極めた者に、銃は効かんよ?」
「個人用の障壁でしょう。僕も使いましたよ?」
ジーン自身も、似たような物を使っている。だから驚きはしない。
間合いを取りつつ弾倉を入れ替える。そして再び連射を見舞った。
ハイブリッド弾の連射は、再度逸らされた。が、ジーンにとっては想定内である。
ジーンの狙いは、船長の防弾コート。そのバッテリー切れなのだ。
この防弾コートの障壁作動中は、銃弾を躱す意味はない。
弾道から数十センチ以下の距離で身を躱すわけだが、距離が近いためコートの障壁が作動してしまうのだ。
だから、下手に避けて体捌きの癖を知られないためにも、船長はコートの障壁に銃弾への防御を委ねていた。
が、ジーンが三つ目の弾倉を装填したあたりで、流石に拙いと思い始めていた。
吐き出される薬莢から察し、357マグナム弾だろう。ただのマグナム弾ならコートの防弾性能で楽に耐えられる。が、ハイブリッド弾となると防弾性能だけに任せてはおけない。
ライフル弾並の弾速にまで加速するため、着弾の衝撃で薙ぎ倒されてしまうのだ。薙ぎ倒されては、ジーンに対し致命的な隙を作る事となる。
だからこそ、障壁で弾を逸らしているわけだが、そろそろコートのバッテリーが切れる。
三度目の連射は、流石に回避行動を取った。
コートが障壁を展開したが、避けられたのは最初の五発までだ。残りの十発前後は『機』の流れから弾道を予想し一部を回避、もう一部を振動刃で分解した。
安堵したかのようにジーンは笑うと、拳銃を捨てた。
ジーンの弾切れが先か、船長のバッテリー切れが先か。そんな状態で、ジーンは銃を使っていたのだ。
「バッテリーは切れたが、お前も弾切れだろう。笑ってられるのか?」
「終わりが見えれば、そりゃ嬉しくなりますよ」
言葉を交わしつつ、ジーンは腰の刀に手を掛ける。
ジーンの背後には、副長が倒れている。そして副長に譲った刀……震電は、その腰の鞘に収まったままだ。
目に見える怪我はないようだが、髪が一部乱切りになっている。
……つまり、剣術勝負で副長を打ち負かしたのか。
刀が鞘に収まっている事から察し、抜刀術で勝敗が決したのだろう。
ハミルトンにケント。それにジンナイの三人が、ジーン相手に敗北した……その過程は、コサカ女史が中継してくれた映像で知る事はできた。
が、副長たち三人が、ジーンにどう退けられたのかまでは船長は見てはいない。
映像は、傍受されにくいレーザー回線を使い船長の乗る連絡艇へと中継されたのだ。そのため、連絡艇を降りて以降に行われた副長たちの戦いまでは見届けられなかったのだ。
だが、状況から察する事はできる。
副長は、剣以外の武器を使った形跡はない。そして剣術だけなら、副長は船長を凌ぐ技量がある。
……コートのバッテリーも切れた。斬り合いになったら、こりゃ負けるな。
船長は声に出さず呟く。
平静を装っているが、実は息が上がりかけていた。
船長は、古い技術で強化された中途半端な強化人間である。反射神経と筋力は強化されているが、それに心肺機能が追いつかないのだ。
短期間の勝負ならともかく、持久戦に縺れ込んだら早々にスタミナ切れを起こす。
大きく深呼吸すると、刀を収め居合いの構えを取る。それに呼応するよう、ジーンも居合いの構えを取った。
ジーンの剣技は見ていないが、副長を剣で退けた実力者である。そして身体能力では、船長を大きく上回っているだろう。
……だから、一発芸に賭ける。
船長は、覚悟を決めた。
互いに居合いの構えのまま距離を測る。一歩踏み出せば、相手を刀の間合いに捉えられるのだ。
……初撃を捌き後の先を取る、か。
ジーンの構えから、船長はそう判断する。
分子振動刃は、作動中に触れた、ほぼ全ての物質を分子レベルまで分解する。いわば当たりさえすれば、如何なる装甲をも切り裂く必殺武器である。
