61・帰郷
アスタロスが空間跳躍を終え、既に数時間。
ナルミの服とスペースジャケットは返却され、着替えも終えた。
元より手荷物は多くない。せいぜい携帯端末ぐらいだ。
その携帯端末のデータも、アスタロスに関わる部分はユーリによって消却済み。残された痕跡は、ナルミの記憶と端末が刻む時のズレだけだ。
携帯端末が刻む時は、そこまで厳密な物でも無い。知られた所で追及は受けない……そう船長達は判断したのだろう。
状況から察し、どうも中継点の上層部と繋がりを持っているらしい。
考えてみれば、天道中継点と目と鼻の先に、アスタロスを潜ませていたのだ。最低限の話ぐらいは付けているはずだ。
だから、大きな問題は起こらないだろう。
問題があるとすれば、損傷したアスタロスである。
船長は、アスタロスの修理、その目処が立たないと言ったのだ。
アスタロス一行にとって、このアスタロスは家であると同時に、自分たちを守る鎧でもある。その鎧が壊れ、修理の目処も立たない。だから、船長は一行の解散も示唆していた。
船長自身、一応とは言え銀河征服という目的は果たしたのだ。
副長は不満なようだが、船長はアスタロス一行の解散に未練はないのだろう。
……立派に成長してたらスカウトに行くよ……もっとも、その時に廃業していなければな。
この船長の言葉から、再度アスタロスに乗る事は無いだろう。
虚空の支配を宣言した事により『虚空の支配者』の二つ名を得た宇宙海賊は、登場早々、歴史の表舞台から消えるのだ。
「ユーリ。部屋を出ちゃ駄目なの?」
ユーリにより、部屋とトイレまでの通路以外、全て封鎖され船内を出歩けなくされてしまった。何やら大がかりな作業をしているようだ。
……退船準備だろうか?
船長は、解散を仄めかしていた。その準備を既に始めているのかも知れない。
『外……定められた通路以外は通れませんが、外に出られます。あなたを中継点へ送り届ける準備が終わりました。格納庫へ移動してください』
ユーリからの返答を、ナルミは死刑宣告のように受け止める。
何も無い、アスタロスの自室を見回す。
三畳にも満たない狭い部屋。ベッドは二段ベッドの上段……同じ部屋にベッドが二つあるわけではなく、ベッドを互い違いに壁へ埋め込む事で、床面積を節約しているのだ。
寝るだけの場所に、高い天井は不要……そう言う事である。
厨房係の娘達と同じ部屋だ。だが、彼女たちは、多少なりと調度品を揃えているため、ナルミの部屋より生活感があった。
でも、ここが自分の部屋だったのだ。
自室に別れを告げると、鳴海は部屋を出て弾丸リニアに乗り込む。
この弾丸リニアを使うのは、アスタロスに乗った時以来だ。船内の軍事区画と繋がっているので、乗船後は制限を付けられ使えなかったのだ。
リニアに乗り込むと、十秒ほどで格納庫に着いてしまう。名残を惜しむ時間すらない。
格納庫で出迎えてくれたのは、副長とミカサだけだ。
副長が時計を差し出す。
裏面にアスタロスの紋章……髑髏を抱いた女神が彫り込まれた懐中時計である。
「発信器と通信機能を外せば、船乗りが持つ懐中時計と一緒……別に持ち出されても困らない。……もし、帰って来たら、機能を回復してあげる」
ナルミは時計を受け取った。
最後の一言は、副長なりのリップサービスだろう。
……いや、でも副長は諦めてはいなかった。
ナルミは、そう思い直す。
僅かな望みでも、持っていれば、それに縋る事ができる。
「じゃ、そろそろ出発するわよ……早くしないと中継点の観測網に引っかかっちゃう」
ミカサに促され、ナルミはブラックオークの副操縦席によじ登る。その間に、副長は、どこかへ姿を消してしまった。
