67・鉄の魔狼
ジーンは、刀を鞘に収めると腰へと差した。
……刀での勝負なら、受けて立とう。
副長は内心、そう呟くと震電を正眼に構える。
それに呼応するように、ジーンも抜刀した。
右手で刀を握り、肩に担ぎ上げる半身の構えである。
剣道の構えではない。何かしら剣術の心得はあるのだろうが、手の内は、まだ読めない。
……では、お手並み拝見。
初太刀から必殺を狙い斬り掛かるが、ジーンは後退して避ける。続けての斬撃も、悉くジーンの刀によって捌かれた。
……刀を防御に使う事に抵抗がない、か。
副長は声に出さず呟く。
刀を打ち合えば、刃がこぼれ、場合によっては折れる事もある。故に剣術家は、刀を防御に使う事を嫌がるのだ。だが、ジーンは違う。
副長は腑に落ちぬ物を感じつつも、ジーンの間合いの取り方に舌を巻く。
ジーンは、紙一重で間合いを外してくるのだ。
確かに強い。それは副長も認める。だが、ジーンの剣術には、どこかチグハグな印象を受けた。
「では、本気を出しましょう」
「じゃあ、僕も本気でもって応えよう」
副長の言葉に、ジーンは楽しげに言う。その口調が、副長を苛立たせる。
ジーンは、明確な意図を持って副長の神経を逆撫でしていた。
二人の刀が、同時に紫電を帯びる。
先に動いたのはジーン。
大きく踏み込みつつの袈裟斬りである。
それを副長は後退して避けるが、ジーンは逆袈裟で切り込んできたので再度、後退する。
間合いは外した。ジーンも気付いているはずだ。にも関わらず、ジーンは大きな動作で刀を振るっている。
……空振りすれば、致命的な隙を作る事など判りきっているだろうに。
副長は、そう思ったが、それが間違いだとすぐに気付いた。
「はい、僕の勝ち」
ジーンの言葉と同時に、首元の髪が弾ける感覚。分子振動刃により、副長の髪が一房ほど分解されたのだ。
副長の喉、その一寸手前でジーンが刀を止めていた。
あのまま刀を振るえば、副長は喉……頸動脈を切り裂かれて即死していただろう。
副長は飛び退いた。
前身から冷や汗が吹き出す……ジーンの間合いは完全に把握していたつもりだ。だから、刀が届くなどとは思いもしなかったのだ。
「何故届く?」
袈裟斬りに対し、逆袈裟は間合いが狭くなる。より相手に近い左腕が柄頭付近を握るためである。
が、ジーンの逆袈裟は、袈裟斬りと変わらぬ間合いがあった。
「さぁ、何故でしょう?」
楽しげに笑うと、ジーンは左手で刀を構える。
勝利宣言はすれども、まだ続ける気らしい。当然だ。副長自身、これで終わらせる気など皆無なのだ。
その優れた記憶力でもってジーンの逆袈裟を頭の中で再現する……視界にさえ捉えていれば、その内容を望んだ時に頭の中で再生できる写真記憶力が副長には備わっているのだ。
先入観もあり一見し逆袈裟に見えたが、先程のジーンの斬撃。あれは逆袈裟ではなかった。
通常、刀の握りは右手が上、左手が下である。ジーンも、その握りで袈裟斬りを放った。が、その握りを即座に逆転させ、鏡斬り……つまり鏡写しの袈裟斬りを放ったのだ。
「鏡斬り……!」
「ご名答。大変良くできました」
小馬鹿にしたようなジーンの言葉。明らかに、神経の逆撫でを狙った発言である。
だが、副長は、その真意に気付いた。
ジーンは、あえて挑発する事で副長に揺さぶりを掛けているのだ。
先程、ジーンは非殺の宣言をした。だから、刀を寸止めしたのだ。
つまり、ジーンは副長を殺さず倒す必要がある。が、この非殺の縛りがジーンにとって大きな枷となっている。
相手を殺さず倒す……素手という縛りなら、まだ難しくはない。が、互いに必殺の武器を用いての勝負では、よほど実力差がなければ難しい。
つまり、副長とジーンの実力差は、決定的と言えるほど開いてはいないのだ。
だから、揺さぶりを掛け、実力差を強調する事で付け入る隙をこじ開けようとしている。
……もっとも、剣技の実力差であって、素手では勝ち目は無さそうですが。
副長は呟く。
副長の見立てでは、ジーンの剣技は船長と同等である。ただ、刀の扱いに技量に見合わぬ違和感がある。
まるで、竹刀や木刀ばかりを扱っていた者が、真剣を振るっているような違和感である。
「つまり、木刀剣術か……」
船長の太刀筋は真剣を前提とした切り裂く太刀筋だ。無論、副長もである。が、ジーンの太刀筋は、切り裂くのではなく殴りつけるような荒く乱暴な太刀筋である。
……分子振動刃以外に、刀を使った事がない。だから、振動刃の性能に任せた剣技しか身につかなかった……つまり、ジーンの剣は我流か。
