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虚空の支配者  作者: あさま勲


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59・解散

 パラス・アテネがアウスタンドに喰われている。

 その知らせを受け、船長はベッドに寝転んだまま映像を開いた。確かにパラス・アテネが、まるで食べられているかのようにアウスタンドに取り込まれている。

「なるほどな……」

 船長は呟く。

 クルフスがサイレンの技術を、何故、ああも簡単に複製できたのか長年の疑問だったが、ようやく理解できたのだ。

 ……売られた喧嘩とは言え、とんでもない国を相手に戦ってたんだな。

 船長は内心ぼやく。

 クルフスは、サイレンの持つ技術をナノマシンで解析、複製していたわけだ。

『船長。お食事を、お持ちしました』

 副長の声である。

「頼んでね~ぞ……いや、食うけどさ」

 食事を取らずに寝たので、さすがに腹は減っていた。

 手早く着替えを済ませ、寝室から船長室に入ると、パラス・アテネがアウスタンドに取り込まれてゆく様が壁面に投影されていた。

 そして、船長室の机には昨日の夕飯だったカツカレーが、湯気を立てていた。カレーの付け合わせには、福神漬けと辣韮、その両方が用意されている。

「無敵級は、他のクルフス艦より高度なナノマシン制御が行えるようですね……」

 副長の言葉を聞きつつ、船長は卓に着く。

「以前、亜光速ミサイルを叩き込んで、やっとの思いで中破させたのに一週間で戦線復帰されたな。ありゃ、どんな魔法を使ったんだとか思ってたが……ようやく納得が行ったよ」

 一週間ほどで中破したアウスタンドは完全に修復され復帰したが、取り巻きのクルフス艦の数が激減していたのだ。恐らく、破損部分の補修資材としてアウスタンドが取り込んだのだろう。

