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虚空の支配者  作者: あさま勲


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64・一対三 その一

 貨物船が宇宙港の与圧された区画に収容された。

 見送りはミカサ一人だけ。そのミカサも、ナルミより気に掛かる事があるようで、どうも落ち着きがない。

 このミカサの放つ雰囲気。これは戦闘に臨む前のミカサと同じだった。

「ミカサさん……中継点に帝国艦が居るけど、アレと戦うの?」

 中継点近くが戦場になるなど大事件だ。近隣宙域の交通量から、巻き添えを食らう船が絶対に出るだろう。

 船長が、そんな軽率な判断を下すとは思えないが気になるのだ。

「旦那は、帝国に喧嘩を売る気は無いと思うけどね……もし喧嘩売る気なら、アスタロスで直接、乗り付けてるわ」

 その言葉から、船長たちは天道中継点に帝国艦が居る事を知っていたのだと察した。

 とは言え、何か一悶着ありそうな気配である。

「では、ナルミ・ユウさんは、確かに引き取りました」

 黒服を着た男がミカサに声をかける。引き取りに来たとは言え、ナルミには視線を向けすらしない。

「その子の事。海賊船アスタロス船長が、かなり気に掛けてたわよ?」

 男にミカサが釘を刺す。

 アスタロスと中継点の良好な関係を維持したいなら、自分の扱いには気を使うように……ナルミはそう理解する。

 が、ミカサが気を回しただけだろう。船長が、そこまで自分を気に掛けていたとは思えないのだ。

「本来ならば、所長であるコサカ博士が直々に迎えに来る予定だったのですが……」

 ミカサの言葉に、男は慌てたように取り繕う。

「まあ、その辺の事情は承知してる」

 意味ありげにミカサは笑うと、内懐からリボルバーを取りだし弄り始めた。

 ……これから、絶対に何かある。

 ナルミは、それを予感する。

 だが、もう、それを知る事ができる立場ではないのだ。だから、アスタロスに戻ってきた時、聞かせて貰おう。

「ミカサさん……アタシ、アスタロスに戻ってきますからね」

「期待してるわよ?」

 ナルミの言葉にミカサは笑う。

 その笑顔に、ナルミは、どこか救われた気持ちになった。



 ナルミが連れて行かれたのを見届け、副長は貨物船から出た。

「せっかくだし、アオちゃんも見送りに付いてきたって事にすれば良かったのに」

「仮眠室に乗り込んでの見送りですか……」

 副長は苦笑する。

 ブラックホークは、単機で長期間の作戦行動を取る事も想定され造られている。

 その為の副座式であり、狭いながらも仮眠室にトイレ、簡素な調理器具が備えられたキッチンもあった。

 が、兵員輸送を前提としていない場合の乗員は二名だ。座れる椅子など無い。定員オーバーまでして副長が同行するなど、どう考えても不自然である。

「補助座席ぐらい、簡単に増設できるわよ?」

『それ使ってくれた方が助かったな……ボスと狭い部屋に同室だと肩が凝るんだ』

 端末に干渉してのハミルトンの発言。

 それと同時に、大きな足音が聞こえてくる。

 そして、身長が二メートル半はあろうかという鋼鉄の巨人が姿を現した。動甲冑を纏ったハミルトンである。

「美人と同室できたんだし、喜ばなきゃ?」

 ミカサが茶化すが、ハミルトンからの返事はない。ハミルトンにとって、副長は怖い上官でしかないのだ。

「コイルガンの弾は?」

 ハミルトンの纏う動甲冑……キュクロプスは両腕にコイルガンが内蔵されている。電磁石でもって、鉄の弾体を加速させ撃ち出す銃だ。単純な構造ゆえ、雑多な弾が扱えるのだ。

