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虚空の支配者  作者: あさま勲


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63/71

63・時の環を紡ぐ

こちらオッカイ辺境軍と歴史や世界観の共有だけならまだしも、辺境軍と関係の深いキャラが暗躍してるなんて展開にするんじゃなかった。

ちょい役のつもりだったのに重要人物になっちゃったよ……

 叩き壊された懐中時計。それを見て船長は後悔する。

 時計自体は惜しくない。ただ、通信機を組み込んだ懐中時計、それを叩き付けた為、マボガニー製の高級執務机に大きな傷が付いてしまったのだ。

 宇宙都市において、木製の高級家具は金と同等の価値がある。これは流石に、お小言を言われるだろう。

 そんな船長の思いを知ってか知らずか、ユーリが言葉を紡ぐ

『ジーンを殺すのは下策かと』

「ああ。俺も、そう思う」

 船長は、ユーリに同意した。

 ジーン・オルファンを守る為に、戦艦を派遣し護衛の兵まで付けた。これだけで、ジーンが重要人物である事は容易に覗える。もし殺せば、帝国スメラも敵に回るだろう。

『では、ジーン・オルファンを討てという指示は出さす見送るわけですね?』

「いや、ジーンは殺す……文面で指示を出してくれ」

 そう言いつつ、船長は机に刻まれた傷を指で撫でる。窪みを埋める事はできるが、完全に元通りにする事はできないだろう。

 転売前提に船長室に置いていたわけだが、もう諦めた方が良さそうだ。

 そんな事を考えつつ、船長は大きな溜め息を吐いた。

『途絶えたジーンの通信……最後まで聞きますか?』

 船長が自前の通信機である懐中時計を壊したため、そこで通信は途絶えた。だが、ユーリは中継過程で内容のバックアップを取っている。

「聞く気がないから叩き壊したんだ。それが判っていたから、通信を打ち切ったんだろ?」

 懐中時計に組み込まれた通信機は補助的な物に過ぎない。船内なら、そんな物が無くともユーリの中継で自由に通信できるのだ。

『だから、閣下の家族を守る、その為の力を貸したい……ジーンは、そう言っていました。この家族……恐らくアスタロスの乗員達を指している物と思われます』

 ユーリも、アスタロス一行の解散には反対なのだろう。

 当然だ。ユーリはアスタロスの中枢電脳であり、アスタロスと一心同体だ。アスタロス一行が解散した場合、アスタロス諸共、解体処分などという事態も考えられる。

「ユーリ。ジーンは本当に『未来人』か?」

『断定はできませんが、否定しきれない部分があります……我らを餌に、第十三艦隊からアウスタンドを誘い出す。船長の銀河征服の計画を知り、事前にスターネット中継衛星を配置する。この実現には未来を知っているか、もしくは船長の目的や行動を熟知している必要があります』

 船長は溜め息を吐く。

 銀河征服の手段は、ユーリにしか話していない。そして行動は実際の所、行き当たりばったりだ。

 もし、ジーンが船長の行動を先読みできたとすれば、ユーリとジーンが結託していた場合ぐらいだ……だが、それは有り得ない。

 ユーリとジーンに接点が皆無なのだ。

「ジーンが本当に『未来人』ならば死なない自信があるのだろう……だから確かめるために、殺せと指示を出した」

 この状況で生き残れば、ジーンが『本物』の未来人だと断定できる。これが船長の本音である。

 だが、懸念はある。ジーンは相当な『使い手』なのだ。差し向けた何人かが、命を落とす事も有り得るだろう。

 しかし、そうなれば心置きなくジーンを憎める。『未来人』であろうと無かろうと無関係にだ。

 納得したのか諦めたのか。

 ユーリは、もう何も言わなかった。



 慣性航行に移行したブラックホークを潜宙させたらしい。

 副操縦席から見える周囲の景色、それが一瞬、歪んだ事で、ナルミは潜宙を知ったのだ。

 アスタロスで潜宙については聞いている。光を屈折させる事により、特定方向からの探知を不可能にする技術である。その実態は、ある意味カメレオンのような擬態に近い。

 ナルミは溜め息を吐く。

 人類圏でも最高レベルの恒星船技術を持つ者達。彼らとの別れが目前に迫っていた。

 間もなく、打ち合わせにあった貨物船に収容されるのだ。

 だから、ナルミの旅も、もうお終いなのだ。

 貨物船に近づきつつ重力制御での減速を行う。時速にして数百キロはあろうかという相対速度は、貨物船を目前にする頃には、ほぼ無くなっていた。

「潜宙してても、この距離なら気付いてるはずだけど……」

 ミカサの呟きと同時に、貨物船の背面が大きく開く。そこに、ミカサは器用にブラックホークを滑り込ませた。

『格納庫内は与圧できないから、このまま中継点に行くわ……次から閣下には、面倒起こさないよう釘を刺して置いてね。ナルミちゃんは、爆発事故と同時発生した集団感染で隔離された……そう言う事になってるから、上手く演技してね?』

