65・一対三 その二
動甲冑を踏み台にしつつ、ジーンは帯電した振動鞭を振るう。
ジンナイの振るった高速振動鞭、それを焼き切るための防御行動である。その間も、視界の隅にケントを捉える事は忘れていない。
……三対一って、ハードル高すぎっ!
ジーンは内心、叫んでいた。
動甲冑を纏うハミルトンを仕留めなかったのは、単に、そんな余裕がなかっただけだ。
ハミルトンに注力すれば、ジンナイに首を飛ばされていただろう。仮にジンナイの振動鞭を凌いでも、ケントからの銃撃までは避けきれない。
案の定、ケントから発砲の兆候が『視え』た。
だからジーンは弾道を先読みし回避、そのままハミルトンの脇に着地する。
ケントとジーンの間に、動甲冑を纏ったハミルトンが居る。これでケントからの射撃はない。ジンナイの仕掛けたワイヤートラップも、とりあえずは片付けた。
……予定通り、まずは動甲冑だ。
過負荷で焼き切れた振動鞭を投げ捨てると、ジーンは素早く抜刀する。
直後に、ジーンは強烈な衝撃を受け薙ぎ倒された。
ジンナイからの銃撃である。
……アタマに喰らってたら死んでたぞ?
内心ぼやきながら、ジーンは跳ね起きる。
当たったのは肩だ。
高い防弾製を持つスペース・ジャケットと、ボディーアーマーのおかげで軽い打ち身で済んだ。
このボディアーマー。流体金属でできており、着弾時に硬化し衝撃を分散させる事ができるのだ。
が、ジンナイが狙ったのは肩ではなく頭だっただろう。
ジーンが激しく動いていたため、頭に当てられなかったのだ。今、ジーンが生きているのは、単に運が良かっただけだ。
ジンナイの手に握られているのは拳銃である。が、ジーンは薙ぎ倒された。
「ハイブリッド弾か……」
爆圧の大きな液体炸薬で、推進剤と一体化した銃弾を射出。射出された銃弾は、組み込まれた推進剤によってライフル弾並の弾速にまで到達する。
ジーンを薙ぎ倒した、その威力にも納得だ。
だが、ジーンは無意識にハミルトンを盾とできる位置に逃げていた。
今度こそ、ハミルトンに注力できる。
鞘は薙ぎ倒された時、落としてしまったが問題ない。肝心の呑龍は、ジーンの手に握られているのだ。
……殺しちゃ拙いよね?
そう思いつつも、ジーンは呑龍を振るう。
まずは、厄介なコイルガンを潰しておく。動甲冑の腕ごと破壊してやるつもりだったが、それを許すハミルトンではなかった。
破壊できたのは、右腕のコイルガンのみ。
弾倉から零れだしたのか、無数のベアリング状の弾丸が床にブチ撒けられる。
……コレを狙ってたのかっ!?
弾丸は軟鉄だろう。動甲冑が、容易く踏み潰すのを見てジーンは舌を巻く。
対し、ジーンの体重では、床に撒き散らされた弾丸を踏み潰す事などできない。下手に足を置けば、そのまま滑り姿勢を崩す。
圧倒的なまでの力と防御力を持つ動甲冑。それに対し、唯一ジーンが勝っているのは、生身ゆえの軽快さだけである。
それを、この動甲冑を纏ったハミルトンは、銃弾をバラ撒く事で封じてみせたのだ。
……ドンピシャっ!
