58・戦い終わって
ミカサの乗った、ブラックホークが収容される。
これで、出撃した航空隊は、全て帰投したわけだ。
船や機材の破損はあれど、誰一人欠けることなく、あの修羅場を切り抜けられた。
ナルミは大きく溜め息をつく。
全身の力が抜けた途端、体が震えだした。だから、自分の肩を抱いて蹲る。
この戦いで、誰か死んでいたかも知れない……それに気づいたのだ。
あと、敵方は、間違いなく死人が出ただろう。
アスタロスの最大砲に貫かれたアウスタンド。クルフス艦の盾となった二隻のアルテミス級。
そして、満身創痍になっても戦いを継続しようとした戦艦パラス・アテネ……一体、何人が死んだのか、考えるだけで怖くなる。
ここは、自分が、ナルミが住んでいた世界とは違うのだ。それを実感してしまう。
「とりあえず、甘い物でも食べて、気を落ち着けなさい」
声をかけられ、顔を上げると厨房長が居た。その手には、幾つもの最中が乗った大皿。
差し出された大皿から最中を手に取り一口。確かに気は落ち着く。
「殺したり殺されたり……厨房長は、みんなは平気なんですか?」
「平気ってワケじゃ無いけど……慣れちゃったわね」
厨房長は諦めたように笑う。
ナルミは、その襟首に付いた階級章に気が付く……厨房長も軍人なのだ。
「でも、船長は戦う気は無かったみたい。あの人……これから、どうする気だろ?」
ウィルの言葉にナルミは考える。
船長自身は、もう銀河征服という目的を果たしたのだ。
銀河征服が成し遂げられるまで、まだ長い時間が掛かるだろうが、船長が起こした流れは止められない。
ナルミの故郷である天道中継点。その天道中継点が属するディアス多星系連邦は、間違いなく船長が掲げた銀河征服に荷担するはずだ。
より少ないウラシマ効果で空間を飛び越えられる恒星船。これがあれば、ディアス多星系連邦内の交易は、より活性化するだろう。
ディアスは船乗りの国だ。その船乗りが最も欲する物は、より速く、より遠くへ行ける船である。それを得る為の技術を、船長はスターネットを介し公開したのだ。飛びつかないはずがない。
ディアス以外の国も、船長が公開した技術に飛びつくだろう。
間違いなく、今後の銀河は騒がしくなる。
その騒がしくなった銀河で、船長は、これから何をする気なのか見当も付かない。
「ホント、どーしたモンかねぇ……」
無責任な言葉に視線を向けると、そこに船長が居た。
「とりあえず、銀河の行く末を傍観する……そんなトコでしょ?」
その言葉に、船長は曖昧に笑う。
そうしたいが、難しい……そう考えているのだと、ナルミは思う。
「とりあえず、家に帰してやれる目処は立った。巻き込んじまって悪かったな……飯は食わない。シャワー浴びて寝る」
ナルミ、そして厨房長に声をかけると、船長は引き上げてゆく。
「せっかくカツカレー作ったのにねぇ……」
諦めたように厨房長は呟く。
船長には、このアスタロスに対する責任がある。その責任を果たすべく、船長は動くだろう。
つまり、船長には、するべき仕事があるのだ。
対し、自分には……ナルミ自身には何も無いのだ。
するべき仕事。目指すべき目標。そして追いかける夢……
「あたし、何をやってたんだろう?」
ナルミは呟く。
人工的な手段で産まれた『優秀』なサラブレッド……実際、優れた記憶力と計算能力はナルミ自身も自覚している。
おかげで、何でも、すぐに一通りできるようになった。
……でも、それだけだ。
「何でもできるわよ? それだけの能力を与えられて産まれてきたんでしょ?」
厨房長は、そう言ってくれるが、そんな意味で呟いたわけではない。
何の為に、自分は生きてきたのだろう? そう疑問を持ってしまったのだ。
その為に産まれてきたわけではないだろうが、船長の目的は明確だ。
軍人時代は勝つ為、生き残る為。そして同胞達の未来を勝ち取る為に尽力してきた。
そして今も生き残る為、より良い未来を勝ち取る為に尽力している。
先の一戦で、クルフスの軍門に降ったサイレン将兵の境遇は見直されるだろう。そうなるよう、船長が策を巡らせたのだ。
今後も船長は、クルフスに降ったサイレン将兵や、各地に散ったサイレン残党達の為の活動を続けるだろう。
『一応、退職したんだが足は洗えてない』
天道中継点の公園で、船長は、そう言っていた。
船長は、かつての同胞達に対し、責任を感じているのだろう。
溜め息を吐き、ナルミは船長の背中を探す。が、船長は、もう姿を消していた。
……船長は、この先、どうなるのだろう?