恐らくジーンの剣術は、文献や映像資料を基に習得した物だ。指導を受けて身につけた剣術ではない。それを実戦で磨く事で、ここまでの使い手に成長したのだ。
「振動刃剣術って、言って欲しいな」
茶化すようにジーンは言うが、真意に気付いた今、その程度で苛立ちはしない。
ジーンの間合いの広さ、そのカラクリは読めた。厄介な相手で命の取り合いなら負けていただろう。が、非殺の縛りを設けた事で、ジーンは自らを追い込んでしまった。
「新古流剣術・師範シモサカ・アオエ……オルミヤ流合気柔術・筆頭師範の胸をお借りします」
「うん、飛び込んでおいで」
馬鹿にしたようにジーンは両手を広げた。だからそこに、斬り込んでやる。
副長の太刀筋を逸らすべく、ジーンか刀を振るう。
刀を打ち合わせる事を嫌い、副長は後退。そこにジーンが斬り掛かってくる。
右腕による横薙ぎの斬撃である。
完全に間合いを外したはずなのに、副長の前髪が断ち斬られる。
「刀を振るいつつ、手の中で柄を滑らせ長く持ち直す……か」
予想通り、今回の斬撃もジーンは、あえて外してきた。腕を伸ばしきらず、間合いを狭め刀を振るっていたのだ。
ジーンに、その気があれば、副長は額を割らせ即死していただろう。
「これで二回死んでるよ?」
「殺されていないから生きている。結果、ジーン・オルファン。アナタが死ぬ事になる」
刀の持ち手を、順持ち逆持ちと自在にスイッチできる。刀を振るいつつ手の中で柄を滑らせ長く持ち直す。
これにより、ジーンは広い間合いを実現しているが、所詮は初見殺しの小細工に過ぎない。
たしかに実戦では極めて有効だ。が、その優位をジーンは非殺の縛りで捨ててしまった。
次からは、副長はジーンの剣についていける。
副長は斬り掛かる。ジーンの防御も、お構いなしに。
帯電した振動刃同士が打ち合い、大きな火花を散らす。そして、再び打ち合い火花が散った。
ジーンは、副長が剣を打ち合わせる戦い方に切り替えた事に、疑問など持っていないようだ。
……いや、疑問が持てないが正しいか。
副長は内心呟く。
ジーンと副長の技量。ジーンは初見殺しの技を幾つか持っていると言うだけで、実力的には大差ないのだ。
実際の所、あまり余裕はないだろう。この状況下で非殺の縛りなど、自殺行為に等しい愚行である。
「申し訳ないが、手足の一、二本は貰わないと勝てないみたいだ……いや、指でも良いかな?」
ジーンは問いかけるように呟く。
棒に偽装するため、副長の震電は鍔を外していたのだ。この震電で鍔迫り合いになったら、まず指が飛ばされるだろう。
「できる物なら、やってみなさい」
だが、副長は臆さない。
もうジーンの手の内は、ほぼ読めた。剣だけなら、自分の方が強いと確信できたのだ。
だから、両手を切り落とし半殺しにし、船長に付き出す事も十分可能である。
副長はジーンと相対し、互いに笑い合う。
互いに剣を正眼に構え、同時に振り上げ、そして同時に踏み込み斬り掛かる。
しかし、互いに踏み込みは浅い。刃が触れ合うだけで、互いの身体には届かない。
「秘技『斬鉄』……」
副長の呟きと同時に、ジーンの振動刃が刀身半ばで切断された。
「まぢですか……?」
ジーンが、間の抜けた顔で間の抜けた台詞を吐く。
所詮、ジーンの剣術は木刀剣術。手の内さえ読めれば、断ち斬る事に特化した新古流剣術が負ける道理など無い。
既に副長は、自らの勝利を確信していた。
それは、刀に刀を絡みつかせるような奇妙な太刀筋だった。
次の瞬間、愛刀たる呑龍が不自然に軽くなる。
「秘技『斬鉄』……」
その言葉と同時に、半ばで切断された呑龍の刀身が床に転がり、澄んだ音を立てる。
「まぢですか……?」
思わずジーンは間の抜けた台詞を口にする。
言葉で挑発し揺さぶりを掛け、無理矢理、隙を作る。その隙を突いて、急所に打撃を叩き込み昏倒させる。
それがジーンの考えていたシナリオだった。
が、思った以上に副長は冷静で揺さぶりにも動じず、おまけに技量も高かった。
こと、断ち斬る技術に限定すれば、ジーンは足元にも及んでいない。
その結果が『まぢですか……?』との間の抜けた台詞である。
ジーンは、大きく深呼吸する。
結果は知っているのだ。経過を知らないため戸惑っている……単に、それだけ。
間違っていても殺されるだけ。それだけの事をしたのは自覚している。だから、目的を果たせず死んでも、当然の報いと諦めていた。
だから、ジーンは副長を素直に賞賛する。
「流石は『鉄の魔狼』にして『魔王の片腕』だ」
その言葉に、副長は食いついた。
「それは、アナタの『未来人』としての言葉ですか?」