ハミルトンは、内心、自賛していた。
内懐に入り込まれた時は拙いと思ったが、これでジーンの動きは封じられた。
ジーンは跳ねるようなフットワークを多用していた。あの足運びで弾丸の上に足を置けば、間違いなく姿勢を崩す。
だから、左腕のコイルガンを見せつけるようにジーンに向ける。
できれば降伏して欲しいのだ。
散弾で人間をミンチになど変えたくはない。
だが、ジーンには、その気は無いらしい。全く無駄のない動きで拳銃を抜き放つ。
だから、ジーンに先手を取られた。
次の瞬間、左腕のコイルガンが弾け飛んだ……コイルガンの銃身に、ジーンが炸裂弾を撃ち込んだのだ。
「あの銃、ヴァイパーじゃねぇかっ!!」
ミカサの祖国。アマツ製の銃で、十二番ケージの散弾銃を大型拳銃サイズまで小型化した非常識な代物である。
そして、帝国スメラとアマツは、国交など無かったはずだ。だからハミルトンは驚いたのだ。
ヴァイパーは、実包の大きな散弾銃ゆえ、雑多な弾が使えるのが特徴だ。それゆえ、炸裂弾が撃てたのだろう。
いくら近いとは言え、銃口に銃弾を叩き込むなど並の腕ではない。
驚きはしたが、怯んだわけではない。
両腕のコイルガンは潰されたが、動甲冑の装甲と怪力が損なわれたわけではないのだ。そしてジーンの実力を再確認した事で迷いなど吹き飛んだ。
……殺らなきゃ殺られる。
弾丸をバラ撒いた事で、ジーンの機動性は封じた。だから大きく振るう横薙ぎの一撃を見舞った。
ジーンは滑るような足運びで後退し、それを避けた。
「摺り足か……」
ハミルトンは呻く。
剣術も流派によっては、床に小豆を撒いて足運びの鍛錬を行う。床から、ほとんど足を浮かさず、小豆を踏まない足運びを学ぶための鍛錬だ。
そしてハミルトンが撒いた弾丸は、小豆よりも、よほど大きい。
ジーンに追撃を加えたいが、動甲冑は動作を終えていない。ここで無理に動けば、ハミルトンは動甲冑の動きと真逆の動きをする事となる。
時勢を崩す上、ハミルトン自身が身体を壊しかねない。
だから、ジーンの動きだけをセンサーと目で追い続ける。
ジーンは無造作に剣を頭上へと放り投げると、大きく踏み込んでくる。
まるで水を掻き分けるかのように、床に散らばった弾丸がジーンの足で掻き分けられた。
……何をする気だ?
疑問を持った瞬間、ハミルトンは動甲冑ごと宙に浮いていた。
うつぶせに倒れると、身体を起こす間もなく動甲冑が機能を停止する。
動甲冑に穴を空けられたのだろう。ジーンの声が直に聞こえた。
「オルミヤ流合気柔術・奥義『決壊』」
恐らくは、動甲冑を投げた技の名だろう。
動甲冑を投げ飛ばす……こんな事は、ハミルトンが尊敬する師であり父である船長にもできない。
……親父殿。コイツ、ヤバイよっ!
そう船長に伝えたいが、その声を届ける術はハミルトンには無かった。
ハミルトン大尉の駆る動甲冑が、ジーンに投げられた。
横薙ぎの一撃が止まる直前、その腕の先端に強烈な掌打を叩き込む事で、動甲冑の姿勢を突き崩したのだ。
そして、落ちてきた刀を手元も見ずに受け取ると、動甲冑の動きを司る背中の集中制御装置に突き立てたのだ。
これで、ハミルトン大尉は、もう動けない。自力で動甲冑を脱ぐ事すら、できないはずだ。
ジーンの視線が自分に向けられたのに気付き、ケントは戦慄する。
先程、ジーンは事も無げに自分の放った銃弾を躱して見せたのだ。
動甲冑を纏ったハミルトン大尉すら倒してしまうような相手だ。自分ごときが適う相手では無い。
「私がジーンを抑えます。私諸共、ジーンを撃ってください」
大佐殿ことジンナイ大佐の言葉で、ケントは我に返る。
「でっ……」
できるかよっ!
