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虚空の支配者  作者: あさま勲


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66・連戦

 相討ち覚悟でジンナイが繰り出した貫手。それをジーンは自らの額で迎え撃ち、そして強烈な掌打でジンナイを倒した。

 ミカサは間に合わなかったが、その場面を見届ける事はできた。

 額は人体の中で、もっとも強固な部位である。そこでもって貫手を迎え撃つ……理に適っているが、咄嗟(とっさ)にできる事ではない。

 ……素手じゃ勝てないわね。

 内心呟きつつ、手持ちの武器を確認する。

 リボルバーに、連射可能な軍用拳銃が一丁ずつ。あとは時計鉄鎖術用の懐中時計に流体金属を仕込んだコンバット・グローブ。

 対しジーンは……ジンナイと素手でやり合っていた所から察し、暗器の類は使い切ったはずだ。

 そして床に転がる一振りの刀……手持ちの武器は、拳銃と時計ぐらいだろう。

「僕は強いよ?」

 ジーンは挑発するように笑った。

 飄々とした、どこか頼りない印象を受ける男ではあるが、既にアスタロスの猛者、三人を退けている。強いのは間違いない。

「アタシも強いわよ?」

 ……ジンナイ大佐は元より、ハミルトンやケントも強かったんだけどね。

 ミカサは、素手という縛りの中では、身体能力の優位を以てしてもジンナイに勝てる自信は無い。

 だから素手では()らない。何よりジーンの周囲はベアリング状の弾丸がバラ撒かれ、足場が悪すぎるのだ。

 左脇から右手で銃を抜き、そして左手に持ち直す。

 銃を抜く隙ぐらいは与えてくれた。

 強者の余裕か、単に飛び道具を持っていないのか……床に転がっている銃から、後者だとミカサは判断する。

 ……負けはしたが、戦力は削いでくれた。

 そう思いつつ、ミカサは状況を確認する。

 動甲冑からは、ハミルトンの呻き声が聞こえる。ジンナイ、ケントは胸の上下から呼吸が確認できる。ジンナイの右手は酷い有様だが皆、生きているのだ。

 問題は、ミカサが生き残れるかだ。

 そう思った途端、戦場の感覚を思い出す。生と死。正気と狂気の境界線だ。

 この感覚が、ミカサに堪えられない刺激を与えてくれるのだ。

 ジーンに銃を向け、迷わず発砲する。設定は連射……引き金を引き続ける限り、弾が無くなるまで銃弾を吐き出し続ける。

 避けるかと思いきや、ジーンは避けない。

 纏った防弾装備で銃弾に耐えるつもりらしい。

 ……読まれてたか。

 内心呟くも、ミカサは予定通り行動する。

 軍用拳銃は牽制と陽動。ジーンに回避行動を取らせ、次の攻撃に対する防御を遅らせるのが目的だったのだ。が、回避行動を取らなかったジーンの先手は取れない。

 弾を薬室に一発だけ残し、軍用拳銃を頭上に放り投げる。そして抜く手を見せず両手でリボルバーを構え、ジーンに向けて発砲した。

 長い銃声が一回だけ響く。

 だが、射手たるミカサは、この銃声が六連射である事を知っている。恐らくジーンも知っていただろう。

 でなければ、避ける事などできなかったはずだ。

 弾頭に組み込まれた推進剤が六つの弾道を描くが、その先にはジーンは居なかった。

「リボルバーによる早撃ち六連射……あの『神速の魔術師』こと『早撃ち発砲齋(はっぽうさい)』の得意技だったっけね。話には聞いてたけど、直に見るのは初めてだ」

 『神速の魔術師』この二つ名は他国でも比較的、知られている。だが、早撃ちの名手である事はミカサの祖国でも、ほとんど知られていない。

 戦闘機乗りである手前、実戦で拳銃の技を披露する機会など、まず無いのだ。

「『神速の魔術師』の二つ名はともかく『早撃ち発砲齋』の二つ名なんてアマツでも、ほとんど知られてないはずだけどね?」

 クイック・ロッダー……リボルバー用装弾器を用い素早く再装填を終えると、リボルバーを脇にしまう。そして落ちてきた銃を受け取ると空になった弾倉を捨て、今度は銃把から飛び出す長い弾倉を装填する。

 ミカサの言葉に、ジーンは笑う。

 全てを知り尽くしたような、そんな態度がミカサの癇に障る。

 大きく腕を振るいジーンに向け全を弾叩き込んだ。

 今度の弾倉には五十発もの弾が込められている。全自動射撃でも五秒は打ち続けられるのだ。撃ちながら着弾点の吟味もできる。これなら剥き身の場所に弾を撃ち込む事だってできるはずだ。

 ジーンは防御を捨てて、真っ直ぐ突っ込んでくる。なのに弾は一発もジーンに当たらない。

 ……障壁っ!

