62・諸悪の根源
高速貨物船『韋駄天』の船橋で、ジーンは周辺船舶の配置を眺める。
オルトロスは、天道中継点から距離を取った。だが、アスタロスを牽制できる位置に留まっている。
その上、オルトロス艦長のコシバ少佐は、ジーンに無断で兵隊まで配置していた。
「コシバ少佐……兵隊達に引き上げるよう指示を出してくれないかな?」
『皇帝陛下より『鬼札』ジーンを守り抜くよう厳命を受けています』
「とりあえず『予言書』には僕の死は記録されてないぞ?」
ジーンのみならず、帝国スメラも『予言書』に従って動いている。全面的に信用しているわけではないが、その予言書を、ジーンは行動の指針にしていた。
『護衛の兵隊達が『鬼札』ジーンを守り抜いた結果やも知れません』
コシバ少佐からの返信に、ジーンは溜め息を吐くと通信機を止めた。
状況的に、それは無いだろう。それに自分の持っている情報とも違う。
サイレンの海兵隊は、不意打ちや強襲に特化している。
敵艦への殴り込みが主な仕事で、元々、防衛戦の事など考えていないのだ。
連中の襲撃を防ぎきる事は、コシバ少佐の送った兵隊達では難しいだろう。
ざっと動きを見た所、練度は低くない。だが、それだけだ。新古流当主の高弟達を抑えきれるかというと無理だろう。死体の山ができるだけだ。
「『紫電の悪魔』ジンナイ。『甲冑操者』E・ハミルトン。『鉄の魔狼』にして『魔王の片腕』海賊船アスタロス副長ことシモサカ・アオエ。『魔術師の剣』ミカサ。『人間重戦車』ボルト。『地獄耳』こと『音を見る者』ケント……筆頭師範は、これを一人で退けたって聞かされたけどホントかなぁ?」
ジーンは呟く。まだ二つ名が冠されてもいない者達の二つ名まで。
士官学校に入る数年前、ジーンがオルミヤ流の内弟子になって間もなく、新古流の使い手と試合をされられ手も足も出ず惨敗した。
その時、倒れ動けないジーンに向かい、相手は、かつて挑み自分たちを返り討ちにしたオルミヤ流の筆頭師範の話をしたのだ。
シーンの祖父である、筆頭師範オルミヤ・ジン……オルミヤ流合気柔術、歴代最強の使い手にして、流派における中興の祖でもある。
その祖父に、ジーンを手玉に取った新古流の使い手は、逆に手玉に取られたらしい。
……本気を出して、なおかつ手も足も出なかった。しかも相手は女だった。
その悔しさ故、必死で技を磨いた。あの敗北がなければ、今の自分は居なかっだろう。
「時が環を描く……か。その引き金の一つを爺様が引き、これから僕が引く……どおりで爺様が嫌いなわけだよ」
楽しげに呟くと、韋駄天の操縦桿に懐中時計を括り付ける。
この懐中時計は発信器でもある。この時計の発する信号が、オルトロスにジーンの所在を教えているのだ。だから、時計の所在が動かなければ、ジーンは動いていないと思われるはずだ。
ジーンの船『韋駄天』に細工はされていない。兵隊の配置も船外だけだ。
それだけ信用されているのか、それとも、この配置からして計画の内なのか。
「足掻いてみたけど、どうも歴史は変えられないみたいなんだよな……」
サイレンは、タキオンを用いた超光速通信の技術は持ち合わせていない……その情報は、サイレンとクルフスが戦争を始める前からクルフスに流してはいた。
だが、開戦早々、サイレン艦隊の迅速な対応を見せつけられた第八艦隊司令部は、その情報を欺瞞情報だと断定したのだ。
帝国スメラからの報復を恐れていたサイレンは、攻められた場合の、ありとあらゆる可能性をシミュレートし対策を立てていた。
それ故、超光速通信に頼らずに迅速な対応ができたわけだ。
あのまま、戦闘が長引けば、サイレン側は変化する戦局に着いていけなくなり、近い内にボロを出しただろう。が、第八艦隊は決着を急いだのだ。
……結果が、あの亜光速ミサイルだ。
大きな溜め息をつく。
もう、ずいぶん前の出来事だが、サイレン本星破壊の一報を受けた時の衝撃は忘れられない。
……自分の未来は屍の上に成り立っている。報いは受けよう。だが、それは目的を果たしてからだ。
ジーンは内心呟く。
気付いていないだけで、誰もの生活が、屍を積み上げ造られた歴史の上で成り立っているのだ。
……人は誰もが科人だ。
苦悩し、そしてジーンが辿り着いた結論である。
この結論で、ジーンは何とか狂気と正気の狭間に踏み留まっているのだ。