そう言いたかったが、ジンナイは既に動いていた。
流れるような動作で拳銃を持ち替えると、ジーンに向け発砲しつつ突進する。
ほとんど床から足を浮かせない摺り足による移動で、ハミルトンがバラ撒いた弾丸を掻き分けつつジーンとの間合いを詰めてゆく。
対し、ジーンは銃弾を除けもしない。腕で剥き身の頭を庇うだけだ。
ジンナイの銃弾は、確かにジーンを捉えてはいるがジーンは僅かに身じろぎする程度だ。
先程、ジーンを薙ぎ倒した銃弾はハイブリッド弾。反動が大きいため、身体強化を行っていないジンナイには、上手く扱えないのだ。
だから、扱いやすい通常弾でジーンの『牽制』を行っている。
そこまで状況を読み、ケントは、ようやく我に返った。
ジンナイ大佐は、自分を本命の攻撃手段に選んでくれたのだ。応えないわけにはいかない。
片膝を突き小銃を構える。設定は連射……毎秒十発の銃弾が銃口から吐き出されるのだ。
ジンナイがジーンに肉薄する前に撃てば、巻き込むような事にはならない。そして、これはフルサイズのライフル弾だ。
先程ジーンを薙ぎ倒したジンナイの銃撃、それと同等の威力が一発毎にあるのだ。
これならば、確実にジーンを仕留めきれる。
そう思い、引き金を引こうとした矢先、ケントの視界は真っ赤に染まる。
全く兆候を読ませずジーンが発砲した。弾頭は恐らく炸裂弾。
破片を伴わない爆圧のみの炸裂弾だ。
……喰らったのは胸。目は見える。顔は火傷程度。まだ戦えるっ!
ケントは、即座に判断した。
装甲服で着弾の衝撃は分散できた。顔は酷い事になっているだろうが、自分は生きているのだ。
だから、まだ戦うつもりだった。
だが、ケントの意識は、そこで途絶える。
……早まった真似を。
ジンナイは内心呟く。
ジーンはケントが射撃姿勢に入るのを待っていたのだ。
射撃姿勢ならば精密かつ安定した射撃が行える。反面、咄嗟の防御行動に遅れが出る。
だから、ジンナイ自身がジーンを抑え込めるまで待てと言ったのだ。
従わないのは承知の上だった。従わずケントが発砲しても、それでジーンを仕留められると思っていた。
……これほどの使い手が、世に存在していたとはっ!
ジンナイはジーンを賞賛する。
だが、仕留めきれなかったどころか、教え子を殺されたのだ。
……だから、ジーンは殺します。例え刺し違えてでも。
ジンナイは拳銃を投げ捨てると、隠し持った最後の振動鞭を展開する。
素手の間合いには捉え切れていないが、振動鞭の間合いではある。何より、素手でジーンに勝てるなどとは思っていない。
紫電を帯びた三本のワイヤーがジーンへと襲いかかる。
が、あっさりジーンの剣によって撃退された。
構わない。振動鞭は、ジーンの剣を狙いやすい場所に誘導するための捨て駒に過ぎないのだ。
ハイブリッド弾が装填された拳銃を抜くと、まずはジーンの頭を狙い、そしてハミルトンの撒いた弾丸で足を滑らせ姿勢を崩す。
が、演技である。
普通に狙っては、ジーンに『機』を読まれ避けられてしまう。だから、『機』を読ませないため小細工を弄す。
姿勢を崩してみせても、ジーンは銃口を避けるように動いている。だから、頭は狙えない。
……無意識の防御行動ですね。反復訓練の賜物で、アナタが紛れもない『達人』の『武術家』である証明です。が、無意識ゆえに、道具の防御がお留守になってますよ?