 船長の防弾コートで、個人用障壁の存在は知っていた。

 電力をバカ食いするとの事で、携帯できるバッテリーでの稼働時間は知れているとも。

 その少ない稼働時間を、ミカサの連射に対して使ったわけだ。

 引き金から指を離し連射を止める。

 相手の方から近づいてくれるのだ。これなら、障壁の防御が及ばない(ゼロ)距離射撃も十分狙える。

 気が付くと、ジーンが真正面にいた。次の瞬間、手の中から拳銃が跳ね飛ばされる。

「オルミヤ流合気柔術・奥義『縮地(しゅくち)』……」

 あえて技の名を宣言するのは、実力差を強調するためだろう。

 ジーンの言葉をミカサは、そう判断する。

 この技、副長がハミルトンに対し使った物と同じだ。自分に対しても使ってくれと頼んだが、手の内を晒したくないとの事で使って貰えなかった。それが今は悔やまれる。

 人間の距離感や空間認識、その虚を突く技だろう。術理さえ知っていれば、自分で扱えるかはさておき、術中に填らず済んだはずだ。

「余裕、ブっ()いてるんじゃないっ!」

 ミカサの思惑と平行し、身体は反撃に転じていた。

 鋭い踏み込みと足腰の捻り。それによって撃ち出される強烈な掌打である。

 それを腕で受け止め、そして身体を浮かす事でジーンは衝撃を逃がす。

 ベアリング状の弾丸、その上に着地したのにジーンは蹌踉(よろ)めきもしなかった。器用に爪先で弾丸を掻き分け、上手く床を踏みしめたのである。

「変わったブーツを履いてるのね……」

 器用に着地した事で、ジーンのブーツに目が行ったのだ。ジーンのブーツは、まるで地下足袋のように割れていたのだ。

「オルミヤ流の足運び、その極意は足で床や地面を掴む事にある。地面を掴むには、この形が都合が良いんだ……いわゆる忍者ブーツだね」

 ジーンは得意気に足を上げ、ブーツ越しに足の指を開いてみせる。

「だから、余裕ブっ扱いてるんじゃないっ!」

 再びリボルバーによる六連射を見舞う。が、避けられた。

 挙動から弾道を先読みされていたのだ。

 ジーンは、散乱した弾丸という足場の悪さを、大して苦にはしていないようだ。対し、ミカサにとって、この足場の悪さは致命的である。

 だから、散らばった弾丸の少ない場所で戦うしかない。

 もう、再装填の隙など与えてくれないだろう。だからリボルバーを投げ捨てる。

 両手のコンバット・グローブ。そこに仕込まれた流体金属が鋭利な刃を形成した。拳から、垂直に伸びる左右一対の刃である。

 突っ込んでくるジーンをミカサは迎え撃つ。

 ジーンの足運びは摺り足だ。ほとんど床から足を浮かさない足運びで、弾丸を掻き分けつつ間合いを詰める。

 ……ホント嫌らしい足運びっ!

 ミカサは内心呻く。

 ジーンの蹴飛ばした弾丸が、ミカサの足下まで転がってくるのだ。これではミカサは機敏に動けない。

 だから、動かず勝負を決める。

 距離はあるが、ジーンに向かって拳……から延長される刃を繰り出す。間合いの外だが、刃を形成するのは電気信号で固体化する流体金属だ。刃の長さは変更できる。

 幅広の刃が、針のように細くなってジーンに向かって伸びる。が、ジーンは事も無げに避けた。

 ……当たらないのは承知の上っ!