帝国領グスクベボラに、クルフスの第十三艦隊が侵攻。そして、帝国軍高速艦隊に撃退された。
その報は、既にディアス多星系連邦全域に届いていた。帝国スメラが、ディアスとクルフスの関係に亀裂を入れるべく、情報を流したのだ。
船長も、その情報を拾い、そして今、吟味している所である。
「このオルトロス級……アルテミス級より一回りも小さいのに、その戦闘力は数段、上を行く。だが、対消滅炉搭載艦ではない」
『最大出力から察し、エネルギーが源が核融合炉のみと仮定するには、艦が小さすぎます。が、対消滅炉と考えるには、出力が低い上、高出力を連続して出せない……どうも、核融合炉の余剰エネルギーを貯めておけるバッテリーに類する装置があると思われます』
ユーリの推察に、船長は溜め息を吐く。
動力炉の技術では、サイレンは帝国スメラを出し抜いたが、バッテリー関係では遠く及んでいない……そう理解したのだ。
サイレンには、核融合炉の最大出力に匹敵する容量を持つバッテリーなど艦載できるサイズでは造れなかったのだ。
「で、ユーリは現状で、ジーン・オルファンに睨みを利かせてるオルトロス級に勝てると思うか?」
『勝てます。実体弾を、ほぼ撃ち尽くしてしまったため、近距離砲戦は避けた方が得策かと。ですが、その近距離砲戦ですら、七十パーセント以上の確率で勝利を保証できます』
このオルトロス級。サイレンの主力艦であるアルテミス級に近い特性の艦種である。
アルテミス級だけで編成された艦隊では、クルフスの誇る無敵級には勝てない。それと同様に、このオルトロス級だけで編成された艦隊でも、無敵級三番艦アウスタンドには勝てないだろう。
「このオルトロスで編成された艦隊。あれで無敵級を含む十三艦隊に勝てたと思うか?」
『まず無理でしょう。第十三艦隊にアウスタンドが留まっていたら、帝国軍は壊滅的な損害を被ったはずです』
……つまり、俺を餌にアウスタンドを釣ったわけだ。
声に出さず呟き、船長は再度、溜め息を吐く。
『未来人』『予言者』……このジーン・オルファンの二つ名が、真実味を帯びてきたのだ。
「オルトロス級一隻では、いかに手負いと言えどアスタロスには勝てない。にも関わらず、ジーンを守るべく睨みを利かせている」
混成艦隊との戦闘は、スターネットを介し中継した。
高度な通信網を持つディアスにいるのだ。あのオルトロス級も情報を得て、このアスタロスの戦闘力は把握しているはずだ。
早々にジーンを回収し、逃げる事もできた。にも関わらずジーンは中継点に留まっている。
『コサカ女史より通信です。ジーンが船長と面会を希望していると』
「直に話せるなら、面会に応じてやるよ……ただし、ジーンは一人で来い」
『どうも、今ジーンと連絡が付かないのよねぇ……ただ、ジーンは一対一での対談には応じる。そう言ってたわ?』
そうコサカ女史の声が届く。副長に似た声。だが副長とはアクセントが若干違う日本語である。
それと同時に、ジーンの船『韋駄天』の情報が送られてくる。
周囲を、武装した帝国兵が守っている。この状況から察し、顔を付き合わせての対話は無理だろう。
『オルトロスは、僕が『韋駄天』に留まってると思ってるけど、僕は今『韋駄天』には居ない……って、『韋駄天』は僕の船ね。閣下とサシで話せるよう、船を離れ単独行動を取ってる』
返信はコサカ女史ではなく、ジーン本人と思しき男の声だった。
『ジーン! この秘匿回線に、どうやって介入したのよっ!?』
船長が口を開くより早く、コサカ女史が驚きの声を上げる。
『帝国脅威の技術力ってね……ガトー閣下。条件付きで、帝国スメラはアスタロスを全面的に支援しよう。悪い話じゃないと思うけどね?』
今回同様、クルフスの目を逸らすための囮役として、扱き使われる事になるだろう。だが、悪い話ではない。帝国スメラがアスタロス一行の支援者となるのだ。
船長の理性は、そう判断した。だが、感情はジーンの話に乗るべきではないと主張している。
「断る。帝国はサイレンを見限った」
『違うよ。サイレンが帝国を見限ったんだ……落ち着いた頃に謝りに行けば、帝国はサイレンを許したさ。帝国支配下の一国として自治だって認めた』
確かに、そうかも知れない。
だが、元の鞘に戻る事を、サイレンの上層部は選ばなかった。選ぶぐらいなら、そもそも反乱など最初から起こさなかった。
「ならば、何故クルフスとの講和、その仲介を拒んだ?」