 副長と同じ声だが、イントネーションが異なる日本語だ。それに、副長の言葉遣いには硬さがあったが、今の声は、どこか砕けた話し方だ。

 だから、副長が演技でもしているのかと思ってしまう。

「この声の主が、コサカ博士。アスタロスに非公式ながら手を貸してくれてる組織の長で統合科学者」

 ナルミが怪訝に思っていると、ミカサが説明してくれる。

 統合科学者。

 多岐に細分化・専門化した科学者達の橋渡し役であり、その成果を纏め結果を導き出す、いわば科学者の纏め役でもある。

 科学者と冠されているが、その実態は政治家や経営者に近い。

『いつまで、この地位にいられるやら……』

 コサカ博士は、どこか楽しげにぼやく。まるで、追い落とされるのが楽しみなように。

「博士が自ら出張るって事は……」

『上手く口裏合わせできるよう、アチコチに手を回さなくなきゃいけなくなったのよ。私と取引のあったスットコドッコイが不義理してくれおかげで、しっかり絞めておく必要も出たしね』

 博士の言葉に、ミカサは苦笑する。なにか言いたそうだったが、結局、何も言わない。

 中継点到着まで、あと三十分を割っていた。



 副長が鍔音を鳴らした。

 刀を僅かに抜き、そして戻す。その際に、鍔と鞘が触れ合い鳴ったのだ。

 ……ボス。凄く不機嫌だな。

 格納庫に中継される会話、それを聞きつつハミルトンは内心ぼやく。

 コサカ女史の言ったスットコドッコイ。それを絞めるのは、元より自分たちの仕事だ。そもそも、コサカ女史の率いる組織に、あのジーンを抑えられる手札はないだろう。

 にも関わらず、自分がジーンを絞めるように語った……それが副長には気に入らないのだ。

 先程、船長が命令を変更した。

 ……殺す気で挑め。から、殺せか。

 元より手加減できる相手ではなかったが、数で押せば捕らえることも十分可能だ。にも関わらず、明確に殺せ、そう船長が指示を出したことがハミルトンには信じられなかった。

「親父殿の性格上、むしろ面白がって話を聞きたがりそうなモンだけどな……」

「同感ですね……ですが殺せと。恐らく閣下は、このジーンを相当、嫌っています」

 ハミルトンの言葉にジンナイが同意する。

 嫌うと言う事は、何かしら船長と接点があるのだろう。

 ……個人的に詳しく話を聞いておくべきだったな。

 ハミルトンは内心ぼやいた。

 たとえ話してくれなくとも、その際の対応で、ある程度は察することができるのだ。

「女史が戦場にしても構わない区画を用意してくれた。私とミカサ中佐、ボルトの三人でジーンを区画へと追い込む。ケント、ハミルトン、ジンナイ大佐の三人で仕留めて欲しい」

 ……まあ、妥当な指示だな。

 副長の言葉を聞き、ハミルトンは内心呟く。

 今回、ハミルトンは動甲冑を使う。動甲冑は追跡に向かない。ジンナイが得意とするワイヤートラップは、むしろ待ち伏せに向いている。そしてケントの音響・振動探知の技術は海兵隊、随一。

 追い込まれたジーンに確実に先手を打てるはずだ。

 恐らく追い込まれたジーンは、ジンナイのワイヤートラップに引き裂かれ、細切れにされるだろう。もし仮に、それを潜り抜けても、自分が挽肉に変えてやる。

 ジーン・オルファンの所在は、既にコサカ女史が掴んでいる。

 もう、逃げ道など無いはずだ。



 黄色の地、背中に黒い熊のシルエット。肩から胸にかけて、三本の爪痕が描かれたスペース・ジャケット。

 今、ジーン・オルファンが着ているジャケットである。

 そして背中には、長さが一メートル強もある太い筒状のケース……図面入れが背負われていた。

 ケースに入っているのは図面ではなく、分子振動刃『呑龍』である。流石に、鞘に収められているとは言え、刀を持ち歩いては人目を引きすぎる。

 ……どうも、コサカ女史は賭に出たみたいだね。

 自分……ジーン・オルファンが本物の『未来人』かを見極めようとしているのだろう。だから、アスタロス一行に、あっさり情報を流したわけだ。

 この場をジーンが切り抜けられれば、本物の『未来人』だと認めて貰える。できなければジーンの『予言』は出鱈目で、自分の失脚はないと安心できる。

「とりあえずだけど、僕の知ってる歴史と同じように進んでるね……ただ、実際に目の当たりにしてみると、歴史には記されてない点が多すぎて、凄く不安になったりもするんだけどさ」言葉を句切り、今度は相手を意識して話し始める。「この状況になることは読めてたんだけど、歴史に刻まれる事でもないし、詳細は知らないんだ。だから、どーしたモンかと途方に暮れてるよ」