ナルミは思いを巡らすが、答えは見つかりそうにない。
……オルトロス級だけじゃ、クルフスの大型艦は厳しいか。
ジーンの船。高速貨物船『韋駄天』の船橋で、帝国領グスクベボラにて行われた帝国艦隊とクルフス艦隊の交戦データを眺めつつジーンは思う。
二百隻を超える艦隊を百隻弱のオルトロス級で迎え撃ち撃退。損失は僅か十隻。
損失した艦は、大半が被害担当艦として無人運用されていたため人的損失は少ない。
快勝と言える結果ではあるが、クルフス艦隊に無敵級三番艦アウスタンドが留まっていたら、帝国艦隊は逆に蹂躙されていただろう。
「もっと強い艦が要るね……」
帝国スメラの軍門へと降ったサイレン軍人。彼らが持ち込んだ艦艇を原型に新型艦の開発が始まっているが、形となった艦種はオルトロス級を始め、まだ僅かだ。
帝国の軍備は、ずいぶん出遅れている。
「ジーンの番犬じゃ、役者不足なの?」
ジーンの番犬……天道中継点でジーン・オルファンを守るべく、睨みを利かせているオルトロス級の事である。
「オルトロス級じゃ無敵級には歯が立たないよ。既存の造船設備でも量産可能な高性能艦……それがオルトロス級って位置づけだしね」
コサカ女氏の言葉にジーンは答える。
帝国スメラにも、億を超えるトン数を持つ巨艦を量産できるドックなど無い。そこまでの巨艦が多数必要になる事態など、考慮されていなかったのだ。
だが、状況は変わりつつある。
未だ量産には至っていないが、無敵級に対抗しうる巨艦も一番艦は既に完成している。量産体制が整えば、クルフスに十分対抗できるはずだ。
それまでの繋ぎとするべく、既存のドックでも量産可能な高性能艦としてオルトロス級は設計された。今の帝国には、とにかく多くの戦闘艦が必要なのだ。
「ガトー閣下が無敵級と交戦する事になったのは、ジーン……アナタの差し金ね?」
「そう。グスクベボラに無敵級が出張る以上、帝国艦隊に勝ち目はない。だから『海魔の王』を餌に無敵級を釣ったわけ……閣下、怒ってるだろうなぁ」
殺されかねないほど怒らせてしまった……ジーンは、そう考えている。だから、交渉は一筋縄では行かないだろう。
「とどのつまり、アナタは閣下の敵ってわけね?」
「いや、敵対する気は無いんだけどね……とりあえずの仲直りと、仕事を頼めないか交渉してみるよ。だから場の、お膳立てを頼めないかな?」
ジーンの考えを量るかのように、コサカ女史は沈黙する。
「今回の件もあるし映像での会談なんて、閣下は応じてくれないんじゃないかしら?」
「対面でいいよ。一対一にも拘らない」
「アナタの後ろには帝国軍が居る。交渉はしてみるけど、帝国軍は遠ざけておかない駄目じゃない?」
「だろうね……僕一人で交渉の場に出張る」
ジーンの言葉に、コサカ女史はジーンの目を見る。
「閣下が、あの場を切り抜けられる事を知ってたのね?」
「さて……どうだろうね?」
ジーンは曖昧に笑う。
そんなジーンを見て、コサカ女史は大きな溜め息を吐いた。
「私は、アナタよりアスタロス側の方を大切に思っている」
その言葉の意味を、ジーンはコサカ女史はアスタロス側に付くという宣言だと認識した。が、想定どおりの言動である。
「それで構わないよ」
帝国スメラが生き残る道を模索しなければならないのと同様に、アスタロス一行も生き残る為の道を模索する必要がある。
互いに悪い話ではないはずだ。
話し合いまで持って行ければ、協力関係に持って行ける。問題は、どうやって話し合いまで漕ぎ着けるかだ。