だからジーンは、まだ揺さぶりは可能だと確信する。
刀身半ばで断ち斬られた呑龍。その欠けた刀身部分に手を這わせる。
ジーンのボディ・アーマーを形成する流体金属、それが失われた刀身を補完する。が、機能までは不完全にしか再現できない。
高速振動は可能だが、触れた対象を分子レベルまで分解する能力までは、この刀身では再現できないのだ。
「そうだよ。アナタにとっては未来。僕にとっては過去になるかな……僕は、アナタに完膚無きまで叩きのめされた。その経験が、今の僕を造っている。あの時のアナタは、新古流の筆頭師範だった」
新古流における最強レベルの使い手。だから一切、手も足も出せなくて当然……そう思えるほど、当時のジーンは未熟でもなければ、達観もしていなかった。
一矢、報いる事すらできなかったが、反撃の糸口程度は掴めたのだ。だから余計に悔しかった。
「魔王とは、船長の事ですか?」
「他に誰が居る?」
ジーンは挑発するように言ってやる。そして覚悟を決めた。
魔王とは『虚空の支配者』その人の事である。その片腕を務めたが故の『魔王の片腕』の二つ名というわけだ。
「他に船長や私の二つ名は?」
「『凋落の魔王』かな……」
凋落とは、落ちぶれたという意味である。
直後に副長が斬り掛かってくる。
感情任せ、力任せの斬撃だった。
継ぎ足したばかりの流体金属の刀身が切り飛ばされる。その刀身を復元しつつ、残った流体金属で刀身一メートルにも及ぶ長刀、胴田貫を形成した。
長さに見合う重さがあるが,強化人間たるジーンなら片手で胴田貫を扱うぐらいは十分できるのだ。
だが、副長の技の切れは、更に増していた。
復元した呑龍の刀身は再び半ばで切断され、胴田貫の刀身は鍔元で断ち斬られた。
ジーンは深呼吸すると、呑龍の刀身を復元する……これで、ボディ・アーマーの流体金属は品切れだ。
ジーンがBMI能力者なら、流体金属を活用した攻撃ができただろうが生憎ジーンのBMI適正はBランク手前である。流体金属を手足の如く扱う事はできないのだ。
「あと、アナタの印象に残る二つ名も教えてあげよう」
そう言いつつ、ジーンは呑龍を鞘に収め居合いの構えを取る。
副長も、同様に居合いの構えを取った。
ジーンは覚悟を決め、その二つ名を口にする。
「『黒衣の未亡人』」
その言葉と同時に副長は切り掛かってくる。が、当然ジーンの想定内だ。
『凋落の魔王』……言ってしまえば、今の船長は凋落の魔王である。
クルフスを最も恐れさせた提督。それが船長であるが、今は、たった一隻しか指揮下に置いておらず、しかも海賊を名乗っている。
幾百もの艦艇から成り立つ大艦隊を指揮した男の末路と考えるなら、確かに凋落と称されるのは理解できる。
が、船長に対する侮辱を許す気は無い。
ジーンの首を取れるなどとは考えていないが、怒りを表明する事で謝罪ぐらいは引き出してやるつもりだった。
が、ジーンは更に聞き捨てならない言葉を口にしたのだ……『黒衣の未亡人』と。
副長が……自分が未亡人なら失った主は船長以外の誰も考えられない。つまり、ジーンは船長の死を『予言』したわけだ。
これは聞き捨てならない。例え嘘であっても、ジーンを許す気は無い。
新古流の奥義たる『縮地』で間合いを詰め、抜く手を見せぬ抜刀術でジーンを切り捨てるつもりだった。
が、刀を抜く前に、ジーンに押し留められていた。
「奥義『縮地』」
ジーンは言った。
副長の使った『縮地』それに併せてジーンも『縮地』を使っていたのだ。
特殊な歩法により、相対した相手との距離感を狂わせ、接近に気づかせない歩法。それが『縮地』である。
が、この歩法。使い手も自らの術に掛かりかねない。だから、副長は立ち止まっている相手にしか『縮地』は使わないようにしていた。
動いている相手だと、術者自身も距離感が掴めなくなるのだ。
が、ジーンは『縮地』を使う自分に『縮地』でもって間合いを詰め先手を取った。
確かに剣技では、副長はジーンを凌駕していた。が、それ以外では,ジーンは副長を凌駕していたのだ。
……ジーンに填められたっ!
そう思い、間合いを取り直そうと後ろへと飛び退こうとする。が、片足が縫い付けられたかのように動かない。
「秘技『影縫い』」
ジーンの言葉に背筋が凍る。と、同時にカラクリに気付いた。
単に、ジーンは副長の足を踏んづけ、動かないように抑えていただけだったのだ。
が、ジーンに対し、致命的な隙を作ってしまっていた。
間髪入れず繰り出されたジーンの膝蹴り。『透』まで乗せた高度な足技を喰らい、副長は昏倒した。