 ジーンは呟く。気配を消し背後に立った女に向けて。

「どうやって気付いたの?」

「忘れられない思い出をくれた女性の匂いだ……って、アナタ自身じゃなくて歳の離れた双子の妹ね。そりゃ気付くよ……いや、エッチな意味じゃないよ?」

 ジーンは慌てて取り繕う。

 匂いで気付いたのは事実だが、そこに混じる煙草の臭いでコサカ女史だと判断できた。

 ……あの人は、煙草を吸わなかったのだ。

「匂いだけじゃないわね……見てないのに、挙動には気付いてる」

 隠し持った銃に手を掛けた事は把握済みだ。体を大きく動かすようなら発砲してくる。だから音から前兆を察し、先手を取れるよう無意識に警戒態勢に入っていた。

「急に体捌きの癖が変わったけど、一体、何事?」

 以前のコサカ女史は、ここまで見事に気配を消せなかった。話し声や雑踏などに、自らの発する音を、見事なまでに溶け込ませていたのだ。

「体の中にナノマシンを入れてネットワークを形成……コンピューターを体に仕込んだような状態にしてみた。そして身体制御のソフトを入れて、体を制御してるのよ」

 ジーンを捕らえに訪れ、そして返り討ちにあったクルフスの工作員。彼らの死体を回収し解析したのだろう。

 クルフス兵は、体内にナノマシン・コンピューターを仕込み、それに身体制御プログラムを入れ戦闘に利用しているのだ。

 これにより、訓練期間を大幅に短縮でき、短期間で多数の軍人を揃える事ができる。クルフスの強大な軍利力は、優れたナノマシン技術に依存している。

 帝国スメラがクルフスに対抗するには、このナノマシン技術の獲得が急務なのだ。

 コサカ女史も、アスタロスからデータを買った事で、事前に情報は得ていたはずだ。研究し作成も試みていただろう。

 そして実際にサンプルを手に入れた事で、実用レベルに達していると確信し、自らの体で試してみたと。

「……にしても、もう実用化の目処が立ったんだ」

 ジーンは呟く。

 帝国スメラは、解析を終え複製にも成功したが、実用化には二の足を踏んでいる。

 いわば人間のロボット化である。セキュリティはあるが、外部からのハッキングも可能らしい。ナノマシン技術でクルフスに大きく遅れを取っている手前、外部から乗っ取られかねない軍人を戦場に出すわけにはいかない。

 ディアスの人間は遺伝子を弄る事に抵抗が少ない。身体にナノマシンを仕込む事にも、同様に抵抗が少ないのだろう。

「全然立ってないわよ? サイレンも解析できず実用化を投げていた、生体に仕込むナノマシン・ネットワークのコンピューター。アスタロスから、その未使用サンプルを貰ってたから、思い切って自分に使ってみたの」

 コサカ女史の言葉に、ジーンは呆れた。

「マシンとの相性の問題もあるから、下手したら死んでたよ?」

「七十年後も、私は生きて活動中……その言葉を信じてみた」そこでコサカ女史は、大きく息を吐いた。「想定内だろうけど、アタシはアナタをアスタロスに売った。逃げるなら、速く逃げなさい?」

 ジーンは死なない。そうコサカ女史も確信し、そして諦めたのだろう。

 そして、自分の命も、あと七十年は保証されている……もう、怖い物無しなのだ。

「いや、逃げると追ってくるだろうし、閣下が帝国の敵に回ると、帝国の軍門に降った元サイレン将兵まで同調しかねない。だから何としても話を付けなきゃいけない」

 ガトー船長がジーンを追い、その命を狙うとなると、アスタロスが,つまり、その船長であるサイレン軍元帥が帝国の敵に回るのだ。そうなると、傘下に降った元サイレン将兵まで同調し敵に回りかねない。

 それを阻止できるのは、ジーン自ら話を付けに行くしかない。やりたくはないが、やらないわけにはいかないのだ。

「派手に暴れらても問題ないよう、無人の区画を一つ用意したわ。話し合いなんてできないと思うけど、使うならそこを……あと、あの子は必ず生きて帰して」

「『鉄の魔狼』にして『魔王の片腕』……他にも色々あるけど、これから冠される、あの人の二つ名だよ」

 だから死ぬ事はない。ジーンは、そう言っているわけだ。

 その言葉に、コサカ女史は安心したようだ。

「あの子との忘れられない思い出って何?」

「十代半ばだったかな。試合形式とは言え、嬲られボッコボコにされたんだ……あの時は、冗談抜きに泣いたよ」

 試合を見ていた見ていた師範連中も、やり過ぎだと抗議の声を上げていた。

「恨まれてるのねぇ……」

 コサカ女史の言葉にジーンは苦笑する。

 恨まれていたのだろう……否。これから恨まれに行くのだ。

 ……やっぱり、僕は爺さんが嫌いだ。でも、爺さんが僕を嫌う理由も良く理解できたよ。

 ジーンは楽しげに笑う。

 これから、時の環の一つを紡ぐのだ。

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