『両腕共に散弾を込めてある……逃げ足は速そうだが、散弾からは逃げられないさ』

 確かに散弾からは逃げられないだろう。が、問題は、上手くジーンを待ち伏せ区画まで追い込めるかだ。

「場合によっては、ハミルトンとジンナイ大佐も追い込みに回って頂きます」

 もしジーンが逃げに徹した場合、恐らく追い切れないだろう。

 だから、いかに警戒させずジーンに近づくかが問題となる。

 コサカ女史の話に因れば、ジーン自ら出向いてくると言う話だが副長としては信じ難い。自ら、罠に飛び込んでくるような物だ。

 どこかで逃げ出すに決まっている。

 コサカ女史は騙されているのか、騙された振りをしてジーンを逃がそうとしているのか……副長は、後者であると睨んでいた。

 ジーンを取り逃がすのは構わない。逃げに徹されたら、もう打つ手がない事は船長も承知のはずだ。

 そうなれば、船長はジーンを追うだろう。

 ジーン・オルファンを討つ……これをアスタロス一行の目的とできるわけだ。

 アスタロス一行の解体。それを先送りできる口実とできるのだ。だから、ジーンには期待していた。

 ……だが、命じられた以上は全力を尽くす。

 心の中でそう呟き、副長は気を引き締める。

「退路を立つべく出口側に移動。そこから、ジーンの追い込みに入る」

 場合によっては、衆目の中でジーンと戦う事も有り得るだろう。だから、ボルトを連れて行くわけだ。

 強面のボルトなら、立たせておくだけで人を遠ざける事ができる。それに、ボルトなら、力でジーンをネジ伏せられるのだ。

 ……悪目立ちし、ジーンを取り逃がす事もあるだろうが、その時は諦めるしかない。

 副長は、内心呟くと、手に握られた震電を見る。

 鍔を外し、柄と刀身に黒いグリップテープを巻いた。震電は反りの少ない刀で、これならば一見して黒い棒にしか見えないはずだ。

 刀に見えないのであれば、衆目の中、持ち出しても騒ぎにはならない。

 もし、衆目の中でジーンと戦えば後始末が大変だろう。

 しかし、知った事ではない。

 後始末は、話もした事もない姉がやってくれる。遺伝子以外では他人であるにもかかわらず身内面する困った女だ。

 だから副長は、コサカ女史を嫌っていた。



 だが、副長の読みとは真逆に、ジーンは真っ直ぐに待ち合わせ場所へ向かっていた。

 対し副長たちは、ジーンの退路を断つべく出口側に移動。そこからジーンの追い込みに入る……見事に行き違っていたのだ。



 待ち合わせ場所へと踏み込んだジーンは、どこか脳天気にも聞こえる口調でぼやいた。

「あれま……盛大な出迎えを期待してたのに」

 無人に見える待ち合わせ場所。そこへと入ったジーンは背負った図面入れを手に持ち直す。中身は、図面ではなく分子振動刃・呑龍である。

 一見、ジーンは無防備に見えるが、既に臨戦態勢に入っていた。

 軽く膝を曲げ、踵を僅かに浮かせている。この状況なら、即座に飛び退く事ができるのだ。

「成る程。副長たちを、こうも短期間で退けたのか……そう、戦々恐々としていましたが、単に空振りしただけでしたか」

 そう言いつつ、初老の男が姿を現した。

 その男をジーンは知っていた。『紫電の悪魔』ジンナイである。

「新古流格闘術・師範にして『元帥閣下の懐刀』こと『紫電の悪魔』ジンナイ……僕はアナタの事を知っている。対しアナタは僕の事を詳しく知らない……アンフェアだし、名乗りを上げようか」そこで、ジーンは挑発するかのように笑う。「オルミヤ流合気柔術・筆頭師範オルミヤ・ジン……ジーン・オルファンは偽名だね。『投極』のオルミヤなんて二つ名も持ってる」