『クルフスの最終目的は帝国スメラだ。帝国が介入すれば、クルフスに帝国侵攻の口実を与える事になる』
「単に早いか遅いか……その程度の違いだろう?」
ジーンの溜め息が聞こえた。
『当時の帝国は、クルフスと戦争できる状態ではなかった。だから、体勢を整えるためにも時間が必要だった』
……やはりそうか。
船長は笑う。
獲物を前にした、肉食獣の気分だった。
「つまり、サイレンを帝国の防波堤にしたワケか……クルフスの出先機関にも、お前は出入りしてたそうだな?」
帝国の二重スパイだった……そう問うているのだ。
『ご指摘の通り、クルフスの出先機関に所属してた時期もある。サイレンがクルフスに勝てない事も判ってた。けど、帝国の分家であるサイレンが、あれだけの軍事力を持っていれば、本家たる帝国は更に強大だと誤解しサイレン攻略に専念してくれるかと』
船長の読み通り、ジーンはサイレンを帝国の防波堤に使ったわけだ。
「その結果が、あの亜光速ミサイルだ」
『サイレンに超高速通信網は、存在しないか極めて未熟だって情報は、十分な証拠を揃えてクルフスに回してた。だから通常通信での警告無しで、亜光速ミサイルを撃ってくるとは思いもしなかった……でも、後のデータ解析で納得いったよ』
帝国の報復を恐れていたサイレンは、国家規模に対し極めて強大な軍事力を持っていた。そして、攻められた際の、あらゆる可能性をシミュレートし対策を立てていたのだ。
そのおかげで、超光速通信を用いずとも迅速な対応ができた。結果、サイレンは超光速通信技術を持たない、仮にあっても極めて未熟だ……その情報が欺瞞情報だと誤認されたのだ。
サイレン本星破壊後、クルフス第八艦隊の司令官から、そう言い訳じみた通信があったのだ。だからジーンの発言とも辻褄が合う。
「つまり、サイレン本星が失われた原因……それは、お前にあると?」
『責任がないとは言わない。でも、僕の干渉が無くとも、クルフスは、やっぱりサイレンに攻め入ったと思う。帝国スメラの未熟な超高速通信網……それが、特に手薄になっていたのがサイレン方面だ。クルフスは、既にそれを知っていた』
ジーンの言っている事がどこまで正しいかは判らない。が、大きな矛盾は存在しない。
組織の動きを個人で変える事は難しい。ましてクルフスは、人類圏一の人口を誇る巨大国家だ。情報収集のための諜報機関であっても、相応の人数を揃えていただろう。
ましてジーンは帝国人だ。
クルフスの諜報機関に所属していたとは言え、全面的に信頼されていたとは思えない……そして実際、帝国の二重スパイだった。
そんな男が、軍隊の行動を左右できる立場にいたとは思いにくい。
軍における最高位。元帥であった船長自身ですら、徹底抗戦の意見を抑えきれずクルフスへの降伏ができなかったのだ。
おかげで、ジーンの言い分も理解できてしまう。
何よりジーンは、この会話で逃げの手は打っていない。だから余計に気に入らない。
「その首。貰い受ける」
『いいよ、あげよう。ただし、クルフスとの戦争が終わってから半世紀少々の時間が欲しい。その頃には、僕は目的を果たす事ができてるはずだ』
……ずいぶんと先に期限を設けた物だ。
船長は呆れる。が、期限を設けたとは言え、あっさり首を差し出すと言ったのは意外だった。
「その目的とは?」
『家に帰って、家族と再会する……それでようやく、オルファンの呪縛から開放されるんだ』
ジーンの返答を聞き、船長は決断した。
副長たちに出した指示。ジーン・オルファンの捕縛を殺害へ変更すると。
……奴とサシで話す必要は無い。
対面して話せば見えてくる事もあるだろう。だが、それが見えた所でなんとなる?
自分が欲しいのは、明確な諸悪の根源だ。
それが、ジーン・オルファンだと確信できた途端、揺らいできた。
だから、これ以上、揺らがぬよう話は聞かない。
船長が求めているのは真実ではない。全ての責任を押しつけられる、手の届く場所に居る諸悪の根源なのだ。
それが、自分たちに対する欺瞞である事は承知していた。
その上、ジーンの目的は家族との再会だ。それが家族を失った船長には許せなかった。
「今から俺も、そちらへ向かう……首を洗って待っていろ」
『承知。家族を亡くす辛さはよく知っている……だから、閣下の家族を』
破壊音と共にジーンの声が途絶える。
船長が、通信機を叩き壊したのだ。