「あたしって、やっぱり余所者だったんですね……」
「アタシだって、ここじゃ余所者よ?」
ミカサは楽しげに呟くと、操縦席で操作を始める。
コックピット内の計器が一斉に点灯し、そしてゆっくりキャノピーが閉じる。
「この機体……動力炉に火が入ってなかったみたいだけど?」
「アスタロスと同じ対消滅炉だから、起動は早いわよ」
得意気にミカサが言うと、機体が振動する。
「対消滅炉?」
ミカサの言う通り、アスタロスの動力炉と同じである。
この技術は、門外不出としている物かと思ったが違うようだ。
「船の修理や燃料、推進剤の調達は、旦那達にとって死活問題だからね。だから、信用できそうな国には、サイレンの技術は既に売られてる……そう言った国々が、クルフスに睨まれず大っぴらに技術を使える状況を、旦那は銀河征服の実行で作ったってわけ」
ミカサは楽しそうに言う。
まるで、これから騒がしくなる世界を心待ちにしているかのように。
気楽に宇宙を巡りたい……船長は、時折そう言っていた。
それが可能な状況を、恐らくは作ろうとしていたのだろう。その計画の総仕上げが、先日、実行した銀河征服というわけだ。
だとすれば、十年先もアスタロスが存続している可能性は高い。
「あたし、また戻ってきます」
『ちゃんと成長してなきゃ駄目よ?』
無線による副長からの言葉。
状況は良くないだろうが、副長は、まだ諦めていない。だからナルミも諦めない。
「あたしは、サラブレッドですよ?」
だから、そう言ってやる。
ディアスの誇る、遺伝子改造技術によって産まれた『優秀』な人間。それがナルミなのだ。
『船長からの受け売りだけど、レースに出る競走馬は、自分が勝つ為に走ってる事を自覚してるそうよ』
副長の言葉にナルミは笑う。
勝利という目標を目指し競走馬は走っている。だからナルミも目標を持て。副長はそう言いたいのだ。
目標なら、もう見つけた。アスタロスの乗員として、船長が欲する優秀な人間。具体的な方向性は、これから模索する。
「じゃ、出発するわよ?」
そう言い、ミカサはブラックホークを船外へと繰り出した。
……窮屈だ。
ハミルトンは内心ぼやく。
先程、出発したブラックホークの弾倉兼用の格納庫。その中に動甲冑が一体に巨漢のボルト。他、ジンナイに副長、ケントまで居るのだ。
それだけなら、まだ良いのだが、全員分の白兵戦用装備が一式。これに場所を食われてしまっている。
「装備は、外部にコンテナ括り付けてってのじゃ駄目だったんですか?」
「中継点側に武装と誤認された場合、ナルミを引き取って貰えない」
ケントの言葉に副長が答える。その手には、船長から貰った一振りの刀……分子振動刃『震電』が大切そうに抱えられていた。
「言われたから同調訓練は終えたけど、中継点で動甲冑を暴れさせて大丈夫なのか?」
……同調訓練、動甲冑と着用者が互いの癖を学び合うための訓練である。
動甲冑は一トンを超える重量がある動力付きの鎧……いわゆるパワード・スーツである。
その重量故、中の人間ほど簡単に動作を止めきれない。結果、動甲冑と着用者の動作が噛み合わなくなり、骨折・脱臼等の怪我をする可能性が出てくる。
それを避けるための同調訓練である。
同調訓練を思い出し、ハミルトンは問う。
ジーン・オルファンの捕獲。
その為の面子と装備が、ブラックホークの格納庫に押し込まれているのだ。
ジーン・オルファンが何者かはハミルトンは詳しく知らない。が、船長が捕らえろと指示を出した以上は全力を尽くすつもりだ。
……とは言え、物々しすぎるぞ?