船長の刀は高速振動刃、紫電を元に分子振動刃化した刀で銘は紫電改。サイレンで作られた最初の分子振動刃である。
肉厚、蛤刃の日本刀を模した造りになっている。
ジーンの刀も間違いなく分子振動刃だ。動甲冑の装甲を貫くなど、単なる振動刃では不可能なのだ。が『非殺』の縛りで刀を振るう以上、作動させず峰打ちを狙ってくるだろう。
……コートの耐弾性で峰打ちの衝撃は八割方、防げるな。
剥き身の所に喰らわない限り、衝撃は分散される。よって、決定打にはならない。
この勝負、船長が圧倒的に有利なのだ。
しばらく睨み合いが続く中、副長に意識が戻ったようだ。
ゆっくりと身を起こしたのを見て、ようやく船長が動く。
このまま睨み合いが続けば、副長に横槍を入れられてしまう。それに、睨み合っているだけでは埒が明かない。
コートの耐弾性に頼る事はできた。が、武術家としての意地が、それを許さなかった。
ジーンには、踏み込み切り掛かってくる船長の姿が見えたはずだ。
ハミルトン相手にジーンが使った技。奥義『幻影』……実際とは異なる『機』の動きを演じる事で挙動を誤認させる技である。その奥義を船長も使って見せたわけだ。
船長が踏み込んでくると誤認し、ジーンは抜刀の動作に入る。が、船長は飛び退きつつ腕の仕込み銃をジーンへと向けた。
奥義『轟』である。
まだ動作の途中。引き延ばされた時間の中で、船長はジーンが鞘ごと刀を引き抜いている事に気付いた。そして左手で鞘尻を掴むと、今度は左足で大きく踏み込んでくる。
……読まれていたっ!?
真剣の切っ先を素手で掴む事などできないが、鞘ごと掴めば問題ない。そして鞘ごと剣を引き抜き、鞘尻を掴んでの左手による突き……狙いを読んでいなければ、こんな事はできないはずだ。
船長の仕込み銃。垂直二連のデリンジャーが、二発のハイブリッド弾を吐き出した。
その銃弾がジーンの右脇を捉えると同時に、ジーンの繰り出した突き。鞘ごと引き抜かれた刀、その柄頭が、コートの間を縫って船長の胸を強打した。
あばら骨が砕ける嫌な感触。
船長は蹌踉めき、そして片膝を付く。
この状況で動けば、折れた肋骨が内蔵を傷つけ命に関わる。対し、ジーンは、立って船長を見下ろしている。
「引き分け……で、手を打って欲しい」
どこか苦しげにジーンは言う。
ジーンは引き分け。そう言ったが船長は、そう思ってはいない……完敗である。
「引き分けだと……?」
船長は問うが、ジーンは、もう何も応えなかった。
船長がジーンに切り掛かる。
そんな幻を、副長は確かに見た。
ジーンにも見えたはずだ。でなければ、虚を突かれたかのように、目を見開いたりはしないはずだ。
が、ジーンは慌てなかった。
鞘ごと引き抜いた刀。その鞘尻を掴んで、左手での強烈な突き技へと即座に切り替えたのだ。
ジーンの突きと船長の放った銃弾は、互いの身体を捉えていた。
船長の放った銃弾は、銃声から察しハイブリッド弾だろう。が、ジーンは薙ぎ倒されてはいない。
ジーンは片膝を付いた船長を見下ろし、そして刀を降ろした。
「引き分けで手を打って欲しい」
苦しげなジーンの言葉。対し、その提案に船長は納得していないようだ。
「引き分けだと……?」
船長としては挙動を読まれていた段階で負けた……そう思っているのだろう。が、副長の見立てでは、ジーンの宣言通り引き分けである。
ハイブリッド弾を喰らってもジーンは薙ぎ倒されなかった……つまり、着弾の衝撃が身体に吸収されたわけだ。
恐らく立っているだけで、精一杯の状況だろう。
副長は立ち上がった。痛みはあるが、刀を振るうぐらいはできる。
「引き分けですね……もっとも、状況的には我らの勝ちとも言えますが」
そう言い、鞘に収めたままの震電で、ジーンの胸を叩く。
立っているだけで精一杯だったのだろう。胸を叩かれたジーンは、吐血し崩れ落ちるよう倒れる。
もう、ジーン・オルファンには、抵抗する余力は無いのだ。