状況的に、いきなり殺されても、おかしくないのだ。
アウスタンドに、アルテミス級が取り込まれてゆく。
アウスタンドの抱えるナノマシンが、アルテミス級を資材として破損箇所の修理を行っているのだ。
「無敵級は不死身か?」
スワ艦長は、フィアレス艦橋に投影される映像を見て呟く。乗艦だったパラス・アテネも、間もなくアウスタンドに取り込まれるだろう。
「クルフスが他国を凌駕するのがナノマシン技術だ……と言っても、我が国の技術者連中も、あのナノマシン技術を理解し再現できないでいるがな」
ブラス准将の言葉に、スワ艦長は疑問を持った。
「では、誰が、あのナノマシン技術を開発したのです?」
その問いに、ブラス准将は自虐的に笑う。
「人ならぬ何者かが、クルフスのナノマシン技術を発展させた……我らは、帝国スメラやサイレンのように、自分たちだけで作り上げた船や兵器を扱っているわけではない」
一瞬、呆気に取られたが、スワ艦長は頭を切り換える。
今、ブラス准将が話している事は、クルフスの根幹に関わる事柄だ。それを、余所者であった自分に話している……つまり、自分たち親衛艦隊を認めたのだ。
「人類以外の知的生物が作った技術?」
その問いに、ブラス准将は笑う。
「元は我らと同じ人間だったそうだが、もはやアレは人間ではない……ナノマシン群が形成するニューロ・コンピューター。それに転写された人格が、自身を進化させる過程で生み出した副産物……それが、クルフスのナノマシン技術の正体だ」
サイレンも、クルフス艦を鹵獲、解析しナノマシン技術を得てはいるが、本家であるクルフスには到底及んでいない。
だから、スワ艦長には、ブラス准将の言っている事の意味が分からなかった。
「ナノマシンでニューロ・コンピューターを?」
「ナノマシン群が、人間の脳内神経ネットワークに似た回路を形成することで、ニューロ・コンピューターとして機能しているわけだ。そのニューロ・コンピューターに高いBMI適正を持つ人間の記憶が転写され産まれたのが、ナノマシンによって形成されるスーパー・コンピューター『クルフス』だ……だが、今は『科人』と名乗っている」
スワ艦長の疑問に答えるよう、ミルズ大将が通信で説明する。
「『科人』……罪人ですか?」
「サイレン本星が破壊されて以降、『クルフス』の名を捨て『科人』と名を変えた。意図せぬ大量虐殺で、良心の呵責に耐えかねた……と言うわけではないだろうが、あれ以来、『科人』はクルフスの政策に口出ししなくなったな。おかげで、議会政界は腐敗の温床になっている」
そう言うと、ブラス准将はスワ艦長に背を向けた。
と、同時に、スワ艦長の前に資料が空間投影される。
知りたいなら自分で調べろ……言外に、そう言っているわけだ。
恐らく、帰還後、ブラス准将は降格の上、左遷される。だから、司令の権限が使える内に、情報を開示しておくつもりなのだろう。
そう理解したスワ艦長は、ブラス准将の背中に向かい敬礼した。
ブラス准将は、自分を『仲間』と認めてくれたのだ。ならば、上官として認めぬわけには行かない。
それが、例え短い時間であってもだ。
……かつての乗艦パラス・アテネは、その後、丸一日かけてアウスタンドに取り込まれた。
その様は、帝国スメラが配置したスターネット中継衛星によって、人類圏全域に中継されていた。
アウスタンドは、アスタロスに完敗したわけではない。
それをアピールすべく、クルフス艦隊によって情報を拡散させたのである。