生身で暴れる程度なら黙認してくれるだろうが、中継点の中で動甲冑を暴れさせたら、天道中継点との縁が切れてしまう可能性もある。
数少ないアスタロスの協力者を失う事になるのだ。それは、さすがに拙い。
「許可が出れば中継点で暴れて貰うが、基本は外だ。逃げたジーンの船に取り付いて足を止めてくれればいい」
……だから馬鹿デカイ空間機動ユニットまで背負わせたんだ。
空間機動ユニット……宇宙空間で動甲冑を機動させるための後付けのスラスターである。
化学ロケット……水素と酸素を反応させ、発生した水蒸気から推力を得る単純なロケットだ。が、その単純さ故、小型化が容易で動甲冑にはよく使われる。
「で、そのジーン・オルファンって何者なんだ?」
人一人捕らえるには、あまりにも物々しすぎる装備だ。それに、単に捕らえるだけなら巨体で目立つボルトより、海兵隊員二人の方が頭数が増える分、確実かつ場所も食わない。
だが、あえて目立つボルトを連れてきたのだ。
それにジンナイに自分ことハミルトン、そして副長。アスタロスの中でも屈指の腕利きを揃えている。ケントの腕も悪くない。
間違いなく、暴れさせる事を前提に人選されている。
「ジーン・オルファン……新古流に極めて近い体捌きで、相当な使い手です。組み手なら私じゃ勝てませんね。帝国スメラ出身と言う事から察しオルミヤ流合気柔術の使い手でしょうが、これほどの使い手が居たとは……」
そう言いつつ、ジンナイは映像を開く。
小柄とも言える若い男。その正面には副長と、よく似た面影の女性……コサカ女史である。
若い男はコサカ女史を庇うと、襲いかかってきた五人組を瞬く間に皆殺しにした。内、二人は素手で……である。
「全く躊躇せず殺しに掛かってるな……こりゃプロの殺し屋だ」
「おまけに、相当な使い手だ……親父殿と五分に渡り合えるぞ?」
ケントの言葉をハミルトンが補足する。一人を仕留めた技、あれは『真・二打不要』だ。
『オルミヤ流の主立った使い手は、オルミヤの反乱でサイレン側に流れたはずだ。以前、スメラに出張って停戦の仲介を頼んだ際、オルミヤ流が潰れず残ってたと知って驚いたが、ここまでの使い手が居たとはな……アイツ、俺の爺さんより強いぞ?』
船長の祖父は師であると同時に、船長の知る最強の武術家でもある。幼い頃、ハミルトンはそれを聞かされて知っていた。
帝国スメラ皇帝と血筋の近かった大公爵の叔父。その叔父を担ぎ上げ起こしたクーデター。それがオルミヤの反乱である。
その一派が、クーデター失敗後、帝国から逃げ出して起こした国がサイレンというわけだ。
担ぎ上げられた大公爵の叔父が、オルミヤ流の当主であった事から、主立ったオルミヤ流の使い手達は、当主に従う形でサイレンへと流れたのだ。
つまり、クーデター失敗後のオルミヤ流合気柔術は、主立った使い手を失った出涸らしとも言える状態に陥ったのだ。
何より、クーデターの主犯格を出した事で、オルミヤ流は疎か大公爵家自体が傾き、存続すら危ぶまれる事態になっていただろう。
船長が講和・停戦の仲介を頼みに帝国スメラを訪れた際、オルミヤ流が存続していただけでも驚いたというのも頷ける。
「新古流の内情は知らないが、力でネジ伏せるのが最も確実な相手だって事は判った……だから、俺を連れてきたわけか」
それまで黙っていたボルトが口を開いた。
ジーン自身、武術家・格闘家としては、かなり小柄な部類に入る。例え強化人間であっても、力自体は強くはないだろう。単純な力比べに持っていけば、ジーンを捕らえる事は容易い。
そこまで考え、ハミルトンは気が付いた。
「この情報……コサカ女史の提供ですか?」
「ジーン・オルファン捕獲の話をしたら、あっさり情報を流してきた……クルフス艦隊との戦闘を仕組んだのも、ジーンの仕業だそうだ」
……ああ、成る程ね。
ハミルトンは納得する。
コサカ女史は、副長のオリジナルに当たる。副長は、コサカ女史から見て、歳の離れた双子の妹と呼べるのだ。
アスタロスも、その姉妹関係のおかげで、天道中継点の力を非公式ながらも借りられたわけだ。
その妹を危険に晒した事で、コサカ女史はジーンとの関係を見直したのだろう。
もっとも、副長自身はコサカ女史を他人としてしか認識していないようだが。
『このジーン、様々な二つ名を持っているが、気になるのは二つだ。『予言者』『未来人』……コサカ女史はジーンは本当に未来人かも知れない、そう言っていた。だから、もし、対峙する事ができたら殺す気で挑め』
本当に未来人ならば、本当にクルフス艦隊との戦闘を仕組んだのであれば、この後の自分がどうなるかぐらい知っているはずだ。
恐らく、自分は死なない。そう確信しているだろう。
返り討ちにできると思っているのか、それとも上手く逃げおおせる自信があるのか……恐らく逃げ道は確保済みだろう。
……だから、まずは逃げ道を塞ぐか。
内心呟くと、ハミルトンは中継点の情報を呼び出した。