 この場に踏み込んだ段階で、戦いは既に始まっているのだ。まずは言葉を交わす事で心理戦へと持ち込む。

 物腰から察し、手玉に取れるような相手では無い事は容易に判る。そして、まだ場に出ていない手札が幾つかあるはずだ。

 ジンナイは、二つ名を言い当てられても全く動じた気配は見せない。

「その二つ名を知っていると言う事は、手の内を知られていますか……」

 ぼやくようにジンナイは呟くと、大きく腕を振るう。

 ジーンも、それに応じるかのように片腕を振るった。手の中に握り込まれた高速振動鞭。その極細のワイヤーが戦端の重りに引かれ展開する。

 手応えで展開を確認すると、ジーンは振動鞭を作動させた。

 ジーンの周囲を取り囲むよう張られた無数のワイヤーが、紫電を纏う形で浮かび上がり、そして消える。

 ジンナイの張ったワイヤー・トラップによる結界。それを過電流で焼き切ったのだ。

「いきなり殺しに掛かってきたね……手の内は知ってるし、僕も、やろうと思えば紫電の結界を張れるよ?」

 ジーンの言葉を聞き、ジンナイは溜め息を吐くと後ろへと下がる。

 別の者にジーンの相手を任せ、ジンナイ自身はフォローに回る腹づもり……そう、ジーンは判断した。

 直後に、耳障りな『聞こえない音』に気が付く。

 いわゆるソナー探知機の類だ。超音波の反射で、場の状態と人や物の動きを探知する装置である。

 ……て、事は『音を見る者』ケントが潜んでるか。

 ジーンは呟きつつ、もう一つの気配にも気付く。

 どこか懐かしさを感じさせる音……動甲冑の駆動音を聞いたのだ。

 キュクロプス・セブン。

 ナノマシンを用いたBMIで制御される動甲冑だが、同調訓練を受けた者ならBMIを用いずとも同等に扱える。

 この状況で、あえて動甲冑を持ち出すと言う事は、動甲冑を使いこなせる者が着用している。そう考えるのが妥当だろう。

 ……って事は『甲冑操者』ハミルトンも居る。でも、真っ先に出て来そうな『魔王の片腕』は居ないか。

 拍子抜けしたような気持ちになるが、ここで『魔王の片腕』まで出てこられたら、流石には手に負えない。

 物陰から飛びだしてきた動甲冑。その動きを見てジーンは確信する。この着用者は、動甲冑を完全に制御していると。

 一トンを超える動甲冑の巨体。その特性を熟知した者の動きだったのだ。

 動甲冑が片腕をジーンに向ける。その腕には数十ミリはあろうかという大口径の銃口。

 考えるより先にジーンは動いていた。

 奥義『幻影』……相対した相手に、実際の動きとは異なる方向へ動くよう誤認させる技。いわばフェイントである。

 動甲冑は、ジーンの挙動を読み違えて発砲した。

 銃声と同時に、風圧がジーンを叩く。

「やっぱり散弾か……」

 ジーンは呟く。

 単粒弾の風圧ではなく、確かに散弾の風圧だったのだ。

 火薬を用いないコイルガンであっても、銃声を伴う事はある。弾頭が音速の壁を破る際に発生する衝撃波。それが銃声となるのだ。

 音速を超える速度で飛来する散弾。当たれば無事では済まない。

「両腕のコイルガンを用い、交互の射撃で弾幕を張りなさい」

 ジンナイが指示を出す。

 ……的確な上、嫌らしい指示を出してくれるねぇ。

 内心ぼやきつつも、ジーンは最初の標的を決める。

 この場における最大の脅威、動甲冑を真っ先に仕留めると。



 右に飛ぶ……そう思いコイルガンを放ったが、ジーンは左に飛んだ。

 直前まで、ハミルトンはジーンが右に飛ぶとばかり思っていた。だから最初は、ジーンが二人に分かれたかのように思えたのだ。

『新古流奥義『幻影』……一種のフェイントで、偽りの動きを見せる技です』

 ジンナイがジーンの使った技を解説する。

 動甲冑のコンピューターがハミルトンの脳波を読み取り、先程のジーンの動きを再生する。確かにジーンは左に飛んでいた。

「なるほど……『機』の流れを上手く欺瞞し、挙動を誤認させる技か」

 術理は判ったが、だからと言って次から見抜いてみせる自信など無い。

『両腕のコイルガンを用い、交互の射撃で弾幕を張りなさい』

 見抜けぬのであれば、攻撃範囲を広く取り粉砕すればいい……言われるまでもなく、そのつもりである。

 ……やっぱり、重いだけあって生身より鈍い。

 ハミルトンは呟きつつ両手を突き出す。

 その間に、ジーンは手に持った筒を投げ捨てるかのように放ると、一振りの刀を取り出した。そしてハミルトン目指し、ジーンは真っ直ぐ突っ込んでくる。

 ……動甲冑が相手じゃ並の刃物は役に立たない。って事は、ボスの使う刀の同類か。

 もしそうなら、内懐に踏み込まれたら勝ち目はない。だから躊躇無く発砲した。

 殺したくなくとも、相手に、その気があるなら躊躇するな。

 殺られる前に殺る。これは戦場で生き残る上での鉄則である。

 ジーンが無造作に放った筒。それがジーンの手前で垂直に床へと立った。その筒の上にジーンは飛び乗ると、次の瞬間、ハミルトンの視界から消えさった。

 ほぼ同時にハミルトンは発砲したが、何があったのか全く理解できない。

『大尉っ上っ!』

 ケントの声に頭上を見上げる。

 直後にモニターに映ったのは、ジーンの靴底だった。

「俺を踏み台にしたぁっ!?」

 ハミルトンは思わず叫ぶ。

 あのまま、振動刃を用いハミルトンを仕留める事はできたはずだ。

 振動刃が通用しないから使わなかった可能性は考えられない。キュクロプスの集合センサーは比較的、脆弱だ。

 分子振動刃でなくとも、センサーそのものの破壊は可能である。ジーンの身のこなしから察し、ついででセンサーも潰せたはずだ。

 だが、ジーンはそれをしなかった。

 つまり、弄ばれているわけだ。

 ……コイツ、化け物だっ!

 ハミルトンは思う。

 自分は元より、ケントも腕は立つ。その更に上をジンナイは行く。

 だが、この三人を相手に、ジーンは未だ本気を出してはいないのだ。

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