 今の一撃はあくまで陽動。本命は懐中時計である。

 ミカサの戦闘用懐中時計は重さが一キロもある。つまり、一キロの分銅を鎖で振り回すのだ。殺意を持って振るえば、人間の骨など容易く粉砕できる。

 最小の動作で、真下から上へと振り上げる強烈な一撃。

 時計鉄鎖術の中でも、とりわけ難易度が高く防御が難しい技である。

 それをジーンは事もなく手で掴み取った。

 拙いと思った瞬間、鎖を引かれミカサは姿勢を崩す。

 直後に、鳩尾に足刀の一撃を食らった。

 ヒリヒリとした命の遣り取りができた事に満足しつつ、ミカサは昏倒する。



 ……一対一だから勝てたようなモンだよ。

 内心、冷や汗をかきつつジーンは思う。

 咄嗟の判断の切り替えは、百戦錬磨の戦闘機乗りだけあって頭抜けている。ジンナイと二人がかりで挑んできたら、恐らく負けていた。

 先の三人は、躊躇いもあったためかハミルトンとケントは隙があったが、ミカサには一切の躊躇がなく隙もなかった。

「僕は、ホントは話し合いに来たんだけどなぁ……」

 床に落ちた呑龍と、その鞘を拾い上げつつジーンはぼやく。

 背にした入り口に向けての発言である。

「残念ながら、船長はアナタと話をする気は無いようです。ただ、ジーン・オルファンを殺せ……そう命じました」

 聞き覚えのある声に、ジーンは振り返る。

 傷顔の大男を従えた女。

 全身黒ずくめで、纏ったジャケットの背には、髑髏を抱いた女神……アスタロスの紋章が描かれているだろう。

 海賊船アスタロス副長にして、後に『魔王の片腕』『(くろがね)魔狼(まろう)』の二つ名を冠される大海賊となる女傑である。

 そして、まだ幼かったジーンに、決定的なまでの敗北、その辛酸を舐めさせた相手でもある。

 ……貴女が居たから、今の僕が居るわけだ。今の僕が居るから、あの時の貴女が居たわけだ。

 ジーンは、あの時の事を思い出す。そして口を開いた。

「海賊船アスタロス船長『虚空の支配者』に申し入れる。僕との……帝国スメラとの話し合いに応じて貰いたい。恨まれてるのは重々承知している。だから『非殺』の縛りでもって、閣下の差し向けた刺客を退けた……この二人も襲いかかってくるなら『非殺』でもって応じよう」

 自分を無視し、船長に直接、呼びかけた事で副長は気を悪くしたようだ。不快感を表すためか鍔音を鳴らした。

『その『非殺』……俺に対しても貫けるか?』

 副長の端末を介した船長からの言葉である。

「無論」

 口では、そうは言うが、ジーンには実践してみせる自信など全くない。なにしろ、先程、必死に退けたジンナイをも超える実力者なのだ。

 が、できないなどと言うわけにも行かない。

「船長!」

 咎めるような副長の言葉に、端末越しに船長の笑い声。

『ジーン・オルファンを殺せ。あとで、その亡骸に文句を言ってやる』

 船長の言葉に、ジーンは安堵する。

 とりあえず、この二人を退ければ会ってはくれるらしい。

「新古流の高弟を何人も退けられたんじゃ、当主の面目は丸潰れだからね」

 だから、挑発してやった。

 船長からの返事はない。

 が、その言葉で傷顔の大男……『人間重戦車』ボルトが動いた。

 真っ直ぐジーンに向かって殴りかかってきたのだ。

 二メートルを優に超える長身。筋肉質の厳つい身体で、ボルトは強化人間でもある。その体重は三百キロ近くあるだろう。

 対しジーンは強化人間であっても体重七十キロ強。その体重差は四倍である。

 体格差で容易に押し切れる。ボルトは、そう考えて動いたのだ。

 ジーンはボルトの『機』の流れを読み、投げる機会を見つける。その機会を、ジーンは逃さず掴んだ。

 ボルトの巨体が宙に浮いた。

 そして、仰向けに倒れたボルトの腹に向かって、全体重を乗せ足を踏み降ろす。

 体重を最も効率的に使える、人間の放てる最大の威力を持つ足技である。

 奥義である『透』まで乗せ、人体の急所である鳩尾を狙ったのだ。いかに巨漢で頑強な身体を持つボルトであっても、無事では済まないだろう。

「オルミヤ流合気柔術・筆頭師範『投極(とうごく)のオルミヤ』ことオルミヤ・ジン。ジーン・オルファンは、ジン・オルミヤを(もじ)った偽名だね」

 船長も武術家だ。挑発すれば乗ってくるだろう。船長と話をするには、そこに賭けるしか無い。

「船長。再度確認します。殺して構わないのですね?」

『ああ。殺せ』

 副長の言葉に対する船長の回答。それには一切の迷いはなかった。

 だからだろう。刀を抜いた副長にも、一切の迷いは感じられない。

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