内心、ほくそ笑みつつ、ジンナイは拳銃を撃つ。
ジーンの手から、狙い通り刀が弾け飛んだ。
ジンナイは、そのまま転倒するが、散らばった弾丸を掻き分けつつ身を起こす。
「素手の勝負なら、僕に勝てるとでも?」
刀を奪われても、ジーンの言葉には余裕すら感じられた。
実際、余裕はあるだろう。
身体能力で、ジンナイはジーンには遠く及んでいない。だから、早々にハミルトンに相手を任せたのだ。
そして、ジーンの動きから察し、身体能力どころか技の面でも劣っていると実感してしまった。
「勝つ必要などありませんし、毛頭、勝つつもりもありません」
相討ち上等。それがジンナイの考えなのだ。
だが、その相討ちですら妖しくなってきた。
しかしジンナイには、相討ちに持って行ける目算は一応だがあった。
まだジンナイは、ジーンに新古流格闘術の技を、ほとんど見せていない事だ。対し、ジーンの手の内を、ジンナイは多少なりと知っている。
……問題は、ジーンが本当に『未来人』だった場合ですね。
もしそうなら、ジンナイの手の内は疎か、船長の手の内すら知られている可能性がある。
……だから、どうした。
ジンナイは自分を鼓舞する。
ジーンが何者であれ、船長に殺せと命じられた以上は殺す。師であり上官でもある男の命令だ。喜んで従おう。
引き延ばされた時間の中で、ジンナイの思考が錯綜する。
そしてジーンを間合いに捉えた。
身体を掴みに掛かるが、あっさり捌かれ姿勢を崩されそうになる。
慌てて後退し、ジンナイは間合いを取り直した。
直後にジーンが動いた。が、想定内だ。
上手く掴めなかった段階で、先手は取れない。そう確信できた。だから後の先を取るべく間合いを取り直したのだ。
体力的に、ジンナイは長期戦はできない。だから、短期決戦を挑む。
ジーンが繰り出してくるのは掌打だ。
ジンナイは退いた事で臆したとでも思ったのだろう。だが、ジンナイは臆してなどいない。だから防御は捨てていた。
防御をかなぐり捨て、ジンナイも腕を繰り出す。
拳でもなく掌打でもない。真っ直ぐ指を立てた貫手による一撃。
狙うはジーンの剥き身の喉。
新古流格闘術・奥義『伸腕』……指を立てる事でリーチを伸ばす技である。
……右手も命もくれてやる。だが、ジーン・オルファンの命も貰い受ける!
ジーンの命を獲れると思った。獲れないまでも、重傷を負わせられると思った。が、ジーンはジンナイの貫手を、自身の額で迎え撃ったのだ。
爪がジーンの額を抉り傷づける。だが、浅い傷で致命傷には程遠い。そして傷を負わせた代償に、ジンナイの指が粉砕された。
そして、まだジーンの動きは止まっていない。
繰り出された掌打が、ジンナイの身体を捉えた。
身体に染みこむような重い一撃……新古流に置ける打撃の極意『透』を乗せた一撃である。
「お見事……」
ジンナイは呟きよろめく。
そして床に散らばった銃弾に足を滑らせ、受け身も取らずに転倒した。
ジンナイの意識は、ジーンに投げかけた賞賛の言葉と同時に失われていたのだ。
額から流れる血を腕でぬぐう。
「痛いよ……」
ジーンは呟く。が、痛いで済んで、まだ良かった。
この勝利、紙一重の勝利だったのだ。
捨て身ゆえ、ジンナイは強かった。身体能力の差で、何とか押し勝ったに過ぎない。
ジンナイだけではない。ハミルトンも、発砲を躊躇してくれなければ、あそこで勝負が付いていた。ケントも指示通りジンナイを巻き込んでの銃撃を行っていれば、ジーンの命はなかった。
溜め息を吐き、ケントに視線を向ける。
呼吸はしている。顔の火傷も大したことはない。
ケントが意識を失ったのは、ジーンが使った炸裂弾の影響だ。
あの炸裂弾、燃焼ガスが催眠ガスとなり人の意識を刈り取るのだ。
問題は、意識を奪い昏倒させたは良いが、そのまま目覚めず死んでしまうという事態も多々ありうる点だ。
が、ケントは強化人間だ。そうそう死ぬ事はないだろう。
「もう一対三は御免被るよ……一人ずつ片付けていこうか」
ジーンは、ぼやくように呟く。
「アタシを片付けるなんて、できると思う?」
若い女の声に振り向くと、そこには赤毛の小柄な女が立っていた。
『魔術師の剣』ミカサ・ソラである。
ジーンの持っている情報では、このミカサも先の三人同様に手強いのだ。