「単艦で艦隊を蹂躙可能な無敵級が、多数の取り巻きを引き連れて行動する理由。それが、ようやく判りましたね」

 普段は索敵や哨戒など、警戒任務に当たらせ、無敵級が損傷した際は補修資材に転用する。無敵級の艦としての生存性は、サイレン艦とは比べものにならないほど高い。

「あれ……欲しいな」

 船長は呟く。

 無敵級と同じレベルのナノマシンによる修復機能があれば、アスタロスは修理に悩まず済むのだ。

 が、サイレンが得る事のできたナノマシン技術は、本家クルフスには遠く及んでいない。そんな物を手に入れた所で、使いこなせるとも思えない。

 溜め息を吐くと、船長は、おもむろに合掌しカツカレーを食べ始める。

「これより二時間後に、アスタロスは空間跳躍へ移行します。先の戦闘での損傷は、空間跳躍には影響無しとのユーリの診断です」

 船の脊椎に当たる竜骨を始め、推進系も無傷だ。盾を壊され牙を砕かれた状態ではあるが、アスタロスの航行能力は健在なのだ。

 最大の問題は、壊された盾と砕かれた牙……この修理のアテが皆無な点である。

「けどな、アスタロスの戦闘力は大きく削がれ、修理のアテもない……」

 船長は、ぼやくが、本音を言えばアテはある。

 クルフスに対し、未だ徹底抗戦の構えを崩さないサイレン残党。彼らに頼れば、アスタロスの修理は可能なのだ。

 ただ、アスタロスの修復後、間違いなく抗戦派に取り込まれ抜け出せなくなる。やっとの思いで終わらせた戦争を、また始める事となるのだ。

「ジーン・オルファンの隠しファイルに、船長宛の単文メッセージがありました。『天道中継点で、お待ちしております』との一文です」

 副長の報告に、船長は食事の手を止めた。

「つまり……全部、ヤツの計画通りってわけか?」

 この言葉は、副長のみならず、アスタロスの中枢たるユーリに対する問いでもある。

『状況から察し、そう断定して宜しいかと』

 ユーリの返答。

 溜め息を吐き、船長は話題を変えた。

「あのナルミだが……ミカサさんに中継点まで送り届けて貰うよ。さすがに、アスタロスで直接、中継点に連れて行くわけにもイカンだろ」

「厨房係を始めとし、船員達と仲良くやっているようですが?」

 副長は、言外にアスタロスに留めておくべきでは? と言っているのだ。

 ナルミがアスタロスに乗った事で、船内の雰囲気が変わったのだ。これに関しては、ウィルも同じである。

「正直、俺は、乗員の数を減らしたいと思ってる」

 船長は、副長に本音を晒した。

 その言葉に、僅かだが副長から驚いたような気配を感じた。

 銀河を征服する。

 まだ、長い時間が掛かるだろうが、船長としては、その目的は果たせた……そう思っている。

 だから、もう自分一人だけで構わない。

 銀河征服の一件で、完全にクルフスを怒らせた。

 宇宙は広いから、息を潜めていれば見つからないだろう。だが、そんな隠遁生活に皆を付き合わせるわけにはいかない。

 副長は自分の予備のつもりだったが、肝心のアスタロス、その修理の目処が立たない以上、もう予備など不要なのだ。

「銀河征服……その目的を船長は果たしたのかも知れませんが、まだ果たしていない目的があります」

 副長は、淡々と口にする。

 だが、意を決したような気配を感じた。

「ジーン・オルファンの事か……今後の方針を考えるにも、まずはアイツを片付けてからだな」

 状況から察し、ジーン・オルファンは帝国の重鎮、もしくは、その重鎮と深い繋がりを持つ人物だ。

 簡単に首は取らせては貰えないだろう。

 ジーンの首を取るまで、まだアスタロスの力は必要なのだ。

「では、その方向で準備を整えます」

 そう言うと、副長は一礼して退室した。

 副長からは、問題を先送りできた事に、安堵したような気配を感じた。

「顔には出ないが、気配で判るんだよな……血は繋がってないのに親父そっくりだよ」

 船長は呟く。

 副長の養父であるシモサカ・アオイ。

 鉄扉面であったが、何故だか船長には感情の揺らぎが読めたのだ。

 ……何故だか、船長だけには。



 アスタロスが一度目の空間跳躍を終えた後、ナルミは船長室に呼び出された。

 船長の傍らには、副長が付き添っている。

「あの……船長。何か?」

 船のツートップが、この場に揃っている。その事実に、ただ事ではない気配を感じたのだ。

「ナルミに渡した懐中時計だが……ありゃ、アスタロスの機密に関わる要素もある。返してくれるか?」

 船長の言葉に、ナルミは自分がアスタロスを降りる時が迫っている事を察した。

 クルフス艦隊との戦いが終わった直後に、船長から中継点に帰れる事を仄めかされて以来、ずっと考えていた事を口にする。

「わたしを……アスタロスに置いて貰えないでしょうか?」

 ナルミの言葉に船長は笑ったようだ。

「卵や雛は要らない。俺が欲しいのは即戦力だったが……今後の目処も立たない今、アスタロス一行の解散も視野に入れている」

 アスタロス一行の解散。

 船長は、海賊として動き始めたばかりだというのに、もう廃業を考えているのだ。

「そんなっ……海賊として名乗りを上げたばかりなのにっ!」

 だから思わず声が出た。

「先の戦闘で船はボロボロ……修理の目処も全く立たない」

 確かにそうだろうが、まだアスタロスには牙がある。四門の主砲は未だ健在だ。相手が戦艦であっても、そうそう遅れを取る事はない。

 それに足の速い恒星船と言うだけで、十分な利用価値があるのだ。海賊などせずとも、仕事を受ける事はできるはずだ。

「クルフスに睨まれた今、まともな仕事を受けられるとは思えません……これは、船長のみならず、アスタロス乗員全てに当てはまる事ですね」

 副長も、アスタロス一行の解散には反対のようだ。船を降りた乗員に、クルフスの手が伸びないとは限らない。だからだろう。

「船の修理……そのアテでもありゃ、考えを改めるがね」

 言われナルミは考えるが、なにも思いつかない。……当然だろう。船長ですら思いつかないのだ。

 が、副長には心当たりがあるようだ。

 何かを口にしかけ、それを押し留める。

 だから、ナルミは、それに縋った。

「船の修理……それが可能なら、わたしをアスタロスに置いて貰えるんですか?」

「言ったろ? 俺が欲しいのは即戦力だ……とは言え、賢い頭を与えられたサラブレッドだろ? 立派に成長してたらスカウトに行くよ……もっとも、その時に廃業してなければな」

 いずれにせよ、ナルミがアスタロスに留まるのは絶望的なようだ。

 ナルミは、渡された懐中時計を取り出す。

 自分の主観時間は携帯端末にもバックアップが取ってあるので、自分の時を見失う事はない。

 が、船乗りの証である懐中時計を手放すのは、アスタロスとの縁が永久に切れてしまいそうで辛かった。

 取り出した懐中時計を、そっと船長に差し出すと、逃げ出すように船長室から駆け出した。

 このアスタロスに乗る事で見えた世界は、本当に広かった。そして、もっと色んな世界を見る事ができると思っていた。

 でも、それも、もう終わりなのだ。

 そう思うと、涙が溢れてきた。



 ナルミが去った後、船長は返却された懐中時計を手早く分解する。

 そして組み込まれた発信器と無線機を取り外すと、再び元通り組み立てた。

 それを、副長へと向けて放った。

「ホイ、帰る時に渡してやりな」

 傍らに立つ副長は、それを受け止めると溜め息を吐いた。

「見てる前で、余計な機能を外してやれば良かったのでは?」

 副長の言葉に船長は笑う。

 あえて希望を持たせないよう、ああやって突き放したのだ。

「副長……アスタロスの修理のアテ、何か心当たりでもあるのか?」

「船長も考えているでしょうが……ジーン・オルファンが、この一件を仕組んだのであれば、帝国スメラの力を借りられます」

 その件は、当然、船長も考えていた。が、それは即ち、帝国スメラの軍門に降ると言う事でもある。

 クルフスとの戦争が間近に控えた帝国に降れば、間違いなく戦場に駆り出される……それは御免だった。

「まあ、ジーンも言いたい事はあるだろうから、話ぐらいは聞いてやるさ……ただ、あのジーン・オルファンを許す気は無いがな」

 話を聞いた上で、船長はジーンを殺すつもりだ。

 殺せば、帝国も敵に回るだろう。仮に敵に回らなくとも、もう帝国の庇護下に入れなくなる。

 現在、非公式ながら援助を受けているディアス多星系連邦は、所詮は小国の寄り合い所帯で一枚岩ではない。天道中継点の助力は一応の形で得られたが、ディアス全体からの支援など望めない状況だ。だからディアスの庇護下にも入れない。

 下手に庇護下に入れば、ディアスは内輪揉めを始めるだろう。

 コサカ女史の助力で非公式の支援は漕ぎ着けたが、大々的な支援など望める状況ではないのだ。

「ジーンに頼り、帝国の支援を得られれば、アスタロスは存続可能です」

「だろうな……」

 船長は同意するが、その気は無い。

「俺は、サイレン本星に向かって飛んでゆく亜光速ミサイルを見た。気が付いた瞬間、艦隊の中を通過し、本星に対し警告も行えず、為す術もなく惑星が砕かれるのを見届けた。アレを仕組んだのが、帝国スメラやジーン・オルファンであるのなら、許す気は無い」

 あの当時の無力感。あれは生涯、忘れる事はないだろう。

「ジーン・オルファンを許せとは言いませんが、帝国スメラの支援を受けられれば、我々は船長の下に留まる事はできます。御一考を」

 副長の言葉に船長は溜め息を吐いた。

 言っている事は、尤もなのだ……だが、船長の感情がジーンを許すなと言っている。客観時間で百年も前の出来事だが、船長には、つい昨日の事のように思い出せるのだ。

「副長の言い分は正しい。だが、俺はジーンも帝国も許す気は無い……副長は、俺に構わず、自分が正しいと思った行動を取れ」

 自分を見限ってくれて構わない。

 船長は、言外に、そう言っているのだ。

「承知しました。ジーン・オルファンの拘束に全力を尽くします」

 だが、副長には、その気は無いようだ。

 そんな副長に、船長は落胆した……だが、同時に嬉しくもあった。

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